作詞家 うえのけいこ

勘違いも、遠回りと思える経験も、成長への第一歩

作詞家 うえのけいこ

■プロフィール
武蔵野音楽大学声楽科卒業。ミュージカル出演を経て、1999年、アニメ『HUNTER×HUNTER』の主題歌「風のうた」で作詞家デビュー。『ROCK MUSICAL BLEACH』『NARUTO』『松竹歌劇団』などの舞台や、サンリオピューロランドのメインパレード『The Quest of Wonders Parade』の作詞を手がける。歌唱指導にも携わり、若手俳優の育成に力を入れている。

『HUNTER×HUNTER』の主題歌「風のうた」をはじめ、数々のアニメ、2,5次元舞台などの作詞を手がけるうえのけいこさん。オペラ歌手を目指して努力した学生時代の経験や、舞台活動を経て作詞家になったこれまでの歩み、作品と向き合う姿勢について伺いました。

■自分の居場所を見つけた学生時代

小学2年生から武蔵野音楽大学の附属音楽教室に通い、音楽全般を学び、日本語でオペラを歌ったり、子役でオペラに出演したりしていましたので、オペラ歌手になれると信じていました。一方で、小学3年生から中学3年生まで、学校ではいじめを受け、居場所がありませんでした。一日中誰とも話さずに帰ってくることもありました。それでも、音楽教室に行けば自分の居場所があり、場所によって周囲からの見え方が違うことに気づきました。 その経験から、すべての場所が難しくても、自分の居場所はどこかにあるのだと信じることができました。また、自分の気持ちを口頭で伝えることが苦手だったので、手紙や交換日記を通して思いを伝えていました。学校では話してくれない同級生も、交換日記では言葉を返してくれました。直接はつながれなくても、書くことでなら人とつながれる。「どう書けば相手に伝わるのか」「どの言葉なら誤解されないのか」を考える経験が、後の作詞にもつながっていったのだと思います。

■作詞家までの道のり

大学時代は、プロとして活躍するオペラ歌手の先生に指導を受けていました。先生はテレビ出演も多く、私は運転や身の回りのお世話など、付き人としてコンサート会場に出入りすることもあり、華やかな舞台の裏にある努力や、楽屋での姿を間近に見る貴重な時間をいただきました。 先生が最高の状態で舞台に立てるよう支えることが性格に合っていましたので、私の裏方人生は、その頃すでに始まっていたのかもしれません。
大学卒業後はオペラ歌手を目指してイタリアへ留学しましたが、「あなたには楽器がない」と言われました。これは、オペラは体そのものが楽器なので、技術があっても体のつくりが向いていないという意味です。そこで、オペラ歌手への道を諦め、泣く泣く日本に帰国しました。周りからミュージカルのオーディションを勧められ、大地真央さん主演の『マイ・フェア・レディ』や、市村正親さん主演の『ラ・カージュ・オ・フォール』などに出演することができました。しかし、舞台に立つうちに、自分の能力の限界と、40歳になった時の自分の姿が見えてしまいました。「これは自分が一生続ける道ではない」と感じ、ミュージカル女優は3年で辞めました。いわば失業して、そこで初めて「そういえば、私は文章を書くことが得意だったかもしれない」と思い出し、作詞家への道を模索し、『HUNTER×HUNTER』の主題歌コンペに参加する機会をいただきました。私は主人公のゴンをくじら島から送り出す育ての母、ミトさんの気持ちを書きました。世界名作劇場世代の私にとって、アニメの主題歌は、見終えたあとの感情に寄り添うものでした。その視点が、監督の目に留まり、エンディング曲として採用され、作詞家としてのデビューにつながったのです。

■キャラクターの想いを歌詞にする

歌詞を書くうえで大切にしているのは、そのキャラクターがほんとうに歌っているように感じてもらえるようにすることです。作品を愛し、原作者の意図や物語、キャラクターの心の動きを深く理解することを大切にしています。原作に直接書かれていない感情でも、言動や物語をたどると見えてくることがあります。勝手に付け加えるのではなく、「この人物なら、きっとこう感じている」と思えるところまで掘り下げて歌詞にします。言葉が思いつかない時は、2,3日作品から離れたり、漫画を読み返したりします。AIについても不安はありません。人が経験した感情や価値観、心のひだまでAIが完全に表現するのは難しいと思うからです。だからこそ、こらからも自分が心を動かされる時間や出会いを大切にしながら、歌詞づくりに向き合い続けたいと思っています。作曲家へのリスペクトも大切にしています。いいメロディーには、すでに言葉があります。作詞家は、その言葉を感じ取り、紡いでいくことが重要不可欠です。

■今後の展望

以前、朝霞市で小学校の音楽の先生をしていたことがあります。ピアノを習ったことがなくても、小学校の音楽室では誰もが楽譜や歌詞に出会えます。それが生涯にわたる音楽との出会いになるかもしれません。いつか音楽の教科書に載る歌を書いてみたいです。校歌とか書けたら素敵ですね。

■学生へのメッセージ

学生の皆さんには、ぜひ「大いなる勘違い」をしてほしいです。私はオペラ歌手になれると信じて音楽大学へ進み、イタリアにも留学しましたが、オペラ歌手にはなれませんでした。その後、ミュージカルの舞台にも立ちましたが、3年で辞めました。当時は挫折や遠回りに思えた経験が、今ではすべて仕事につながっています。声楽を学んだからこそ歌う人の呼吸が分かり、舞台で踊ったからこそ、踊りながら歌える言葉が分かります。手紙や日記を書いてきたから、どうすれば思いが伝わるか分かります。高校を卒業するまで家にテレビがなく、流行から取り残されていたことも、流行では終わらない言葉を書ける、私の強みになりました。人生の途中では、どの経験が何の役に立つかは分かりません。失敗したこと、人と違うこと、自分では欠点だと思っていたことが、ずっとあとになって、その人にしかない力に変わることがあります。だから、最初から正解を選ぼうとしすぎなくていいと思います。「自分にはできるかもしれない」という少しの勘違いがなければ、踏み出せない一歩もあります。自分の感覚を大事にし、目の前にあることに感動して過ごしてください。思い通りの道に進めないことがあっても、偶然の出会いや、たまたま訪れた機会が、人生を思いがけない方向へ運んでくれることがあります。その道はいつか一本につながり、見晴らしのいい景色が見える場所へと、あなたを運んでくれるでしょう。

学生新聞オンライン2026年9月9日取材 文教大学2年 山本瑠泉

早稲田大学3年 中澤京平/専修大学4年 齋藤光貴/法政大学3年 脇田悠太/日本大学1年 田中秀弥/日本大学2年 原田達司/文教大学2年 山本瑠泉/情報経営イノベーション専門職大学2年 山田千遥/武蔵野大学4年 吉松明優奈/城西国際大学3年 渡部優理絵/獨協大学2年 中津亜結梨/東京薬科大学4年 庄司春菜

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