スポーツ庁長官 河合純一

スポーツを通じたウェルビーイングの実現に向けて

スポーツ庁長官 河合純一 (かわいじゅんいち)

■プロフィール
1975年、静岡県出身。水泳選手としてパラリンピックに1992年バルセロナ大会から6大会連続で出場し、金メダル5個を含む計21個のメダルを獲得。日本人初の国際パラリンピック委員会殿堂入り。日本パラリンピアンズ協会会長、日本パラ水泳連盟会長、日本パラリンピック委員会委員長等を歴任。2025年10月、第3代スポーツ庁長官に就任。

水泳のパラリンピック選手として活躍したほか、教育者、スポーツ行政の長としての3つの顔を持ち、スポーツの振興に貢献してきたスポーツ庁長官・河合純一さん。今回は河合さんに、全てのアスリートが生涯を通してキャリアを積み重ねるための展望や、スポーツと社会の共生を目指す未来についてお話を伺った。

■水泳と教職の両立で積み上げたキャリア

私は生まれつき弱視で、中学3年生の時に全盲になりました。5歳の頃から水泳を習い始めて、泳ぐことの面白さや、浮力と水の抵抗がある水中でスピードを出すことの魅力に惹かれ、次第に熱中するようになりました。高校2年生の時にはパラリンピックに初出場し、銀メダルと銅メダルを獲得することができました。次は金メダルを獲りたいと思い、大学進学後も選手生活を続け、大学3年生の時に出場したアトランタ大会では金メダルを獲得しました。また、教師になりたいとも考えていたので、大学では教育学を専攻し、教職課程と水泳を両立するようにして、学生生活を送っていました。
大学を卒業してから、5年間静岡県内の公立中学校で教師を務め、その後一度大学院進学のために休職をしました。修了後に再び教職に戻り、その後、静岡県教育委員会で特別支援教育の指導主事として教師への研修などを担当しました。その後、国立スポーツ科学センターの専任研究員を務め、2020年には日本パラリンピック委員会委員長として、東京2020パラリンピックを成功させるために力を尽くし、2025年10月より、パラリンピアンとして初のスポーツ庁長官となりました。

■スポーツ庁長官としての仕事

スポーツ選手やその指導者だけでなく、教員や地方公共団体の方々など、スポーツに関わる人は多岐にわたりますが、スポーツ庁長官として、こうした方々へ挨拶をしたり、スポーツ大会の視察等に伺い、その中で多くの方々と意見交換をしています。私はパラリンピック選手でしたが、教育現場やスポーツ医・科学など様々な分野に携わってきました。この一連の経験を通して得たものを生かし、スポーツを通じた社会課題の解決を目指すことが自分自身に与えられた役割なのだと思っています。

■アスリートを取り巻く課題とスポーツの未来

私は、アスリートとは、何物にも代えがたい夢・目標・勝利・人の強さなどを表現することのできる人たちを表し、彼らの努力を周りの人々が見て、応援したいと思えるような存在であることが重要だと考えています。人々に応援し続けていただけるような、唯一無二の価値を発揮し続ける人材育成をする必要があります。結果だけを追い求めるのではなく、アスリート自身の人間性を高めていくことが大切なのです。技術力に加えて、人間力も備わってこそアスリートは社会に認められるのだと思います。
アスリート関連の課題のひとつとして、引退後のキャリア形成があります。夢を持ったらそのために人生の多くの時間を費やす傾向が多くみられましたが、アスリートにはピークとなる年齢があり、現役でいられる期間は他の職種に比べて短く、体力的にも衰えていきます。アスリートとしての生活を終えるところまでのみ考える指導者やアスリートが多いですが、私は、引退した後に「次に何をすれば良いのか分からない」という状態に陥らないように、アスリートとして競技にかける時間以外の時間を使って、早い時期から、自分の人生をデザインすることが必要だと考えています。特に、スポーツから得たものを自身で言語化し、社会でどのように生かすことができるのかを日頃から考えておくことが、アスリートの引退後のキャリアにおいて重要な役割を果たすと考えています。
また、スポーツ庁では、スポーツと社会の未来についての取組を進めております。スポーツには、「する・みる・ささえる・集まる・つながる」という5つの役割があります。スポーツを通じて、人生の豊かさ、ウェルビーイングを実感いただけると考えており、国民一人ひとりがこのような状態を実現できるようにするために、日常の中で身体を動かし、自身の体と向き合う時間を作れる環境を整えるべく日々取り組んでおります。スポーツが社会の中に有意義なものとして浸透していくことが目標です。

