京セラ株式会社 代表取締役社長 谷本 秀夫
新しいニーズに応えるため、誰にも負けない努力と挑戦を
京セラ株式会社 代表取締役社長 谷本 秀夫(たにもと ひでお)
■プロフィール
長崎市出身の谷本秀夫氏は上智大学理工学部を卒業後、1982年に京セラ入社。ファインセラミック事業を担当し、焼成工程の革新的な開発などで実績を築く。2017年に京セラ社長に就任し、3兆円の売上高目標に向け、新規事業の創出や組織再編を推進。半導体関連市場向け部品への増産投資や、グループ内のシナジー追求の取組みを通じて、京セラの成長を牽引している。
「謙虚にして驕らず」をモットーに、京セラにイノベーションを起こし続ける谷本社長。創業者の稲盛和夫氏が実体験の中で創りだした同社の経営哲学「京セラフィロソフィ」や独自の経営管理手法「アメーバ経営」は多くの経営者も注目しており、日本企業の経営の模範となっている。2029年3月期に売上高3兆円達成という目標に向け、京セラの課題や今後の展望について伺った。
■京セラの哲学に惹かれて、エンジニアとして入社
大学では、無機化学を専攻していました。有機化学や高分子化学を選ぶ選択肢もありましたが、幅広い物質を学べる無機化学のほうが好きだったからです。学業以外の時間は思いっきり遊んでいました。その中でも、友人と一緒に日本各地を旅行したのは、今ではいい思い出です。就職活動では、東京の満員電車が嫌で、地方の企業を探していました。その中でも、急成長していた上、創業者の稲盛和夫が掲げる「京セラフィロソフィ」に魅力を感じ、京セラにエンジニアとして入社しました。
30歳になった頃、新しいセラミックスの製造ラインを作るプロジェクトリーダーを任されました。セラミックスの成形工程や焼成方法の試行錯誤を重ねた結果、焼成時間を10分の1に短縮する手法を確立しました。基礎実験を3年、製造ラインの確立に半年くらいかかりましたが、今でもその製造ラインは工場で稼働しています。
エンジニアとしての功績が認められ、46歳で事業部長、54歳で本部長になり、2017年には社長に就任しました。経営に近い立場になった本部長の時代から課題として意識していて、社長になり全社で推進している取り組みが2つあります。1つ目は工場のスマートファクトリー化です。データを収集し、デジタル化を行うことで、無駄を徹底的に無くしていく取り組みです。2つ目は組織改革です。新しいイノベーションを起こすには、社内交流が活発でないと生まれにくい。そこで、組織を3つのセグメントに分けて、部門内はもちろん事業部が違うエンジニア同士を交流させました。その結果の一つとして、衣類の染色時に汚水を排出してしまうことが世界的な課題になっていた繊維アパレル業界向けに、水の利用を極限まで抑えたインクジェット捺染プリンターを開発し、社会課題の解決に貢献できる製品を市場投入することができました。
■京セラの二つの柱「京セラフィロソフィ」と「アメーバ経営」
京セラの発展に大きく貢献しているのが、京セラフィロソフィとアメーバ経営です。
まず、京セラフィロソフィは創業期に起源があります。会社は自分の技術を世に問うためのものではなく、従業員とその家族の物心両面の幸福を追求する使命を担っている。稲盛はこのことを京セラの経営理念として明確に定めました。そして、その実現のために必要となる日々の判断基準、行動規範、具体的な考え方としてまとめたものが、現在の京セラの根幹をなす京セラフィロソフィです。
一方のアメーバ経営は、経営者マインドを持つ人材を増やし、社員一人一人に採算意識を持ってもらうための仕組みです。やり方としては、10人程度のチーム、つまりアメーバをつくります。アメーバは独立採算で経営されますから、アメーバリーダーは、経営者感覚を持った社員が増えていきます。さらに、アメーバ同士で競争させることで、生産性を上げることができます。ただ、この手法だけではデメリットもあります。競争意識が働きすぎると、自分のアメーバさえ儲かればいいという意識が強くなり、アメーバ同士の関係がギクシャクしてしまうのです。だから、前提として、京セラフィロソフィが機能し、アメーバ同士が協力するマインドがないとうまくいきません。ですので、まずは京セラフィロソフィの教育に力を入れることを意識しています。
■ニーズに敏感に、技術力を武器に
京セラでは、セラミックスを軸に、電子部品、通信、そしてソフトウェア事業と幅広く展開しています。中でもセラミック技術では、半導体製造装置向けセラミック部品、半導体パッケージやコンデンサなど幅広く応用されており、身近なものに京セラの技術が隠れています。過去の実験データの蓄積量と、技術力の高さが我々の強みであり、高い利益率を維持できています。今後は、生成AIの普及により、大量のデータを記憶する半導体のニーズが増えるでしょう。また、半導体の市場規模はここ数年で100兆円を超えると言われており、我々の事業展開にもスピード感が求められています。そこで、現在の中期経営計画では、半導体関連への投資を重視し、こういった新しい需要に応えていく方針で経営を進めています。
■好きが先か、努力が先か
採用したい人の特徴は、言葉だけではなく行動できる人です。挑戦して成功するのが一番好ましいですが、失敗しても構いません。挑戦する、行動することが重要です。また、入社後は、自分の仕事を好きになってもらいたいです。世間では好きなことを仕事にしようと言われていますが、うまくいかないのが現実。大学生の段階では好きなことは分からないのではないでしょうか。会社に入って、仕事に取組み、人から感謝されて初めて面白さを感じると思います。一生懸命やったからこそ、自分の仕事を好きになる。目の前のことに本気で向き合い結果を出すと、自分の仕事が好きになります。
■今後の展望
私が入社したとき、京セラ全体の売上高は1500億円程度でした。その後、約20年で1兆円まで到達しました。事業の拡大に伴って、この時期には仕事もどんどん増えてきたので、入社して3年目くらいの時には課長レベルの仕事を任せてもらえました。しかし、そこから1兆5000億円の売上高まで成長するのに、また約20年がかかってしまいました。私が社長に就任したのは、ちょうどそのタイミングです。そこで感じたのは、会社の成長が緩やかになったことで、社員一人当たりの裁量が少なくなり、若い人の活力が失われつつあるということ。そこで、人事制度を変え、360度評価なども取り入れ、若い人の活力を取り戻そうと意識しています。まずは、成長が見込める半導体領域に力を入れて、2029年3月期に売上高3兆円という高い目標を目指して、全社一丸となって働き甲斐のある会社づくりを進めています。
■大学生へのメッセージ
学生生活を全力で楽しみましょう。その中で、自分が熱中できることや好きなものを見つけることができれば尚更いいでしょう。悩みがあるときは、京セラフィロソフィにもある「常に明るく前向きに」を意識してほしいです。進路や勉学、プライベートなど、悩みの多い年ごろだからこそ、辛いときは誰かに相談して尾を引かないようにしてください。自分一人で悩まず、人に助けてもらうことも大切です。そして深く考えずに、新しいことにも挑戦していくと、きっと道が拓けていくはずです。
学生新聞オンライン2024年4月5日取材 明治大学大学院2年 酒井躍
武蔵野大学4年 西山流生 / 法政大学4年 島田大輝 / 明治大学大学院2年 酒井躍
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