株式会社Mマート 代表取締役社長 村橋孝嶺

慢心せず、上質な商品を安い価格で提供する

株式会社Mマート 代表取締役社長 村橋孝嶺 (むらはし こうれい)

■プロフィール

1936年生まれ。20歳から飲食店の商売を始め20店舗ほど経営。
2000年に株式会社Mマートを起業し、64歳のネットベンチャー誕生となる。起業のきっかけは、食材の仕入先発見が困難で、PCやネットも初めてだったが自分でやるしかないと思ったため。
2018年、81歳で東証マザーズに上場。アントレプレナー最年長組として名を馳せる。

2000年にインターネットでの卸市場として設立し、2018年に上場を果たした株式会社Mマート。ネットビジネスの黎明期に代表である村橋社長を突き動かしたのは、食の流通を支えたいとの想いだったという。現在でも、常により良いものを求めて前進し、先頭に立ち続ける村橋社長の仕事や人材に関する考え方を伺った。

■経済的な理由から、高校を中退

小さい頃からガキ大将でした。海のないところに住んでいたので、プールへの憧れがあったんですね。そこで、近所の川をせき止めて、プールのようにして皆で泳いだことがあります。近所のお百姓さんには怒られましたね。ただ、昔から自分の意思でやるタイプだったんでしょうね。
経済的な理由から、家の手伝いで学校を休まなくてはならない状況にあったのですが、それも苦労とは思いませんでした。本を読むのが好きで、寺から本を借りてきてよく読んでいましたね。
私が高校に入学したときは、まだ戦後間もない時で、左翼的思想が強い時代でした。そんな時代背景から、私が高校に入学して一ヶ月でストライキが行われ、学校が閉鎖されることになったのです。
私は、高校に勉強したくて入りましたし、真面目な性格であったので、そのことに大変憤りを感じました。そこで、一人で校長室に乗り込んで、「学校は校長先生のためのものではない、生徒のためのものだ」と校長先生に直接訴えかけたのです。そこで、うまく交渉したおかげで、ストライキもなくなりました。
その後、一年生で新聞部の部長となり、また全日本学生新聞連盟の議長団の一人にもなりました。年上の高校生や大人に混ざっていたものの、もともと物おじしないタイプだったので、本当に色々なことを体験させてもらいました。ただ、経済的な面から、高校は中退することになりました。
学校の勉強は一番でしたが、学校を辞めることは仕方ないなと思っていました。ただ、非常に充実した高校生活で、普通に3年間通って得られる以上の経験をさせてもらったと思っています。

■人間関係が左右する面白い仕事

高校を中退したあとは、父親の会社に入社させられました。給料は全て父親のものとなりましたね(笑)。その後、自分の何を見込んでもらったのかわかりませんが、神田にある東京の支社に転勤になりました。そして、夜学にも半年間ほど通いました。ただ、社会に出てからは、勉強よりももっと仕事をしたいという思いが強くなっていきました。
その後、勤めていた鉱山会社が倒産してしまうという出来事が起こりました。どうしようかと考えていたら、たまたま友人の母親がスナックをやっていて、アルバイトをさせてもらうことになりました。そこで、商品やサービスだけを求めて来客するのではなく、元手がなくても「人間関係」によって客が集まるという飲食業界におもしろさを感じて、のめり込みました。

■読書から得られる先見の明

その後、飲食店の再建や飲食店経営などを手掛ける中、一番難しさを感じたのは「仕入れ」です。時として、仕入れた商品が注文と違ったり、混ざりものだったりすることもあります。それを自分で全部掌握できるわけではなかったですし、変えることもできない。また、競争が激しい飲食業界の中で新しいメニューを考案したくても、配達してきた人が商品を把握しているわけでもありません。「このままではこの業界は大変だ、ベテランの自分が困っているのだから、きっと色々な人が困っているのだろう」と、思いました。
そんな中で思い浮かんだのが「インターネットで行う卸売り」というアイデアでした。私は読書好きなので、本を通じて「これからの時代はインターネットの時代になるだろう」とわかっていました。インターネットで卸売りが出来れば、若い人たちも助かるはず。そう考えて、息子に「パソコンを持っているか」と聞き、その時に初めて、パソコンとインターネットの世界に触れました。ただ、飲食業界に関する知識は十分にあったので、新規事業ではあるものの、全く不安は感じませんでしたね。

■迅速な自己変革が生き残りのカギである

インターネットの世界では、同じビジネスをしている会社は、たった2社程度しか生き残れません。また、変化の速い世界なので、常に自己変革を行って、自分たちを成長させていくしかありません。
当社の強みは、全てのシステムを自前で運営していることです。当社がこの業界に参入した時、既に10社以上の会社がインターネットの卸売業に参入していました。しかし、システムを自前で運営していたのは当社だけだったのです。
なぜ、当社が自前でシステムを作ったかというと、外部の会社に委託してシステム構築をしようとすると、何千万円もの初期費用がかかるうえ、修正と改善を行うには時間がかかり、また何百万円もの追加費用が発生するからです。そうなれば、外注費にコストがかかり、結局黒字化が難しくなります。
その点、当社のシステム運営は全て自前で行っていたため、様々な改善もコストをかけず迅速に対応できた。それが、大きな強みだったと思います。

■「正しい心」を大切に

目の前にある障害を一つ一つ乗り越えるのは、本当に大変です。しかし、私は楽観的な人間なので、「人の世で起こったことは、人の世で解決できる」と思っています。そう考えれば、どんな障害も乗り越えられます。その障害を乗り越えた先に得られる達成感こそ、やりがいであり、仕事が楽しいと感じられるのです。
また、「正しい心を持つ」という教育も大切です。素直でまっすぐな人は成長します。人間はうぬぼれるとすぐだめになります。その思いは、Mマートの社訓である「謙虚・素直・感謝」に表れています。
上場に5年や10年もかかる会社もありますが、当社は、上場の本格的準備から1年半で上場しました。
それは、当社が常に「正しい心」を大切にしてきたからです。どんな経営も正しくやらなくてはなりません。上場時の審査がスムーズに終了したのは、正しい心で経営をしてきた積み重ねだと思っています。また、上場したことで、社会的信頼はさらに上がりました。

■message

若い人にはもっと政治に関心を持って欲しいと思っています。現在は、平和な世の中だからこそ「自分さえ良ければいい」という風潮が強い。しかし、この平和は政治によって作られたものです。政治を見つめることにより、今後の世の中をどうしたらいいのかをもっと考えて欲しいですね。
社会に出てからも、学生時代と同様に勉強は大事です。社会に出て勉強してもインセンティブがないと思っている人が多いですが、社会人になって勉強すれば、その分大きな報酬を得ることができます。
自分を変えたければ習慣から変えるしかありません。政治に関心を持ち、今の世の中にあぐらをかかず、「自分はどんな世の中を作っていきたいのか」を常に考えることを習慣化して欲しいです。

学生新聞オンライン2021年7月27日取材 津田塾大学 4年 川浪亜紀

日本大学 4年 大橋星南 / 津田塾大学 4年 川浪亜紀

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