参議院議員 牧山ひろえ
いのちを守るため。夢が叶わなくても、別の形で実現できる

参議院議員 牧山ひろえ
■プロフィール
ICU卒業、TBS入社。退社後渡米。司法試験合格(ニューヨーク州、コネチカット州)、松竹(株)(同年ハリウッドのワーナー・ブラザース出向)、ポリグラム(株)、夫の転勤に伴いニューヨークのハッシー法律事務所、ソニーピクチャーズエンタテインメント(法務部シニア・マネージャー)などで勤務。参議院議員4期目(神奈川県選挙区)。2児の母親。
幼少期の壮絶な体験を原点に、現在は政治家として道を歩む牧山さん。政治家になるまでの間にも、長年追いかけた夢の挫折や、米国弁護士として働く過去を持つ。何事にも真摯に取り組むその姿勢は、現在の三ツ星議員という称号にも表れている。一見バラバラに見える激動のキャリアを歩んできた裏で、一貫した信念を持ち続ける牧山さんの生き方とは。
私は幼少期に壮絶ないじめを経験しました。自分が世の中で一番可哀想なんじゃないかと思い、一時期は登校拒否も経験しました。しかしそんな矢先、父がいる海外を訪れ、そこで衝撃的な光景を目の当たりにしました。その貧困国では、私よりも遥かに過酷な体験をしている人たちにたくさん出会いました。生きるため、お金がなくて食べ物を盗むと、容赦なく手足を切断してしまうような環境です。その光景が言葉を失うほどショックでした。そのような経験を経て日本に戻った際、それまで当たり前だと思っていた日常が全く違う景色に見えました。日本では蛇口をひねると当たり前にお湯が出て、冷蔵庫を開けると食料がいっぱい入っていて、ボタンを押すと電気もつく。「私って結構恵まれているのだな」とやっと気がつきました。この体験は、後に政治家を目指したきっかけにも大きく起因します。
■テレビへの憧れと、夢のために走り抜けた学生時代
幼稚園の頃はテレビ局に入りたいという夢を持っていました。当時放送されていた『兼高かおる世界の旅』という番組が大好きで、レポーターの兼高さんが上品に、かつ体当たりで世界の文化を紹介する姿に強く憧れを抱いていました。また私自身は小学校3年生から父が住む海外でインターナショナルスクールに通っていたこともあり、日本と色んな国の橋渡しを、テレビを通して実現したいと思っていました。それからというもの、「TBSに入るためにはどうしたらいいか」ということを軸に学生時代を過ごしました。TBSに入るためにできることはほとんどやりました。海外生活が長く日本語が苦手だったため、就職によく出る日本語と漢字の問題集を購入し、全て暗記しました。作文塾にも通いましたね。マスコミ志望の方が通う塾で非常に厳しく、週2回集まってひたすら作文を書いていました。最後まで通い切った人たちは、皆希望の会社に就職していきました。
また私は業界に何のコネもなかったため、大学生としてラジオ局のオーディションを受けるところから始まりました。『100万人の英語』のDJ 小林克也さんのパートナーや、NHKの英語講座、ラジオ短波、TBSラジオなど、様々なテレビ・ラジオ番組のレギュラーを切り拓き大学時代に実績を作りました。その努力の甲斐があり、晴れて夢だったTBSに入社しました。
■挫折、そこから見つけた政治家への道
TBSに入社できたものの、希望していた海外レポーターではなく、朝のワイドショーに配属され、与えられた仕事をこなそうとしましたが、夢が捨てきれず、結果的にはTBSを辞めてしまいました。大きな挫折を味わっていたとき、人が持っていない特徴を自分で作ろうと思い、選択肢を広げるという意味で、アメリカの弁護士資格を取りました。英語ができる人は沢山いましたが、誰も持っていない特徴を掛け合わせようと思ったのです。当時まだ日本人でアメリカの弁護士の第一号が誕生したばかりだったことに目をつけ、ロースクールへ留学した後、米国の司法試験に合格しました。アメリカでは、弁護士資格を取ったあとに医師や警察官などの元の専門職に戻る人も多く、彼らの姿からも刺激を受けました。
結果的に長年夢見た海外レポーターという夢は叶いませんでしたが、人のために何かをしたいという気持ちは幼少期から一貫して持っていました。たとえば、幼少期のいじめ体験をきっかけに、学生時代は、登校拒否もしていて、自分のことすらも疎かにしていましたが、海外で極貧を目の当たりにしたことで、自分がいかに恵まれているかに気づき、人のケアにも興味を持つようになっていきました。特に高校時代は、人のために何かできることはないかと考える余裕が出てきた時期でしたね。人権問題に取り組む機関であるアムネスティの学生ボランティアに所属し、全盲の子供たちが通っている学校で英語を教えること、また、病気を抱えている人たちのところに行って歌を歌うなどの活動をしていました。
27歳でボランティア団体を立ち上げ、世界中の紛争地域にワクチンを送る運動などを続けました。しかし、弁護士の傍ら15年間ボランティアを続けるなかで、個人の活動では救える命の規模に限界があると感じていました。そこで新聞の公募を見て、「政治の力を使えば、例えば何十億円という規模でワクチンを届けられる」と確信し、政治家を志しました。
■力を入れて取り組んでいること
私は今、「いのちを守る、みらいを作る。」を政治信条として掲げ、主に5つの柱で活動をしています。その中でも、特に訴え続けているのが「少人数学級の実現」です。日本の学校は教師1人に対する子どもの数が多いです。1クラスに40人も50人もいれば、先生がどれだけ頑張っていても、子供たちの小さな変化やSOSに気づくことは難しい。でも、クラスを15人や20人といった少人数にすれば、先生の目が確実に行き届くようになり、子供たち一人ひとりとの対話も生まれます。小さな変化やSOSを早い段階で受け止めることができれば、いじめや不登校、深刻な問題の予防にもつながります。子供たちの命を守るためにも、この教育環境の改革が必要です。
現在は、参議院法務委員会に所属し、主に人権に関わる仕事をしています。具体的には、「再審法」の改正に向けて取り組んできました。しかし、国会では再審制度をめぐる法改正が十分な改善には至らず、むしろ改悪された内容で成立してしまいました。無罪を示す明らかな証拠が出てきても、裁判のやり直しが始まるまでに何十年もかかり、歳を重ねてから無罪判決が下されるという不条理は依然として残っています。法律を国会で変えることの難しさを強く実感しています。
■大学生へのメッセージ
若い人たちには投票に行っていただきたいです。私の党に投票しなくてもいいのです。ただ、投票するときに、“政策”で選んでいただくことが重要です。今はネットなども普及していますから、様々な媒体で情報を比較して、誰に投票するかを選んでみてください。そして、「どの人だったら自分たちの世代のためのことをやってくれるか」という部分に注目し、よくよく考えた末に、1票を投じてもらえればと思います。
学生新聞オンライン2026年5月20日取材 東京女子大学 3年 浮田梨紗/中央大学1年 大山祥

京都芸術大学1年 猪本玲菜 / 独協大学2年 中津亜結梨 / 独協大学2年 増田乙花 / 東京女子大学3年 浮田梨紗 / 中央大学1年 大山祥 / 情報経営イノベーション大学2年 山田千遥 / 城西国際大学3年 渡部優理絵


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