スパイダープラス株式会社 代表取締役社長 伊藤謙自
DXツールで建設業界にイノベーションをもたらす

スパイダープラス株式会社 代表取締役社長 伊藤謙自(いとうけんじ)
■プロフィール
伊藤謙自 昭和48年8月4日生まれ(51)
北海道紋別市で育つ。高校卒業後に上京し建設資材商社営業、熱絶縁工事の施工管理を経て、1997年に伊藤工業を創業。
建設業界のIT化の遅れを自ら体感し、タブレット登場とともに建設業をターゲットにしたIT事業を開始。ものづくりの原点は子供時代のガンプラ作り。建設現場の目線を常に忘れず、プロダクト開発のモットーは「俺でも分かるように作れ」。
祖業である保温断熱工事業を営んでいた際に、多くの紙図面や情報共有の遅さなど建設業界のデジタル化の遅れを痛感し、アプリの開発によって現場の効率性や生産性を向上させることに成功した伊藤氏。業界全体の働き方を変える第一歩となった彼の発明はどのような思いのもと生まれたのか。きっかけから会社全体の働き方、そして今後の展望まで幅広く伺った。
小学生の頃は、漫画や絵、そして当時流行していたガンダムのプラモデル作りに夢中になり、誰よりも丁寧に仕上げることに情熱を注いでいました。中学3年生ではハードロックに惹かれてギターを始め、高校では友人とバンドを組んで音楽にも没頭する毎日でしたね。
卒業後は、起業家だった祖父や父の姿を見て育った影響から、「いつか自分も社長になりたい」という思いで地元を離れ、東京に移り住みます。バブル崩壊直後とはいえ、高校生を卒業したばかりでも条件の良い企業に勤めることができました。就職先の会社では断熱材を販売する部署で経験を積みました。2年半後には保温断熱工事会社に転職し、現場管理や見積もりなどマネジメントにも携わるようになりました。その中で「これなら自分でもやれる」と独立を決意し、非常に腕の良い親方のもとで1年間修行を積み、24歳の時に一人親方として独立。プラモデルや絵に打ち込んだあの頃のように、断熱工事でも見た目の美しさにこだわり、丁寧な仕事を信条にしていました。
■海外進出とITに目を向ける
仕事は非常に順調に進んでいたのですが、さらに事業を拡大するには「元請け」として責任と裁量を持つ立場に立つべきだと考え、1999年に法人化しました。その後、現場での経験を重ねるなかで、少しずつ実績を伸ばしていきました。その背景には、高校時代のバンド活動で培った「どう伝えれば相手に響くか」という工夫や、営業力・交渉力といった対人スキルが活きていたと思います。
また、知り合いの材料屋さんから「海外では主流だった発泡ゴム断熱材「アーマフレックス」を日本にも導入したい」と声をかけてもらったことが大きな転機になりました。その後、アーマセル社の正規認定施工店の第一号として登録され、業界内でも高い評価をいただくことに。これは、非常に印象に残っています。
また、当時はドットコムバブルという時代だったこともあり、イノベーションの少ない建設業界にITの事業を取り入れることができないか模索していました。そこで、転機となったのが、初代iPadの登場。どこでも自由にデータを見て、更新できる「クラウド」の便利さに衝撃を受け、当時最も悩みの種だった「積算作業」の効率化に使えるのではないかと思いついたのです。紙の図面をやめてデータで管理すれば、保管スペースも不要になり、現場でも即座に活用できます。そして、さらに幸運だったのが、ある設備工事会社の常務さんとのご縁です。自分の構想を話すうちに、なんと大企業の幹部80人を前に、自分のビジョンをプレゼンする機会をいただいたのです。これは本当に大きなチャンスでしたし、その後の事業の流れを大きく変える経験になりました。初めの反応は少し冷ややかなものでしたが、その企業のIT推進室の方に声をかけてもらって。現場写真の整理や報告書作成の効率化が求められたので、iPad上で撮影から出力まで完結する仕組みを提案しました。実際、数時間かかっていた作業が30分で終わるようになり、現場ではかなりの評価を受けました。iPad2の発売直後にApp Storeにリリースできたとき、「これは本当にいける」と確信しました。建設業界から紙をなくす。そんな夢を本気で追い始めた瞬間でしたね。
■知識ゼロでも上場企業に
もともと自分が全くITについて詳しくなかったこともあり、説明書がなくてもわかるアプリを作るべく奮闘していましたが、当時はまだクラウドに対する不信感が根強くて、「情報漏えいが起きた時に信用を失う」といった現場の声も大きかったです。そんな中でも、セキュリティチェックをクリアして「試してみようか」と言ってくださる企業が現れてきて、様々な大手企業さんと共同開発を進めながら信頼を築くことができました。
大きな転機はスーパーゼネコンの方針転換ですね。業界の五大企業が「これからはタブレットで現場の生産性を上げる」と方針を打ち出したことで、当社への引き合いも一気に増えました。5年くらいは本当に苦しかったですが、そこをなんとか乗り越えて、資金調達も最小限に抑えながら、3年半で上場。建設DXの領域で国内初の上場企業として注目されるようになりました。
■建設業の魅力を生かし、DXツールを海外に展開する
社員のみんなに常に伝えているのは、「人生で一番時間を費やすのは仕事だからこそ、楽しくポジティブに取り組んで欲しい」ということです。そうした思いから、半期ごとの社員総会や新年の書き初めなどのイベントを開催し、社内のリレーションシップをとても大切にしています。そのおかげで、社員同士の仲が良く、チームワークの良さも大きな強みだと感じています。
また、建設業界の魅力は、何と言っても自分たちの仕事が「形」として街の中に残っていくことです。私自身、自社で開発したアプリが使われて完成したビルを見ると、とても誇らしい気持ちになります。建設業は、その形や美しさを通じて人々の目を惹きつけ、感動を与えられる業界です。建物が完成した瞬間の達成感は、何ものにも代えがたいですね。
今後は、もっと広範囲でDXツールやプロダクトを提供していきたいと思っています。まだまだ建設業界のDX自体は始まったばかりですし、海外では建設業のIT化が全く進んでいないところも多くあります。今はその第一弾としてベトナムに子会社を作り、展開している最中です。
■大学生へのメッセージ
社会に出て必要なのは、コミュニケーション能力と誰にも負けない強みを持っておくことだと思います。好きなものを見つけて突き詰めてみたり、たまには勉強以外にも特技を持つために行動を起こしてみたりしてもいいんじゃないでしょうか。
学生新聞オンライン2025年月日取材 田園調布雙葉高等学校3年 伊藤凜夏

田園調布雙葉高等学校3年 伊藤凜夏 / 法政大学4年 島田大輝
No comments yet.