公益財団法人日印協会 理事長 齋木昭隆
違和感の先へ。敬意を持って、まず飛び込んでみよう

公益財団法人日印協会 理事長 齋木昭隆(さいきあきたか)
■プロフィール
1976年東京大学卒業、同年外務省入省。アジア大洋州局長、インド兼ブータン特命全権大使、外務審議官(政務)等を経て、2013年外務事務次官に就任。2016年退官。2017年より公益財団法人中東調査会理事長、2022年より公益財団法人日印協会理事長を務める。
「中学生の夏休みに初めて訪れたインドは、別世界でした」。そう語るのは、日印協会理事長の齋木昭隆氏だ。身分で仕事が決まるカースト制度に強い違和感を覚えた齋木氏は、のちに外交官となり、インド大使や外務事務次官も務めた。インドとの出会い、相手への敬意、そして学生に伝えたい想いを伺った。
中学生の夏休み、父が転勤したインドへ、初めて遊びに行きました。空港に降り立った時から、衝撃の連続でした。人が多い、牛が多い、とても暑い。衛生環境も、日本のようには整っていませんでした。日本の都会から来た少年にとっては、別世界でした。
驚いたのは、街の様子だけではありません。父の家で働くスタッフは、それぞれ仕事が厳格に決められていました。カースト制度に基づくもので、食事中に食べ物を落としても、自分で拾ってはいけません。人を呼んで床を指さすと、慌てて拾い上げてくれます。子供心に、強い違和感を覚えました。
時間の感覚も、まるで違いました。日本では山手線が数分おきに来ますが、インドでは、電車もバスも、時刻のダイヤは関係ありません。バスがようやく来たとなれば、人々がわっと殺到して、とにかく乗っていきます。私たちとは、時間の進み方が違う人たちがいる。少年の私は、そのことを初めて知りました。
■違和感を覚えたカーストは、先人の知恵でもあった
後にインドで多くの人と話すうちに、見方が変わりました。インドの人口は14億人以上、中国よりも多い国です。この人たちが食べていくには、誰もが仕事を持てるようにしなければなりません。カーストは数千種類もあり、すべてが仕事と結びついています。靴屋さんの息子は靴屋、そのまた息子も靴屋。他の仕事に就くことは難しい一方で、自分の仕事は安定的に確保されています。社会の安定のために、仕事ごとに身分を定めた、一種の先人の知恵なのです。
今のインドでは、伝統的ではない仕事も増えています。ITの分野などはカーストに関係がなく、必死に勉強して成功する若者もたくさんいます。ただ、カーストがなくなったわけではありません。憲法は、カーストに基づく社会差別を禁じていますが、カースト自体は否定していません。
インド大使として戻った時は、少年の頃から40年以上が過ぎていました。高層ビルが建ち、地下鉄が走り、放し飼いのような牛も減っていました。けれども、それは表面的なことです。何千年も変わらないライフスタイルがあって、インドはインドなのです。日本も、表面的に変わった部分はたくさんありますが、日本人は結局変わりません。それは、外国に行って、経験して、初めて分かります。
■外交官への道と、大切にしてきた敬意
外交官を目指したのも、子供の頃の海外経験が、一つのきっかけだったと思います。大学3年生の夏、将来を真剣に考え始めると、そうした記憶がよみがえりました。国のために役に立つ仕事がしたい。そう考えて、同学年の5人で勉強会を作り、1年間勉強して、4年生の夏に外交官試験に受かりました。
外国の方と付き合う上で、大切にしてきたことがあります。それは、相手に対する敬意です。相手にネガティブな印象を持っていると、言葉の端々や態度で、すぐに伝わってしまいます。ですから、いいところを積極的に見つけて、それを褒めるのが一番です。私はインド大使の時も、そうするようにしていました。褒められて怒る人はまずいませんし、みんな喜びます。
■行って、住んでみないと分からない
外国のことは、行って住んでみないと分からないことがたくさんあります。本や映像で見るインドには、美しい世界もあります。一方で、そうした姿だけではない、日常の姿もあります。タージマハルのすぐそばには、厳しい暮らしを送る人々の街が広がっています。それでも、その両方が混ざり合っているのが、インドなのです。
仕事でインドに駐在する方の中には、会社に言われて、最初は戸惑いながら行った人もいます。そういう人も、いる間にだんだん慣れてきて、インドも悪くない、インド人も悪くないと思うようになります。もちろん、お腹をこわすのは、必ず経験することです。ただ、大事に至る人はほとんどいませんから、こわす前提で行くくらいが、ちょうどいいのかもしれません。
こうした経験を、今は日印協会の理事長として生かしています。日印協会は、1903年に設立された、日本で最も古い民間の友好交流団体です。政府が条約のもとで大枠を作り、企業が実際に活動する。その両者がインドと交流を深める時の、補助的な役割を担っています。
そこで一緒に働きたいのは、インドに関心を持つ意欲的な学生さんです。日本からインドを見ているだけでなく、実際に現地へ行って、インドの良さも悪さも、両方経験してくれる人がいいですね。
■学生へのメッセージ
皆さんが生きている日本は、どのようにして作られてきたのでしょうか。父親、母親、おじいさん、おばあさんと、何世代にもわたって苦労し、それぞれの分野で努力してきた成果が、今の生活のプラスの面として出ているのだと思います。先人が作ってきた文化や伝統も、価値があるからこそ廃れていません。
大相撲は神話の時代からあると言われますし、和食の出汁も、各地で違うものが生まれ、今も生きています。そういう伝統の上に自分がいることを、時々立ち止まって思い返してほしいのです。守って次へつなぐのは、若い人の務めだと思います。新しいことも大事ですが、古いものが生きているのは、そこに価値があるからです。
そして、若い人には、負けず嫌いの気持ちを期待します。インドに行く機会があれば、ぜひ飛び込んでみてください。まず足を踏み入れて、しばらく過ごして様子を見る。それが、大事な経験になると思います。
学生新聞オンライン2026年10月1日取材 早稲田大学3年 伊藤健太

早稲田大学3年 伊藤健太/日本女子大学1年 大池絵万里/法政大学1年 山田賢彦


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