株式会社立飛ホールディングス 取締役広報部長 上保達雄
利益は二の次に地域に貢献を第一に。

株式会社立飛ホールディングス 取締役広報部長 上保達雄(うわぼたつお)
■プロフィール
1969年8月3日生まれ、東京都出身。1993年立飛企業株式会社入社。2012年のグループ再編後、株式会社立飛ホールディングス広報部長を経て、2024年に現職就任。
東京都立川市の約25分の1の約98万㎡の敷地を所有する立飛グループ。立川飛行機を前身に、現在は立川市で不動産賃貸・開発を中心に地域社会の発展のための事業展開を行っている。教育・文化・芸術・スポーツにも力を入れている立飛ホールディングスの魅力を取締役広報部長である上保達雄氏に伺った。
■学生時代に培った現代の感覚
私の実家は、学生時代そろばん塾を経営しており、週4日、昼の15時から19時30分くらいまで授業を行っていました。私もそろばんの資格を持っていたので、大学の授業が早く終わった時には18時30分くらいまで塾の手伝いをしていましたが、当時様々な子ども達に教えていたので、自分の中でも知らぬうちに子供たちの性格を見ながら教えるという感覚が身についていきました。現代では、パワハラなど様々なハラスメントが問題になっていますが当時からハラスメントへの意識が備わっていたように思います。
■当時では珍しい定時始業・定時終業
大学を卒業する頃は、ちょうど就職氷河期の初めでした。当初は安定した公務員を目指していましたが、偶然、学校の就職課の方に立飛企業(現在の立飛ホールディングス)を勧められましたので、自分で調べたり、家族に相談したりしたところ、とても良い会社だと感じて入社試験を受け、無事試験に合格し入社することができました。入社して先ず驚いたのは、勤務時間についてです。就業時間は基本的に8時30分から17時までですが、一部を除いて、ほとんどの社員が17時には退社していたのです。私は現場採用だったので施設管理を行っていましたが、その業務でさえも17時になると上司から「早く帰るように」と促されていました。さらに驚いたことは、私の勤めていた隣の部署では17時5分になると部屋の照明が消され、みんな一斉に帰宅していたこと。早く帰れるのはもちろん良いことなのですが、一方で「こんな早く帰っていいものか」と複雑な心境もありました。
■経験を活かした部署の異動
施設管理の部署の後、グループ会社や不動産部で経験を積み、財務広報企画部を経て、現在では広報部を担当をしています。不動産部に所属していた時には、当時100社ほどいるテナントの担当者の方と契約交渉や日々の窓口として、対応していました。テナントの担当者の方から賃貸している物件の不具合やテナント工事として先方で造作を検討する際など、さまざまな相談を受けることがありましたが、前部署で施設管理の業務を行っていた経験が活かされ、素早い回答ができたこともありましたので、自分にとって自信となりました。その後、財務広報企画部に配属された際は、会社の収入と支出のしくみを理解することができ、当時当社の収入の大半であったテナントからの賃料収入がどのように使われていくのかを知り、大きく成長できたと感じています。現在の広報部門では、メディアとのリレーション構築や会社のブランディング、会社の様々な情報を広く伝えることを主に行っています。会社のことを伝えるには、自分自身が自社のことをよく知っている必要があるので、過去に様々な部署を経験したことで得た知識は、会社の魅力を伝える上で大きな武器になっていると感じます。
■立飛ホールディングスの魅力
立飛グループは立川駅の北側に約98万㎡の敷地をほぼ一体となって所有しており、その敷地の真中には多摩モノレールの駅が二つもあります。その一つが立飛駅と名づけられており、大変珍しいことのようです。立川市にこれだけの広大な社有地があるからこそ、ららぽーと立川立飛やアリーナ立川立飛、グリーンスプリングスなどの施設を我々の意思で開発することができますが、独自でこれほどまでに多様な施設を開発できる会社は、あまりないと思います。また、立飛では年齢や経験に関係なく、積極的に大きな事業に関わる事ができます。また、トップ(代表取締役社長)との距離がとても近いのも特長的です。新入社員でも社長室に入る事ができ、社内の新年会や懇親会の他、社長の都合があえば、個別に話しをすることもあります。これほどトップと接する機会がある会社は、なかなかないと思います。
■スポーツで地域活性化を
当社の企業ビジョンのひとつとして、スポーツの分野で地域に貢献する、ということを掲げています。具体的な施策として2017年にアリーナ立川立飛、タチヒビーチ、2018年にドーム立川立飛という施設を建設しましたが、アリーナ立川立飛の建設中にバスケットボールB1リーグで活躍のトヨタアルバルク東京からホームコートとしてアリーナ立川立飛を使用させてほしいとの依頼があり、お貸ししていた時期もありました。現在は様々なスポーツチームを応援させて頂いているのですが、地域の方を中心にアリーナ立川立飛やタチヒビーチ等に試合の応援に来てくださる機会も多く、街の盛り上げのお手伝いができているのでないかと感じています。
■目先の利益を追わず、地域のために
立飛ホールディングスは広大な土地を所有していますが、この社有地は我々だけの資産ではなく社会資本財として捉え、地域の人のためになるものを作っていくことが必要だと考えており、社長である村山正道は「そのために大切なのは、目先の利益は追わないことだ」とずっと言い続けています。立川には戦前から基地があり、戦後は米軍が駐留していたこともあった為、「基地の街」というイメージがずっとありました。当社はもともと1924年に株式会社石川島飛行機製作所として月島で創業しましたが、1930年から当時の陸軍の命を受け、立川に移転し(1936年から立川飛行機株式会社に名称変更)、基地の隣で飛行機の製作をしていた歴史があるため、一部の地域の方からはあまり快く思われていない時期もありました。現在は地域のために貢献していこうという強い意志を持って事業を進め、また、地元の様々な会合等に積極的に参加することで、商工会議所や警察・消防関係等を中心に、地域とのかかわりが増えています。
これからも地域の方々に喜んでいただける開発を進めていき、後々「実はあの事業は立飛がやっていたのか」と分かってもらえるのが理想です。
立飛ホールディングスは、昨年ちょうど100周年を迎えました。様々なイベントを開催して地域への恩返しをしながら、50年後のビジョンを達成するために、今できることを取り組んでいきたいと考えています。
■大学生へのメッセージ
学生時代に知り合った学校の友人はもとより大学のサークルや部活動等で知り合った仲間、バイト先の先輩後輩等との関係を大切にし、多くの人脈を作っていくことをおすすめします。社会人になってからも関係を続けていくことで同業種のみならず異業種の仕事をしている人と様々な情報交換ができることや仕事上で壁にぶつかったときなど、周囲に話を聞いてくれる友人や頼れる人がいることで相談がしやすくなり、問題を解決するヒントを貰えたりすることがあるからです。また、経験を積み年齢を重ねてからもプライベートな付き合い以外でも参考になることや仕事上でお互い協力しあえることが必ず出てきます。だからこそ、人との繋がりを大切にしてくださいね。
学生新聞オンライン2025年3月3日取材 東京経済大学1年 望月虎輝

東京経済大学1年 望月虎輝/国際基督教大学 2年 丸山実友 / 城西国際大学 1年 渡部優里絵/国際基督教大学 2年 若生真衣
No comments yet.