• 運営スタッフ
  • HOME
  • 運営スタッフ

Archive for 運営スタッフ

コラム

テリー伊藤 コラムVol.43 中居正広の今後を考える

フジテレビと関係のある女性との不祥事で一方的に芸能界引退を発表した中居さんの今後について考えてみた。フジテレビ2度目の釈明会見は1月27日、10時間24分にも及んだ。その席で嘉納会長、港社長は辞任、翌日には遠藤副会長も3月末をもって辞任表明する事になった。中居さんは1月23日の引退声明で「全責任は私個人にあります。」とし、「トラブルの内容については示談が成立しているのでお話は出来ません。」とその後も沈黙している。相手の女性のプライバシーに関わる問題なので一方的に話すことが出来ないのは理解出来るが、なにか納得がいかないのも事実。国民的なタレントとして愛されていたが国民感情は冷やかだった。 中居正広、これからどう生きて行けばいいのか。お節介ながら考えてみた。まだ52歳、人生100年としてあと50年生きる事になる。一部報道では不動産、預貯金など推定20億円の資産を有すると言われている。これだけあれば働かなくても生きて行ける。遊んで暮らせる。とは言ってもこの先10年は、何処で飲んでいても街に出ても好奇な目で見られてしまう。皆がスマホを持つ時代、カメラで撮られてYouTubeに載せられる事も容易に想像出来る。そんな人生を中居さんは望まないだろう。では何をすればいいか。 先ずは迷惑を掛けたCMスポンサー「ソフトバンク」、スキマバイトサービス 「タイミー」他に自ら出演料の返済をしなくてはいけない。今回スポンサーサイドからの出演料返還請求は考えられないが、それに甘えてはいけない。明日から何をすべきか。人の為に生きて欲しい。古臭い言葉だが「世のため人のため」に全生命をかけてもらいたい。フジテレビ「SMAP×SMAP」では、東日本大震災の時に中居さんは現地に何度も足を運んだ。SMAPの励ましはどれ程多くの人々に勇気を与えたことか。そして現地の子供達の頑張りにSMAPも大きな勇気を貰ったのでは。あの時と事情は全く違う。当時はテレビ局、事務所がお膳立てをしてくれた。引退した今、一からスタートするのは容易なことではないが、やらなければ。巷には不登校で苦しんでいる子供、親に虐待を受けている子供、社会に上手に適応できずに悩む人など、中居さんより苦しんでいる人もたくさんいる。世間から逃げるのではなく、苦しんでいる今だからこそ立ち上がって助けてあげて欲しい。 逆境の中でどう生きるか。私財を投じて「中居シェルター」を作り、人生に苦しんでいる人々に「癒しの空間」を提供したらどうだろう。世間は冷やかな目で見るかもしれないが、信念を持ってすれば必ず結果は出る。私も応援、参加しますよ。そしていつか笑って読売ジャイアンツの話をしたいと思っている。 テリー伊藤(演出家) 1949年、東京築地出身。早稲田実業中等部、高等部を経て日本大学経済学部を卒業。2023年3月、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。テレビ番組制作会社IVSテレビに入社し、「天才たけしの元気が出るテレビ」「ねるとん紅鯨団」などのバラエティ番組を手がける。その後独立し、テレビ東京「浅草橋ヤング洋品店」など数々のテレビ番組の企画・総合演出を手掛ける。著書「お笑い北朝鮮」がベストセラーとなり、その後、テリー伊藤としてメディアに多数出演。演出業のほか、プロデューサー、タレント、コメンテーターとしてマルチに活躍している。YouTubeチャンネル「テリー伊藤のお笑いバックドロップ」LALALA USAでコラム連載中https://lalalausa.com/archives/category/column/terry

コラム

テリー伊藤 コラムVol.42 「かまとと」って知っていますか

突然ですが「かまとと」の意味知っていますか。辞書を見ると「知っているのに知らないふりをして、上品ぶったりうぶに見せたりして、世間知らずを装って、男性の気をひこうとする、女性が行う行為。」更に語源の由来は「昔、ある女性が、かまぼこは魚(とと)から出来ているの?とわかりきっていることを知らない素振りで聞いた様子から生まれた言葉。」らしい。冒頭から長々と「かまとと」を話題にしているが、最近Z世代にかまととソングが注目されている。先ずは山本リンダ『困っちゃうな』(作詞作曲遠藤実、昭和41年発売)です。 困っちゃうな、デートに誘われてどうしよう、まだまだは早いかしら嬉しいような、怖いような、ドキドキしちゃう私の胸ママに聞いたら、何にも言わずに笑っているだけ困っちゃうな デートに誘われて まさに完全なるかまととソング。今どき初デートの相談を親に相談するとは思えない。困っちゃうなと言いつつ全然困ってないのが昭和的でいい。続いてはザ・ピーナツ『振り向かないで』(作詞岩谷時子・作曲宮川泰、昭和37年)だ。 振り向かないで お願いだから 今ね 靴下なおしているのよ あなたが好きな黒い靴下振り向かないで お願いだから 今ね スカートなおしているのよ あなたの 好きなタータンチェックこれから仲良くデートなの 2人で語るのロマンスを♪ さすが岩谷時子さん、見事な歌詞です。恥ずかしいからこっちを見ないでと言っているくせに、あなたの好きな黒い靴下を堂々と直しながら彼の気持を向かせるなんて、まさに上級かまととに間違いない。続いて、麻丘めぐみ『芽ばえ』(作詞千家和也・作曲筒美京平、昭和47年)は、 もしもあの日 あなたに逢わなければこの私どんな 女の子になっていたでしょう足に豆をこさえて 街から街行くあてもないのに 泪で歩いて いたでしょう悪い遊び覚えて いけない子と 人に呼ばれて 泣いたでしょう今も想い出すたび 胸が痛む もうあなたのそばを 離れないわ♪ 正統派かまととソング。あなたに逢わなければ悪い遊び覚え悪い子になっていたでしょうとけなげなのか、したたかなのか、どちらにせよ自己演出は完璧。更に清純派歌手が可憐に歌うので効果絶大。他にも伊藤咲子『ひまわり娘』、河合奈保子『スマイルフォーミー』、キャンディーズ『あなたに夢中』、林寛子『素敵なラブリーボーイ』など、かまととソング オンパレード。昭和の女の子は何を考えデートしていたがわかる名曲ばかり。学校では教えてくれない女性行動学の勉強にもなるはず。役に立つかもしれない。一度聴いてみては! テリー伊藤(演出家) 1949年、東京築地出身。早稲田実業中等部、高等部を経て日本大学経済学部を卒業。2023年3月、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。テレビ番組制作会社IVSテレビに入社し、「天才たけしの元気が出るテレビ」「ねるとん紅鯨団」などのバラエティ番組を手がける。その後独立し、テレビ東京「浅草橋ヤング洋品店」など数々のテレビ番組の企画・総合演出を手掛ける。著書「お笑い北朝鮮」がベストセラーとなり、その後、テリー伊藤としてメディアに多数出演。演出業のほか、プロデューサー、タレント、コメンテーターとしてマルチに活躍している。YouTubeチャンネル「テリー伊藤のお笑いバックドロップ」LALALA USAでコラム連載中https://lalalausa.com/archives/category/column/terry

学生新聞インターン

株式会社ローソンストア100 代表取締役社長 小栗知義

人生を豊かにする食の伝統を守り革新を創造する 株式会社ローソンストア100 代表取締役社長 小栗知義(おぐりともよし) ◾️プロフィール慶應義塾大学卒業後、同大学院へ進み、在学中に米国カリフォルニア大学 奨学研究員として情報通信を研究。2004年4月三菱商事株式会社入社。英国ロンドンビジネススクールMBA。2007年米国三菱商事NYC、2014年ファーストリテイリング・アジア大洋州EC Director、2017年ユニクロタイランド最高経営執行責任者COO、2022年3月株式会社ローソン マーケティング戦略本部、2023年3月株式会社ローソンストア100上級執行役員を経て2024年4月同社代表取締役社長に就任、現在に至る。 今後の展望として「記憶に残るブランドに、そして印象に残る代表的な商品を創っていきたい」と語ってくれたのは、株式会社ローソンストア100の小栗知義社長。コンビニとスーパーどちらの便利さも持つローソンストア100の魅力や特徴、大切にしているお客様への想いまで伺った。 ◾️世界の広さを知った学生時代 大学では電子工学を学びエンジニアとして情報通信に関する研究を行っていました。卒業後も、研究を続けるため大学院へ進学しました。国際学会で論文発表した際、世界には沢山の大学や研究機関があり、様々なバックグラウンドの人たちが世界をより良くする目標に向かって切磋琢磨しているのだなと感じ、海外の大学に身を置いてみたいと思うようになりました。類似領域の研究を行っていたカリフォルニア大学の教授に「一緒に研究させてもらえませんか」と論文を送り、大学院2年の時、奨学研究員として同大学院のラボで研究を行いました。色々な国籍の方々との生活を通じ「世界は広いな」と改めて感じ、非常に多くの刺激をもらった日々でした。 ◾️自分のパフォーマンスや成長スピードを若いうちから感じ加速させたい 将来何をしようかと考えたときに、学生時代は消費者寄りの研究ではなく基礎研究の領域にいたからこそ、「自分のやっていることが世の中にどういうインパクトをもたらせるのか」とより強く考えるようになりました。人生を通じ色々な世界を見て影響を受ける中でどんどん自分の興味も変わっていくだろうと感じていたので、自分の仕事を自分で定義し、発展させられそうな仕事がしたいという理由で三菱商事に入社しました。 エンジニア出身であったため配属においてはIT系や通信、宇宙関連等のお話を頂きましたが、全く異なるコンシューマー領域で自分の培ってきたエンジニアの知見を活かし自分自身を試したいという思いから、アパレル部署への希望を出し配属されました。重厚長大な領域と比較し、若い頃から自分がどういうパフォーマンスを生み、どういうインパクトを出しているのかがよりスピーディに分かりやすい領域だと考えたからです。幸せなことに社会人として早い段階から非常に優秀で志の高い先輩方に恵まれ、「世界に貢献する経営者になろう」という刺激を受けていました。日々の仕事を通じて出来るだけ早く自分を成長させ、経営者になろうと考えていました。 ◾️コンビニとスーパーの間のポジションであるがゆえの特徴 都市圏を中心にコンビニはあらゆるエリアにありますが、スーパーは割と大型で、時間があるときに少し離れたところへ出かけるといった方も多いのではないかと思います。ローソンストア100はその間を目指し、小型でありながらも大規模なスーパーに行かなくても簡単に買い物ができるエリアを捉え、東・名・阪を中心に644店舗(2024年10月末まで)を展開しています。商品構成としてはお弁当や飲料など、コンビニの強みであるその場ですぐ食べられる商品だけでなく、生鮮品や練り物などご家庭で食卓に出すものや、食品以外の生活必需品も多く取り揃えています。商業ビルやオフィス街よりもある程度住宅立地に近いエリアの方がお客様のニーズに近いと考えています。駅前立地と住宅立地の割合は2:8で日常の食卓の買い物や買い足しなど、地域・ご家庭の冷蔵庫代わりにご来店頂くケースが多いです。 ◾️感情も動く買い物と、本当の意味でのお客様のためを目指して ローソンストア100の経営として就任した際、「衣料品と食べ物では市場が大きく異なるため環境も考え方も全く異なるのでは」と想定していました。勿論、様々な違いはありますが、より大きな括りで見ると同じコンシューマー向けの小売領域として、本質的なところや原理原則はブレないと感じています。 ローソンストア100はローソングループの中で、コンビニ仕様でありながら生活必需品などスーパーの商品構成があることを特徴とした、コンビニエンスストアとスーパーマーケットの中間のポジションにあります。その中で商品カテゴリ毎のブランディングを確立するのは非常に重要なことで、日々「あったらいいな」「あっと驚く」というような商品を打ち出しています。 お客様が単にお買い物されるだけではなく、感情的にも「面白いな」「ワクワクするな」と感じて頂ける売場にしたいという願いがあります。そのため、効率良くエネルギーを摂取できる高カロリー食品や、あえてソーセージや玉子焼きなど、おかずを一種類だけに絞った超シンプルな「だけ弁当」等、少し尖った商品を発売しています。「だけ弁当」シリーズは累計592万食(2024年10月末まで)以上でローソンストア100を代表する商品の一つになっています。 どのような商品を提供していこうかと考える際に、“我々として”商品や価格を考えるのではなく“お客様が”本当の意味で感じている・求めているニーズは何かを深く考えます。我々の利潤ファーストではなく、本当の意味でお客様が「何を」「どんなクオリティで」「どんな価格で求めているか」を考える上では、事業として矛盾や葛藤のある局面が沢山あります。しかし、売上こそが我々に対するお客様からの評価であり通知表であるので、本当の意味でお客様に貢献出来ない限り企業は成長していけないと考えています。 そのために、様々なシーンで常に“お客様”という言葉を使うようにしています。会議の中でも「お客様」を主語にすることで意思決定の視点が変わっていくので、意識的に言葉にして議論することが大切だと考えています。 ◾️「食」における伝統と革新 ローソングループのスローガンである「マチのほっとステーション」の実現に向けて、食の世界が日々進化している中で、事業のアプローチの仕方もそれ以上に進化させていかなければならないと考えています。コロナもあり人々の食生活・ライフスタイルは大きく変わりました。我々はコンビニグループとしての強みを持つと同時に、各ご家庭の生活ニーズにいかに貢献できるかを常にアップデートしていこうと考えています。 食の文化はとても伝統的で、関東と関西で出汁が違うなど地域性も大きく、土地に定着し習慣化され伝承されています。脈々と根付いてきた伝統的な要素を重視しつつ、同時に時代をリードする革新性も必要だと考えています。当社として時代をリード出来るような新しい考え方やアプローチをこれからも追い求め、提供していきたいと思います。 今ある商品構成の中でも皆さんに知って頂くことで「いいな」と思って頂ける商品は沢山あると感じています。コーポレートブランディングや商品毎のマーケティングはまだまだ伸びしろが大きいので、我々は誰なのか、作っている商品は何か、提供している価値は何なのかをしっかりと伝えていくことを強化していきます。 ◾️学生へのメッセージ どんな事でも良いので毎日の成長の積み重ねを大切にして頂きたいと思います。私自身、毎日成長したいと考えており、若い頃からこの考えをとても大切にしています。一日1%成長すると一年後には1.01の365乗で38倍成長する。それが二年、三年になると何千倍、何万倍の差になります。昨日の自分よりも毎日1%、気持ちの面でもスキルの面でも何でも良いので、一歩前に進めているか・成長出来ているかを大切にして欲しいなと思います。 食べることで笑顔になったり、誰かと一緒に食べて嬉しくなったり、人生が豊かになる瞬間が「食」の本質だと感じています。我々はそういった大きなトピックに対して向き合っているので、社会や世の中に対する貢献に向けた志を持っている方とぜひ一緒に働きたいと考えています。 学生新聞オンライン2024年10月16日取材 東洋大学2年 越山凛乃 武蔵野大学4年 西山流生 / 東洋大学2年 越山凛乃 / 津田塾大学2年 石松果林 / 慶應義塾大学3年 山本彩央里 / 上智大学3年 白坂日葵

