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作詞家 うえのけいこ

勘違いも、遠回りと思える経験も、成長への第一歩 作詞家 うえのけいこ ■プロフィール武蔵野音楽大学声楽科卒業。ミュージカル出演を経て、1999年、アニメ『HUNTER×HUNTER』の主題歌「風のうた」で作詞家デビュー。『ROCK MUSICAL BLEACH』『NARUTO』『松竹歌劇団』などの舞台や、サンリオピューロランドのメインパレード『The Quest of Wonders Parade』の作詞を手がける。歌唱指導にも携わり、若手俳優の育成に力を入れている。 『HUNTER×HUNTER』の主題歌「風のうた」をはじめ、数々のアニメ、2,5次元舞台などの作詞を手がけるうえのけいこさん。オペラ歌手を目指して努力した学生時代の経験や、舞台活動を経て作詞家になったこれまでの歩み、作品と向き合う姿勢について伺いました。 ■自分の居場所を見つけた学生時代 小学2年生から武蔵野音楽大学の附属音楽教室に通い、音楽全般を学び、日本語でオペラを歌ったり、子役でオペラに出演したりしていましたので、オペラ歌手になれると信じていました。一方で、小学3年生から中学3年生まで、学校ではいじめを受け、居場所がありませんでした。一日中誰とも話さずに帰ってくることもありました。それでも、音楽教室に行けば自分の居場所があり、場所によって周囲からの見え方が違うことに気づきました。 その経験から、すべての場所が難しくても、自分の居場所はどこかにあるのだと信じることができました。また、自分の気持ちを口頭で伝えることが苦手だったので、手紙や交換日記を通して思いを伝えていました。学校では話してくれない同級生も、交換日記では言葉を返してくれました。直接はつながれなくても、書くことでなら人とつながれる。「どう書けば相手に伝わるのか」「どの言葉なら誤解されないのか」を考える経験が、後の作詞にもつながっていったのだと思います。 ■作詞家までの道のり 大学時代は、プロとして活躍するオペラ歌手の先生に指導を受けていました。先生はテレビ出演も多く、私は運転や身の回りのお世話など、付き人としてコンサート会場に出入りすることもあり、華やかな舞台の裏にある努力や、楽屋での姿を間近に見る貴重な時間をいただきました。 先生が最高の状態で舞台に立てるよう支えることが性格に合っていましたので、私の裏方人生は、その頃すでに始まっていたのかもしれません。大学卒業後はオペラ歌手を目指してイタリアへ留学しましたが、「あなたには楽器がない」と言われました。これは、オペラは体そのものが楽器なので、技術があっても体のつくりが向いていないという意味です。そこで、オペラ歌手への道を諦め、泣く泣く日本に帰国しました。周りからミュージカルのオーディションを勧められ、大地真央さん主演の『マイ・フェア・レディ』や、市村正親さん主演の『ラ・カージュ・オ・フォール』などに出演することができました。しかし、舞台に立つうちに、自分の能力の限界と、40歳になった時の自分の姿が見えてしまいました。「これは自分が一生続ける道ではない」と感じ、ミュージカル女優は3年で辞めました。いわば失業して、そこで初めて「そういえば、私は文章を書くことが得意だったかもしれない」と思い出し、作詞家への道を模索し、『HUNTER×HUNTER』の主題歌コンペに参加する機会をいただきました。私は主人公のゴンをくじら島から送り出す育ての母、ミトさんの気持ちを書きました。世界名作劇場世代の私にとって、アニメの主題歌は、見終えたあとの感情に寄り添うものでした。その視点が、監督の目に留まり、エンディング曲として採用され、作詞家としてのデビューにつながったのです。 ■キャラクターの想いを歌詞にする 歌詞を書くうえで大切にしているのは、そのキャラクターがほんとうに歌っているように感じてもらえるようにすることです。作品を愛し、原作者の意図や物語、キャラクターの心の動きを深く理解することを大切にしています。原作に直接書かれていない感情でも、言動や物語をたどると見えてくることがあります。勝手に付け加えるのではなく、「この人物なら、きっとこう感じている」と思えるところまで掘り下げて歌詞にします。言葉が思いつかない時は、2,3日作品から離れたり、漫画を読み返したりします。AIについても不安はありません。人が経験した感情や価値観、心のひだまでAIが完全に表現するのは難しいと思うからです。だからこそ、こらからも自分が心を動かされる時間や出会いを大切にしながら、歌詞づくりに向き合い続けたいと思っています。作曲家へのリスペクトも大切にしています。いいメロディーには、すでに言葉があります。作詞家は、その言葉を感じ取り、紡いでいくことが重要不可欠です。 ■今後の展望 以前、朝霞市で小学校の音楽の先生をしていたことがあります。ピアノを習ったことがなくても、小学校の音楽室では誰もが楽譜や歌詞に出会えます。それが生涯にわたる音楽との出会いになるかもしれません。いつか音楽の教科書に載る歌を書いてみたいです。校歌とか書けたら素敵ですね。 ■学生へのメッセージ 学生の皆さんには、ぜひ「大いなる勘違い」をしてほしいです。私はオペラ歌手になれると信じて音楽大学へ進み、イタリアにも留学しましたが、オペラ歌手にはなれませんでした。その後、ミュージカルの舞台にも立ちましたが、3年で辞めました。当時は挫折や遠回りに思えた経験が、今ではすべて仕事につながっています。声楽を学んだからこそ歌う人の呼吸が分かり、舞台で踊ったからこそ、踊りながら歌える言葉が分かります。手紙や日記を書いてきたから、どうすれば思いが伝わるか分かります。高校を卒業するまで家にテレビがなく、流行から取り残されていたことも、流行では終わらない言葉を書ける、私の強みになりました。人生の途中では、どの経験が何の役に立つかは分かりません。失敗したこと、人と違うこと、自分では欠点だと思っていたことが、ずっとあとになって、その人にしかない力に変わることがあります。だから、最初から正解を選ぼうとしすぎなくていいと思います。「自分にはできるかもしれない」という少しの勘違いがなければ、踏み出せない一歩もあります。自分の感覚を大事にし、目の前にあることに感動して過ごしてください。思い通りの道に進めないことがあっても、偶然の出会いや、たまたま訪れた機会が、人生を思いがけない方向へ運んでくれることがあります。その道はいつか一本につながり、見晴らしのいい景色が見える場所へと、あなたを運んでくれるでしょう。 学生新聞オンライン2026年9月9日取材 文教大学2年 山本瑠泉 早稲田大学3年 中澤京平/専修大学4年 齋藤光貴/法政大学3年 脇田悠太/日本大学1年 田中秀弥/日本大学2年 原田達司/文教大学2年 山本瑠泉/情報経営イノベーション専門職大学2年 山田千遥/武蔵野大学4年 吉松明優奈/城西国際大学3年 渡部優理絵/獨協大学2年 中津亜結梨/東京薬科大学4年 庄司春菜

