ライオン株式会社 代表取締役会長、取締役会議長 掬川正純
ライオンの役目は、人々の健康な生活を支える「習慣づくり」
ライオン株式会社 代表取締役会長、取締役会議長 掬川正純(きくかわまさずみ)
■プロフィール
1984年東京大学農学部卒業後、ライオン株式会社入社。応用研究所研究員として基盤技術を担当し、新規界面活性剤の探索や無機材料の開発に携わる。その後、粉末洗剤『トップ』の開発を担当。ファブリックケア研究所長、ヘルス&ホームケア事業本部長を経て、2019年1月代表取締役社長に就任。2023年3月代表取締役会長、取締役会議長として現職に至る。
石けんとハミガキからはじまり、1891年の創業からより良い習慣づくりを提案してきたライオン株式会社。国内のみならず、アジアを中心とした海外にも拠点を置き、人々に愛される製品を提供している。代表取締役会長、取締役会議長である掬川正純さんに、大学時代、会社の魅力、今後の展望、学生へのメッセージを伺った。
■研究生活の喜びは「考えが裏切られること」
学生時代は、研究者として、毎日実験室で実験器具と向かい、実験データや小さな発見をしながら生活をする将来に憧れの気持ちを抱いていました。実験をするときには、仮説を立て、「こうなるだろう」と予想をして実験をはじめます。もちろん仮説が正しいことに喜びはあります。しかし、仮説とは違う結果が出るときもあります。つまり、自分が考えていたこととは全く違うメカニズムが働き、現象が起きたということ。これはまさに自分の考えが裏切られる喜びの瞬間です。自分が立てた仮説と同じような仮説を他の人が立てることもありますが、これでは面白くありません。違うときこそ、新しい発見があり面白いのです。「そういうものもあるんだ!」と裏切られる経験は、何度か経験しましたが、そのたびに楽しさを抱きました。
■制汗剤パウダーの素材を研究
私は24歳で会社に入り、20年ほど研究所にいました。様々な仕事を経験させていただきましたが、入社後は直接商品には関わらない応用研究所に在籍し、その中でも商品素材を研究する部門にいました。最初は洗剤、ハミガキにも使われている界面活性剤の有機合成を行い、性能を調べる研究を行っていましたが、その後、無機物のシリカの研究に変わりました。シリカは、ケイ素の酸化物で硝子などにも含まれる素材で、サラサラする感触があるので、制汗剤のパウダーとして使用できるのではないかと研究開発を進めていきました。
その後、素材が商品に採用され、世の中に発売された後は、自分が作った商品をお客様がバスケットに入れる姿が見たくて、ドラッグストアへと向かいました。お客様が商品を手に取り、入れてくれる姿を見ると、非常に嬉しかったです。その経験から、自分で希望を出し、直接商品開発を手掛ける研究所に異動しました。
■歯みがき習慣を支えるこだわりのミントの秘密
この50年間でムシ歯を持っている小学生が4分の1に減りました。これは、歯みがきの習慣ができることで口の中の健康状態が改善されたからです。同時にハミガキ市場規模は4倍に拡大しました。私たちの会社は人々の健康を良くするという社会的意義を持っています。歯みがきを楽しく、楽なものに変えていくことが、私たちのミッションの一つだと感じます。
その例のひとつといえば、ハミガキに使われるミント味について。私たちの会社の1階のフロアには、小さな畑があります。ここにはハミガキで使われる味を構成する植物のミントが植えられています。我々はミントに古くから大変こだわっていて、毎年ミントの収穫シーズンになると、産地であるインド、あるいは北米に研究者が行きます。そして、畑を見て回り、当社の味を一定のレベルに維持するため、数種類のミントを異なる割合で調合できるように買い付けをします。そして、毎年、調合比率を少しずつ変え、一定の味にするように調整するのです。
味や香りは、毎日使う以上、違和感を抱かれてはいけません。一度気に入り、クセになってしまうと、他のものは使えなくなってしまいます。それはハミガキだけでなく、柔軟剤の香りでも同じことがあてはまります。もちろん歯みがきは味を味わうためにやってもらうものではありませんが、歯みがき後に爽快感が残り、歯をみがいてもらうことの習慣づくりになれば良いと思います。また、昨今は歯みがきを面倒なものと思う認識があるため、妊娠時にも手軽にできる新しいオーラルヘルスケアの習慣づくりを開発中です。
■日本は、世界に先んじる挑戦が求められている
日本の少子高齢化は、今後も進んでいくと思います。暗い話に聞こえてしまうかもしれませんが、文明が進展し、社会が豊かになるとこうした事態に発展するのは仕方のないことだと思います。この事態を打破するには、世界に先んじる未知なる挑戦をしなければなりません。ライオンでも、今後我々がどう発展していくかという大きな課題に直面しています。ここで何か新しい成功モデルができれば、その経験を活かし、そのほかの国や企業でも成功事例として応用することができます。現在、私たちも日本以外の海外の10の国・地域で事業をしています。新しい挑戦を繰り返し、国内外で役立ていくことが目標です。
■学生へのメッセージ
これから次のステージとして、社会に出て、様々な人生の選択をされると思います。この先の長い人生を進むなか、悩んだり、調べたりすることが沢山あると思います。しかし、最後は必ずしも正解にたどり着くとは限りません。ネガティブに言うつもりはないのですが、正解を選ばずとも「それでいいんだ」と思うことが大切です。一番よくないのが、右に行くのか、左に行くのかで迷ってしまい、結局進まないというもの。
私の場合は、軽い理由で選択肢をいくつか勝手に決めて進んでしまったのですが、今は全く後悔していません。自慢をしているわけではないですよ。大事なことは右に行くか、左に行くか、ある程度考えたら、必ずどちらかに決めて挑戦しましょう。そして重要なのは、自分が選んだ方向が正しかったといえるまで努力を重ねることです。右に行ってしまえば、左にいった自分がどうなるかは実験や研究ではないので、確認できません。こっちで良かったと思えるようになるまで努力をするという覚悟で、思い切った選択をしましょう。そんな想いを持って、いつでも自分の道をやりたい方向に進んでほしいなと思います。
学生新聞オンライン2024年11月1日取材 東京薬科大学2年 庄司春菜
武蔵野大学4年 西山流生/上智大学3年 吉川みなみ/東洋大学2年 越山凛乃/東洋大学3年 太田楓華/津田塾大学2年 石松果林/東京薬科大学2年 庄司春菜
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