西日本旅客鉄道株式会社 取締役兼常務執行役員 デジタルソリューション本部長 奥田英雄
ゆでガエルが大変身! デジタル技術を活用し、「新しい駅」を生む
西日本旅客鉄道株式会社 取締役兼常務執行役員 デジタルソリューション本部長 奥田英雄(おくだひでお)
■プロフィール
1992年入社。不動産部門を経て、主に企画部門で経営戦略、設備投資及びM&A等を牽引。JR西日本イノベーションズ社長を経てコロナ禍にグループデジタル戦略を策定、同時にデジタルソリューション本部を立ち上げ副本部長、2022年6月より現職。
JR西日本のデジタルソリューション本部長として、デジタル技術とデータを活用したビジネスを展開するのが奥田英雄さん。コロナ渦による鉄道利用者数の減少をきっかけに、鉄道にとどまらない分野の開拓に取り組んでいる。時代の変化に伴った、駅をデジタル空間に拡張する技術の開発など、鉄道事業とデジタル技術のコラボとはどのようなものなのか、お話を伺った。
■ボロボロな駅を自らの手で変えたい
私がJR西日本に入社したのは、ちょうどバブルが終わる頃でした。当時の学生は、比較的派手に、なおかつ自由に過ごす雰囲気があった上、また売り手市場だったこともあって、私自身も学生時代にはあまり将来について考える機会はありませんでした。そこで、就職活動を進める中で、様々な企業の方々に「仕事をする中で感動した経験は何ですか?」と聞いて回りました。金融や商社など当時人気のあった企業の方は「大規模な融資を決めた」「海外出張で外国人と仕事をした」といったスケールの大きい話を聞かせてくださいましたが、なぜか私の心には刺さらなかったんですね。一方で、最も魅力を感じたのがJR西日本でした。当時、他の民鉄は自動改札機が導入されているのに、JR西日本だけいまだにきっぷを手渡し。駅の周りにも何もなくてとにかく古かった。その時、社員の方から「あなたは、このボロボロな状態をいかようにも変えることができる」と言われました。ここでなら、自分がやりたいことをできるのではないかと思い、入社を決意しました。以来、30年の月日を経て駅は大きく変化し、それに携わることができたので、あの時の言葉を信じて良かったと思っています。
■関心のあった街づくり事業へ
入社後半年間は、兵庫県にある三ノ宮駅の改札で、お客様への応対やきっぷの受け渡しをしていました。ただ、鉄道会社に入社したにもかかわらず、鉄道よりも駅周辺の街づくりに興味を持つようになった私は、不動産鑑定士の資格取得や、大和銀行(現:りそな銀行)への出向、マンションの分譲事業や駅ビルの開発などを経験させてもらいました。その後約20年間は、不動産で培ったノウハウを生かしながら京都で駅周辺の街づくりや投資部門の責任者、M&Aの資本戦略、経営戦略などスタッフ部門の仕事を中心に従事してきましたが、決して忘れられないのが2005年に当社が発生させたJR福知山線列車事故です。どのような業務に従事していても、鉄道会社社員として決して怠ってはならない「安全の大切さ」に改めて向き合わなければならないと、戒められました。
■ゆでガエルにならずに済んだ
現在私が在籍しているデジタルソリューション本部は、デジタル技術とデータを活用することで、会社を変革していくサポートをする部署です。駅を駅として使うだけではなく、他の視点で新しいビジネスができないか考えています。例えば、現在開催中の「バーチャル大阪駅3.0」というメタバース空間には、開始から3ヶ月間で1600万人ものお客様に訪れていただきました。デジタル空間でアバターを使って待ち合わせをしたり、イベントに参加したりすることができ、海外からも多くのアクセスをいただいています。
この部署が立ち上がったのは、2020年4月頃にコロナウイルスの第1波の際、山陽新幹線の利用者数が対前年の89%減、新幹線16両に10人しか乗っていないような危機的状況が発生したことがきっかけです。鉄道が駄目なら他の事業はどうなのか、と言うと、当社グループのショッピングセンターやホテルはほとんどが駅周辺に立地しているため、鉄道のご利用が減ると、総崩れになってしまうんですね。これを受けて、社長にポストコロナにおける新しい当社のあり方を考えるよう言われました。そこで、「以前の状態には戻らないことを受け止め、著しい環境変化に対応するためにはデジタル技術やデータの徹底活用が必須である」「鉄道(移動)に頼らない新しいビジネスを作らなければならない」と二つの課題を提案し、実行に移したんです。
コロナ前の我々は、足元の売上や利益が好調だったため、人口減少やデジタル化の加速といった社会の変容に目を向けられず、いわば「ゆでガエル」状態になっていました。当社の社長は「コロナのおかげで10年後の世界が先にきてくれた」と言っていますが、まさにゆでガエルにならずに済んだ、ピンチをチャンスに変えた時だったと思っています。
■デジタル技術で大変身
これまで世の中の移動を支えてきた鉄道事業は、大量輸送の特性のもと、お客様をマスで捉えていましたが、会員基盤やポイント基盤といったシステムを生かして、これからはお一人おひとりのニーズを理解して満たせるようにしていきたいと考えています。例えば駅を出た後にはどこに行っているか、何を買っているかなど、データをもとに個人の行動を分析することもできます。そして、それぞれの人のニーズにあったサービスをお届けすることで、また行きたいと思っていただけるような空間にしたいです。
私はこれまでのデジタル変革を通して、「遅れていても一足飛びに変わることができる」と感じています。発展途上国の人たちが、ガラケーを経験せずにスマートフォンを手にし、様々な活用法を見出しているのと一緒です。私が入社当時、単なる通過点に過ぎなかった駅は、今やデータを活用して分析できる仕組みを持ち、お客様とのリアルで重要な接点に生まれ変わっています。
また、駅を起点に技術を生かした新しいビジネスも生まれています。当社で開発した、自動改札機の故障時期を予測するAIは、自社の業務の効率化に貢献することは勿論のこと、鉄道他社や異業種の方々にも展開しています。例えば、JAXAさんとコラボして、人工衛星の故障予測による効率的な運用にも取り組むなど、様々な業界での活用に繋がっています。
■大学生へのメッセージ
皆さん、社会人は面白くないと思っていませんか? 「社会人って意外と面白いよ!」ということを1番に伝えたいです。仕事だけではなくて、結婚や出産といったライフステージの変化など、自分のやりたいことを楽しめる生活が待っています。学生の皆さんは就職活動があると思いますが、楽しい社会人生活を思い浮かべながら、色々な会社を見てほしいです。そしてもう1つ。今のうちからご両親を大切にしてください。社会人になってからも、親と会える時間を忘れずにいてほしいです。
学生新聞オンライン2024年7月17日取材 上智大学3年 白坂日葵
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