企業に聞く

Anthropic Japan合同会社 公共事業責任者 七尾健太郎

AIにも人にも「わからない」と言える強さを Anthropic Japan合同会社 公共事業責任者 七尾健太郎 (ななおけんたろう) ■プロフィールAnthropic Japan合同会社 公共事業責任者。IT・デジタル業界で約20年のキャリアを持ち、国内外のさまざまな顧客支援に従事。現在は中央省庁、地方自治体、大学、研究機関などを担当し、生成AI「Claude」の活用推進や技術支援を行う。AIの安全性や社会実装に関心を持ち、公共分野での活用拡大に取り組んでいる。 ITやデジタル業界で約20年にわたるキャリアを積み、倫理観のある最先端AIが日本に展開される初期段階に携わりたいという想いから、生成AI「Claude」などを展開するAnthropic Japanに入社した七尾健太郎さん。公共事業責任者として中央省庁や自治体、大学などの公的機関・教育機関に直接向き合う七尾さんに入社の決め手や事業内容、AIとの向き合い方などを伺いました。 私はこれまで20年ほど、ITやデジタルの分野でキャリアを積んできました。その中でさまざまなお客様と接し、海外に駐在する機会もありましたが、日本にITやデジタルの良さをそのまま適用するのは難しいと感じることが度々ありました。しかし、生成AI、特にClaudeを使ってみて感じたのは、一見アナログなやり方も受け入れてくれるということでした。例えばデジタル化では、紙ではなく、ウェブ入力が負担になる方もいるため、全員が一斉にデジタルへ移行するのは現実的ではありませんでした。生成AIなら、紙に書いてもらったものをそのまま読み取ることができます。最初からデジタルを使いこなす方にも、段階的に移行したい方にも優しい仕組みがあります。これが、生成AIに惹かれたきっかけです。そうした中で、Anthropic社と仕事をする機会があり、その縁で入社を志望しました。 ■倫理観のあるAIの魅力 私が入社を決めた1番の理由は、倫理観のある最先端のAIが日本に展開される初期段階に関わってみたいと思ったことです。この会社が大切にしているのは「Claudeの憲法(Claude’s Constitution)」です。これは、Claudeにどのような価値観を持ち、どう考えて行動してほしいかを記した文書で、Claudeのトレーニングにも使われています。例えば、プライバシーの保護について。病院が「患者の情報を使って勉強をしたい」という場合、Claudeでは「個人情報を匿名化した状態で分析できるデータをつくりましょう」と提案できます。このように、プライバシーを守りながら成果も達成することを意識しているのです。細かなルールを決めて従わせるのではなく、大切にしたい価値観とその理由を示し、それをもとにClaude自身が状況に応じて判断する。こうした考え方に、大きな魅力を感じています。 ■お客様をサポートする仕事 私たちは、企業や行政、個人の皆さんにClaudeを使っていただき、その利用料をいただくことで事業を成り立たせています。Claudeには「Haiku」「Sonnet」「Opus」「Fable」など複数のモデルがあり、性能や料金、回答速度に応じて選べるようになっています。会社は2021年にサンフランシスコで創業され、元OpenAIにいた7名の創業者が倫理観や安全性を大事にしたAIが必要だという想いで立ち上げました。その中で私は、公共事業責任者として、中央省庁や地方自治体、大学、塾、研究機関など公的機関、教育関係のお客様を担当し、Claudeの導入や活用の支援を行っています。やりがいを感じるのは、行政のシステムなど皆さんの生活を支える仕組みに使っていただけた時です。公共部門のお客様は忙しく、また、プロンプトエンジニアリングが必要だった時の記憶から、生成AIは難しいものだというイメージも残っており、自分から使ってみることを躊躇する方もいらっしゃいます。