日本薬科大学 副学長・教授 都築稔

地域との連携を大切に、これからの教育を考える

日本薬科大学 副学長・教授 都築稔(ツヅキミノル)

■プロフィール

1974年生まれ。東京大学農学部卒業。東京大学農学生命科学研究科博士課程修了(農学博士)。サントリー株式会社勤務を経て、2005年4月より現職。専門は分子生物学、微生物学、 分析化学。伊奈町生涯学習委員会委員、聖学院大学大学評価 会議外部委員を務めるなど、自治体や大学との産学官連携を 多数手がけ、商工会等での講演も行っている。

地域との連携や社会貢献活動を大切にしている日本薬科大学。その副学長である都築稔氏に、地域と大学との関係性の重要性や今の教育に必要なこと、そして、人口減少やコロナ禍によって、今後、大きく変わろうとしている教育界の将来展望について伺った。

■実験とテニスの毎日だった大学時代

 小さい頃から生き物が好きでした。高校生の時に、手塚治虫の漫画やスティーヴン・ホーキング博士の本を読み、宇宙や未知の世界に興味を持ちました。その結果、「宇宙に生命体はいるのか」といった疑問を持ち、宇宙や生命科学に関する研究をしたいと思うようになりました。今振り返ると、未熟だったのですが、実際に大学に入って、学生実験の大半は、結果がわかっているものばかり。「知らないことを解明していくのが科学だ」と考えていた私は、「結果がわかっていることを繰り返しても」と疑問を抱くようになっていったのです。
 部活動では、体育会のテニス部に入っていました。テニス漬けともいえる大学生活だったため、4年生になり部活が終わるまで、バイトや旅行とは無縁の生活を送っていました。「海外旅行は学生時代にしかできない」と思ったので、引退後は、東南アジア、中近東など、いろんな場所へ旅行に行きましたね。海外に一人で旅行をしてから世界の広さを実感し、視野を広げるためにも、「日本にいるだけではダメだ」と思いました。卒業後は研究者として学校に残るという選択肢もありましたが、まずは民間で頑張ってみようと、先輩からの誘いがあったサントリーに、営業職として就職をしました。

■教育業界に入ってわかった、教育の大切さ

 サントリーの営業マンとしての日々にはなんの不満もなく、ただひたすら楽しかったです。ただ、当時交際をしていた都築学園グループの次女との結婚が転機となり、あらためて教育研究の道に進むことになりました。その後、いろいろな大学を見てきて、私は2つのことに気づきました。1つ目は教育こそが人材養成の土台で、インフラの基本になっているということです。2つ目は現在、日本に約780もの大学があり(2020年4月現在)、専門性や地域連携など色々な特徴があるということ。日本では、偏差値で学校が評価されることが多いのですが、世界的に見るときわめて稀なケースといえます。世界には、研究活動、産学連携、国際性など、さまざまな評価指標があり、将来を見据えると、他の国々のように、日本の学校も、独自性や特徴を出さないといけないと強く感じました。

■地域の周辺人口と大学の存続率は大きく関連している

 日本薬科大学は、医療人養成だけでなく、社会貢献活動をとても大切にしています。代表例は、研究で力を入れている「漢方」を活用した地域連携です。埼玉県秩父地域で自生する薬用植物「キハダ」の例を紹介します。キハダは古くから生薬として使われていましたが、地元では有効に活用されていませんでした。私たちは、キハダに含まれる苦味成分を活用した「キハダサイダー」を地元の方々と共同開発しました。地元の人が気づかないようなものが、実は、地域に大きく貢献できることもあるのです。では、なぜこのような活動を展開しているのか。それは、地域と大学の存続は強く相関しているからです。国の統計によると、周辺人口が12万5千人を切ってしまった大学は、存在確率が50%を切ってしまうというデータがあります。つまり、地域の活性化と学校運営は、実は切っても切り離せないのです。
 地域を元気にするためには、もともとその地にあり、地元に根ざしたものを見直すことが大切だと思っています。その他にも、有名ラーメン店「麺屋武蔵」(矢都木二郎社長がキャンパスのある伊奈町出身)とコラボして、薬膳ラーメンを商品化しています。花粉症対策、熱中症対策など、たくさんのラーメンを作りました。最近では、免疫力を高めるとされる食材を使ったラーメンを作り、コロナウイルスの軽症患者を受け入れているアパホテルに届けに行きました。もちろん全部、薬学の知見を活かした食材を厳選して作っていますよ!

