小説家 平野啓一郎(ひらの けいいちろう)
拝啓 今を生きる現代人。激動の時代に、どう生きるか。
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小説家 平野啓一郎(ひらの けいいちろう)
■プロフィール
1975年、愛知県蒲郡市生まれ、福岡県北九州市出身。京都大学法学部卒。在学中の1999年に文芸誌『新潮』に投稿した小説『日蝕』で第120回芥川賞を受賞した。以後、一作毎に変化する多彩なスタイルで、数々の作品を発表し、各国で翻訳紹介されている。主な著書に、小説『マチネの終わりに』、『ある男』、『本心』等、エッセイに『私とは何か 「個人」から「分人」へ』、『三島由紀夫論』等がある。2024年、短篇集としては10年ぶりの発表となる最新作『富士山』を刊行。
大学在学中に執筆した「日蝕」が芥川賞を受賞し、小説家デビューした平野啓一郎さん。社会問題や倫理を交えながら人間の多面性に触れる作風で、特に生きづらさを抱える現代人に深く刺さる。読者から高い共感を得る物語はどのように生まれるのか、平野さんには現代がどう映っているのか、お話を伺った。
大学入学時は、実は“文学少年”から脱しようと思っていました。中高生から岩波文庫や海外文学などを読んでいたのですが、もっと実際的な人間になりたかったんです。バーテンダーのアルバイトをしたり、バンドを4つ掛け持ちしてエレキギターを演奏したり。ただ、授業用の教科書を買おうと訪れた書店で、地元と比べてはるかに多くの本が並んでいるのを見て夢中になってしまいました。幸か不幸か、文学の世界にまた浸かっていきましたね。恩師である小野紀明先生の情熱的な政治思想史の授業からも影響を受けました。
■これでやっと「小説家」
小説家としてデビューしたのは、大学5年生の時。周りが就活する中で執筆していた「日蝕」が文芸誌「新潮」に掲載されたことがきっかけです。小説は高校生から書いていましたが、当時は自分が小説家になる未来は見えず。ですが、本を読むと「自分ならもっとこう書くのに」と感じることは多々ありました。子供の頃の読書感想文でも、純粋な感想というよりその違和感を書いていましたし(笑)。時間があれば本を読みたくなるし、読んだら書きたくなる。大学でもそれは変わらず、やがて「小説家になりたい」と強く意識するようになりました。ただ、「小説を書いている」と言うと馬鹿にされるような感じで、誰かに打ち明けることはありませんでした。しかし「新潮」で客観的な評価をもらえたことで、「これでようやく周りに話せる」と嬉しくなりました。後に「日蝕」は芥川賞を受賞するのですが、批評はあれど、当時は初めて自分の作品が評価されることに大きな喜びを感じていました。
■作品の“ボーカル”に思いを託して
基本的に、自分が書きたいことを表現するようにしています。「なんとなく」や思いを一方的に綴るだけでは、読者はついてきてくれません。そのため、語りたいことをどんなキャラクターにどう託すかを考えています。特に主人公は重要なので「脳内オーディション」を開いています。作品の主人公は、バンドのボーカルみたいなもの。オーディエンスが、ボーカルの歌声を通じてバンドの世界観を受け止めるように、読者は主人公を通じて物語の世界を受け止めます。思考する能力が高い主人公には深い内容を語らせますし、そうでなければ、思考する能力の高いキャラクターを脇役で登場させて補ったりしています。
物語のアイデアは、いくらでも思いつきます。ですが、そのアイデアが“使えるかはまた別物。使えない種は次第に消えていくし、良い種は磨かれて雪だるま式に大きくなっていきます。そしてその先でクライマックスを想像できたら、それは“書ける”。それからはそのクライマックスを逆算してその間の物語を表現していく、という形で書くことが多いですね。
■“40人中1人のネットワーク“を全世界へ
僕は、「読者」というより「現代社会を共有している現代人」に向かって書いています。作家が書きたいことが必ず全員に響くかと言えば、難しいかもしれません。ただ、同じ社会システムの中で生きる僕たちが経験する苦しみや喜びは、多くの共通点があるはずです。そう考えると、「自分は今どんな時代を生きて、何に苦しんで何に喜びを感じるのか」を考えることが、読者との共感の道を探ることに繋がると思っています。
僕は子供の頃から、40人のクラスの中で39:1になるような少数派の人間でした。「自分の方が正しい」と思っても理解されづらく、「あの輪に入ったら楽しいだろうな」と寂しく思うこともありました。ただ文学の世界は、僕と同じように「40人中1人」の経験をしている作家や読者が意外と多いんです。この小さな世界は、1000人中なら25人くらいになるし、日本や世界の中ならそれなりの規模になりますよね。自分が孤立していると思っても「自分だけじゃない」と読者が共感や感動できる作品を書ければ、表現者として嬉しい限りです。
■揺れる時代でも、愛という人間らしさを
今後も「社会構造の中からテーマを考える」というスタイルは続けていくつもりです。ただ、2000年代に入ると社会の変化が非常に速い。激動の時代に生きていること自体が一つのテーマになるし、10年後や20年後を書こうとしてもその時には時代遅れになる可能性が高いです。だからこそ、「今」に目を凝らすことが必要だと考えています。そして、変化の中でも生きていく上で抱く喜びや愛という根本的な人間らしさは変わりません。変化に翻弄される部分と、その中でも変わらない人間らしさ。この両方を描きたいと考えています。「10万部売れるとベストセラー」と言われる文学の世界ですが、作家の生前はそうだとしても、その後に作品がじわっと広がる場合もある。その時代の社会や作家の考え方が残り続けていくことが、文学の在り方だと感じています。
■大学生へメッセージ
社会や自分の現状で「何が問題なのか」を直視してほしいです。社会人になると、上手くいかない理由や対処法を考える機会は多くなりますし、その時に自分の考えを持っている人は重宝されるからです。そのためには、まず社会に関心を持つことです。役に立つ情報だけを得ることはできないので、表面的な情報だけでなく歯ごたえのある本も読んで、思考力を身につけてほしいです。上手くいかない時は「この自分はダメだったけど、他のコミュニティには違う自分がいる」と考えてみてください。自分を一点投資するのではなく、力を分散しながら課題に向き合ってほしいですね。
学生新聞オンライン2025年1月20日 上智大学3年 吉川みなみ
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日本大学4年 西村夏 / 東洋大学2年 越山凛乃 / 上智大学3年 吉川みなみ / 早稲田大学4年 鈴木準希
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