映画『「桐島です」』

毎熊克哉

偽名で生きてきた。
けれど心までは、偽らなかった。

2024年1月26日、衝撃的なニュースが日本を駆け巡った。1970年代の連続企業爆破事件で指名手配中の「東アジア反日武装戦線」メンバー、桐島聡容疑者(70)とみられる人物が、末期の胃がんのため、神奈川県内の病院に入院していることが判明した。
男は数十年前から「ウチダヒロシ」と名乗り、神奈川県藤沢市内の土木関係の会社で住み込みで働いていた。入院時にもこの名前を使用していたが、健康保険証などの身分証は提示しておらず、男は「最期は本名で迎えたい」と語った。報道の3日後の29日に亡くなり、約半世紀にわたる逃亡生活に幕を下ろした。
桐島聡は、1975年4月19日に東京・銀座の「韓国産業経済研究所」ビルに爆弾を仕掛け、爆発させた事件に関与したとして、爆発物取締罰則違反の疑いで全国に指名手配されていた。最終的に被疑者死亡のため、不起訴処分となっている。

桐島は何を思い、どんな事件を起こし、その後、半世紀にわたって、どんな逃亡生活を送っていたのか。
学生新聞インターンが鑑賞した感想をご紹介します。みなさんもぜひ劇場へ!

「逃げる」という行為の重みを、これほどリアルに感じたのは初めてでした。
映画を観て強く思ったのは、ただ事件の概要を知るだけでは見えてこない、桐島という一人の人間が抱えていた孤独や不安、そして後悔が、画面の向こうからひしひしと伝わってくるということ。ニュースや記事では知り得なかった「感情」が、確かにそこに存在していました。
特に印象的だったのは、いつ素性がバレるか分からないという緊張感の中で生き続けることの苦しさです。その張りつめた日常が、静かな演出と毎熊克哉さんの繊細な演技によって丁寧に描かれ、観ているこちらの呼吸まで浅くなるような感覚に包まれました。桐島の行動の動機も、言葉ではなく、表情や間の取り方を通じて自然と伝わってきて――気がつけば、彼を理解しようとする自分がいました。
事件の指名手配犯を描きながらも、問いかけてくるのは「人として、どう生きるか」。観終わったあとも余韻がじんわりと残り、静かに心を揺さぶられる作品でした。
津田塾大学3年 石松果林

みんな見たことがあるあの顔、私は顔だけで彼が何の罪を犯したのかまでは把握していなかった。映画を見る前は、指名手配犯故彼はもっと凶悪で、危険な思想の持ち主だと思っていた。でも映画が映し出した彼は、困っている人に率先して手を差し伸べ、弱い立場の人々に寄り添う、確固たる正義感を持った人だった。その正義が結果として犯罪に繋がってしまったわけだが、「犯罪者だから危険」という画一的な見方をすることの偏見に気づかされた。舞台である高度経済成長期の日本では、不当に扱われた労働者による労働運動が起こっていた。現代は働き手が神様と言われるほど、どんどん労働供給制約社会化が進行し、労働者は選ばれる側から選ぶ側に移行している。今の時代なら労働環境に不満があればストライキよりも転職を考える人が多いと推定できる。つまり時代背景も、彼の行動に影響を与えたと言える。もし彼がインターネットのある現代の学生だったら、爆破という犯罪に手を染めず、自由な人生を送れていたのだろうか。
青山学院大学1年 松山絢美

映画『「桐島です」』

出演:毎熊克哉
奥野瑛太 北香那
高橋惠子
監督:高橋伴明
脚本:梶原阿貴、高橋伴明 音楽:内田勘太郎 撮影監督:根岸憲一
配給:渋谷プロダクション
2025年/日本/カラー/アメリカンビスタ/5.1ch/日本語/105分
©北の丸プロダクション
2025年7月4日(金)より新宿武野館蔵ほかにて公開

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