テリー伊藤 コラムVol.89 あのヒット曲の舞台はここだ
ニッポン放送で番組をやっていた頃、こんな企画で盛り上がった。『歌謡Gメン あのヒット曲の舞台はここだ!』(テリー伊藤著)と題して宝島社から本も出版され話題にもなった。久しぶりに読み直したら我ながら最高に面白かったので、その一部を紹介します。
先ずは太田裕美の「木綿のハンカチーフ」で歌われている、東へと向かう列車は何処から何処行くの?答えは博多から東京へ。作詞家の松本隆さんに聞くと、担当ディレクターの出身が博多だったのでそれをイメージしたとか。つのだひろ「メリー・ジェーン」のメリー・ジェーンって誰?当時つのだひろさんに好きな女の子がいた。来日している留学生で名前はマーガレット。何とか彼女に思いを伝えたいと思い苦労して作ったが、曲ができた頃には他の男性と付き合っていたとか。結局彼女には聞かせることはなかった。はしだのりひことクライマックスの「花嫁」。花嫁は夜汽車に乗って何処へ行ったのか。目的地は京都です。はしだのりひこさんに聞きました。当時付き合っていた彼女とは忙しくてなかなか逢えず、名古屋・広島・福岡の公演先に彼女が出向いてくれたそうだ。夜中まで一緒に居て深夜3時位の汽車に乗って京都に帰って行く彼女、そのことを知っていた北山修が心を痛めて歌詞を作ったとか。そんな切なく素敵な思い出がこの曲にはあるのです。ビリー・バンバン「白いブランコ」は何処にあったかというと、代官山の作詞家浜口庫之助の自宅の庭にあった。ビリー・バンバン(菅原兄弟)は浜口庫之助さんの弟子で、デビュー前は兄弟揃って代官山猿楽町の自宅に通っていた。そこにオシャレな白いブランコが。秋の夕暮れ、弟の進がブランコに乗って買ったばかりのギターを弾きながら初めて作ったのがこの曲。当時CとAマイナー、Dマイナー、G7くらいしかコードを知らなかった。そのおかげで、シンプルで美しい曲が出来たと。吉田拓郎「旅の宿」の宿は何処?青森県上北郡十和田湖町にある蔦温泉旅館。作詞の岡本修己さんに聞くと、1972年の札幌オリンピックの年にヒットしたのだが、その少し前に結婚して青森の蔦温泉に新婚旅行に。つまり「浴衣の君」は岡本氏の新妻だった。「上弦の月」とあるのは星を見るのが好きだった妻に、夜空を見ながら教えてもらったらしい。素敵な話ではないか。
そうなんです、ひょんな事から名曲は誕生するもの。いい時代ですね。現代は電車に乗っても、旅館に入っても最初にする事はスマホいじりになってしまいがち。夜空に輝く星や月を見ても直ぐに写真撮影に意識が行ってしまう。これってどうなんでしょうか?心配ですよね。

テリー伊藤(演出家)
1949年、東京築地出身。早稲田実業中等部、高等部を経て日本大学経済学部を卒業。
2023年3月、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。
テレビ番組制作会社IVSテレビに入社し、「天才たけしの元気が出るテレビ」「ねるとん紅鯨団」などのバラエティ番組を手がける。
その後独立し、テレビ東京「浅草橋ヤング洋品店」など数々のテレビ番組の企画・総合演出を手掛ける。
著書「お笑い北朝鮮」がベストセラーとなり、その後、テリー伊藤としてメディアに多数出演。
演出業のほか、プロデューサー、タレント、コメンテーターとしてマルチに活躍している。
YouTubeチャンネル「テリー伊藤のお笑いバックドロップ」
LALALA USAでコラム連載中
https://lalalausa.com/archives/category/column/terry


No comments yet.