そこで、体験会やワークショップを開き、日常的な言葉でClaudeに指示ができることと、ファイルの整理のような身近な作業から便利さを実感していただくようにしています。そこで、最初のハードルを超えたお客様は、次々と「こう使えばいいのではないか」というアイデアが出てくるようになります。印象的だったのは、ある自治体で、法律改正のたびに条例に改正が必要ないかチェックしなければならず、「条ずれチェック(法改正に合わせてその参照関係にある条例の条番号などのずれを確認・修正する作業)」の確認作業に担当の方が日々多くの時間をかけているという話です。同じような課題を抱える自治体で同じことが起きているのだとすれば、1つの自治体で作った仕組みをみんなで共有することで、多くの職員の方の負担を減らせるのではないかと思います。こうした具体的な発見から一緒に学び、仕組みを作ることができることも、この仕事の面白さの1つです。 ■人とAIが共存する未来へ 日本は高齢化が進み、2040年には高齢化率が約35%になるとも言われています。行政職員数の減少も見込まれる一方で、業務負担は増えていくと言われている中、人と接しなければならない業務や、人間が最終確認するべき業務は日中に人がして、事務作業は夜間にAIエージェントに任せ、翌朝人が結果を確認するだけで済む。そうした時間の役割分担ができれば、人とAIはうまく共存していけるのではないでしょうか。行政の仕事は一人一人の生活に直結しているからこそ、こうした工夫の積み重ねが社会全体を支えることになると感じています。今後は、こうしたClaudeの活用事例をお客様同士が共有し合える環境を作っていきたいです。また、公共領域を超えて、まだ治療法のない病気への創薬など、日本の社会がより幸福になっていくための取り組みの手伝いをしていきたいと考えています。 ■メッセージ 大学生の皆さんに伝えたいことは3つあります。1つは自信を持ってくださいということです。SNSなどが発達してきて情報が多い時代だからこそ、悩んでいる方も多いと思います。自分が好きだと思うこと、嬉しいと感じることを大切にして学び、それを信じて突き進んでみてください。もしその中に、Claudeを使ってみたいという気持ちがあればどんどん使ってみていただけたらと思います。もう1つは、違いを楽しんでくださいということです。国や文化、言語の違いだけではなく、人はそれぞれ違って当たり前です。その違いを楽しみながら、自分が本当は何が好きなのかを探していってもらいたいです。Claudeはきっと良い相談相手になってくれると思います。そして最後に、わからないことを「わからない」と言える力を大切にしてください。これは、私がAIとの向き合い方としてお客様にもお伝えしていることですが、生成AIの回答がイメージに合わなかったり把握しにくかったら、正直に「この回答わからなかったです」と生成AIに伝えてみてください。「それではこういう絵と表にしてみたのですが、いかがでしょう?動画にしましょうか?」などと提案がきて、生成AIの周辺技術が自然と使われていきます。このように、「わからない」と伝えられる人こそ、結果的に生成AIを使いこなしていきます。それは人間関係も同じで、「わからない」と言える人には自然と仲間が集まってきてくれます。生成AI活用の第一歩が思いつかない方へのおすすめの使い方は、自分のスケジュールをスクリーンショットでもいいので読み込ませてClaudeに任せられるところを相談してみると面白いと思います。ぜひ、学生のうちから、そういった力を練習しておいていただけたらと思います。 学生新聞オンライン2026年9月18日取材 武蔵野大学4年 吉松明優奈 津田塾大学 4年 山下さくら/武蔵野大学4年 吉松明優奈/東京女子大学3年 浮田梨紗

