パナソニック株式会社 取締役 常務執行役員 チーフヒューマンリソースオフィサー 加藤直浩
「企業の差は人の差」。チームとしての魅力を最大化する

パナソニック株式会社 取締役 常務執行役員 チーフヒューマンリソースオフィサー 加藤直浩(かとうなおひろ)
■プロフィール
慶應義塾大学卒業、1990年パナソニック入社、一貫して人事畑を歩む。
事業部門を長く経験し、現場のカルチャーやモチベーションを重視しつつ前例に捉われない変革をモットーとする。多くの経営者とともに組織変革、タレントマネジメント仕組み構築、報酬制度改革、拠点改革などを担当。99年に欧州勤務を経験、2010年にオートモーティブ事業部門の人事部長。2013年に北米本社の人事担当役員として世界最大級の車載電池工場の立ち上げを担当。2017年インダストリー事業部門HRヘッド、2019年オートモーティブ事業部門HRヘッドを経て、2022年4月よりパナソニックのCHRO。
かの有名な松下幸之助が創業し、今では我々の暮らしの中に当たり前に存在するパナソニック。家電から住宅設備、食品流通、空調分野まで、生活のあらゆる場面でその名を目にする企業だ。そんな企業で、最高人事責任者として人的資本経営の中枢を担う加藤直浩さんに、これまでの歩みと現在の想いを伺った。
私は高校卒業まで名古屋で過ごし、やりたいことを見つけたいという思いから周囲の反対を押し切って大学で上京。生活費を賄うために複数のアルバイトを経験し、そこでさまざまな人とのつながりを実感した。また、交換留学で日本に来た留学生の学生生活の立ち上げのお手伝いや学校の案内、日常生活などの支援等も経験。当時はスマホやPC等もなく、アルバイト以外は勉強か部活中心で、まだ日本の大企業が今より元気な時代でもあり、大学を卒業したらそのような会社に就職するのが当たり前の世界。ただ一方で、「将来自分が本当に何をしたいのか」がクリアではなく、ジレンマも感じていた。そのため、何の確信もないまま日本より発展しているアメリカに行けば何か見つかるはずと信じ、大学三年生の時に一ヶ月間アメリカを旅し、自分の将来を真剣に見つめ直す時間を取った。なんの計画も立てず、宿も取らずに行ったためたくさんの苦労もあったが、素晴らしい経験の数々が今でも心に残っている。
■入社の原点は、世界を相手に勝負したいという想い
旅先で日本製品が世界でも浸透していることに誇りを感じ、帰国時にはグローバル製品を作る会社で働こうと志していた。「モノを通じて世界に自分たちが役に立っているという実感が欲しい」と強く思ったため。そして、当時、海外に進出している駐在員の数がトップだった企業がパナソニックだったため、パナソニックへの入社を決める。本音を言えば海外営業を希望していたが、配属は人事部。若い頃は人事にやりがいを感じられなくて、毎年営業への異動を希望したが叶えてもらえなかったため、とにかく海外で働きたいという希望だけは叶えてもらい、海外に渡った。現地スタッフはみな明るく、前向きな姿勢が印象的で、日々の仕事が楽しかったのを覚えている。異文化の中で「人」に向き合う仕事の奥深さを感じたことが、人事という職への視点を変えるきっかけになった。
■人事の仕事は「人の可能性を引き出す」こと
人事の仕事とは、採用や評価だけでなく、マネジメントや人材育成を通じて「人の可能性を最大限に引き出す」こと。パナソニックでは、個々人の強みを尊重しつつ、チーム全体としての魅力をどう高めるかに力を入れている。それが、文化的にも企業理念としても生き続けていることが強みだと思う。私は「企業の差は人の差」だと考えている。企業としての実態というものはなく、どの会社もそこに集う人々が全てつくりあげている。生産設備や商品などはもちろんあるが、元を辿ればそれすら全て人が作り上げている。結局は人の知恵や創意工夫が価値を生み出している。創業者・松下幸之助の企業理念として「人づくり」の重要性が語り継がれており、その精神は今も文化として生き続けていると思う。
■能力を引き出すには「恐れを与えない」こと
人には場面によって引き出せる能力の幅が違うという特徴がある。これをいかに最大限引き出すマネジメントをするかが、チームとして考えるべきこと。人事の仕事とは、まさに人の能力を最大限引き出す環境作りにあると考えている。ハーバード大学でリーダシップ論を研究するジョン・P・コッター教授によると、人間には「生存チャネル」と「繁栄チャネル」という2つのチャネルがある。生存チャネルは恐怖や不安があると作動し、その対処に一気に集中し他の思考が遮断されてしまうという特徴がある。生命の危機の場合にも作動するので、これが人類を絶滅から救った大きな要因とも言われている。一方で、繁栄チャネルは創造力や挑戦心と結びつき、アイデアを生み出す源泉になる。ただし、生存チャネルが強いと繁栄チャネルが機能しないという特徴がある。私たちが引き出したいのは、もちろん後者であり、そのためには、上司からの過度なプレッシャーや将来への不安など「心理的な恐れ」を極力与えないマネジメントが重要。一方で、個々人の繁栄チャネルを引き出して、成果を上げたらそれにしっかり報いるということも重要。いわゆる報酬や評価が個人の能力を最大限引き出すことにつながる一助になるということであり、そういった仕組みづくりに力を入れている。
■Will・EQ・Integrityを重視した採用
共に働きたいのは、Will(意志)、EQ(心の知能指数)、Integrity(誠実さ)の3つを有する人。「何をやりたいか(Will)」は社会課題やお客様課題などを解決する出発点。ただし、やりたいことがあっても一人だけで実行するのは困難。そのため、チームで動く中でそのチームのアウトプットを最大化できるための他者とのコミュニケーション力(EQ)が大事になる。また、「誰かのために」動ける人が必要。出世すれば私利私欲に目が眩むこともある。でも、それを自覚したうえで「大義」を持ち他者のために行動できる(Integrity)人を、私たちは歓迎したいと思っている。
■大学生へのメッセージ
学生時代は、人間関係や将来への不安など、さまざまな悩みがあるかもしれない。そんなときは、あえて苦手でもその相手に話を聞きに行ってほしい。人は話を聞かれると心を開くもの。結果会話してみることで、自然と気持ちも軽くなっていくはず。大学時代は、自分の時間を自分でどう使うかを決められるこの上ない貴重な時期。「私は何者か」「何がしたいのか」という本質的な問いに、真正面から向き合ってほしい。何より行動することが大切。動かなければ扉は開かない。自分の強みや興味を活かせることができたら、仕事は楽しいと思う。ぜひそういうことを見つける時間にしてほしいと思っている。
学生新聞オンライン2025年6月16日取材 情報経営イノベーション専門職大学1年 徳原拳聖

情報経営イノベーション専門職大学1年 白石侑生/情報経営イノベーション専門職大学1年 徳原拳聖
学習院大学2年 鈴木裕大/法政大学1年 渡辺碧羽/昭和女子大学2年 阿部瑠璃香
国際基督教大学3年 丸山実友
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