学生新聞インターン

株式会社アコーディア・ゴルフ 取締役会長 田代祐子

『ゴルフは、あなたの人生に必ず役立ちます』 株式会社アコーディア・ゴルフ 取締役会長 田代祐子(たしろゆうこ)(2024年12月13日取材時点) ■プロフィール1954年鹿児島県生まれ。19歳で結婚・渡米。子育て中に大学で会計学を学ぶ。卒業後、KPMGに公認会計士として入所し、パートナー(共同経営者)となる。帰国後、米国企業数社の日本支社にて最高財務責任者等などを歴任。2011年に東北へ移住し、ボランティアとして東北大震災被災企業をサポート。2016年からアコーディア・ゴルフの社長となり、2021年から会長職。著書に『SHINE 女性たちよ、もっとキラキラ輝こう』。 “日本一女性にやさしいゴルフ場”をコンセプトとしている四街道ゴルフ倶楽部(千葉県)をはじめ、女性目線でのゴルフ場運営や女性限定のゴルフイベントを開催し、注目を集めているアコーディア・ゴルフ(以下アコーディアという)。取締役会長の田代祐子さんは、社長に就任してから、会社の改革を進めてきた。自身のアメリカでの経験や、アコーディアでの経営方針、大切にしている考え方など様々なお話を伺った。 ■海外での苦労があったからこそ、今のキャリアがある 私は子どもを育てながら、20代後半からアメリカの大学に通いました。学生たちは自分より年下で、当時日本人は私だけ。家事も子育てもこなさなくてはならず、放課後に友達と遊びに行ったり部活動に参加したりは、全くできませんでしたが、逆に勉強に打ち込めました。そのおかげで成績があがり「努力すれば、社会で認めてもらえる。」という実感を得ました。私の人生で今につながる大きな経験でした。 卒業後の就職はどうなるのか。私は30代の主婦で日本人です。何らかの資格があれば就職できるのではと考え、会計士の資格を取得することにしました。でも今のようなキャリアを期待していたわけではありません。卒業間近に、世界4大会計事務所であるKPMGのパートナーに「日本語ができるなら、うちに来ない?」と声を掛けられました。それまでは日本人であることは自分にとってハンディだと思っていましたが、逆に選ばれる要素になりえる!と知り衝撃を受けたのです。 それは、「今、自分にとってマイナスだと思っていることでも、見方を変えればプラスになる」と教えてくれました。当時はつらい経験でも、その苦労があったからこそ、今の自分があるという事になる。大学に通う前は、アメリカでキャリアを積むなんて考えもしませんでしたが、いろいろな偶然が重なり、チャンスをポジティブに受け止めながらトライしたことが、今日に繋がったと思います。 ■人とのつながりは財産 私は、人とのつながりは、人生で一番大切な財産だと思っています。でも人とのつながりは、それぞれに環境が変わる中で、放っておくと自然消滅してしまいます。ですから、自分から繋ぎ続ける努力が必要です。ちょっとしたしたことでいい。メールで近況を報告しあったり、年賀状を送ったり。そんな努力を積み重ねることによって、人とのつながりが長く保てると感じています。そして、人とのつながりは思わぬところで、自分の人生に影響を与えます。私がアコーディアに来たのも、アメリカ時代の同僚からの「アコーディアという会社に行ってみない?」という一言から。人とのつながりを大切にし、自分から一歩を踏みだす勇気が大事だと思います。 ■変わっていくニーズに応えるゴルフ場 アコーディアの社長に就任してからは、どうしたらお客さまに選ばれるゴルフ場になるかを絶えず考えてきました。運営側の経験が長いと、どうしても運営側の目線に偏りがちですが、私は長らくゴルフ場の顧客側だったので、それを生かそうと思いました。例えば、日本のゴルフ場ももっとカジュアル化したら、さまざまな方にご来場いただけるのはないかと考えました。私はゴルフがあまり上手ではないので、友人たちとスコアを気にせず、気軽に楽しみたい、荷物は自分のタイミングで運びたい、ゴルフ場でジャケット着用が必須なのはなぜ?など、徹底的にお客さま目線で疑問を持つようにしました。また、それまで男性中心だったゴルフ業界に女性の目線を生かせば、女性のゴルファーを増やすことができるのではないか思いました。アコーディアのゴルフ場は、パウダールームに女性に人気の「ダイソン」や「リファ」ブランドのドライヤーを設置しています。髪が早く乾くことは、身支度をする女性のストレスを大きく軽減してくれるもの。男性も女性も心地よく過ごせるゴルフ場を目指しています。 ■初心者の女性や子どもを対象としたゴルフイベント アコーディアの女性限定のイベントは、初心者が一人で参加できます。スコアは気にせずに、ゴルフを楽しむ!がコンセプト。イベントではベストドレッサーコンテストや、ゴルフ専用ビンゴゲームなど、さまざまな工夫を凝らしています。子ども向けには『First Tee(ファーストティ)』というイベントを開催しています。ファーストティはゴルフを通じて、子どもたちが将来豊かな人生を歩んでいくことに貢献する教育プログラムです。あいさつや自己紹介にはじまり、自分が上手に打てなくても友だちを応援するなど、ライフスキルにつながる価値を学びます。子どもさんに人生の基本を教えながらゴルフを体験させる。私たちの役割は、ゴルフ業界全体の裾野を広げることだと思っています。 ■誰もが気軽に楽しめるスポーツ・レジャーとしてのゴルフ場へ ゴルフ運営会社の成功とは、お客さまのニーズに応え、成長しつづけることだと思います。お客さまのニーズは、時代の変化とともに変わっていきます。会社は、つねに斬新な企画と実行力で進化する必要があります。私は皆様のような新しい世代の方々の視点や価値観をどんどん取り入れていきたいと思っており、大学新卒でアコーディアに入社される方々にとても期待しています。 ■学生へのメッセージ 人は一人では生きていけません。いろいろな方たちに支えられています。感謝の心を忘れずに、人とのつながりを大切にしましょう。ゴルフは生涯にわたって楽しむことができ、人とのつながりや人生を豊かにしてくれます。なぜならゴルフは相手を選ばないスポーツだからです。「ゴルフに行きませんか?」「いいですね、行きましょう!」といえる相手なら、誰とでも一緒にプレーできます。人との繋がりを増やす手段のひとつとして、あなたの人生にゴルフを取り入れてもらえたらうれしいです。 学生新聞オンライン2024年12月13日取材 東洋大学2年 越山凛乃 東洋大学2年 越山凛乃/株式会社アコーディア・ゴルフ 取締役会長 田代祐子/東京経済大学1年 望月虎輝/TOP CONNECT株式会社 代表取締役 内田雅章

学生新聞インターン

ライオン株式会社 代表取締役会長、取締役会議長 掬川正純

ライオンの役目は、人々の健康な生活を支える「習慣づくり」 ライオン株式会社 代表取締役会長、取締役会議長 掬川正純(きくかわまさずみ) ■プロフィール1984年東京大学農学部卒業後、ライオン株式会社入社。応用研究所研究員として基盤技術を担当し、新規界面活性剤の探索や無機材料の開発に携わる。その後、粉末洗剤『トップ』の開発を担当。ファブリックケア研究所長、ヘルス&ホームケア事業本部長を経て、2019年1月代表取締役社長に就任。2023年3月代表取締役会長、取締役会議長として現職に至る。 石けんとハミガキからはじまり、1891年の創業からより良い習慣づくりを提案してきたライオン株式会社。国内のみならず、アジアを中心とした海外にも拠点を置き、人々に愛される製品を提供している。代表取締役会長、取締役会議長である掬川正純さんに、大学時代、会社の魅力、今後の展望、学生へのメッセージを伺った。 ■研究生活の喜びは「考えが裏切られること」 学生時代は、研究者として、毎日実験室で実験器具と向かい、実験データや小さな発見をしながら生活をする将来に憧れの気持ちを抱いていました。実験をするときには、仮説を立て、「こうなるだろう」と予想をして実験をはじめます。もちろん仮説が正しいことに喜びはあります。しかし、仮説とは違う結果が出るときもあります。つまり、自分が考えていたこととは全く違うメカニズムが働き、現象が起きたということ。これはまさに自分の考えが裏切られる喜びの瞬間です。自分が立てた仮説と同じような仮説を他の人が立てることもありますが、これでは面白くありません。違うときこそ、新しい発見があり面白いのです。「そういうものもあるんだ!」と裏切られる経験は、何度か経験しましたが、そのたびに楽しさを抱きました。 ■制汗剤パウダーの素材を研究 私は24歳で会社に入り、20年ほど研究所にいました。様々な仕事を経験させていただきましたが、入社後は直接商品には関わらない応用研究所に在籍し、その中でも商品素材を研究する部門にいました。最初は洗剤、ハミガキにも使われている界面活性剤の有機合成を行い、性能を調べる研究を行っていましたが、その後、無機物のシリカの研究に変わりました。シリカは、ケイ素の酸化物で硝子などにも含まれる素材で、サラサラする感触があるので、制汗剤のパウダーとして使用できるのではないかと研究開発を進めていきました。その後、素材が商品に採用され、世の中に発売された後は、自分が作った商品をお客様がバスケットに入れる姿が見たくて、ドラッグストアへと向かいました。お客様が商品を手に取り、入れてくれる姿を見ると、非常に嬉しかったです。その経験から、自分で希望を出し、直接商品開発を手掛ける研究所に異動しました。 ■歯みがき習慣を支えるこだわりのミントの秘密 この50年間でムシ歯を持っている小学生が4分の1に減りました。これは、歯みがきの習慣ができることで口の中の健康状態が改善されたからです。同時にハミガキ市場規模は4倍に拡大しました。私たちの会社は人々の健康を良くするという社会的意義を持っています。歯みがきを楽しく、楽なものに変えていくことが、私たちのミッションの一つだと感じます。その例のひとつといえば、ハミガキに使われるミント味について。私たちの会社の1階のフロアには、小さな畑があります。ここにはハミガキで使われる味を構成する植物のミントが植えられています。我々はミントに古くから大変こだわっていて、毎年ミントの収穫シーズンになると、産地であるインド、あるいは北米に研究者が行きます。そして、畑を見て回り、当社の味を一定のレベルに維持するため、数種類のミントを異なる割合で調合できるように買い付けをします。そして、毎年、調合比率を少しずつ変え、一定の味にするように調整するのです。味や香りは、毎日使う以上、違和感を抱かれてはいけません。一度気に入り、クセになってしまうと、他のものは使えなくなってしまいます。それはハミガキだけでなく、柔軟剤の香りでも同じことがあてはまります。もちろん歯みがきは味を味わうためにやってもらうものではありませんが、歯みがき後に爽快感が残り、歯をみがいてもらうことの習慣づくりになれば良いと思います。また、昨今は歯みがきを面倒なものと思う認識があるため、妊娠時にも手軽にできる新しいオーラルヘルスケアの習慣づくりを開発中です。 ■日本は、世界に先んじる挑戦が求められている 日本の少子高齢化は、今後も進んでいくと思います。暗い話に聞こえてしまうかもしれませんが、文明が進展し、社会が豊かになるとこうした事態に発展するのは仕方のないことだと思います。この事態を打破するには、世界に先んじる未知なる挑戦をしなければなりません。ライオンでも、今後我々がどう発展していくかという大きな課題に直面しています。ここで何か新しい成功モデルができれば、その経験を活かし、そのほかの国や企業でも成功事例として応用することができます。現在、私たちも日本以外の海外の10の国・地域で事業をしています。新しい挑戦を繰り返し、国内外で役立ていくことが目標です。 ■学生へのメッセージ これから次のステージとして、社会に出て、様々な人生の選択をされると思います。この先の長い人生を進むなか、悩んだり、調べたりすることが沢山あると思います。しかし、最後は必ずしも正解にたどり着くとは限りません。ネガティブに言うつもりはないのですが、正解を選ばずとも「それでいいんだ」と思うことが大切です。一番よくないのが、右に行くのか、左に行くのかで迷ってしまい、結局進まないというもの。私の場合は、軽い理由で選択肢をいくつか勝手に決めて進んでしまったのですが、今は全く後悔していません。自慢をしているわけではないですよ。大事なことは右に行くか、左に行くか、ある程度考えたら、必ずどちらかに決めて挑戦しましょう。そして重要なのは、自分が選んだ方向が正しかったといえるまで努力を重ねることです。右に行ってしまえば、左にいった自分がどうなるかは実験や研究ではないので、確認できません。こっちで良かったと思えるようになるまで努力をするという覚悟で、思い切った選択をしましょう。そんな想いを持って、いつでも自分の道をやりたい方向に進んでほしいなと思います。 学生新聞オンライン2024年11月1日取材 東京薬科大学2年 庄司春菜 武蔵野大学4年 西山流生/上智大学3年 吉川みなみ/東洋大学2年 越山凛乃/東洋大学3年 太田楓華/津田塾大学2年 石松果林/東京薬科大学2年 庄司春菜

