映画監督 佐藤慶紀 映画『もういちどみつめる』
向き合う勇気を、映画という形で人々の心に届ける

映画監督 佐藤慶紀 (さとうよしのり)
■プロフィール
2013年、『BAD CHILD』がロサンゼルス・アジア太平洋映画祭に正式出品。『HER MOTHER 娘を殺した死刑囚との対話』(16)は、釜⼭国際映画祭ニューカレンツ部⾨、大阪アジアン映画祭などに正式出品され、ヴズール国際アジア映画祭インターナショナルコンペティション部門でスペシャルメンションを受賞。2019 年、ドキュメンタリー映画『新宿タイガー』が、大阪アジアン映画祭に正式出品。
映画制作への情熱を胸に、大学時代から作品を作り続けてきた佐藤慶紀監督。社会の現実と向き合い、若者や生きづらさを抱えた人々の心に寄り添う姿勢は、作品に深い魅力を与えている。映画『もういちどみつめる』に込めた思いや、表現者として大切にしていること、大学生へのメッセージを語っていただいた。
■映画との出会いと大学時代の挑戦
映画は小さい頃からずっと好きで、小学校高学年のころから、一人で映画館に行くこともありました。映画館という場所自体が好きで、映画を観る時間は特別な時間でした。大学進学では、映画を学ぶことができたら大学生活も楽しくなるだろうと考え、南カリフォルニア大学で映画制作を学びました。
大学時代は、幼少期から関心のあった社会問題や違和感をテーマに、映画を通して問いを立てることもありました。たとえば、アメリカにいる時には英語で社会風刺をテーマにした作品を作ったこともあります。
また、大学ではミニシアターに出会い、青山真治監督の『ユリイカ』など、独特の世界観を持った作品に触れることで、表現の幅を広げることができました。そうした経験が、後に自分の映画制作への関わり方や作品のテーマ設定に大きな影響を与えています。
■テレビディレクターと映画制作、二足のわらじで見つけたやりがい
卒業後は日本に戻り、テレビのディレクターとして働きながら、自主映画を作る生活を続けました。テレビの仕事は忙しいですが、さまざまな企画や調査を通して知らない世界を知れることは大きなやりがいでした。同時に、自分で考えた企画を形にできる映画制作は、表現の自由度が高く、自分自身の興味や思いを追求できる場でもあります。
テレビと映画の両方を経験することで、それぞれの仕事から得た知識や技術が相互に活かされていることを感じます。テレビで学んだ構成や演出の経験が映画に生きる一方で、映画制作で深めたテーマへの理解や表現力は、テレビの仕事にも新しい視点をもたらします。
また、映画制作を通して出会うさまざまな人々や、それぞれの分野で活躍する人々との交流も大きな喜びです。人の能力や情熱に触れることで、自分自身の表現に対する感度も高まります。こうした経験を通して、どちらの仕事も楽しく、充実感のあるものだと感じています。
■少年法改正が生んだ映画のきっかけ
『もういちどみつめる』を作ろうと思ったのは、2022年の少年法改正が大きなきっかけです。18歳、19歳の厳罰化が進む中で、若い人に向けて刑罰を強化する構造に、どこか怖さを感じました。そこから、社会や若者とどう向き合うかを考え始めたんです。
もともと死刑制度など命に関わる問題に関心があり、死刑制度をテーマにした作品(『HER MOTHER 娘を殺した死刑囚との対話』)を作ったことがあります。今回の作品では、少年院を出た若者が社会に戻る過程に焦点を当てました。入所前の家庭環境ではなく、出所後の人との関わりや社会との接点が、その後の心の再生に大きく影響すると考えたからです。
映画の最後では、彼らが街の中でどう生活していくかは描いていません。あえて明確な結末を示さず、観客自身に考えてもらう形にしました。物語として簡単に消費されるのではなく、人生に正解がないことを伝え、観る人に様々な角度で考えてほしいと思っています。鑑賞後、ぜひもう一度観てもらいたいですね。二度目で初めて理解できる部分もあると思います。
少年法改正で対象となった18歳と19歳は、ちょうど大学生の皆さんと同じ年頃です。劇中には18歳の大学生グループも登場し、大学に進学していない主人公との対比も描いています。同じ18歳でも、それぞれの環境や進路によって大きく分かれ、互いに接点を持つことが難しくなってしまう現実があります。
そうした視点も含めて、当事者としてこの年頃を生きる大学生の皆さんがどのように感じるのか、感想をうかがえたら嬉しいです。
■『もういちどみつめる』に込めた思い
タイトルには、“一度シャットダウンしてしまう”という現代的な風潮への違和感を込めました。何かあるとすぐに切り捨ててしまう空気がありますが、そこで終わるのではなく、もう一度ちゃんと向き合うことが必要だと思ったんです。
“見つめる”という言葉も、許すとか大げさな意味ではなく、“ちゃんと向き合う”というニュアンスで使っています。シンプルなタイトルですが、今の社会に対する自分の思いをまっすぐ表現した言葉です。
作品では、生きづらさを抱えた二人が、お互いの生きづらさに気づき、関わりを通して自分自身の生きづらさに向き合い直していく過程を描きました。自分では弱点だと思っている部分が、相手にとっては温かい意味を持つこともあります。その気づきがどう生まれるかを丁寧に描きたかったのです。
作品のなかで大きな事件は起こりませんが、同じ時間を過ごす中で二人が少しずつ変わっていく。その変化を観客の皆さんに感じ取ってもらえたら嬉しいです。
■大学生へのメッセージ
振り返ってみると、自分の中で一番いい時間だったのが大学生の時期ですね。当時の景色や感覚もすごく覚えていて、本当にいい時間でした。なんでそう感じるかというと、やっぱり自分の興味があることをとことんやっていたからだと思います。
例えば、僕の場合だと、大学で初めて勉強の楽しさを知りました。それに加えて、その時期はサーフィンをすごくやっていました。大学の近くに海もあったので、時間があれば海に行ってサーフィンをして、休みには貧乏旅に出たりもしました。本当に、ただ単純に自分がその時やりたいことをやれていたのだと思います。
だから、大学生の皆さんには、自分が興味を持ったことをとことんやってほしいです。何でも構いません。ゲームが好きなら3日三晩やり込んでみる、ぼーっとするのが好きなら、とことんぼーっと過ごす、そんな風に自分の心が動くことを追求してみてほしいです。それが、自分を知ることにもつながるし、人生の中でかけがえのない時間になるはずです。
学生新聞オンライン2025年11月12日取材 東洋大学4年 太田楓華
映画『もういちどみつめる』
森を舞台に、少年院を出所した若者と生きづらさを抱えた彼の叔母との“心の触れ合い”を描く
釜山映画祭正式出品作品『HER MOTHER 娘を殺した死刑囚との対話』の佐藤慶紀監督が、筒井真理子×髙田万作で対話をテーマに新作を制作

出演 筒井真理子 髙田万作
にしやま由きひろ 徳永智加来 中澤実子 吉開湧気 リコ(HUNNY BEE) 内田周作 川添野愛
監督・脚本・編集・プロデューサー 佐藤慶紀
2025年11月22日公開
https://mouichidomitsumeru.com/

東洋大学4年 太田楓華/東京家政大学2年 篠田陽菜乃


この記事へのコメントはありません。