俳優 若葉竜也

人間の多面性を大事に、生々しく演じることで共感を掻き立てる

俳優 若葉 竜也(わかば りゅうや)

■プロフィール
1989年生まれ、東京都出身。2016年『葛城事件』でTAMA映画賞・最優秀新進俳優賞を受賞。NHK連続テレビ小説『おちょやん』(20)で注目を集める。主な出演作は『愛がなんだ』(19)、『生きちゃった』(20)『AWAKE』(20)、『街の上で』(21)、『あの頃』(21)、『くれなずめ』(21)、『前科者』(22)、『窓辺にて』(22)、『ちひろさん』(23)など多数。現在、『愛にイナズマ』(23/石井裕也監督)が全国公開中。公開待機作に、『ペナルティループ』(24年3月公開予定/荒木伸二監督)

人間味溢れる演技で、観客に鮮烈な印象を残す若葉さん。映画『市子』では、主人公である市子の恋人・長谷川義則を演じ、恋人の真実を知る過程の心の機微を繊細に表現する。物語の軸を握る長谷川を演じた若葉さんに、役を演じる上で大切にしていることや、『市子』の見どころについて聞いた。

小さい頃から役者をやっていました。ただ、高校生の時は役者をやりたくなくて、アルバイトに明け暮れていました。幼い頃から役のオーディションを受け続けていたこともあり、「俺は人生で何回テストを受ければいいんだ?」という想いから、将来、大学進学は考えていませんでした。卒業後、周囲が就職していく中、学生時代と変わらない生活をしていたのは自分くらいだったので、24、25歳の時は役者である自分に嫌気がさしていました。映画『葛城事件』のオーディションの話をもらったのはちょうどその時期でした。このオーディションに落ちたら俳優を辞めるつもりで受けたところ、合格し、新人賞をいただくことができました。役者としてしっかりやっていこうと思ったのはそこからです。
役者としっかり向き合うようになってからは、この仕事には大きな責任があり、求められることに応じなければならないという想いから緊張を感じるようになりました。しかし、毎回作品と向き合って、緊張から逃げずに戦い切ることで、少しずつ自信に繋がっている感覚があります。

「そこに生きる」市子と長谷川

オファーが来た時は、既に杉咲花さんが市子を演じることが決まっていて、市子というとんでもない人物を杉咲さんがどう演じるのかに興味がありました。その演技を長谷川として一番近くで見たいと思ったのが、オファーを受けた大きな要因です。実際に共演してみて、「杉咲花という人は別格なんだな」「こんなレベルに到達しているのか」と驚かされました。突飛なことやエキセントリックなこともせず、「そこにただ生きる人」を見事に演じていて、一つひとつの瞬間が嘘ではなく、細胞レベルで表現していると感じました。例えば、僕が声のボリュームを上げて話すと杉咲さんもボリュームを上げて返してくれたり、色々なことを感じとりながら嘘のない表現を自然にやってのけていました。そんな杉咲さんの「市子」という人物への造形の深さもこの映画の見どころの一つだと思います。
実は、僕はあまり長谷川に共感するところはないんです。最も共感できなかったのは、長谷川が3年間一緒に暮らしていた市子の過去に介入していかなかった点です。それを優しさからだという人もいますが、僕は大切な人の真実を知るのが怖いから聞かなかった、長谷川の弱さやずるさからきた行動だと思っています。僕はどんどん介入してしまうタイプなので、「役になりきる」というよりは、長谷川という人間の一番近くにいる人・存在として、「一番同情して話を聞いてあげられる人になること」を心がけていました。

■多面性を大事に、生々しい人間を演じる

この作品は観客も一緒に市子の過去を辿ります。どれだけその過去を新鮮に、生々しく見せられるかが試されていると感じ、とても緊張しました。長谷川を演じる上で、何より大事にしたことは「決めつけない」ことでした。形骸的にならないように、「こういう風に演じよう」と決めることはしませんでした。多面的であるのが人間だから、「この人物ならこうする」と決めつけてしまえば嘘っぽいただのキャラクターになって、人間ではなくなってしまうという思いが強かったんです。だから、市子の真実を知る場面の台本もざっとしか読みませんでした。長谷川と市子の時間を中心に考えて、あとは周りの役者さんの声や汗、熱量など現場に委ねました。決めつけないで、鮮度を大切にすることが、人物造形として生々しくなるのかなと思います。

■観客が共感し心動かされる人間らしさ

一人の視聴者として映画を観ていて、「普段生きていてそんなこと言わないでしょ」とか、「24時間ずっと格好良かったり可愛かったりする人なんかいない」と感じることがありました。例えば、映画の中でわーっと泣く登場人物。泣こうと思って泣いている役者さんを観ても、「映画の中の人」という感覚が強くて、感情移入や共感ができないんですよね。少なくとも、人前で恥ずかしげもなく号泣した経験は僕にはありません。日常生活では怒ることや泣くことを我慢して、なんとか感情を押し殺している人が大半だと思います。だから、人前で号泣してしまう人は、普段から感情を押さえて我慢することができている人で本当は強い人なんじゃないかと思います。そんな風に普段押さえ込んでいるものがドロっと出てしまう瞬間を映画の中に組み込みたいという意識がずっとありますし、そんな瞬間こそが観る側にとっても一番心が動かされるのではないでしょうか。役作りはあまり意識したことがなくて、周りの人とのコミュニケーションから得たヒントを、役として表現している感じに近いです。

■大学生へのメッセージ

僕が20代の頃、夢ややりたいことがないことをコンプレックスに思っている人が多くいました。夢ややりたいことがある人が立派で、そうじゃない人は不安定だという風潮があったんですね。でも、夢ややりたいことがなくても負い目に感じる必要は全然ありません。僕は昔から抱負や展望が本当になくて、健康にご飯を食べられれば満足です。周りの大切な人たちを優先して、仕事のために生きるのではなく、生きるために仕事をしていきたいと思っています。
例えば「好きな人ほしいんだよねー」って、言う人がいるじゃないですか。でも、簡単に好きになれるなら、本当に好きな人とは呼べないかもしれないですよね。それと同じで、「見つけたい」と思っているうちは、本当にやりたいことは見つからないのかもしれません。「あいつ中途半端だな」と思われても良いから、いろんなことに手を出して、挫折をして、琴線に触れるものを見つけることが大事だと思います。

学生新聞オンライン2023年11月6日取材 津田塾大学4年 大川知

『市子』
12月8日(金)
テアトル新宿、TOHOシネマズ シャンテほか全国公開

杉咲 花
若葉竜也
森永悠希 倉 悠貴 中田青渚 石川瑠華 大浦千佳
渡辺大知 宇野祥平 中村ゆり
監督:戸田彬弘 原作:戯曲「川辺市子のために」(戸田彬弘)
脚本:上村奈帆 戸田彬弘 音楽:茂野雅道

©2023 映画「市子」製作委員会
配給:ハピネットファントム・スタジオ

https://happinet-phantom.com/ichiko-movie/

日本大学1年 大森雨音 / 津田塾大学4年 大川知

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