企業に聞く

ノーシンピュアが、受験生に寄り添うWEB動画を公開。受験と生理、その不安...

1月18日と19日に大学入学共通テストが実施されるにあたり、生理痛薬ブランドの“ノーシンピュア[(株)アラクス]”(代表取締役:荒川愼太郎 所在地:愛知県名古屋市)は、10代の気持ちに深く寄り添えるよう、これまであまり語られることがなかった受験期と生理の関係に踏み込んだWEB動画を公開した。動画ではシンガーソングライターの“とた”さんがオリジナル楽曲を制作、生理がある日常の中で受験と向き合う高校生の姿を描いている。今回、企画部企画課 長瀬日向子さんに取り組みについて、お話を伺った。 アラクスの業務と生理の問題への取り組み アラクスは一般用医薬品や衛生雑貨、化粧品など、消費者の困りごとを解決する製品を製造・販売しています。主力商品の一つである生理痛薬「ノーシンピュア」は2000年の発売以来、一貫してメインのターゲットであるティーンに向けたプロモーションを行ってきました。今回“ティーンに寄り添うということはどのようなことか”ということをチームで改めて検討した際にティーン層にとって”受験”は、人生の岐路となる大切なテーマなのではないかと思いました。これまであまり触れられてこなかった“受験と生理”というテーマを生理痛薬ブランドであるノーシンピュアが取り上げることで、より深くティーン層に寄り添うことができるのではないかと考え、去年の春ごろからこの取り組みを始めました。 生理のある日常を描く動画制作 プロジェクトの一環として制作したウェブ動画は、受験生の日常の動画と生理がもたらす悩みの声を描いた動画の二本構成にしました。生理の症状を知ってもらうことが目的ではなく、思うように集中できなかったり、頑張れないもどかしさや、試験日と生理が被ったらどうしようという不安を常に抱えて過ごしているということを多くの方に知ってもらえたらと思っています。また、生理による受験の追試や日程変更の対応が都道府県よって異なるという地域差についてもこの動画がきっかけとなり、少しずつ変わっていけばいいと思います。 受験生へのメッセージ 「受験と生理」というテーマに取り組む中で、私たちは「ピュアメモ」という情報サイトを立ち上げました。私たちが行った調査では、生理に関する症状を「つらい」と感じている学生が6割、受験と生理にまつわる不安を抱えている学生が7割にも上ることがわかりました。生理周期や生理痛への対処法を紹介するこのサイトによって受験生の不安が少しでも軽減され、自分に合った生理との向き合い方を見つけられることを願っています。不安なことや困ったことがあれば、ぜひ周囲に相談し、適切な情報を得て受験準備を進めてください。私たちのプロジェクトが少しでもそのお役にたてれば嬉しいです。 取材協力: 株式会社アラクス 企画部企画課 長瀬日向子(ながせ ひなこ) プロフィール: 2021年入社。SNSや動画などの製品プロモーションの企画検討・制作・実施をメインに、貿易事務や新製品の準備段階から市場投入までのプロダクトローンチ業務を担当。2021年秋より知的財産課を兼任し、知的財産の権利化や管理も行っている。 「生理と受験」の悩みに役立つサイト ピュアメモ:https://www.arax.co.jp/norshinpure/pure/purememo ノーシンピュアシリーズ公式サイト:https://www.arax.co.jp/norshinpure/ 学生新聞オンライン2025年1月8日取材 城西国際大学1年 渡部優理絵

コラム

テリー伊藤 コラムVol.41 湘南の伝説のサーファーに会った

鎌倉の家に居る時は、なるべく早く起き散歩するように心掛けている。自宅から七里ガ浜駅を通って国道134号線を歩くのがルーティンになっている。海沿いに出るとその日の波の様子が分かる。「いい波」波乗りがよく使う言葉だ。その日、湘南の伝説のサーファーISHIIさん(77歳)のヴィンテージのホンダスーパーカブが稲村ケ崎公園に停めてあった。はるばる横須賀から、佐島、葉山、逗子、材木座、由比ガ浜を通って稲村ケ崎までやって来る。自ら針金で飾り着けしたBOXを積み、カスタムしたカブにショートボードをセット。持病のヘルニアの為、ボートのフィンも特別使用に改良してある。雨の日も波が良ければ、何時でもやって来る。行動は常に一人、群れを成さない、5~6本良い波と出会えると、横須賀に帰ってしまう。そんな男が噂にならない訳がない。今までも、カブを公園で見かけるのだが、本人と遭遇する機会はなかなか難しい。なんたっていつも波の上に居るから。そんな距離感だが、やっと久しぶりに会えた。 こんな会話から始まる。「テリーさんお久しぶりです。会えて良かった。実は明日ヘルニアの手術なんですよ、その前に波に乗っておこうと思って。」にビックリ。普通なら手術前日なら家で静養するものだ。「家に居なくて平気何ですか。」にも「海に入ることがリハビリですから。」と涼しい顔で沖の波を見ている。さすが伝説の男。都会暮らしの軟な私とは気合が違う。サーファーと言うより、さすらい一匹狼の印象だが、シアトルで暮らしている娘さんに会いに行く国際的な一面も。ISHIIさんの人柄を知るエピソードがある。仲間のサーファーが亡くなった追悼式に稲村の海に向かいサックスで名曲『Amazing Grace』を奏で送った。 今、湘南のサーファーが高齢化していると言われているが、やっぱり海に入るのは楽しいし金も掛からない。ウエットスーツが有れば冬でもOK。海から上がれば、銭湯も日帰り温泉もある。美味いシラス丼も。レンタルサーフボード屋さんも充実している。サーフィンが上手に出来なくでもボードに乗って富士山を眺めているだけで良い気分になれる。鎌倉由比ガ浜であれば波も穏やかで初心者にもうってつけ。夏場には小学生向けのサーフィン教室も開催される。 話をISHIIさんに戻そう。立ち話で何故か気が合い、今月末横須賀での再会を約束。観光客が知らない穴場を案内してくれるらしい。彼の事だから飛び切り変なスポットに決まっているが、そこはさすらい男、お金の掛かるお店は案内するはずもない。どんな連中と出会えるのか。楽しみは尽きない! テリー伊藤(演出家) 1949年、東京築地出身。早稲田実業中等部、高等部を経て日本大学経済学部を卒業。2023年3月、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。テレビ番組制作会社IVSテレビに入社し、「天才たけしの元気が出るテレビ」「ねるとん紅鯨団」などのバラエティ番組を手がける。その後独立し、テレビ東京「浅草橋ヤング洋品店」など数々のテレビ番組の企画・総合演出を手掛ける。著書「お笑い北朝鮮」がベストセラーとなり、その後、テリー伊藤としてメディアに多数出演。演出業のほか、プロデューサー、タレント、コメンテーターとしてマルチに活躍している。YouTubeチャンネル「テリー伊藤のお笑いバックドロップ」LALALA USAでコラム連載中https://lalalausa.com/archives/category/column/terry

学生新聞インターン

女優 秋好美桜

些細なきっかけからチャンスや夢は生まれる 女優 秋好美桜(あきよしみお) ■プロフィール2006年1月31日生まれ、宮崎県出身。俳優・モデル。2024年3月に開催された「bijoux AUDITION 2024 supported by KeyHolder Group」にてグランプリに輝く。Rakuten GirlsAward 2024 Autumn/Winter出演、ABCマート×adidas「GRADAS」広告起用、その他MV出演など続々と活動の幅を広げている。今回、2025年1月期テレビ朝日木9「プライベートバンカー」でドラマ初出演を飾る。 テレビ朝日1月期木曜9時よりはじまるドラマ『プライベートバンカー』。鈴木保奈美さん演じる飯田久美子の娘・飯田芹奈那役として出演するのが、女優の秋好美桜さん。彼女はbijoux AUDITION 2024にてグランプリを獲得し、187歳でのときに宮崎から上京し、芸能の道へと進んだ。そんな彼女に今回のドラマの魅力や役作りなどについて伺った。 私が芸能の世界に入るきっかけになったのは、母が応募したオーディションでした。最初に書類選考が通ったと聞いたときは、「福岡に行けるからいいな」と軽い気持ちで始めたのですが、そこから少しずつチャレンジ精神が芽生えてきました。福岡、大阪、東京での審査を経験するうちに、本気で取り組んでいる参加者と過ごす中で自分も本気でやらなきゃと思うようになりました。審査の中で特に印象に残っているのは、最終審査に向けた演技のワークショップです。雷が落ちるシーンを演じる際、監督から「今まで驚いたことがないのか?」と言われ、自分が経験したことのない感情を表現する難しさを痛感しました。また、大阪での審査中には、周りが台本の練習をしているのを見て影響を受け、ペアでの演技をギリギリまで練習しました。今思えばそのタイミングも芸能へのスイッチが入った瞬間だったのかもしれません。。学校と仕事の両立の難しさについてはよく質問されるのですが、私が大事にしているのは「無理をしないこと」「素の自分でいること」です。そのおかげか、スタッフさんからはよく「素直で愛されるキャラクターだ」と言っていただけます(笑)。 ■この世で一番怖いのは死ぬこと いま、一番大きなやりがいを感じるのは、現場でスタッフさんや共演者の方々と一緒に作品を作り上げていくことです。作品が完成したときの達成感や、現場で学ぶ新しい知識は、大きな刺激になります。特に、大御所の方々が当たり前のことを丁寧に行っている姿勢に触れると、自分も見習いたいと思います。役作りでは正解がわからず試行錯誤することも多いですが、台本を何度も読み込み、役の内面や背景を考えることで少しずつ形にしていけるように頑張っています。不安に襲われそうな瞬間も多くあるのですが、私は「この世で一番怖いことは死ぬこと。それに比べれば、他のことは怖くない」と考えるようにしています。そう考えることで緊張感はほとんどなくなります。負けず嫌いな性格に加えて、自分に対して妥協したくないという強い気持ちが支えになっているんじゃないかなと。周りと比べて「自分には力が足りていない」と感じるときも、「なんで自分はできないんだろう」と考え、努力を続けることで乗り越えてきました。 ■ドラマ『プライベートバンカー』への出演 出演が決まったときは大御所の方々と共演すると聞いて、現場で迷惑をかけないか心配で「私で大丈夫かな?」という不安が大きかったです。。それでも、監督さんやスタッフさんのサポートのおかげで徐々に緊張がほぐれ、多くのことを学ぶことができました。私が演じる飯田芹奈は、学校とお店を両立しながら母を支えるクールで真面目なキャラクターです。私自身とは少し違う性格ですが、役作りのために台本を読み込むほか、日常生活でも声のトーンを意識して練習しました。私は普段あまり大きな声を出すことがないのですが、今回は叫ぶシーンがあったのでそこは頑張って取り組みました。、 ■当たり前のことを丁寧に この業界に入ったのは母からの推薦がきっかけで、それまでは業界への憧れはあまりありませんでした。しかし、お芝居を続けてきた中、今は現場での新しい発見や学びを通じて、自分の可能性を広げたいと思っています。今回のドラマで共演した鈴木保奈美さんの、当たり前のことを丁寧に行う姿勢やフレンドリーな人柄には、とても憧れを抱きました。私もいつかあんな女優さんになりたいです。 ■大学生へのメッセージ 私がこの仕事を始めたのは小さなきっかけでしたが、それをつかんだからこそ今の自分があります。チャンスはいつどこで訪れるかわかりません。その一瞬を見逃さず、希望を持ち続けてください。また、どんなことにも前向きに取り組むことが大切だと思います。特に学校生活では、多くの経験や出会いを通じて視野を広げる機会がたくさんあります。その中で自分にとって大切なものを見つけ、可能性を信じて進んでいってください。 学生新聞オンライン2024年12月16日取材 法政大学4年 島田大輝 ドラマ『プライベートバンカー』2025年1月9日(木)スタート!【毎週木曜】 よる9:00〜9:54 テレビ朝日系24局 大富豪の資産を守るためなら“何でもやる”! 唐沢寿明が金融知識を武器に策動する新たなヒーローに!! 痛快マネーサスペンスが誕生!

