俳優 尚玄 向かい風を恐れず、目標に向かって歩んでほしい。

俳優 尚玄(しょうげん)

■プロフィール

2004年、戦後の沖縄を描いた映画『ハブと拳骨』でデビュー。
三線弾きの主役を演じ、第20回東京国際映画祭コンペティション部門にノミネートされる。その後も映画を中心に活動するが、2008年NYで出逢ったリアリズム演劇に感銘を受け、本格的にNYで芝居を学ぶことを決意し渡米。現在は日本を拠点に邦画だけでなく海外の作品にも多数出演している。近年の出演作に『ココロ、オドル』(19)、『Come & Go』(21)、『JOINT』(21)、『Sexual Drive』(22) など。今後『DECEMBER』(23)の公開を控えている。

土山直純という義足のボクサーとの出会いをきっかけに、「土山さんの実話をもとにした作品を作れば勇気をもらえる人がいるのではないか」と8年前から奔走してきた俳優の尚玄さん。そんな彼の努力が実り、生まれたのが映画『義足のボクサーGENSAN PUNCH』だ。尚玄さんが同作に込めた思いやその経緯について伺った。

■バスケやモデル・留学など充実した大学生活、卒業後はヨーロッパに挑戦

沖縄を出て、東京の大学に進学しました。大学に入ってからは高校までやっていたバスケを続けるつもりはありませんでしたが、勧誘されて、結局体育会のバスケを4年間続けました。もともとモデルに興味があったので、キャスティングディレクターの方を紹介していただいて、モデル業も大学とバスケと並行して行っていました。2年生のときには、交換留学でアメリカにも行きました。そこでは宿題をしっかりやらないと授業についていけない大変な状況だったので、アメリカと日本の大学生の勉強への向き合い方との違いに驚きました。しかし、この経験から勉強のサイクルが身につき、勉強が好きになりましたね。そのため、日本に帰ってからも勉学に集中できるようになりました。

大学卒業後は作品集を持ってヨーロッパに行きました。本当にやりたいことは俳優業だったので、モデルにけじめをつけるため、ヨーロッパで挑戦することを決めました。ミラノ、パリ、ロンドンを一か月ずつまわって、自分がどの場所が向いているか見極めていました。ファッションがもともと好きだったので、刺激的な経験で楽しかったです。そして、お金がたまれば見たことのない風景や新しい出会いを求めて、バックパックで旅に出ていました。好奇心旺盛で、知らない土地を訪れるのが昔から好きでした。旅に行くときはWi-Fiを持たず、プランを決めないことが私のこだわりでした。

■映画「義足のボクサー」について

映画を作ろうと思ったのは、土山さんとの出会いがきっかけです。出会った当初は気づきませんでしたが、次第に彼が義足だということを知り、彼の困難への向き合い方に感銘を受けました。私だけでなく、他にも彼の話で勇気をもらえる人がいるのではないかと思い、土山さんをモデルに映画を作ることを承諾してもらいました。実現に至るまでには、資金面、撮影地や監督のことなど、大変なことはたくさんありました。また、日本では俳優が企画を立ち上げることは主流でないため、向かい風もありました。ただ、映画を完成させるという一心で、努力ができたのだと思います。また、今作は極端に台詞が少ないということが特徴です。それは逆に、行間や台詞ではないところに思いがたくさん詰まっているということです。言葉を交わさないからこそ伝わる想いを、たくさん描いけたのではないかと感じています。

■苦労したボクサーとしての役作り

まず、ボクサーを演じる上では、ボクシングの技術はもちろん、見た目で説得力がないといけません。ボクシングにリスペクトの意味も込めて、経験者が見ても、納得してもらえるところまで持っていきたいと思っていました。しかし、役作りは終わりがないため、今見れば「もっと準備できたはず」と思い返すこともあります。
もちろん、義足のリサーチもしました。普段から右ひざをさする癖をつけて、自分は義足だというマインドセットを作っていました。義足は意識するものの、実際に出来上がった映画を見て、義足を誇張していないところ、特別視していないという監督の描き方にとても好感が持てました。

他にも、コロナの蔓延や追加撮影があり、撮影が延びていたため、体の維持が大変でした。しかし、一番大変だったのは、体の維持よりも精神面の維持でした。本撮影に向けて高めていた熱量をその後の撮影にも維持できるのかが心配でした。「試合が決まらないボクサーはまさにこういう気持ちなのか」と思いながらトレーニングを続けていました。このような状況下でも活動が続けられるのは、まわりの方の支えがあるからこそなので、感謝は絶対に忘れずに、自分の出来ることを粛々とやっていきました。今回、釜山国際映画祭で賞を取れるとは全く思っていませんでしたが、賞をいただくことができて、少しでも恩返しができたのかなと思っています。

■言葉だけでは表現できない臨場感を味わって

心をオープンにして、思うままに見てほしいです。ボクシングを題材にしていますが、その本質は一人の青年が自分の夢のためにフィリピンにわたるヒューマンドラマだと思っています。父親の愛情や地元で自分を待ってくれている家族への想い、一つの夢の引き際やその先など、言葉が少ない分、いろいろな方に共感してもらえる部分があると感じています。
また、商業映画とは少し違って、地元の人が出演したり、トラブルがあったり、台詞が間違っていたりしてもそこを活かすという撮影の仕方でした。カメラも三脚を一切使わずに手持ちで撮影していたため、臨場感があり、すべての瞬間で、生きている感覚を味わえると思います。

今後も、自分発信で映画を作っていきたいですし、いずれは監督も挑戦してみたいです。また、国境は気にせず、広い視野で映画を作っていけたらと思っています。沖縄で育ってきたため、沖縄独特の文化や親から譲り受けたものなどにスポットライトを当てた映画も作ってみたいです。

■大学生へのメッセージ

映画を観ている間は、スマートフォンの電源をオフにして作品に没頭したり、暗闇で時間を共有したりする、特別な時間です。普段とは違う温かみのある行為だからこそ、ぜひ大学生には直接映画館に足を運んで映画に触れる機会を増やしてほしいと思います。また、時間のある大学時代にこそ、旅に出て、観たことない風景、美しい人々に出会ってほしいです。できれば、旅に行くときはWi-Fiを持たず、プランも決めずにでかけることにも挑戦してほしいですね。

2022年5月19日取材 日本大学 3年 石田耕司

義足のボクサー GENSAN PUNCH

2021年東京国際映画祭ガラ・セレクション部門正式出品作品
2021年釜山国際映画祭アジア映画の窓部門キム・ジソク賞受賞

Introduction
別に特別なんかじゃない―
義足のため日本でプロの夢を絶たれた男が
フィリピンでプロボクサーを目指した感動の実話

6月10日(金)より全国公開中

監督:ブリランテ・メンドーサ 
出演:尚玄、ロニー・ラザロ、ビューティー・ゴンザレス、南果歩 

©2022 「義足のボクサー GENSAN PUNCH」製作委員会

日本大学 3年 石田耕司 / 津田塾大学 卒業 脇山真悠 / 津田塾大学 4年 宮田紋子 / 國學院大學 3年 島田大輝 ※撮影:カメラマン 伽賀隆吾

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