■世界最高の「学び直し」を作る!

 地球環境を守るための脱炭素社会の実現に向けた取り組みにより、今から約10年後の2030年には、ガソリン車がなくなる時代が到来するといわれています。つまり、市中からガソリンスタンドを見かけなくなる可能性があるということです。このように、今当たり前に存在するものでも、10年後にはなくなっているものがある。それと同じようなことが、教育業界にも起こりえるかもしれない。そこで、私は教育界の近未来を深く考えるようになりました。
 そのなかで、教育機関にとって避けて通れない課題は「人口減少」です。私が18歳の頃は、同級生が約205万人いたのですが、2020年の出生者数(速報値)は87万人、コロナウイルス感染拡大の影響を受けて、結婚や出産を控える動きがあったことから、2021年は80万人を切るのではないかといわれています。つまり、この子たちが大学生になる2040年頃は、大学に入学する生徒数が、圧倒的に少なくなるということです。
 そこで、まず私が目を付けたのが社会人の学び直しでした。現状、日本の25歳以上の入学者割合はOECD諸国の中では下から数えた方が早いのです。海外では、社会人の学び直しが広く行われており、スキルアップのために、一人が何度も大学に行くことが一般的です。一方、日本の割合がこれほど低い理由の一つとして、海外と比較して、企業の研修制度が充実していることが挙げられます。この仕組み自体は決して悪いことだとは思いません。そのため、大学が社会人対象のプログラムを提供しても、一部のビジネススクールを除いて、なかなか日本では根付きません。そこで、私が考えたのは、30代から40代、特に女性の関心が高い「健康と美容」をテーマに、世界中の有名講師を呼んで、オンラインで交流できる世界最高のプログラムを作るというものです。「漢方アロマコース」(文部科学大臣認定)というコースで、コロナ禍以降、海外への渡航が難しくなっていますが、このプログラムはオンラインで行われるので、パスポートやビザなしで国境を越えた交流が実現できるのが魅力のひとつです。
 もうひとつが、留学生をターゲットにした取り組みです。日本では、修士・博士課程に進学すると、かえって進路や就職先が狭くなる傾向がありますが、多くの国では、最終学歴が上がるほど、生涯給与が上がるため、学ぶモチベーションも向上しているのです。そんな学生たちをターゲットにして、海外の留学生たちが、日本の文化や医療を学んだり、日本薬科大学で学位を取得するプログラムを考えています。
 2020年にオンラインで海外交流プログラムを試行的に開講したところ、約1500人から参加申し込みが来ました。ゆくゆくは有料化して仕組み化できたら、日本の在校生よりも参加者が多くなる可能性もあります。

■重要なのは、母校を利用し「いろんな人の経験を聞く」ということ

 日本薬科大学以外にも、「いろんなことに挑戦しよう」と考えている教育機関は国内外を問わずたくさんあります。しかし、教育に関する情報はあふれすぎていて、学生の皆さんが必要な情報を捉えきれていないように思います。そこで、おすすめしたいのは、まずは視野を広げるという意味で、いろんな人の経験をリアルに聞くということです。それは身近な先輩の話でも誰でもいい。そして、聞いた経験を、今度は自分の血や肉として取り入れてほしいのです。まずは自分と向き合い、自分の中から「これをやりたい」と湧き出てくるものを感じたら、その気持ちを忘れず、一生涯持ち続けてほしいと思います。
 卒業生は学校にとって大切な財産ですし、卒業生にとっても同じです。いずれは、母校に戻って、自分のやりたいことを実現するための助けを借りてもいい。むしろ、「母校を利用してやるぞ」という気持ちを持ってもいいのではないでしょうか。学びは一生!卒業したら終わりではなく、ずっと付き合っていける関係なのだと思ってもらえればと思います。

学生新聞WEB2021年2月12日取材 文教大学2年 早乙女太一

文教大学2年 早乙女太一 / 日本大学3年 辻内海成 / 早稲田大学3年 原田綋志 /
慶應義塾大学1年 伊藤美優 / 津田塾大学3年 脇山まゆ

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