学生新聞インターン

読売ジャイアンツ球団特別顧問 高橋由伸

置かれた場所で咲く力とは 読売ジャイアンツ球団特別顧問 高橋由伸(たかはし よしのぶ) ■プロフィール1975年(昭和50年)4月3日生まれ、千葉県千葉市出身。現役通算18年で打率・291、321本塁打、打点986慶大3年春に東京六大学野球リーグで三冠王。同リーグ通算23本塁打は現在も歴代最多記録。1997年ドラフト1位で巨人に入団し、松井秀喜氏とともに看板選手として活躍。新人特別賞、ベストナイン2度、ゴールデングラブ賞7回に輝いた。2004年アテネ五輪日本代表として銅メダル獲得2015年に現役引退。翌年から3年間は巨人軍第18代監督。現在は巨人軍特別顧問、野球解説者としても活動している。 高校生のころからメディアに注目され、「天才打者」と呼ばれていた高橋由伸氏。プロ入り1年目からずっと活躍し続けてきた高橋氏だが、少し言葉を交わすだけで、その優しさや謙虚さが伝わってくる。選手、監督、解説者と、さまざまな経験をしてきた彼が、野球との出会いや考え方を語ってくれた。 ■ちょっとしたきっかけが自分を野球界に引き込んでくれた 親が野球好きだったので、子どものころはよくキャッチボールをして遊んでいました。僕が育った地域は野球以外のスポーツはあまり普及しておらず、地域のクラブチームが成立しているのは野球だけでした。小学4年生の時に地元のクラブチームに入ったことが、野球を始めたきっかけです。 ■プロ野球選手になったきっかけ 高校卒業後、慶應義塾大学へと進学しました。僕が通っていた桐蔭学園は大学進学を選ぶ生徒が多数派だったことや、先輩の髙木大成さんが慶應義塾大学へ進学したことで「先輩と同じ道を辿れば何かが見えてくるのでは」と感じたことが理由です。大学進学後、プロ野球選手になれるとは本気では思ってなかったのですが、大学3年生の時に髙木さんがプロ1年目で活躍するのを見て、「もしかしたら、自分でもできるのかもしれない」と思い、プロ入りを就職の選択肢の一つとして考えるようになりました。 ■プロ野球選手時代の思い プロになるまでは、実は「周りのために野球をしている」という想いが大きかったです。野球をすると家族が喜んでくれる。試合に出て期待に応えると、チームメイトはじめみんなが喜んでくれる。だから、野球を続けてきました。でも、プロになってからは、「仕事である以上は、自分のために頑張って稼ごう」と思うようになりました。プロ野球は不思議なスポーツです。チームスポーツという割に、チームが勝っても個人成績が悪いと評価されません。さらに、自分が打たないと居場所がなくなります。だから、できる限りのことをしようと思いました。選手時代、時にはけがをすることもありました。そのたびに、「自分には足りないことがあるから、次は気を付けよう」と意識を改めるように心がけていました。その後、監督になってから、チームの主力選手がケガで試合に出られないというのは、どれだけ大変なことなのかを知りました。 ■現在の活動と野球の魅力 監督を引退した現在は、主に野球解説者をしています。解説者の役割は、目の前で起きたことをわかりやすく説明すること。選手、監督の経験を活かした予測やコメントを、視聴者に楽しんでもらうことを意識しています。大切にしているのは、「いかにして言葉を伝えるか」です。僕は長らくこの業界にいたので、「これくらい説明すれば伝わるだろう」と、言葉足らずになってしまうことが多いんですね。でも、それだと小学生や野球をしたことがない人には、こちらの意図が伝わらないことも多々あります。だから、できるだけ丁寧に説明することを意識しています。野球の魅力は、筋書きのない点です。一発逆転がある試合もあれば、10回勝っていたチームに、番狂わせで1回負けてしまう試合もある。まるでドラマのようで、面白いんです。あと、野球は見る人全員が監督になれるところも魅力ですね。「自分だったらこうするのに」といろんな可能性を考えられるところも野球の楽しさです。 ■今後の展望 今後の目標は、野球をもっと発展させることです。最近は野球人口が減っているので、野球やスポーツ業界全体を盛り上げるために、活動したいです。実際、僕自身は、野球のために何かしなければいけない立場だと思っています。 ■メッセージ 苦しいときは、どうしても何かのせいにしたくなります。でも、自分が1番の当事者なので、何かつらいことがあっても、他人事にしない意識が大切です。苦しさから逃げていると、それを超える力がつきません。もがいたり、自分を振り返ったりするのは苦しいものですが、誰にとっても必要な時間です。僕も同じ経験をしたからこそわかるのですが、人生が順調ではなくても階段を上ることはできます。世の中は平等ではありません。でも、平等ではないからと腐るのではなく、自分が置かれた状況で努力し、次の道を探すことこそが大切です。 学生新聞オンライン2024年12月13日取材 青山学院大学1年 桑山葵/早稲田大学4年 西村夏 中学生記者(野球&ラグビー代表選手)が突撃インタビュー ■成る可くして成った球界のスター 高橋由伸 野球好きな父親と二人の兄の影響で野球を始めた高橋由伸さん。小学生で水泳も習ったが地元・千葉の野球チームで飛び級の活躍。しかし、学生時代、本人は野球選手になれるともなりたいとも思っていなかった。家を出たくなかった由伸さんと出したくなかった父親に対し、母親の強い勧めで、高校は桐蔭学園に進学。恵まれた仲間との全寮生活で必死に練習し、甲子園出場を果たしたと言う。高卒プロの道もあったが、「プロ野球は別世界」と思っていたそうだ。慶應義塾大学への進学を決めたのは、二歳上の高木大成の存在が大きかった。同じ道を辿って何か見えるかもしれない。身近な先輩がプロ指名され、自身も絶好調に活躍し、スカウトが来たことで、プロ野球が一気に現実的なものに。一位指名で読売ジャイアンツへ入団。家族と一緒に過ごす時間や周りの期待に応える事が喜びだった学生時代から一転して、職業として稼ぐ使命感が芽生え、初めて自分のために頑張ろうと決めたという。プロ野球はチームが勝っても個人の成績で評価される。だからこそ、自分に足りない部分を常に見極め、克服すべく、一生懸命やるのみ。何万人もの前でプレー出来る希少な舞台は、怪我をしても戻りたい場所だったと言う。「実は緊張するタイプ」だと自己分析するが、待ったなしがプロの世界。試合前は集中するために音楽を聴く選手が多いと言われるが、高橋氏は自身の登場曲はその時の気持ちに近い歌詞の曲や子どもたちが好きな洋楽を選んでいたという。現役最後に経験したのが、補欠という役目。補欠にも活躍の場があると知り、置かれた場所で咲く頑張り方があったと振り返る。引退後の現在は野球解説者のほか、小学生や初心者の指導者として、活動を続けている。選手と監督という両方の経験を持つからこその見解を、一般に楽しく分かりやすく伝えることを心掛けている。 由伸さん視点での野球の魅力を尋ねると「大谷劇場のように、漫画のような奇跡的な出来事も起きて一発逆転もある」「筋書きのない物語が面白い」「観る人皆が『自分ならこう采配する』などと監督気分が味わえる」と熱く語る。今後の展望としては「野球人生の経験を活かして普及のために何かをしたい、していかなくてはいけない」と宣言。海外ではシーズンごとに複数スポーツ経験をすることが主流だが、由伸さんは「職業とするなら難しいかもしれないが、多数のスポーツを経験すると、あらゆる身体の使い方を習得し、選択肢や可能性が広がる。野球人口を増やす上でも良い」と賛同する。プライベートでは趣味のゴルフで交友を深め、早朝から緑の中を歩き、健康に気を付けているのだとか。最後に、学生新聞の読者へ一言お願いすると、「苦しい時、他人事と思って逃げないこと。 自分で乗り越えないと力にならない。社会に出たら平等ではないので、置かれた現実の中で努力して、大切な場所を探して欲しい」。大きな瞳を輝かせながら、心強いメッセージを届けてくれた。 ■取材した感想 憧れの人を前に緊張しない訳が無いが、高橋由伸さんは学生に真摯・誠実にお話し下さり、その人間力に引き込まれ、取材が終わる頃には夢中で前のめりになる自分がいた。実際にお会いして、球界は2種類のスターに分かれると思った。大谷翔平選手やイチロー選手のように、小さな頃から高い目標設定で未来を描き、それを有言実行して予想を超える記録を残す天才タイプと、自分より人の為に、少し肩の力を抜いて置かれた環境で精一杯努力し、開かれた道を一歩ずつ進み、着実に達成する天才タイプ。成る可くして成ったスター、その代名詞が高橋由伸選手だ。プロスポーツ選手になることは普通に考えたら雲の上のことだ。僕もプロスポーツ選手を目指す上で、いつも高ければ高いほどの目標を持たなくてはならないと焦る時もあったけれど、高橋さんのお話を聞いて、決して正解は一つではないと気付かされた。自分が今置かれている環境がベストだと信じて、その中でひたすら努力すれば、道は見えてくるはずだ。絶対無理だよこんなのと思うんじゃなくて、一歩ずつ歩んで成長しながら階段を上っていく、僕はそんな高橋さんの生き様がカッコ良いと感銘を受けた。 執筆者: 青山学院中等部3年 吉田侍人(IMG インターナショナルクラシックベースボールU15日本代表、ラグビー U15東京都代表) 青山学院中等部3年 吉田侍人

コラム

テリー伊藤 コラムVol.40 2025年ご利益のあるスポットは?

