元プロテニスプレイヤー 宇野真彩
国を超えて仲間と出会い再発見した、私らしいテニスの形

元プロテニスプレイヤー 宇野真彩(うのまあや)
■プロフィール
高校卒業後、プロテニス選手として国内ツアーを転戦し、20歳で現役を引退。引退後はアロマセラピー、メディカルハーブ、アーユルヴェーダなど美容・健康分野を学び、各種資格を取得。同時にジュニア育成にも携わり、テニスコーチとして活動。
現在はクリニックやイベント、テニス・ゴルフメディアへの出演をはじめ、テニス業界初となるリトリートツアーを開催。さらに、20〜30代女性限定のテニスコミュニティ「Tennis Girls TOKYO」を立ち上げ、テニスを取り入れた新しいライフスタイルを提案している。
また、Princeより日本人初となる宇野真彩デザインの限定ラケットを発売。さらに、Admiral ATHLETICSでは自身がプロデュースするオリジナルウェアラインを展開するなど、ブランドプロデュースや商品開発にも携わり、テニス業界で新たな価値を創出する存在として幅広く活動している。
■お花屋さんからテニス選手という道を選ぶまで
私がテニスを始めたのは小学校三年生の頃です。それまでは水泳、書道、ピアノ、バドミントンなど、いろいろな習い事をしていて、特にスポーツに強い思いがあったわけではありません。むしろ当時の私は「お花屋さんになりたい」と思っていたような小学生でした。そんな私がテニスを始めたきっかけは、妹が先にテニスを習い始めたことです。
通っていたクラブには育成クラスがあり、級が上がるごとに成長を実感できる仕組みがありました。育成クラスに入ると、同い年の仲間と競い合う環境が自然と生まれます。その中で「もっと強くなりたい」「まずは同い年の中で勝てるようになりたい」という気持ちが芽生え、気づけば大会に出るようになっていました。
この“競争心が芽生えた瞬間”が、私にとって大きな転機でした。テニスを始めた頃はただ楽しく続けていただけでしたが、育成クラスでの経験を重ねるうちに、「選手として本気でやってみたい」という思いが強くなっていきました。
■勝敗の世界で見つけた喜び
選手としての生活は、勝ち負けで評価が決まる世界でした。自分自身の評価も、周りの評価も、コーチの評価も、すべて結果で判断される。そのプレッシャーは大きく、苦しい時期もありました。それでも続けられたのは、家族やコーチが支えてくれたからです。試合で勝ったとき、嬉しい報告を応援してくれる方々に伝えられる瞬間が、私にとって一番の喜びでした。
その気持ちは、高校時代の団体戦で、すでに芽生えていたのかもしれません。今まで個人競技として戦ってきたテニスが、団体戦では仲間の思いを背負う競技に変わります。応援の数、緊張感、責任感。自分の一勝で学校が勝つか負けるかが決まる試合は、良い意味で大きなプレッシャーがあり、忘れられない経験になりました。
プレッシャーの中で、私はメンタルを整える方法を自分なりに見つけていきました。試合前には洋楽を聴いて気持ちを高めたり、少し怒っているくらいのテンションでプレーしたりすることで集中力を保ちました。優しい気持ちだと競争心が弱くなるため、「come on !!」と自分を鼓舞するようなメンタリティーが必要だったのです。
しかし、競技生活の中でストレスが体に出てしまい、三ヶ月ほど休む時期がありました。休んでいる間、「これからどうしよう」と考える時間が増えました。再び頑張ろうと決めてアメリカに渡ったものの、世界のトップ選手たちを目の前にしたとき、「この人たちに勝つ未来は自分にはない」と感じました。その瞬間、すっと心が軽くなり、20歳で競技を辞める決断をしました。
■競技を離れて見えた“新しいテニスの楽しさ”と、未来への挑戦
競技を辞めた後、しばらくテニスから離れていましたが、韓国に通うようになり、そこで多くの仲間と出会いました。国籍や年齢に関係なく、テニスを通じて人とつながれることを改めて実感し、競技とは違う“テニスの楽しさ”を再発見しました。韓国では、コロナ禍をきっかけにテニスが大流行し、カラフルなミニコートが広がっていました。ウェアや写真、空間づくりまで含めて楽しむ“映えるテニス”が当たり前になっていて、その自由でおしゃれな雰囲気に強い刺激を受けました。テニスが「勝ち負けだけではない文化」として成立していることを知り、日本でもこうした楽しみ方を広げたいと思うようになりました。
同じ頃、私はゴルフを始めました。ゴルフの世界ではウェアやメイク、写真を撮る楽しさが文化として根づいていて、「スポーツを楽しむことは、空間やファッションまで含めた体験なのだ」と気づきました。韓国での経験とゴルフでの気づきが重なり、私の中で“新しいテニスの形”が明確になっていったのです。その思いを形にするため、私が4年前に立ち上げたのが「Tennis Girls TOKYO」です。これは、競技としてのテニスではなく、ファッションや写真、空間づくりを楽しむコミュニティです。現在はTennis Boys TOKYOとTennis Boys OSAKAもあり総勢350名のメンバーが在籍し、年に一度は韓国との交流試合「日韓戦」も開催しています。競技ではなく、テニスを通じて両国が楽しく交流することを目的とした大会で、韓国で出会った仲間とのつながりが今も続いています。
テニスの新しい文化を発信することでテニスをもっと身近にスポーツに感じてほしいです。この若年層の普及活動は、テニスを通じて友達が増え、同世代の仲間とつながれる新しいコミュニティで私自身もとても楽しみながらできています。現在は、レッスン、イベント出演、コミュニティ運営などを中心に活動しています。テニスの楽しみ方に正解はなく、そのスタイルは無限にあると感じています。
将来については、私は「その時にやりたいことに挑戦できる自分でいたい」と思っています。正解がないからこそ、やりたいことを言葉にして一歩踏み出すことが大切なのです。そして、どんな挑戦の裏にも必ず支えてくれる人がいて、その存在への感謝は高校時代からずっと変わらず、今の活動を支える大きな軸になっています。だからこそ、学生の皆さんにも、自分がやりたいと思ったことに素直に向き合ってほしいです。うまくいかなくても、それは必ず経験になります。支えてくれる人への感謝を忘れずに、言葉にしながら一歩ずつ挑戦していってください。
学生新聞オンライン2026年7月21日取材 国際基督教大学1年 小祝陽花

開智日本橋学園高等学校2年 古家凛音/京都芸術大学1年 猪本玲菜/国際基督教大学1年 小祝陽花/城西国際大学3年 渡部優理絵


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