SB Intuitions株式会社 代表取締役社長 兼 CEO  井尻善久

流行を追うのではなく、つくる側に。日本発AIで世界へ挑む。

SB Intuitions株式会社 代表取締役社長 兼 CEO 井尻善久(いじり・よしひさ)

■プロフィール
2002年オムロン株式会社入社。顔認識技術や画像検査機器の開発をリード。2021年LINE株式会社(現LINEヤフー株 式会社)でマルチモーダルAIなどの研究開発を指揮。2023年にSB Intuitions株式会社に参画し、取締役 兼 CROを経 て2026年2月に代表取締役社長 兼 CEOに就任。AI研究の第一線で培った知見を生かし、国産生成AIの開発を牽引する。

国産生成AIの研究開発や生成AIサービスの開発・提供を行う企業として、ソフトバンク株式会社が設立したSB Intuitions株式会社。日本語に特化した大規模言語モデルの開発をメイン事業としており、日本ならではの強みを生かした「次世代デジタル社会基盤」の構築を目指している。日本の未来を見据えたAI開発への思いと流行を追うのではなくつくる姿勢について、井尻社長にお話を伺った。

私は大学時代、機械工学科に所属していましたが、専門分野だけにとどまらず、さまざまな分野の授業を積極的に受講していました。特に建築にはとても興味があり、建築学科の授業にも参加していました。卒業する頃には、気が付いたら卒業要件を大きく超える200から250単位ほどを取得していました。当時は建築学科の学生たちと一緒に徹夜で模型を作ったり、図面を描いたりすることもありました。決して効率の良い学生生活ではなかったかもしれませんが、自分の興味があることを学び続けた経験は、今振り返ると大きな財産になっています。機械工学や情報工学、建築学など、一見異なる分野であっても深掘ると共通する科学的な考え方がありました。その思考法を幅広く身につけられたことは、その後のキャリアに大きく役立ったと思っています。

■幼い頃の憧れが今の進路の基盤になった

実は私の進路は子どもの頃から決まっていました。京都の田舎で育った私は、親が自動車の修理を仕事にしていたこともあり、機械類にはとても興味がありました。
そんな中で、ある企業に強い憧れを抱いていました。それがオムロン株式会社です。最初にオムロンの製品と出会ったのは電子体温計でした。当時主流だった水銀体温計とは異なるデザインで、先進的な製品に感動していました。その後、銀行で見たATM、駅で見た自動改札機にもオムロンの名前がありました。子どもながらに「世の中のすごいものは全部オムロンが作っている」と本気で思い込み、「絶対にこの会社へ入ろう」と決意していました。
その夢は実現し、新卒でオムロンに入社することができました。入社後は地雷除去プロジェクトや画像認識技術の研究、工場の自動化システム開発などに携わり、顔認識や画像処理の研究を通じて、現在のAI開発につながる技術的な基礎を築くことができました。また、世界各地の工場や生産現場に足を運び、技術が社会にどのように貢献しているかを肌で感じる貴重な経験も積ませていただいたと思います。

■オーバーフィッティングという転機

オムロンではとても充実した日々を送っていました。しかし、ある時、業界の先輩から「いつまでオムロンにオーバーフィッティングしているんだ」と言われたのです。機械学習の世界でオーバーフィッティングとは、特定の環境に適応しすぎて汎用性を失う状態を指します。その世界に身を置く私には、その言葉は強く心に残りました。最初は反発していましたが、時間が経つにつれて自分自身のキャリアについて考えるようになったのです。
そして新たな挑戦を決意し、LINE株式会社(現LINEヤフー株式会社)へ転職しました。そこではコンピュータビジョンや音声、画像、言語を扱うAI開発チームを率いる機会をいただきました。その後、ソフトバンクの生成AI事業に参画し、現在はSB Intuitionsの社長として日本発の基盤モデル開発に取り組んでいます。

■日本発の生成AIに挑む理由

現在の生成AIの中核となっているのが「基盤モデル」です。従来のAIが特定用途向けだったのに対し、基盤モデルは膨大なデータを学習し、多様な用途に対応できる汎用的なAIです。その開発には莫大な計算資源と資本が必要となります。
世界には日本企業の何十倍、何百倍もの投資を行う巨大企業が存在しています。そのような環境の中で戦うことは決して簡単ではありません。しかし、日本がこの分野で存在感を失えば、次世代のイノベーションから取り残される可能性があります。私たちは日本語だけに特化したAIをつくっているわけではありません。技術的にはAIは言語を問わず学習できます。画像も音声もロボットも含めて、幅広い分野を対象としています。
その一方で、日本の文化や価値観を理解し、日本人自身が主体となって開発を進めることには大きな意味があると思います。例えば教育分野でAIが利用される未来を考えた時、日本の歴史や文化を誰がどのような価値観で伝えるのかは重要な問題です。そうした文化的背景を踏まえながら開発を進めることも私たちの使命だと考えています。

■世界と戦うために必要な人材

私は自分の心にボーダーラインがない人に特に感銘を受けます。大きな夢やビジョンを描ける人は強いと思います。しかし、想像するだけでは何も実現しません。夢を具体的な計画へ落とし込み、それを実行する力も必要です。
人には三つの壁があると考えています。一つ目は想像の壁、二つ目は具体化の壁、三つ目は行動の壁です。大きなことを考えられる人も必要ですし、それを現実的な計画に落とし込める人も必要です。そして何より、最後までやり抜く行動力を持った人が重要です。学歴や資格が不要というわけではありません。しかし、それ以上に大切なのは、自ら問いを立て、科学的に検証し、新しい価値を生み出せる力です。その力こそが研究者や技術者としての本質だと思っています。

■大学生へのメッセージ

私が学生の皆さんに伝えたいのは、自分が本当に楽しいと思えることを見つけてほしいということです。学生時代はどうしても課題や就職活動など、「やらなければならないこと」に追われがちです。しかし、宿題には終わりがあります。終わりが見えているものだけを追いかけていても、大きな挑戦にはつながりません。本当に面白い挑戦というのは、終わりが見えないものです。だからこそ不安もありますし、苦しさもあります。しかし、その先には新しい発見や成長があります。
流行を追いかけることも大切ですが、いつかは流行をつくる側になってほしいと思います。日本から世界へ新しい価値を発信できる人材が増えれば、日本はもっと面白い国になるはずです。好奇心を原動力に、自分だけのチャレンジを楽しみながら進んでいってください。

学生新聞オンライン2026年6月17日取材 京都芸術大学1年 猪本玲菜

京都芸術大学1年 猪本玲菜/日本大学2年 原田達司/武蔵野美術大学2年 山畑惺南/上智大学2年 石川仁菜/情報経営イノベーション専門職大学2年 山田千遥/法政大学3年 脇田悠太/法政大学1年 山田賢彦/東京電機大学4年 我妻未珠/津田塾大学 4年 山下さくら/早稲田大学3年 中澤京平

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