車雑誌『ベストカー』の取材はお台場で行う事が多い。理由は交通量が少なく走行シーンの撮影がやり易いことや、平日は人もまばらで注目の新車などが目に付きづらい点だ。そんな訳で何十年もロケ地として重宝している。撮影が終わると近くのお台場ダイバーシティに行き、お茶を飲んだり食事をするのが定番のコースとなっている。その日、普段は空いているフード街がびっくりするような混雑状況。若い女性がわんさか居て各レストランに長い行列を作っていた。殆どの女性がミニスカート、それも超ミニ姿なのだ。色もカラフルで、ヒョウ柄、水玉、黒レース、革、シルバーラメ等々大変な事に。寒い季節もあって東京の街ではミニスカートの女性を見掛ける事が少なくなっているが、ここは別次元。余りの華やかさに戸惑ったが、すぐに理由が判明した。 最近売り出し中の男性アイドルグループ「NCT WISH」のイベントがあるらしい。人気のオーディション番組から誕生した日本人4名、韓国人2名からなるイケメングループなのだ。これで納得できる。ファン心理として、彼等に客席にいる自分を見つけてもらいたい一心で目一杯のおしゃれをして来ているはず。彼氏とのデートでも恐らくここまでセクシーな服は着ないだろう。男性ファンが、お目当てのアイドルのコンサートに行く時、セクシーなオーデコロンを身体中に吹き付けて行く話も聞いた事はない。この現象は恋する女性の特権かも。それにしても色とりどりのファションが街を楽しくさせてくれる。有難き遭遇だ。 そう言えばクリスマスが終わると、外国と違って日本はすぐにイルミネーションが撤去されお正月モードに切り替わる。昨日までのファンタジー感は跡形もなくなり、いきなりの松飾り。勿論お正月は嫌いではないが、クリスマスの余韻に浸る事も出来ず、サンタクロースの後ろ姿を見送る間もなく年を越して行くので、毎年複雑な気持ちになる。華やかな色が消えていく東京の街、救いは東京タワーのイルミネーションだ。澄んだ冬空の星たちを従えて輝くタワーは、春も、夏も、秋もその美しさにはかなわない。星が凍る程の寒さの中で見ることが出来る絶景ポイントは何処か。東京タワー下に建つ徳川家康家ゆかりの芝「増上寺」から眺めた東京タワーは息を吞むほど壮麗。寒さを忘れ立ち止まってしまう。 2025年色んな神社仏閣のお参りも良いが、ここから拝む神々しいタワーに願い事をするのは。きっとご利益ありますよ。 テリー伊藤(演出家) 1949年、東京築地出身。早稲田実業中等部、高等部を経て日本大学経済学部を卒業。2023年3月、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。テレビ番組制作会社IVSテレビに入社し、「天才たけしの元気が出るテレビ」「ねるとん紅鯨団」などのバラエティ番組を手がける。その後独立し、テレビ東京「浅草橋ヤング洋品店」など数々のテレビ番組の企画・総合演出を手掛ける。著書「お笑い北朝鮮」がベストセラーとなり、その後、テリー伊藤としてメディアに多数出演。演出業のほか、プロデューサー、タレント、コメンテーターとしてマルチに活躍している。YouTubeチャンネル「テリー伊藤のお笑いバックドロップ」LALALA USAでコラム連載中https://lalalausa.com/archives/category/column/terry

学生新聞インターン

女子プロレスラー 天麗皇希

天を舞うアメジストバタフライ自分のもっているものが活きる世界へ「キャリアアップ」 女子プロレスラー 天麗皇希(あまれいこうき) ■プロフィール 2024年5月後楽園ホールでプロレスデビューする。キャリアで上回る相手に苦戦するも最後はアメジスト・バタフライ(コーナー最上段からの旋回式ボディプレス)で白星デビューを飾った。旗揚げ以降負け無しを続け、8月には青野未来の持つマリーゴールド・ユナイテッド・ナショナル王座に挑戦したが、スタイルズクラッシュの前に屈し王座獲得ならず。しかし、11月にはプロレスリング・ノアの「GHC女子王座」の初代王者となり異例の快進撃を続ける。 ■どんな学生時代を過ごしていましたか? 中学の時から音楽をやっていて、高校生の時は軽音部でエレキギターを弾いていました。高校卒業後に半年だけ音楽の専門学校に通っていました。専門学校をやめた後はアルバイトをしながら友達とチームを組んでダンスのパフォーマンスをしていました。  ■プロレスをはじめたきっかけは? ダンスチームを組んでいたメンバーの一人にアイドルグループに誘われて、少しだけアイドル活動をした中でたまたま舞台を観に行く機会があり、舞台に興味を持ち役者を始めました。そこで出会った方に、舞台の中でプロレスをやる企画に誘っていただきました。もともとアクションがやりたかったこともあり、その舞台に出演することを決めました。その時に初めてプロレスというものを知りました。最初はあくまで役者としてプロレスをやっていたのですが、キャリアアップとしてプロレスラーになろうと思いました。役者のときは自分の体の大きさが周りと比べると浮いているように思えてしまうこともあったのですが、プロレスラーは体が大きい方が有利になることや自分の体の特徴を受け入れてくれるものだと感じました。プロレスラーなら一つ上のステージに進めると思い、半年前にプロレスラーになりました。  ■プロレスの魅力とは 私はもともと舞台やドラマの非日常感や気持ちが動く瞬間が好きなのですが、プロレスを見たときにも同じような感覚がありました。それに加えてプロレスは、人間味がより強く感じられる、舞台とは違うベクトルの感動があることが魅力だと思います。試合では、小さい選手が大きい選手を倒すこともあるので、そのときのスカッとする瞬間もプロレスならではの大きな魅力です。  ■1月3日の大会の意気込み プロレスラーになって約半年の11月にGHCのシングルベルトを獲りました。ちょっと試合が特殊な形だったので賛否あったんですけど、私もまだまだプロレスラーとして全然未熟だし、このベルトと一緒にどんどん大きくなりたいです。誰もが納得のチャンピオンになりたいと思っています。1月3日はかつてタッグを組んでいた後藤智香との防衛戦が決まっていて、もちろん負ける気はないけど、チャンピオンとして初めてのビッグマッチで会場も地元太田区なので勝敗以外も負けてられないなと思います。  ■大学生へのメッセージ 学生の時は悩むことが多いと思います。例えば、周りの大人や友達にいろいろ言われることがあるかもしれません。もしその意見に悩んでいる人がいたら、それはひとつの意見ではあるけど正解かは分からないし、正解だとしても他にも正解はあるかもしれない。だから一回受け取って、横に置いておいていいと思います。悩むことがあっても自分を信じて自分を大事にしてほしいです。むしゃくしゃしたときは私たちがプロレスで戦っている姿を見てすっきりしてもらえたらいいなと思います。1月3日は大田区総合体育館で待っています。 学生新聞オンライン2024年12月4日取材 青山学院大学1年 桑山葵 MARIGOLD FIRST DREAM2025 〜初夢〜 2025年1月3日(金)14時30分 試合開始大田区総合体育館 VIPシート(特典付): 50,000円Sシート(特典付): 30,000円Aシート(特典付): 15,000円1階スタンド席: 8,000円2階Aシート: 6,000円2階Bシート: 5,000円2階自由席: 3,000円 青山学院大学1年 桑山葵/城西国際大学1年 渡部優理絵

学生新聞インターン

株式会社三才 代表取締役社長 斉藤上太郎

新しいキモノが、時代のアイデンティティを象徴する 株式会社三才 代表取締役社長・キモノデザイナー 斉藤上太郎 (さいとうじょうたろう) ■プロフィール1969年京都市生まれ。27才での作家デビュー以降、時代の価値観と美意識に合致したファッションとしてのキモノスタイルを探求し続ける。「最新の伝統」を確立すべくコレクションショーを継続開催する唯一のキモノデザイナー。2020年ロンドンV&A博物館にキモノ収蔵。銀座シックスにJOTARO SAITO旗艦店を展開。昨年、名古屋松坂屋店オープン。 従来の常識に囚われず、他にはないスタイルを提案し続け、今年創業90周年を迎えたキモノ会社・株式会社三才。先代の意志を継ぎながら令和の新しいファッションとしてのキモノを発信し続ける3代目社長の斉藤上太郎さん。革新を極めるキモノデザイナーが織り成す、クリエイティブなスタイルの根源にある熱いコンセプトを伺った。 ■やりたいことに没頭していたのは、学生時代から 高校までは好きなラグビーに没頭していましたが、大学は芸術系に進学しました。もともと斉藤家は京都の染屋でしたが、若い頃はキモノや染屋の家を継ぐことはあまり意識していませんでした。進学後は染の仕事の勉強ではなく、印刷や写真などのビジュアルデザインを学んでいました。家に職人さんのいる環境にいたため、クリエイティブな現場の過酷さはよく知っていたので、将来への希望に満ち溢れているわけではありませんでした。ただ、漠然とその方向に進みたい気持ちはありました。また、絵を描くことやデザインをすることは好きだったので、今振り返るとやっぱり興味があったからこそ芸術の道に進むことを選んだのだと思います。 ■先代が作り上げてきたクリエイティブなスタイル 株式会社三才は、今年創業90周年になります。京友禅ベースの伝統的な技術・技法を持ち合わせていますが、うちはその中でもちょっとへそ曲がりな、どの染屋さんよりも作家のようにクリエイティブで革新的な染屋として有名です。初代才三郎の頃は、マニアックな洒落物を作らせたら面白いものを作るような意味合いとして「斉藤さんのところに鼠(ねず)を使わせたら京都一」として名を馳せていました。 現代の日本では、キモノに対するイメージは、普段使いするものではなく、結婚式のような特別な日に着るものへと変化しました。このような中で、日本人の立ち振る舞いを美しく見せるためのキモノのセットアップを初めて発表したのは、2代目である父の三才です。三才は、小柄な日本人を美しく見せられるように、太い帯で上下を分断するのではなく、同色や同柄で合わせるなど、職人にはできないスタイルの提案を意識してきました。 洋服よりもキモノを着ている方が、正直モテます。なぜなら、キモノを着ている時は、物を取る際に袂を押さえたり、座る時には裾をさばいたりなど、あらゆる所作に素敵な色気が出るからです。それらのことは着てみないとわからないので、より多くの方にキモノを着てもらってその感覚を体感してもらいたいと思います。 ■昭和を懐かしむキモノではなく、令和のファッションとしての新しいキモノを 僕は、年に2回ファッションショーを行っています。それは、キモノをモノとしてではなく、アイデンティティを象徴するファッションとして発信したいからです。キモノと帯だけではなく、小物やモデルも発表のテーマに合わせ、常に日本人の「ルーツ」や「らしさ」を考えてきました。 僕は、キモノはこうあるべきだという考えはありません。ファッションショーでは、「ほらね、キモノを着ることが1番新しいでしょ」と令和のファッションとしての新しいキモノを発信しています。決して昭和時代を懐かしむようなキモノの姿としてではなく、伝統文化・工芸こそが新しいと発信することにこだわっています。しかし、新しければ良いというわけではありません。やりすぎるとアニメのコスプレになってしまいますし、何もしなければ進化はありません。進化の程度に注意することは難しいですが、キモノによって素敵に美しくスタイルを良く魅せつつ、時代の変化に合わせたキモノを提案しています。 例えば、今着ているもの(※編集部注:取材時に斉藤さんが着ていたキモノ)はデニム生地を使用したキモノになっています。デニムですから洗濯機で洗えますし、長襦袢に見えるものはTシャツです。デニムやジャージなど、メンテナンスフリーの素材を使ったキモノもありますが、このような略式的な素材のキモノは一見初心者向けですが、ファッションが好きなマニアの人が手に取れるようにこだわっています。絹は確かに最高の素材ですが、いかに令和の美意識や価値観に合わせて新しいキモノを作っていけるかが大事だと思っています。 ■周りに合わせるよりも、自分のやりたいことを 自分がデザインしたキモノを発表するようになった最初の年では、自分のやりたいものを押し殺し、周りの目を気にしてウケを狙いに行きました。自分が作りたいものを作ってもどうせわかってもらえないだろうと思っていたからです。しかし、それはウケる事も無く、評判も悪く、自分でも納得の行かない結果となってしまいました。 その経緯もあり、2年目の発表は自分のやりたいようにやってみることにしました。これが成功しなかったら辞めるという勢いで予算もかけていただき、生地もオリジナルにこだわりました。そのように自分のやりたいことを詰め込んだ2年目の発表には、たくさんのお褒めの言葉を頂くようになりました。その時に「わかっていないのは自分やったんや」と気づきましたね。 ■学生へのメッセージ とにかく目の前のことにがむしゃらになって欲しいです。計算高さより目の前のものを信じ、邪念なく一生懸命に向き合った先には、必ず道が開けます。何かに打ち込んでいる方は素敵に見えますし、周りの人は意外としっかりと見ているものです。様々な困難のハードルを越えていけば自信にも繋がり、自信によって言動も変わっていくことで成功へのチャンスにも近づくはずです。是非色々なことにチャレンジしてみてください。 学生新聞オンライン2024年5月15日取材 昭和女子大学3年 竜澤亜依 N高等学校 2年 石川輝/慶義塾大学 3年 塚紗里依/昭和女子大学3年 竜澤亜依/法政大学4年 島田大輝

