ヒトトヒトホールディングス株式会社 代表取締役社長 松本哲裕

背伸びをせず、等身大の自分のままで

ヒトトヒトホールディングス株式会社 代表取締役社長 松本哲裕 (まつもとてつひろ)

■プロフィール
1974年、石川県生まれ。星稜高等学校卒業後、日本大学商学部に進学。在学中のアルバイトを経て、日本総業(現ヒトトヒト)入社。その後、外資系不動産会社の営業を経て、2011年に経営陣として復帰。2019年にニッソーホールディングス(現ヒトトヒトホールディングス)代表取締役社長 就任。

2026年4月に上場したヒトトヒトホールディングス株式会社。代表取締役社長の松本哲裕さんがこれまでの歩みの中で大切にしてきたのは、「人とのご縁」。さまざまな経験や出会いが、現在に至るまでの歩みや経営者としての考え方につながっていった。その背景とは。

大学時代は、アルバイトが中心の生活でした。もともと野球を続けており、スポーツ推薦で大学に入学しました。ですが野球一色かというとそんなことはなく、野球も勉強もほどほどに、とにかくアルバイトに熱が入っていましたね。
野球選手としては、現実に直面する場面は何度もありました。私たちの世代は、中学から高校に入るとき、みんな自分がスーパースターだと思って行くわけです。しかし、いざ強豪高校に入ったそのとき、上には上がいるのだと思い知ることになる。私たちの頃は、半分以上が途中で挫折していたと思います。ただその中でも、チームスポーツの厳しい世界を通じて、「このチームで勝つためには、自分の今の立ち位置だったらどういうことをしなければならないのか」、そのような役割意識みたいなものは、身をもって学びました。これが今の仕事にもすごく活きています。 
創業社長との出会いは高校生の秋です。全国大会で優勝して台湾遠征に行くことになり、そこにお世話係として同行してくださったのが創業社長でした。その後、東京の大学に進学し、たまたま開幕戦の神宮球場に立っていたら、そこで創業社長とばったり再会しました。色んなご縁がつながって今の人生が決まりましたね。
そして、大学時代に夢中になっていたアルバイトというのが、現在のヒトトヒト(旧日本総業)なんです。学生時代のバイトからそのまま就職した、いわゆる「バイト上がり」です。
その後も、学校の最大休学期間である2年間を使ってアメリカへ留学に行きました。マイクロソフトでインターンをさせていただき、ITの面白さにも気付きました。楽しくて帰りたくありませんでしたが、期間も決まっており、ビザもお金もないため帰国しました。単位が少し残っていたため、会社で営業をやりながら学校にも通って、無事卒業しました。

■キャリアの軸は、「人とのご縁を大切に」

私のキャリアの軸は、一貫して「人とのご縁を大切に」です。最初は営業からスタートして、課長にまでなりました。しかし2006年に一度会社を辞めて、外資系の不動産会社に転職しました。そこでは、さまざまなチャンスもありましたが、2011年に創業社長が急逝した事をきっかけに、意を決して戻ってきました。最後は人とのご縁を大切にせねばという思いからの行動でした。
戻ってきてからは、部長・役員の立場として経営全般に携わりました。その間、営業本部長や管理本部長、企画なども経験しました。8年間ほどかけて、会社全体のさまざまな部門を一周回ったという感じです。この経験を通じて、会社全体の動きを完全に頭に入れることができました。

■神宮球場の清掃から始まった会社

うちの会社の成り立ちとしては、イベントや興行に付帯する業務を請け負うところから始まりました。神宮球場の清掃や、チケットを切る「もぎり」の業務からです。そこから時代とともに、これからはセキュリティが重要だと言われるようになり、警備業にも取り組みました。そこからさらに人材派遣など、人の力を必要とするさまざまな領域へと事業を広げ、現在に至ります。よく「一言でいうと何屋さんですか?」と聞かれますが、非常に難しいですね。警備会社でも、人材派遣会社でも、イベント運営会社でもありません。しかし同時に、そのすべてをやっている会社でもあります。裏を返せば、そこが強みでもあると思っています。
当社は、今年度の4月に上場しました。ここまで会社が成長できた理由は三つあると思います。
一つ目は、「やる」ということです。理屈ではなく、ただひたすらにやる。お客様との約束は必ず守る。営業で仕事を取ると言ったら必ず取る。そこには紆余曲折があったり、プロセスがあったり、理屈的な部分やそうでない部分もあったり、色々あると思います。当時は本当に苦しかったです。
二つ目は、時代の流れに乗れたということ。その会社のそのポジショニングを恨んでもしょうがないですよね。初任給が良いとか、有名な会社が良いとか、そうした基準で会社を選ぶのかもしれませんが、それは「選べる人」の話。私は選びようがなかったです。だから逃げなかった。ちょうどその当時、法律が施行され、大規模建築が可能になりました。そのような時代の流れから、一気にショッピングセンターが広がり、事業を大きく躍進させることができました。
三つ目は、人を動かすということです。一人で仕事はできませんから、人をしっかり動かす。デール・カーネギーの『人を動かす』という本は非常におすすめです。人を動かしていくしかないのだと思ったときに出会った本です。

■自分の感性を表現できる人と働きたい

一緒に働きたいと思うのが、私たちにはない感性を持つ人です。当社の経営理念にもつながりますが、『人間性の涵養をはかり、それを表現しうる力を持つ』人です。また、ぜひ自分の感性をしっかりと表現できる人であってほしいとも思います。個性とは、実にさまざまな概念があります。大人しくて発言できないからダメ、とはまったく思っていません。しっかりと「自分」を持っていること。表現というのは言葉だけではないと思います。行動かもかもしれませんし、その部分は多面的に見ています。百パーセント完璧な人なんていません。みんな心があって、雨風打たれて、体調が悪くて休むこともある。会社とは、そういう人たちの集まりです。ですから、平均で言ったら六十点なわけです。六十点を育成し、八十点にして、強みを作っていくということが我々のノウハウなんです。飛び抜けた人も欲しいけど、六十点だからダメということでもないんですよ。自分をちゃんと客観視できるということも大事だと思います。涵養をはかるということと、自分を持つこと。これを持っていれば本当に誰でも大歓迎です。

■学生へのメッセージ

当社は北海道から九州まで、球場や商業施設をはじめ、さまざまな現場で仕事をしています。学生さんが非常に多く、みんなが主役になって輝ける場所です。ここで出会った仲間は、一生の宝物になります。少しでも興味を持っていただけたら、ぜひ当社へ応募いただきたいです。

学生新聞オンライン2026年7月3日取材 東京女子大学3年 浮田梨紗

津田塾大学4年 山下さくら/情報経営イノベーション専門職大学2年 山田千遥/京都芸術大学1年 猪本玲菜/東京女子大学3年 浮田梨紗/日本大学1年 田中秀弥/東京都立大学4年 坂倉彩月/法政大学2年 森川葵

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