参議院議員 足立康史

「人生20年説」で挑み続ける。選んだ道から広がる無限の可能性

参議院議員 足立康史(あだちやすし)

■プロフィール
昭和40年10月14日、大阪生まれ。大阪府立茨木高校、京都大学、同大学院を経て、経済産業省に入省。同省時代に米国コロンビア大学国際公共政策大学院に留学し修士号取得。20年余り経産省に勤務し、東日本大震災と東京電力福島第一原発事故を機に政治に転じる。第2次安倍内閣の発足につながる平成24年12月の総選挙に初挑戦し初当選。衆議院議員を四期12年務め、日本維新の会国会議員団政務調査会長、憲法改正調査会長等を歴任。令和6年10月の衆院補選における日本維新の会による選挙違反を公益通報したことから刺客を送り込まれ、地元の混乱を避けるため引退表明。令和7年7月の参院選に国民民主党比例区候補として立候補し組織内でない個人として党内トップ当選を果たす。

経済産業省の官僚から政治家へ転身し、ダイナミックな挑戦を続ける足立康史氏。都市計画の専門知識や官僚時代の現場経験をもとに、日本の都市制度や政治のあり方に深く切り込んできた。「人生20年説」を掲げ、常に前向きに時代を切り拓いてきた足立氏が、これからの日本を担う学生へ贈る情熱のメッセージとは。

私の学生時代は、学問とスポーツの両方に全力を注ぐ日々でした。京都大学工学部に進学し、都市計画や都市経済の研究に没頭しました。本州四国連絡橋の整備が地域経済に与える影響などを、コンピューターを用いて都市モデルを回しながら分析していたのです。一方で、京都の「哲学の道」を歩きながら物事を深く思索することもありました。また、学生生活で最も多くの時間を捧げたのが体育会水泳部での「水球」です。高校時代から水球に打ち込み、朝から晩までプールで汗を流す生活を送りました。
大学院修了後は通商産業省(現・経済産業省)に入省しました。都市計画の知見を活かし、国家の産業政策や経済外交に携わる中で、大臣官房参事官や北京出張、さらにはベルギーのブリュッセルにあるEU本部への駐在など、主要な役職や海外現場でキャリアを積み重ねていきました。

■東日本大震災が転機に――行政の限界を超え、政治の道へ

人生の大きな転機となったのは、ベルギー駐在中の2011年3月11日に発生した東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所の事故でした。現地でニュースをつけた瞬間、画面越しに母国・日本が激しい津波と原発事故に見舞われている光景を目にし、強い衝撃と危機感を覚えました。経済産業省はまさに原発行政を担ってきた当事者です。強い責任を感じると同時に、「今こそ母国のために自分が立ち上がらなければならない」という衝動が突き上がりました。
当時の情勢を見て痛感したのは、現場でどれほど優秀な公務員や行政機構が頑張っても、それを導く「政治」が機能していなければ国は変わらないということです。国家の危機を救うには、行政の枠組みにとどまるのではなく、自らが政治の場に躍り出て仕組みそのものを変革しなければならない。そう確信した私は、即座に辞表を提出して帰国し、故郷である大阪から政治活動を開始したのです。

■「政治・行政・政策」の3層構造と、都市制度改革への情熱

世の中の仕組みや社会問題について考えるとき、私はよく建物の「階層構造」に例えて説明します。
1階部分にあるのが「政治(政党政治)」であり、すべての岩盤となる土台です。その1階の上に成り立つ2階部分が「行政(統治機構)」であり、さらにその上の3階部分に「政策(経済・外交・社会保障など)」が存在します。多くの人々は3階にある「政策」の議論に目を奪われがちですが、本当に実効性のある政策を生み出すためには、1階の政治と2階の行政機構が堅牢かつ公正に構築されていなければなりません。
今、日本の成長を牽引しているのは全国の政令指定都市をはじめとする「都市の力」です。しかし、現行の都市制度では都道府県知事と市長の関係性が曖昧で、いわゆる「二重行政」の非効率が生じています。この課題を解決するための改革案には、現状維持のほかに「都構想(特別区設置)」と「特別市制度」という複数の選択肢が存在します。私は、東京都のように都市を特別区に分割するのではなく、都市の権限や財源を強化・拡張する「特別市」のようなアプローチこそが、日本各地の都市が持続的に成長するための鍵になると考えています。

■選択肢をオープンに提示することが、公正な政治をつくる

制度改革や選挙において私が最も重要視しているのは、「国民や市民に対して選択肢を隠さず、すべてをオープンに提示すること」です。現状維持か既存の改革案かという二者択一に絞り込み、他の有効な選択肢(特別市など)を排除してしまっては、真に公正な判断や意思決定はできません。
首都とは何かという根本的な定義を議論せずに「副首都」を議論したり、都合の悪い選択肢を覆い隠して推進したりする政治手法には明確に異議を唱えてきました。たとえ少数派となろうとも、間違っているものには「違う」と声を上げ、より透明で公正な選択肢を国民の皆様に示し続けること。それこそが、私が目指す「私心のない、公のための政治」の姿勢です。

■学生へのメッセージ

これからの未来を担う学生の皆さんにぜひお伝えしたいのは、「人生20年説」という考え方です。人生100年時代と言われる現代において、人生は20年ごとに区切ることで、およそ5回の異なる「人生」を生きることができます。
私自身、20代までは学問や水球に打ち込む「学生の時代」、次の20年間は中央省庁で国家のために働く「官僚の時代」、そして50代からの現在は「政治家の時代」として、それぞれ全く異なる世界に情熱を注いできました。今、自分が描いていた通りの大学や学部に進んでいなかったとしても、将来の目標がはっきりと決まっていない状態にある場合も、まったく焦る必要はありません。人生は何度でもやり直しができますし、目の前の選択によって可能性は無限大に広がります。120歳まで生きるとすれば、還暦の私も、折り返し点を過ぎたばかりです。
大切なのは、「届かない夢や実体のない理想像」をただ眺めることではありません。今日という1日の中で自分が前進しているという「実感を伴う挑戦」を積み重ねることです。「やらないで後悔するより、やって後悔する」道を選んでください。目の前の課題や学問に全力を注ぎ、自由な発想で自分の未来を力強く切り拓いていってくださることを心から応援しています。

学生新聞オンライン2026年7月26日取材 大阪女学院高等学校3年 髙橋花綾

大阪女学院高等学校3年 髙橋花綾/日本大学2年 原田達司/明星高校3年 徐孝輔/同志社大学3年 平岡三奈/関西外国語大学3年 石川遼
オンライン参加:津田塾大学4年 山下さくら/慶應義塾大学4年 山本唯那

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