学生新聞インターン

株式会社エスワイフード 代表取締役 山本久美

一緒に守り続けていく、山ちゃんの成長と独自の文化 株式会社エスワイフード 代表取締役 山本久美 (やまもとくみ) ■プロフィール1980年 名古屋市立守山中学校 入学    バスケットボール部に所属し、3年間全国大会優勝を果たす1986年 愛知教育大学入学1990年 名古屋市内小学校教諭となる    小学校男子クラブチーム(ミニバスケットボール)の監督として全国で3度優勝2000年 結婚を機に退職    株式会社エスワイフード入社、役員となる2016年 8月に夫である前会長山本重雄の急逝により、株式会社エスワイフード代表取締役となり、現在に至る “世界の山ちゃん”で有名な株式会社エスワイフードの代表取締役である山本久美氏。創業者であるご主人の急逝をきっかけに専業主婦から急遽経営者となった山本氏に、学生時代と小学校教諭時代の経歴と、今もなお成長し続ける山ちゃんの魅力と変革について伺った。 私の学生時代を振り返ると、中学時代は名古屋で有名なバスケットボール強豪校に通い、中学時代の恩師に憧れて教職を志しました。恩師は、私が悩んでいるときには大人の考えを押し付けるのではなく、最後まで話を聞き、その後にアドバイスをくれる方でした。その姿勢に感銘を受け私もそんな教師になりたいと思いました。その後の大学生活は、勉強に限らず多岐にわたる経験の場だったと感じます。教育大学の体育科に在籍していた私は、部活動とアルバイトで充実した日々を送っていました。チームは1部リーグに所属し、練習に励む一方、飲食店や家庭教師のアルバイトで多くの人と触れ合うことができました。異なる職種での経験はすべて楽しく、それぞれの仕事における喜びや学びを見出すことができました。大学卒業後は、小学校教員の道へ進みました。学校教員としての経験は人を見る力が養われたと思います。教職の傍らで教えていたクラブチームでも、バスケットボールを教える中で、子供たち一人一人の個性を見出す喜びを感じました。どの子供にもそれぞれの良さがあり、それを引き出しチームとして上手くまとめることは、私にとっても大きなやりがいでしたし、この経験は現在の会社経営に役立っていると感じています。現代社会ではストレスも多く、大人でも心を痛めることが多々あります。早期に異変に気がつくことができれば、解決も早くなります。対象が大人にはなりましたが、人を見るという点においては同じで、教員やクラブチームでの経験が活かされているように感じます。 ■引き継ぐ「運命」 それから専業主婦として16年間を過ごした後、夫の急逝により会社を引き継ぐことになりました。夫は会社の創業者ゆえトップダウン型の経営を行っていました。主人が亡くなってからは組織の縦割りを進めていきました。多くの本を読みましたが、実情とのギャップを感じることが多く、最終的には夫のやり方を真似することにしたのです。とにかくその頃は危機を乗り越えようと、毎日必死でした。M &Aなどの話も出ましたが、やはり私が引き継ごうと決意したのは、結婚当初から続けてきたかわら版通信の「てばさ記」でした。「てばさ記」を執筆し続ける中で、会社やお客様への感謝の気持ちを再認識し、私自身が引き継ぐ運命だと感じたからです。自信はありませんでしたが、社員たちと共に成長し、会社を守っていく覚悟を決めました。夫が亡くなってからの数年間で、助け合いの文化はさら更に強まりました。以前は関東と名古屋のエリアが分断されていて、関東からは「打倒名古屋」という言葉も聞こえていました。でも、現在は、毎月の総会で直接話し、「ワンチーム」としての意識を持つように努めました。その結果、社員の顔つきも変わり、社内の一体感が高まったように感じます。 ■変革を続ける山ちゃん ワンランク上の山ちゃんをコンセプトにした「山」というブランドに力を入れています。「山」は世界の山ちゃんの看板商品「幻の手羽先」を落ち着いた空間で召し上がっていただきたいという気持ちから誕生しました。それまで門外不出だった幻の手羽先を外販商品として販売のすることを提案した時は夫の考えが残っていたため反対も多く紆余曲折はありました。夫は揚げたての幻の手羽先をお店で食べてもらうのが一番おいしい、その一番おいしい状態の物を召しあがって頂きたいと考えていたため、冷凍販売には消極的でした。でも、私はスーパーで冷凍のものを購入されるお客様層と来店されるお客様層は違うと感じたんです。そこで門外不出の手羽先を解禁して、レンジ対応の幻の手羽先の冷凍食品の販売を始めたり、コメダさんとコラボして監修の手羽先を販売したりしました。また、全国のスーパーやコンビニで販売することによって、山ちゃんを知らない人が新たにその存在を知ったり、来店動機に繋がったりするのではと思いました。もちろん反対意見もありましたが、コロナ禍に後押しされて、新たな挑戦を開始しました。店舗の外観も私が経営を受け継ぐ前は、「ザ・赤提灯」のような店舗のスタイルでしたが、現在は、もっとカジュアルなスタイルに変わりつつあります。渋谷センター街店や天王寺ミオ店は特に新しい挑戦で、店内にネオン管を使用し、若者やファミリー層にも山ちゃんのファンになってもらえるように変化をし続けています。そのほか、店舗ごとに個性が違う「究極の個人店」を意識した店づくりをしています。お客様に喜んでいただけるように、店舗ごとに工夫したり、オリジナルメニューを出したりする取り組みをしています。また、山ちゃんでは「何を食べてもハズレがない」ことにこだわっています。手羽先がいくら美味しくても、何か一つでも美味しくないものがあれば、悪い印象が強くなってしまうと考えているからです。今後の目標は、店舗を100店舗にすることと外販を拡充していくことです。また、海外においては新規出店、外販拡大を考えています。 ■変わらない文化 数々の変革を行いつつも、大切にしたいのは世界の山ちゃんの文化です。私は、従業員たちが集まる「総会」は堅い印象を抱いていたので、当初、常に笑いが生まれる山ちゃんの総会に違和感がありました。でも、現在ではその文化こそ、大事に守っていくべきだと考えています。そのほか、多様性を認める文化も残していきたいです。店は店長が全てと考えがちですが、接客が得意な人、料理の得意な人もいますし、目立たないけれど、皆が嫌がる仕事を黙々とこなしてくれる人もいます。いろいろな人がいて店は成り立っているのです。ですから、それぞれに大切な役割があることを認め、お互いに敬意を払うことが大切です。また、弊社には「立派な変人たれ」というテーマがあり、明るくて元気でいろいろなことに挑戦して変化していきたいです。 ■大学生へのメッセージ 人生には数多くの岐路がありますが、楽な道よりも険しい道を選んでほしいです。険しい道は自己成長につながり、最終的には近道になることが多いと思います。「獅子の子落とし」や「可愛い子には旅をさせよ」といった先人の言葉は、私自身の経験からも本当にそうだと感じます。若くてパワーがあるうちにどんどん難しいことに挑戦して成長していってほしいと思います。 学生新聞オンライン2024年6月17日取材 上智大学3年 東芽衣

学生新聞インターン

株式会社山本海苔店 代表取締役社長 山本貴大

先祖代々守り続けてきた伝統を、後世に繋ぐ 株式会社山本海苔店 代表取締役社長 山本貴大 (やまもとたかひろ) ■プロフィール2005年慶應義塾大学法学部卒、同年東京三菱銀行(現三菱UFJ銀行)入行、2008年山本海苔店に入社、仕入部配属。翌年より海外事業に従事。2016年専務取締役営業本部長、2017年専務取締役営業本部長兼管理本部長、2021年7月19日代表取締役社長就任。 嘉永2年(1849年)に日本橋室町で創業以来、高品質な“おいしい海苔”を提供し続けてきた山本海苔店。そのような老舗企業の次期7代目として、伝統を守り続ける山本貴大代表取締役社長にお話を伺った。 学生時代はサッカーに夢中で、幼い頃は“サッカー選手”になりたいと思っていました。将来の夢はあったものの、代々続く“山本海苔店”の息子として生まれ、成長していく中で、後継者になることをどこかで自覚していたように思います。会社を継ぐことを強要されてはいなかったので、反抗したり、プレッシャーを感じたりすることはありませんでした。実際に就活をする時には、大学卒業後すぐに山本海苔店に就職するか、他の企業に就職して経験を積むかで父親に相談しました。結果としては、まずは社会について学ぶことを優先し、東京三菱銀行(現三菱UFJ銀行)に就職しました。 銀行では4年間勤務し、最初は景気が良かったこともあり、池袋支社に在住中は、充実した日々を過ごすことができました。また色々な企業に関わっていく中で、社会における常識や知識は徐々に身についてきたように思います。しかし新宿支社に異動後、私の状況は大きく変わりました。お客様が一般の中堅企業から不動産会社になり、後のリーマンショックにつながる不動産不況の影響を受け景気も悪化。これらの変化により、お客様に対するアプローチ方法が180度変わり、池袋支社で勤務していたころのようにはいきませんでした。元々父親と外で働くのは3年から5年以内と約束していたこともあり、東京三菱銀行を離れ山本海苔店に入社することを決めました。 ◾️海苔を製造する上で大切なこと 海苔屋の中でとても大事な業務は“仕入れ”です。漁師さんからどれだけ良い海苔を仕入れることができるかで、その年の商売が決まります。海苔の味には芽を若い段階で早く切ることができるかがとても大事です。早く刈れば刈るほど、味や色ツヤが良くなる反面、芽を早く摘んでしまうと、採れる海苔の量が減ってしまいます。質の良い海苔を仕入れたい私たちと量を増やして売上を上げたい漁師さん。このような状況の中で、両者にとって不利益にならない状況を生み出すためには、“高い値段で海苔を仕入れる”ということが肝になるのです。このことは、銀行で勤務していた私にとって一番驚いた出来事でした。一般的に、仕入れの金額をできる限り安く抑え、高く売れる企業が優れた企業であると思います。しかし、弊社は売上を上げるのはもちろんですが、仕入れ価格を下げることは決してしません。なぜなら、「海苔産業のリーディングカンパニーである私たちが海苔を安く仕入れるということは、海苔業界の衰退に繋がる。漁師さんから高く仕入れてでも、おいしい海苔をたくさん作ってもらうことが大切」という考えが根本にあるからです。海苔製造業として、“おいしい海苔”をお客様に届けるために、海苔漁師さんとの良い関係を保ち続けることはとても重要な要素となっています。 ◾️海苔業界の将来性 海苔の国内生産量は下降傾向ですが、世界の海苔の需要はとても高まっています。2013年に和食がユネスコ無形文化遺産に登録されたこともあり、世界中で日本料理店が増加傾向にあります。この傾向は、人口や富裕層の伸び方などの要素を考慮して、2050年まで続くといわれています。今の時代、ここまで伸びる市場は他にはあまりなく、そのような点からも海苔業界は他の業界に比べて強みがあると思います。海苔需要の世界的な高まりは、グローバル市場への期待が見込まれることを意味します。弊社でも、上海やロサンゼルスなどの各国に拠点がある子会社の髙岡屋と協力しながら、海外での営業活動を強化していく予定です。 ◾️今後の展望          だれかに贈り物をする際、普段自分では買わないような高価な果物や食品を贈ることが多いと思います。私たちが作っている海苔製品もギフト市場での販売を主な目的として作っていました。それは、スーパーなどで購入する海苔の価格と10倍ほど異なる商品もあります。ですが、近年の日本での市場規模は縮小傾向にあり、私たちの商いは2015年頃より贈答品からお土産市場にフォーカスしていきました。そして、切り替えて10年ほど経った今、業務用に挑戦したいと考えるようになりました。しかし、業務用海苔の平均価格は枝のりサイズ1枚20円ほどが平均ですが、海苔業界を守る為にも100円~150円ほどで販売をしたいと考えています。これを実現するためには、高品質のおいしい海苔を使用した料理を提供する飲食店が必要です。そこで私は山本海苔店として、このような海苔を使用する飲食店を経営したいと考え始めるようになりました。おいしい海苔を提供する飲食店を開業し、一つの市場として成長させることが私の夢ですね。 ◾️学生へのメッセージ とにかく今を楽しんでほしいですね。自分の興味あることに積極的に挑戦して、今を充実させていきましょう! 学生新聞オンライン2024年8月20日取材 国際基督教大学2年 渡邊和花 東洋大学2年 越山凛乃/東洋大学3年 橋本千咲/国際基督教大学2年 渡邊和花/京都芸術大学1年 猪本玲菜/上智大学3年 吉川みなみ

