習志野市長 宮本泰介

あらゆる経験に思考錯誤しながら至ったオリジナルな人生

習志野市長 宮本泰介(みやもとたいすけ)

■プロフィール
1973年1月千葉県習志野市屋敷生まれ・在住。
八千代松陰高校・秀明大学政治経済学部卒業。
1999年4月に26歳で習志野市議会議員選挙に初当選。以来、副議長等の要職に就き3期12年間務めた直後の2011年4月に習志野市長選挙に初当選し現在4期目。

「政治家は市民から選ばれているからこそ、誰よりも身近な存在でなければならない」と力強く語る宮本泰介市長。時代に合わせて常に変化し、市民に寄り添い続ける街の魅力を探った。

■現場で汗を流し、市民に最も近い政治家へ

父が航空会社に勤めていた影響もあり、私のかつての夢はパイロットになることでしたが、目標に向けた教科の選択が大きな転機の一つとなりました。
当時、野球部の活動に打ち込む傍ら、パイロットに必要とされるあらゆる教科を履修した結果、極限に難解で(笑)。生徒会長を務めていたのにもかかわらず、評定平均値の墜落で推薦を得られませんでした。
その後、現役での大学入学が叶わないばかりか、そこから4年を経て、22歳で大学に入学。私たち団塊ジュニア世代は「大卒の強みを活かすなら2浪まで」と言われていた中、「この4年間をどう活かすか」を懸命に考えました。
そんな中、学科の影響もあり政治活動や選挙のお手伝いを経験しました。大学入学前にアルバイトなどを多く経験していたので現場ではかなり順調でした。
卒業が近付いた2月、2か月後の統一地方選挙のお手伝いをしていましたが、そのうちに「もし自分が出馬するならこうありたい」という思いが、漠然と芽生え始めました。
手伝っていた選挙事務所を辞めることになったことをきっかけに、「自分の地元でも選挙がある」ことを確認し、被選挙権(25歳以上)も満たしていたことから「自分にしかできないことはこれだ」と直感。「今まで自分が積み重ねてきたことを実践する」思いで立候補したのが、習志野市議会議員選挙で、結果は驚くべき当選でした。
私は議員になってから、青少年育成活動や消防団などの地域活動に積極的に飛び込みました。当時はこうした活動を経た人が議員に立候補する傾向でしたが、私は逆。議員となってからさらに現場に入り込み、みんなと一緒にいろんなことをやりました。
市議会議員になって12年が経った時、当時の市長が次の選挙に出馬しないことを表明しました。このタイミングで市長選挙に挑み、ご支持をいただき現在に至ります。
大学入学前の4年間は七転八倒の心境でした。しかし、いつも帰宅すれば声をかけてくれた両親や仲間をはじめ、いろんな方々と過ごした経験と、大学入学当初に取得した大型2種免許が自信の礎です。
こだわりは強いほうですが、どんな役にでも徹することができる。
それが私の強みかと。

■「文教住宅都市」の継承と、時代に沿った新しい街の形

習志野市は1970年に「文教住宅都市憲章」を制定しました。当時の市長が革新的な方で、いわゆる「大きな政府」の如く、既にあった市立習志野高校に加え、幼稚園を義務教育に準ずる形で建設しました。
当時最小面積の市内に15箇所の市立幼稚園が配置された昭和50年代、習志野市は「子育てするなら習志野」と全国から注目される街でした。しかし、時代のニーズは共働き家庭を支援する保育所が中心となり、幼稚園の定員割れが深刻になりました。
そこで習志野市は今から約20年前に、国が進める幼稚園と保育園を合体させたイメージの「こども園」を県内で初めて設置し、昨年(令和7年)、当初の計画であった「市内全7つの中学校区すべてにこども園」の整備を完了しました。子育て支援コンシェルジュが常駐する「こどもセンター」を併設したこども園を、すべての中学校区に整備する取り組みは全国的に見ても非常に珍しく、誇れる特徴です。
また、大きな政府の特徴である「多くの公共施設の老朽化」という課題に直面し、これも全国に先駆けて施設の「再生」の取り組み、例えば京成大久保駅南側地区の公共施設再生事業としてPFI手法を導入し、新築とリノベーションを駆使して再生した「生涯学習複合施設・プラッツ習志野」は、世界一のバリスタが手がけるカフェ(フィロコフィア)が隣接し、施設内の図書館にコーヒーの香りが漂うような名所となっています。もちろん毎日、多くの人がごく自然に集まっています。

■対面での交流がさらに広がる習志野へ

習志野市はコンパクトで交通の便が良い魅力的な街です。しかし大都市に囲まれているせいか、情報が埋没しやすいという状況があります。
この状況はコロナ禍で特に痛感しましたが、これをきっかけに習志野市公式YouTubeチャンネルで「習志野市長ニュース」を配信し始めました。令和8年4月現在、チャンネル登録者数は8千人を超え、市内全世帯数の約1割に届きそうです。全国的にも上々です。自分の住んでいる自治体の市長を知らないという方も少なくない中、習志野市は毎週のように市長の「リアルな顔」を発信しています(笑)。
これからの大きな課題は、「交流のあり方」です。情報化社会の中、人口減少と少子高齢化も同時に進行する状況では「孤独」が広がる傾向にあるといわれています。行政的に言うと「少ない人数で個別の状況に対応する」ということになりますが、今50歳代の団塊ジュニア世代の高齢化に直面する14年後、働き手減少のピークを迎えます。このことによる社会保障費の増大と経済の縮小が懸念されます。
こうした未来を見据え、誰もが安心して最期まで暮らせる街にするため、人口減少をデジタルの利便性でカバーしながら、直接的な対面での交流を培い、どんな状況でも助け合える関係性を今のうちから意識し、対策することが、習志野市が取り組むテーマです。
そこで令和8年4月から、新たに「多彩で豊かな交流が広がるまち」を16年後の将来都市像として掲げ、世代や立場を超えて、誰もが生涯にわたり人とつながり、いきいきと暮らせる社会の実現を目指してまいります。

■大学生へのメッセージ

情報化社会はますます加速します。情報の量は選択肢の多さですから悩みは尽きません。そして多様化個別化の時代です。一色に染めることができない時代、順応性が必要だと思っています。順応には経験が不可欠で、昔は「若い時の苦労は買ってでもしろ!」なんて言われましたが、心配ありません。今、苦労は「もれなく」ついてきます。
だから、否定的にさえならずに普通に過ごしていれば一定の成果は得られます。これは豊かな時代、平和な日本に感謝です。
一度の失敗で自分の可能性を否定しないでください。私がそうであったように可能性は常に目の前にあります。遠回りしたとしても、その経験は必ずどこかで役に立つと思うので、気負わず、日々を豊かに過ごしてください。
「生涯学習」という言葉がありますが、生涯に渡って学び、習い続ける姿です。心豊かに経験して、自然にチャンスを受け入れて行けば良いのではないでしょうか。

学生新聞オンライン2025年11月17日取材 東京女子大学2年 浮田梨紗

法政大学4年 島田大輝/法政大学4年 佐伯桜優/東京女子大学2年 浮田梨紗

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