■学生へのメッセージ

学生のもつ若さやエネルギーは1つの魅力だと思います。その若さやエネルギーを、自分の夢や社会のためになることに注いでいただきたいです。何を頑張れば良いか分からない方も、まずは今できることをきっちりとやることで、自分のやりたいことが見えてくるでしょう。失敗を恐れることがあるかもしれませんが、チャレンジをしないことこそが一番の失敗になります。チャレンジの中で生まれる失敗は貴重な経験となり、次に向けて昇華することができます。失敗をしたときの乗り越え方を身につけていただくことは大切だと思います。

学生新聞オンライン2026年6月10日 早稲田大学3年 中澤京平

■インターン生 取材しての感想

私は視覚障害の特別支援学校に通う高校3年生で、部活動ではフロアバレーボールに打ち込んでいます。将来は大学に進学し、障害があっても誰もがスポーツに夢を持ち、アスリートを目指せる社会の実現について学びたいと考えています。
今回、スポーツ庁の河合純一長官のお話を伺うという大変貴重な機会をいただき、私が大学で学びたいテーマにもつながる二つの質問をさせていただきました。ひとつは「障害者でもアスリートを目指せる社会を実現するために必要なこと」、もうひとつは「アスリートの現役引退後のキャリア形成」についてです。
程度の違いこそあれ、日々の社会生活にも何らかの不自由がある障害者にとって、スポーツに打ち込むことは決して簡単なことではありません。「障害があるから」という理由で夢をあきらめたり、競技を続けることを断念したりする人も少なくないと思います。私は、その課題を解決するための制度や支援策について伺いたいと考えていました。
しかし、河合長官のお話は、私が想像していたものとは少し違っていました。元トップアスリートらしく、「アスリートとは、周りの人が応援したくなる存在であることが大切」という考えを示されたのです。夢や目標、人としての強さなど、何ものにも代えがたい価値を表現する存在だからこそ、人は応援したくなり、その応援が社会からの支援やスポンサーシップにもつながっていく、というお話を聞いて、みんなが憧れる選手のように、人を惹きつける魅力や生き方そのものが、障害の有無に関係なく応援の輪を広げていくのだと感じました。
長官は共生社会の実現というテーマにも触れられていましたが、その前提として、一人のアスリートとして自らの価値や魅力、人間性を高めていくことが重要なのだと感じました。
もうひとつ印象に残ったのが、アスリートのキャリア形成についてのお話です。どんな競技にも現役生活の終わりがあります。そこでパラアスリートに限らず、アスリートの引退後のキャリア形成について何が必要なのかについても質問しました。
河合長官の答えは、セカンドキャリアという視点だけにとどまるものではありませんでした。競技だけに人生を懸けるのではなく、10代の頃から競技と並行して将来の人生設計を考える「デュアルキャリア」の重要性を強調されたのです。競技に打ち込むからこそ、練習やトレーニング以外の時間を使って自分の将来をどうデザインするかを考えることが大切であり、スポーツを通じて得た経験や、競技以外で身につけた力を社会でどう生かしていくかを考えておく必要があるというお話でした。
河合長官のお話を聞きながら考えていると、制度を整えることと同じくらい、アスリート自身が競技以外の能力や価値、人間性を高め、自分の人生全体を主体的に設計していくことが大切なのだと気づかされました。そして、そのような努力をする選手たちを後押しする環境づくりや、競技機会・就労機会の提供などを社会全体で支える制度が整えば、パラアスリートだけでなく、健常者のアスリートやスポーツ愛好家にとっても、より豊かな社会につながるのではないかと思います。
この取材は答えを得る場というより、自分が大学で何を学び、将来どのように社会に貢献したいのかという問いを、より深く考える機会になりました。河合長官がスポーツについて語られた「する」「みる」「ささえる」「集まる」「つながる」という価値のお話に触れて、スポーツが持つ可能性の大きさと、私が目指したい社会の姿が、これまで以上にはっきりと見えてきたように感じています。
大学では、障害の有無にかかわらずアスリートが自らの価値を高めながら競技を続けられる環境づくりについて学びを深め、将来はパラアスリートの競技継続支援や現役引退後のキャリア形成を支える仕組みづくりに携わりたいと思います。一人でも多くの人が安心して夢に挑戦できる社会の実現に、貢献していきたいと考えています。

埼玉県立特別支援学校 塙保己一学園 普通科3年 節丸大真

早稲田大学3年 中澤京平/情報経営イノベーション専門職大学2年 山田千遥/埼玉県立特別支援学校 塙保己一学園 普通科3年 節丸大真/京都芸術大学1年 猪本玲菜/早稲田大学3年 伊藤健太

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