学生新聞インターン

三井住友海上火災保険株式会社 常務執行役員 津田卓也

未知のリスクにも対応できる、時代に合わせた保険をめざして 三井住友海上火災保険株式会社 常務執行役員 津田卓也(つだ たくや) ■プロフィール89年早稲田大学理工学部卒業、同年住友海上火災保険(現・三井住友海上火災保険)入社。新種保険部長、商品・サービス企画部長などを経て、22年4月から現職。 自動車保険や火災保険などの損害保険事業に加えて、異常気象やサイバー攻撃に対するリスクソリューション事業まで、時代に求められる安心と安全を提供し続ける三井住友海上。今回は常務執行役員の津田卓也氏に、新たなリスクに対する取組や「DX×保険」サービスなどについてお伺いした。 ■「最適化」することを学んだ大学生活 大学時代は、「経済学×数学×コンピューター」を掛け合わせた学問を専攻しており、その技術を用いて物事を「最適化」する研究をしていました。具体例としては、当時、手作業で行っていた電車のダイヤグラム計算と調整をコンピューターを用いて「最適化」する、といった感じですね。他にも統計や確率を用いて、効率の良い商品配置を考えたりもしていました。この経験から、数学やコンピューターの技術を用いれば、どの業界でも物事を「最適化」することができると考えるようになりました。大学卒業後は、様々な業界と関わり、自身の見聞を広げながら、物事を「最適化」していく仕事がしたいと考えていました。その中で、金融機関での仕事に興味を持ち、大学の先輩の勧めもあって、当社への入社を決めました。入社当時は、営業として新規の顧客獲得を中心に行っていました。製造業の方々と出会う機会が多く、ファイナンスに関する相談を数多く受けるようになりました。このとき、先方の技術に強く関心を持てたのは、大学の講義で学んだ知識のおかげですね。その後は、サイバー攻撃など新たなリスクに対応する保険商品の開発に携わりました。過去の統計データがない中、何がフェイクなのか見極め、正しい情報を集めることが、新たな保険商品を開発する上で大切だったと思います。 ■データ流出防止にはトレーニングが最適 データマネジメント部としての仕事は、大きく分けて二つあります。一つ目は、サイバー攻撃を受けた際に自社の情報を守ることです。サイバー攻撃を防ぐ方法として、外部システムとのやり取りにフィルタリングをかけるファイアウォールの強化も行っています。しかし、それ以上に力を入れているのは、自社の社員に対するトレーニングです。代表的なサイバー攻撃の中には、怪しいリンクやウイルスが添付されたメールが送られてくる、フィッシングメール詐欺があります。メールを開いただけで、システムが乗っ取られたり、データが流出したりするおそれがあります。これらのメールを開かないように、日常の業務の中でトレーニングを行っています。実際に詐欺メールに似せた訓練メールを社員に送付し、開封率や人数を調査することもあります。もしメールを開けてしまった場合は、個別にフィードバックをしたり、講座を受けてもらったりなど、念入りに対策を行っています。このトレーニングを繰り返し行ったところ、訓練メールの開封率は1%を下回るようになりました。しかし、データを守るうえでは0%が最低基準ですので、メールを開けてしまいやすい新入社員等を中心にトレーニングを継続しています。二つ目は、誤って情報を流出させないことです。データ流出の原因で多いのは、メールの誤送信や書類の誤送付です。こういった事例にもトレーニングは有効であり、根本的な技術面や確認作業といった方法で対策を行っています。 ■「何か起きた時」だけでなく「起きる前に」と「復旧する時にも」 これは、商品・サービス企画部時代の仕事ですが、当社では「DX valueシリーズ」という保険も取り扱っています。今までの保険は事故が起きたら保険金のお支払いをするのみに留まっていました。しかし、「DX valueシリーズ」では、事故が起きないようにする予防の段階や、事故が起きてからの復旧作業にかかる段階でもサービスを提供開始しています。例えば、サイバー攻撃に対する保険を例にしましょう。この場合、予防の段階では、ウイルスを侵入させないために監視システムが導入できます。復旧の段階では、仮にウイルスに侵入されて、システムが破壊された場合にかかるデータ復旧費用やシステム復元費用なども補償します。このようにBeforeとAfterの両方をカバーできる商品を、自動車保険などでもシリーズとして展開しています。 ■既存からの変化とバランスを取りつつ、未知のリスクと要望に向き合う 変化が常に起こる社会ですので、今までにない未知のリスクはもっと増えてくると思います。自動運転など技術の変化もあれば、為替やパンデミックといった経済環境の変化もあります。こういった社会の変化が、当社の保険商品にどう影響するか、常に考え続けていく必要があります。損害保険会社は、サービス提供するシステムを24時間機能させ続ける必要がありますので、サイバー攻撃やシステム障害などでサービスが使えなくなることは許されません。そういった事態を未然に防ぐためにも、新しい技術を取り入れながらシステム基盤を「最適化」していくことが重要です。ただし、新しい技術を取り入れることで起こりうるリスクも考慮しなければなりません。既存の技術と新しい技術とのバランスを取りながら、時代やお客様に求められるサービスを提供し続けていきたいと考えています。 ■学生へのメッセージ キャリア形成には、学生自身が「自ら選ぶ」姿勢が非常に大切です。会社の知名度や待遇で仕事を選ぶと、理想と現実にはギャップが生じてしまいます。会社と学生はフラットな関係にあるので、学生の皆さんが会社を「自ら選ぶ」という感覚を強く持ちながら、キャリア選択を積極的に行ってみてほしいです。 学生新聞オンライン2024年8月28日 武蔵野大学4年 西山流生

イベント・企業紹介

株式会社フォーチュンエンターテイメント 2024年を振り返る会

2024年11月11日(月)渋谷カルチャーカルチャー(渋谷区渋谷1-23-16)にて、株式会社フォーチュンエンターテイメント(本社:名古屋市中区松原 代表取締役:谷口誠治)主催の2024年を振り返る会が開催され、関係者各位への感謝を伝えました。谷口誠治社長とSAKURA GRADUATIONのMireiさん、カラフルダイヤモンドの設楽賢さん、関優樹さんに今後の夢や大学生へのメッセージを伺いました。 株式会社フォーチュンエンターテイメント 代表取締役 谷口誠治 (たにぐちせいじ) ■プロフィール株式会社NDP、株式会社NDR 代表取締役。学生時代関西でローラースケートリンク3ヵ所をオープン、マネージメントをする傍ら、プロスケーターとしてTVやイベントに出演。その後、地方公務員に。しかし、自らの夢を実現させるため市役所を辞めて上京。NHKドキュメンタリーでとりあげられ、レギュラー番組を持つ。TV、CM、映画、雑誌、イベントなど様々なメディアで活動後、ロンドンへ渡り、その後、ミュージカル”スターライト・エクスプレス”世界ツアーに出演する。 ▼名古屋から世界に通用するタレントを 私たちは「夢を形にする」会社です。最初は“自分が面白いことができる会社を作りたい”という思いから始まり、世界に通用するタレントの育成に着手しました。25年前、日本のイベントが世界に通用するのは難しいとされていたからこそ挑戦したのです。 当時、名古屋にはエンタメがなく、東京や大阪に比べて地元タレントも少なく、「名古屋飛ばし」として興行も入りづらい状況でした。そんな中で、みんなが「無理」と言うことに挑戦したい気持ちが強まり、夢は寝て見るものではなく叶えるものだと実感しました。 夢を形にする会社として、名古屋で夢を持てない人々に、夢を見られる場所を提供することが僕の夢の一つです。 ▼大学生へのメッセージ 夢を見ることを恥ずかしいと思わないでほしいです。就職でどんな会社に入るとしても、自分の夢を形にできる場所に変えればいいのです。そうでなければ、きっと面白くないと思います。 《SAKURA GRADUATION》 Mirei 2024年2月28日にオーディション番組でデビューして、今は2ndシングル「CANDY TOWER」をリリース中です。7大都市ツアーもやらせてもらい、世界コスプレサミットの応援サポーターもしています。ZIPやJUNONなど、メディアにも出させてもらっています。これからも更に活躍できるよう頑張りますので、応援よろしくお願いします!私たちは6人組で、現役大学生が2人いるので、ぜひ友達になって応援してくれたら嬉しいです。 《カラフルダイヤモンド》 設楽 賢 / 関 優樹 ▼活動を通して感じるやりがい 設楽:活動している事全てです。最初は大変に感じていた稽古も今ではメンバーと和気藹々ありながら切磋琢磨しながらすることが出来て楽しいです。 関:やっぱりファンの方の笑顔です。活動していく中で、大変なことも多いのですが、それを乗り越えた時、皆さんが笑ってくれたり、良かったよって言ってくれたりする一言が活動の糧になっています。1人でも多くの方に僕らも笑顔を届けられるように頑張るので、これからも応援お願いします。 ▼今後の夢 設楽:やっぱり東京ドームです! 関:名古屋はもちろん、東京を含めた全国で活躍できるようなグループになるのが今の目標です。 ▼大学生へのメッセージ 関:大学時代の友達との繋がりは、ずっと続いていくものなので色々な付き合いを大事に、楽しい学生生活を送っていただけたらと思います。あとは今目の前にあるやりたいこと楽しいことを全力で頑張ってください。 学生新聞オンライン2024年11月11日取材 東洋大学3年 太田楓華 SAKURA GRADUATION 『サクラ グラデュエーション』通称『クラグラ』。新たなるJ-POPを名古屋から全国、世界へ!クラグラ旋風を巻き起こします!オーディション番組で結成された平均年齢18歳の6人組のダンス&ボーカルガールズグループ。オーディションの全貌は、Huluにて配信中! カラフルダイヤモンド 名古屋発エンターテイメント集団「BOYS AND MEN(ボイメン)」の弟分。デビューシングル『あまキュン』では15万枚、2ndシングル『まるごとJELLY NE∀NS』では10万枚、2作連続ゴールドディスクを獲得した注目のボーイズグループ!2024年12月21日(土)に、3rdシングル『キミジェニック』が発売! 今回のシングルは、2024年12月21日(土)に第1弾、2025年1月18日(土)に第2弾、2025年2月12日(水)の第3弾と3連続でリリース。 第1弾、第2弾は異なるカップリング曲が収録され、第3弾には、ミュージックビデオのメイキング映像が付属。 2024年を振り返る会の様子

イベント・企業紹介

舞台『カラフルダイヤモンド~君と僕のドリーム2~』

2024年11月26日(火)⾚坂 RED/THEATER(東京都港区⾚坂3-10-9)にて、TBSテレビ(本社:東京都港区赤坂)主催の舞台『カラフルダイヤモンド~君と僕のドリーム2~』公開ゲネプロが開催されました。メンバーそれぞれが本人役として出演し、夢に向かって進む等身大の姿を描いた舞台の見どころや公演を通じて学生に伝えたいことを伺いました。 前列(左から):小辻庵 / 内海太一 / 古川流唯 / 中下雄貴 / 設楽賢 / 後列(左から):加藤青空 / 高垣博之 / 國村諒河 / 岡大和 / 関優樹 / 永遠 < カラフルダイヤモンド >名古屋発エンターテイメント集団「BOYS AND MEN(ボイメン)」の弟分。デビューシングル『あまキュン』では15万枚、2ndシングル『まるごとJELLY NE∀NS』では10万枚、2作連続ゴールドディスクを獲得した注目のボーイズグループ!2024年12月21日(土)に、3rdシングル『キミジェニック』が発売!今回のシングルは、2024年12月21日(土)に第1弾、2025年1月18日(土)に第2弾、2025年2月12日(水)の第3弾と3連続でリリース。第1弾、第2弾は異なるカップリング曲が収録され、第3弾には、ミュージックビデオのメイキング映像が付属。 ■公演の見どころ 國村:今回の舞台は異世界ファンタジー「キラキラ王国」を舞台に、アイドルグループ「カラフルダイヤモンド」が光と影の二面性をテーマにしたストーリーを展開します。前作では僕たちの中で実際にあった出来事をオマージュしたお話が多かったのですが、今作はアイドルとしての輝きと、普段は見せない影の部分を本人役以外で演じ分けることが見どころではないでしょうか。また、現実世界と異世界でキャラクター名や性格が大きく異なりますので、そのギャップを楽しむことができると思います。アイドルを脱ぎ捨てたカラフルダイヤモンドを見れるのは今回だけだと思います。 関:異世界ファンタジーなので、アイドルが見せてはいけない一面を見ることができます。設楽君は特に変わりようがすごいですよ(笑)。 小辻:舞台中にはラップバトルや、観客も参加できるフラッグ振りのシーンなど、一体感を味わえる演出が盛り込まれています。新曲の披露から、この舞台でしか体験できない特別な内容になっています。 ■学生へのメッセージ 加藤:自分も今高校3年生で学業との両立は難しいです。ですが、学生の皆さんにとっての部活と同じようなものだと思うので、僕たちを見て一緒に頑張ろうと思ってくれたら嬉しいです。 國村:今回、親と子がテーマの部分もあるので、子から親への気持ち、親から子への気持ちなど、共感できる部分がたくさんあると思います。 学生新聞オンライン2024年11月26日取材 法政大学4年 島田大輝 後列:加藤青空 / 高垣博之 / 國村諒河 / 法政大学4年 島田大輝 / 東洋大学3年 太田楓華 / 岡大和 / 関優樹 / 永遠前列:小辻庵 / 内海太一 / 古川流唯 / 中下雄貴 / 設楽賢 ■感想 ~...