コラム

テリー伊藤 コラムVol.91 ソックモンキー知っていますか?

昨日、仕事帰りに中目黒にある古着屋さん「ジャンテーク」に行った。オーナーの内田さん自らアメリカに買い付けに行っているので古着屋激戦区でもピカイチの人気を集め、いつもお客さんで混雑している。しかし店内でぽっかり空いているエリアが。そこにはセンス抜群の内田さんが買って来た人形が陳列されているのに、いつ行っても寂しそうに座っているお猿の人形「ソックモンキー」がいる。お客さんの中でソックモンキーの事を詳しく知っている人はほとんどいない。 1923年アメリカのネルソン社は作業用靴下を生産していたが、他社製品と区別する為に、かかと部分を赤くした通称「レッドヒールソックス」を発売。1930年代のアメリカは大不況で、おもちゃを買う余裕がない家庭のお母さん、おばあちゃんは古くなった靴下を利用して子供の人形を手作りしていた。ソックモンキーの赤い口はこのソックスのかかと部分。靴下を縫い合わせると胴体、手足、しっぽが出来、赤いかかとがちょうど笑った口になるように工夫されている。1950年代になると全米の人気者になり、ソックモンキーはアメリカの手作り玩具の代表格に。特許争いが起きるほど有名になり、最終的にはネルソン社が権利を獲得した。今では絵本、映画、ポスター、雑貨にも登場しアメリカ文化のアイコンとなっている。ちなみに「ソックモンキーを持っていると幸運が来る」と言う幸せ伝説があり、出産祝いや入院見舞い、卒業祝いに贈る人も少なくない。 そうなんです、こんなにメジャーなのに日本では残念ながら認知度が低いんです。日本の女性は可愛いが優先し、ミッキーマウスやスヌーピーやキティちゃんに目が行ってしまう傾向にある。そんな訳でお店のソックモンキーは売れ残っている。こうなったら私が買うしかない。それだけじゃつまらないので自分で赤いボタンとリボンを付けて更に可愛くした。 それでもお店にはまだ3体のソックモンキーが私を見つめている。この感情ってペットショップで売れ残っているワンちゃんを見ている気持ちと一緒じゃないですか。危険すぎる。ワンちゃんはさすがにその後の事を考えるとたやすく手にすることは出来ないが、人形なら・・・。これはまずい、このままでは家がモンキーセンターになってしまう。冷静にならないと。と言いながらお店のスタッフの値段交渉をしている。家に帰ればミッキーマウスもスヌーピーもトイストーリーのウッディもたくさん居る。彼らに何と説明すればいいのか。私の迷走は続く。 テリー伊藤(演出家) 1949年、東京築地出身。早稲田実業中等部、高等部を経て日本大学経済学部を卒業。2023年3月、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。テレビ番組制作会社IVSテレビに入社し、「天才たけしの元気が出るテレビ」「ねるとん紅鯨団」などのバラエティ番組を手がける。その後独立し、テレビ東京「浅草橋ヤング洋品店」など数々のテレビ番組の企画・総合演出を手掛ける。著書「お笑い北朝鮮」がベストセラーとなり、その後、テリー伊藤としてメディアに多数出演。演出業のほか、プロデューサー、タレント、コメンテーターとしてマルチに活躍している。YouTubeチャンネル「テリー伊藤のお笑いバックドロップ」LALALA USAでコラム連載中https://lalalausa.com/archives/category/column/terry

