コシノジュンコ ビジョンは作るものではない。 大事なのは、心意気と気構え。

<プロフィール>
コシノジュンコ 
大阪出身。文化服装学院デザイン科卒業。在学中、19歳で装苑賞を最年少で受賞。
78年パリコレクション初参加。85年北京、90年ニューヨーク(メトロポリタン美術館)、94年ハノイ、96年キューバなどでもショーを開催。
2005年、中国歴史革命博物館(北京)に於いてデザイン展開催。
2006年、「イタリア連帯の星」カヴァリエーレ童受勲。
2008年ワシントン D.Cでの Japan Festival (ケネディーセンター)にてショーとオープニングプロデュース。
2008年には YOKOSO! JAPAN大使(観光庁)、上海万博 PR大使(上海市人民政府)に任命される。
スポーツユニホーム:92年バルセロナオリンピック日本代表男子バレーボール、95年ユニバーシアード福岡日本代表、サッカー:ヴェルディ、F1グランプリ:ドイツチーム「リアル」のデザインや、オペラ(魔笛·蝶々夫人)やブロードウェイ ミュージカル(Pacific vertures)・マッスルミュージカル、野村萬斎「国盗人」などの舞台衣装まで活動は幅広い。

世界を代表するファッションデザイナー・コシノジュンコさん。新人デザイナーの登竜門といわれる装苑賞を19歳で受賞後、数々のデザインやファッションショーを開催してきた。8月22・23日には、ミャンマーで日本人初のファッションショーを行った。常に時代の先端を走り続けるコシノさんに、ファッションショーを終えたばかりの感想と、仕事への思いをうかがった。

8月に軍事政権のミャンマーでファッションショーを開催されましたね。

今年、日本とメコンの国際交流年だったということもあり、外務省からお話をいただいて今回ミャンマーでのショーが実現しました。外務省の一人の女性が「何としてでもやりたい」という思いで開催が決まり、たった一人の意思とやる気で成功に導くことができました。「明日から外務省を辞めてもいい、死んでもいいです」と言ったほど、本気でショーをやってくださったんです。ビジョンは作るものではないんです。待っているもの、天から降ってくるものでもなく、その人の心意気と気構えがあればできるものだと実感しました。そして、ミャンマーのショーは「こんなに楽しくて、こんな平和でいいの?」というくらい素敵なショーになりました。

コシノさんがファッションデザインに興味をもたれたきっかけは何でしょうか?

もともと家が呉服屋で、当時母が、ミシン一台から服を作っていました。しかし、ファッショデザイナーを目指す気持ちは全くなく、油絵をやっていました。その頃、姉(コシノヒロコさん)がすでに文化服装学院で学んでいて、そこの先生がたまたま私の家に来たのです。壁にかけてあった私の油絵を見て褒めてくださったのですが、「どうしてお母様と同じファッションの方向を目指さないのですか?」と言われて、私は全然うれしくありませんでした。生まれたときからずっとそういう家庭環境にあったので、憧れがなかったのです。
また、洋服の世界しかわからず、どの商売も魅力的だとは思いませんでした。逃げようと思っても逃げられず、この仕事が天命だと感じたんです。結局、文化服装学院に推薦で入学し、目の前のことに一生懸命取り組みました。半年後はすでに先生の助手をやっていましたが、もちろん基礎はしっかり勉強していました。小さい頃から経験があったので、洋服に関しては全く怖くなかったです。

19歳、史上最年少でファッションデザイナーの登竜門、装苑賞を受賞されていますね。

今でも19歳をクリアしている人はいませんが、あまりに早すぎて欲しくなかったというのが本音です。当時は芥川賞に匹敵するくらいの英雄でしたが、それに縛られてしまうこと
があるんです。賞を取った人よりも取れなかった人のほうが悔しさが一緒になるから、バネになると思うんですね。私はいい思いを19歳でしてしまったので、何でもやりたいことができてしまったんです。ただ、他の人は一度取ったらホッとしちゃって、出発点のはずが最終点になってしまう、それはよくないと思います。賞を取れずに一生悔しい思いをしたほうが、人間って残るんだなと思います。だから、私は逆に早く装苑賞を取れたことがコンプレックスです。

今後のお仕事の夢を教えてください。

私たち日本人は、世界からみたらアジア人です。アジアの感性をもっとコンテンポラリーに、対等になっていく時代にしたいと思っています。私は自分自身が有名になりたいとは思いません。有名というのは自分がするものではなく、人がするものだからです。ただ、一生懸命やっていればなれます。行動を起こさないでじっと待っていては、何も変わりません。「死んでもいいからやりたい」という意気込み、常に先を考えることが大切です。

学生に向けてメッセージをお願いします。

とにかく人の真似をしないこと。自分の育ってきた家庭を大切にして、それを土壌にすることです。育ってきた家庭は全員違います。その違いをかたちにしたらいいと思います。オリジナルは自分の中に存在しているのに、外に求めるからコピーになってしまうのです。そして、「ああなりたい」「こうなりたい」という夢は一生あっていいと思うので、それを持ち続けてください。

学生新聞2009年10月号より

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