学生新聞インターン

女子プロレスラー 翔月なつみ

挫折したあとも自分を諦めなければ、きっと夢が見つかる 女子プロレスラー 翔月なつみ(しょうづき なつみ) ■プロフィール美容師として働いていたが一時地元の尼崎に戻り、女優を目指して再度上京。プロレスをつかった演劇プロジェクトをきっかけに女子プロレス団体スターダムの練習生となる。紆余曲折あり2024年にマリーゴールドの旗揚げに合流。わずか2ヶ月後の7月、両国国技館で行われた初代王座決定戦で優勝し初代スーパーフライ級王者となる。 ■学生時代に力を入れていたことは? 高校卒業後は美容学校に通っていました。人をきれいにして喜ばせたいという思いから、美容に興味を持ちました。美容学校では土日にコンテストがあったので、部活のようにコンテストに力を入れていました。 ■プロレスを始めたきっかけは? 美容師の道に挫折したことです。美容師1年目で肌や爪が弱くて荒れてしまい完治が難しく、新人時代に必要な仕事ができずに退社。その後、特にやりたいことがなかった時に芝居をやっている友達に誘われ私も芝居を始めました。上京して初めての役がプロレスラーを目指す女子高生だったので、役作りのためにプロレスを見に行ったことがプロレスとの出会いです。活躍しているプロレスラーには私より若くて可愛くて細い選手もいました。その姿を見て「やってみたい!」と思ったことがプロレスを始めたきっかけです。今のプロレスは入口が広いので私も始めることができました。 ■いとこの存在 実はプロ野球・広島東洋カープの床田寛樹は従兄弟なんです。私は25歳くらいの時、怪我もありプロレスと芸能活動を一度やめました。ちょうどその頃、私の5歳下の寛樹が広島カープに入ることになりました。小さい頃から努力を見てきたから嬉しかったし、夢を叶えた姿に勇気をもらい、自分ももう一回頑張ろうと30歳でこの世界に戻ってきました。寛樹にはいいところを見せたいです。いつか試合を見にきてほしいし、広島カープの始球式に出ることが私の目標です! ■プロレスの魅力 プロレスはエンターテインメント色が強いので、どうしたらお客さんを楽しませることができるのか、応援を引き出せるのかを考えることがやりがいでもあり、魅力です。応援をしていただけると私も力が出るし、見てくれた人に「元気が出た」と言葉をいただくと嬉しいです。初めて見る人は、推しの選手を見つけるとより楽しめると思います。感情移入できる選手が絶対にいるので、自分の「推し」を見つけられると、ルールがわからなくても楽しく見ることができると思います! ■2025年1月3日の大会の意気込み 私は初代マリーゴールド・スーパーフライ級王座のベルトを持っています。大きな選手がぶつかり合うのは迫力がありますが、軽量級にしかできない闘いもあるので、私の熱い戦いを見にきてほしいです。私は現在4回防衛に成功しているので、絶対にまた防衛してベルトを掲げたいです。他にもこの日は4つのベルトのタイトルマッチがあって、どの試合も違った色があって楽しんでもらえると思います。 ■大学生へのメッセージ 今、夢を持っていなかったり、将来に不安を抱えている学生さんがいるかもしれません。でも大丈夫です。私は美容師になりたかったけれど挫折をしてしまいました。それでも、プロレスに出会えて、今こうして新しい夢を追っています。ふとした時に新しいことに出会えると思います。だから自分を諦めないでください。私のようにプロレスを見て世界が変わる人もいるかもしれないので、興味があればマリーゴールド大田区総合体育館大会をぜひ観に来てください。 学生新聞オンライン2024年12月4日取材 青山学院大学1年 桑山葵 MARIGOLD FIRST DREAM2025 〜初夢〜 2025年1月3日(金)14時30分 試合開始大田区総合体育館 VIPシート(特典付): 50,000円Sシート(特典付): 30,000円Aシート(特典付): 15,000円1階スタンド席: 8,000円2階Aシート: 6,000円2階Bシート: 5,000円2階自由席: 3,000円 青山学院大学1年 桑山葵/城西国際大学1年 渡部優理絵

学生新聞インターン

プロレスラー・女優 青野未来

Brilliant Future王道プロレスの新旗手 プロレスラー・女優 青野未来(あおのみく) プロフィール2011年に女優としてデビュー。2012年には「-ナナとカオル 第2章」にて映画初主演を果たす。数々の作品に出演する中でActwres girl’Zの代表にスカウトされ2017年プロレスデビュー。2つのベルトを戴冠し絶対エースとして君臨するも2024年4月にマリーゴールドへの移籍を発表。現在ユナイテッド・ナショナル(以下UN)のベルトを保持し人気急上昇。 ■学生時代に力を入れていたことは何ですか? 学生時代はメイク、ネイル、エステなどをトータルで学べる専門学校で美容を学んでいました。入学した最初の年は全般的なスキルを学び、2年目にはネイルを専攻しました。美容学校の授業のみならず、アルバイトにも力を入れていました。埼玉に住んでいたのですが、できるだけ様々な出会いや何かのきっかけが欲しいと思い、都内でアルバイトをしていました。  ■プロレスラーになったきっかけは? 私がプロレスと出会ったのは、女優業など芸能活動をしている人がプロレスに挑戦するというコンセプトのActwres girl’Z(アクトレスガールズ)がきっかけでした。初めてお会いしたアクトレスガールズの社長に「絶対にスターになれるで!」と言っていただけました。このような力強い言葉をかけてくれる人はなかなかいないですし、自分に可能性を感じてもらえることが嬉しかったです。俳優としても武器になるものが欲しいと思っていたタイミングだったのでプロレスをすることを決めました。アクトレスガールズでは様々な経験をさせて頂き徐々に団体も大きくなっていったのですが、メンバーが様々な事情で辞めたり移籍して団体の危機がありました。それでも私はアクトレスガールズとして成功したかったし守りたい気持ちが強かったので残ったんですけど、だんだん私にできることがなくなっていってる気がしたんです。それで引退も考えたんですけど、ちょうどその頃新団体「マリーゴールド」が旗揚げすると聞いて最後に挑戦しようと思いました。 ■プロレスの魅力とは? リングで自分自身を表現できることや、お客さんの感情がダイレクトに伝わってくるところにやりがいを感じます。7月にUN王座をとったのですが、ベルトをとるまでの闘いが経験したことがないほど過酷で、勝った瞬間の歓声は忘れられないです。応援してくれる人とひとつになって喜べることもプロレスの魅力だと思います。 ■2025年1月3日の大会の意気込みを教えてください。 マリーゴールドとして2度目のビッグマッチ、私は4度目の防衛戦です。相手は同じアクトレスガールズ出身の桜井麻衣で、私は彼女のデビュー戦の相手を務めたんです。でも、生まれた場所は同じでもその後は別々の場所で育ったので、自分が知らない桜井麻衣を見られることに期待しています。別人みたいに成長した彼女と戦えることは嬉しくもあるけど絶対に負けたくない相手。ベルトだけではなくお互いの思いをかけて闘わなきゃいけないと思っていますし、防衛して2025年勢いをつけたいと思います。 ■大学生へのメッセージ 私は紆余曲折あり、学生時代に想像もしていなかったプロレスラーになっています。文字にしていただくと順風満帆に見えるかもしれませんが、芽が出なくて苦しんだことも、母に心配をかけていた時期もあります。でも、目の前のことを一生懸命やることで、描いていた夢ではなくても素敵な未来が広がっていくと思いました。私は今を楽しんでいるし、プロレスと出会えたから夢がどんどん生まれ続けています。少し苦手だなということもトライすることできっと成長や変化を得られると思うので、みなさんも色々なことにチャレンジしていってください。まだプロレスを見たことがない学生のみなさんは1月3日大田区体育館にぜひ見に来てください。  学生新聞オンライン2024年12月4日取材 城西国際大学1年 渡部優理絵 MARIGOLD FIRST DREAM2025 〜初夢〜 2025年1月3日(金)14時30分 試合開始大田区総合体育館 VIPシート(特典付): 50,000円Sシート(特典付): 30,000円Aシート(特典付): 15,000円1階スタンド席: 8,000円2階Aシート: 6,000円2階Bシート: 5,000円2階自由席: 3,000円 青山学院大学1年 桑山葵/城西国際大学1年 渡部優理絵

イベント・企業紹介

吉野家ホールディングス新規事業発表会

株式会社吉野家ホールディングス(本社:東京都中央区、代表取締役社長:河村泰貴)は、美容と健康の領域で優れた機能を発揮する高付加価値素材オーストリッチ(ダチョウ)に関する新規事業の発表を2024年8月28日(水)、スパイラルホール(東京都港区南青山5-6-23)にて行いました。 株式会社吉野家ホールディングス執行役員・農学博士 辻智子/株式会社吉野家ホールディングス代表取締役社長 河村泰貴/フリーアナウンサー・俳優 宇垣美里/獣医師・獣医学博士・京都府立大学学長 塚本康浩 フリーアナウンサー/俳優 宇垣美里 ▼株式会社吉野家ホールディングス 代表取締役社長 河村泰貴 吉野家ホールディングスは、“オーストリッチ”に関する事業を始めることになりました。私たちがオーストリッチに着目した理由は二つあります。一つ目は、社会的な課題に対し、明るい兆しが見えたからです。社会は、人口増加や食糧問題などの様々な課題を抱えています。そのような中で、オーストリッチは、食料の集中化を防ぐという点から食材としての価値を感じました。2つ目は、事業の持続化への取り組みとしてです。吉野家は、“牛丼”を基幹事業として126年の歴史を紡いできましたが、事業一つに偏っているとリスクが伴ってきます。そのため、牛丼と並走して、他の事業を発展させる必要がありました。そのような時に出会ったのが、“オーストリッチ”です。食べた時に、牛肉の赤身に似た味で、素直に「うまい」と感じ、“オーストリッチ”の事業に、可能性を感じ始めました。 実際に、“オーストリッチ”について研究している中で、ある特徴が明らかになりました。それは、食用だけではなく、美容価値をもたらすものとしての可能性が高いということでした。オーストリッチオイルは、融点が人間の体温に近いことが特徴です。そのため肌馴染みが良く、美肌成分に対して浸透を促す効果も持っているのです。 吉野家ホールディングスは、この浸透効果を活かして、“SPEEDIA”という化粧品ブランドを立ち上げます。主力商品は、お手持ちの化粧品や美容液の成分をより高い効果へともたらすグラバースブースターボールです。性別や年齢問わず、どなたでもご利用できる商品となっています。 株式会社吉野家ホールディングス代表取締役社長 河村泰貴 日本におけるダチョウ研究の第一人者である獣医師・獣医学博士の京都府立大学学長 塚本康浩氏と、吉野家ホールディングスの執行役員であり、ダチョウ素材の機能性研究を続けてきた農学博士 辻智子氏による、ダチョウに関する最新の動向及び、オーストリッチオイルを使用したスキンケア商品について発表しました。 ▼獣医師・獣医学博士/京都府立大学 学長 塚本康浩 ダチョウは牛の4分の1の量しか食べないといった少食なのにも関わらず、地球上で一番大きな卵を生み、わずか1年ほどで2m50㎝くらいに成長します。そして何より環境にやさしい動物であり、メタンガスの発生量もとても少ないのです。ただ見た目が地味で、鳴かない、そして家畜ではないのでこれまであまり流通経路が確保されてきませんでした。 ▼株式会社吉野家ホールディングス 執行役員/農学博士 辻智子 今回発表されたSPEEDIA、オーストリッチオイルですが、動物でありながら植物性に似た使いやすく扱いやすい性質があります。またこのオイルには他の利用成分を浸透させやすくする働きがあるという研究結果をもとに測定したところ、驚くことに最近美容成分として注目されているナイアシンアミドの浸透率が23倍上がったことがわかったのです。またダチョウのお肉は赤身で鶏のささみに似ていることからタンパク質や鉄分が多く含まれています。これからは羽根や骨などオーストリッチ全ての資源を有効に活用していく予定です。 ▼フリーアナウンサー/俳優 宇垣美里 私にとって美容とは、自分を甘やかすための時間です。美容に費やしている時間は心が癒されますし、その結果として自分の肌の調子が良くなると、もっと気分が上がるので、とても大切にしています。オーストリッチオイルは、初めはイメージがあまりなかったので、どういうものだろうとドキドキ、ワクワク、早く使ってみたいなっていう風に思いました。実際に使ってみると、肌にのせた瞬間に馴染むので、スッと浸透していきますし、普段の化粧品とも一緒に使うことができるので、とても嬉しいです。メイクをする上で、スキンケアはすごく大切な土台作りなので、綺麗な肌を作るためにオーストリッチオイルを利用しています。私は乾燥肌ですが、この商品を使うと肌が柔らかくなるので乾燥対策もできます。 フリーアナウンサー/俳優 宇垣美里 ▼感想 ~取材を終えて~ 吉野家と化粧品。ぱっと聞いただけだと、そのふたつの共通性が見えませんでした。しかし、この取材を通して社会問題に真剣に向き合っている吉野家さんだからこその取り組みだと強く感じました。ダチョウの生息数が減少傾向にあるなど問題はまだあるとはいえ、革新的な挑戦だと思いました。オーストリッチオイルを使用した感想を伝えてくださった宇垣美里さんのお肌が遠くからでもわかるほどのツヤを放っていて、ぜひ一度使ってみたいと思いました。またダチョウのお肉も初めて食べたのですが、とても柔らかくて臭みも一切なくて美味しかったです!この取材を通して、ダチョウの強みが社会問題解決に繋がっていくことを学びました。大妻中野高等学校3年 加藤眞優花 学生新聞オンライン2024年8月28日取材:国際基督教大学2年 渡邊和花/国際基督教大学2年 若生真衣/國學院大學2年 寺西詩音 国際基督教大学2年 若生真衣/國學院大學2年 寺西詩音/国際基督教大学2年 渡邊和花/大妻中野高等学校3年 加藤眞優花/城西国際大学1年 渡部優理絵/東洋大学3年 橋本千咲