学生新聞インターン

SWCC株式会社 代表取締役 CEO 社長執行役員 小又哲夫

声に出した挑戦が、仲間を集め、グローバルな未来を創る SWCC株式会社 代表取締役 CEO 社長執行役員 小又哲夫(こまたてつお) ■プロフィール芝浦工業大学工学部卒業後、1989年昭和電線電纜株式会社(現・SWCC株式会社)に入社。2018年、同社執行役員に就任。以降、常務執行役員、COO副社長執行役員などを歴任。2025年、代表取締役 CEO 社長執行役員に就任。 芝浦工業大学での学びや、若手時代の多忙な毎日、中国での工場立ち上げなど、数々の挑戦を経験してきたSWCC株式会社の小又哲夫社長。長きに渡り電力や通信インフラを支え、安心・安全な社会の実現に貢献してきた電線メーカーが、グローバルでの社会課題解決に挑む思いと、未来を担う学生たちへの熱いメッセージを伺いました。 私は芝浦工業大学で金属工学を学びました。学生時代は決して学業一筋というタイプではなく、1、2年の頃は必要最低限の授業を受けながら、アルバイトやサークルの友人との旅行など、大学生ならではの時間を楽しんでいました。しかし、4年生になると卒業論文が待っていました。卒業を目指して研究テーマに取り組む中で、実験を重ねながら一つの成果を導き出す面白さを感じました。研究には、あらかじめ答えが用意されているわけではありません。自ら実験を計画し、答えのない課題に向き合いながら、一つひとつ解決の糸口を見つけていく。その探求のプロセスは、大学生活の中でも特に印象に残る経験となりました。卒業後は、学んだ金属工学の知識を活かせる電線業界に魅力を感じ、昭和電線電纜(現SWCC)に入社しました。電線は、電気や情報を社会の隅々まで届けるために欠かせない存在です。普段はあまり意識されることはありませんが、人々の暮らしや産業、社会インフラを支える重要な役割を果たしており、その一端を担えることにやりがいを感じました。社会人としてのスタートは、思い描いていたイメージとの大きなギャップを感じるところから始まりました。私は社会インフラを支える電線の仕事に携わると思っていましたが、最初に配属されたのはワイヤーハーネスの製造部門でした。当時のワイヤーハーネス事業は、売上高が急伸しており、新人であっても即戦力として次々に仕事を任されました。1年目から売上目標を背負い、毎日遅くまで働く忙しい日々でしたが、「なんとか期待に応えたい」という思いで必死に仕事に向き合っていました。振り返ると、その経験を通じて学んだのは、一生懸命取り組む人には必ず周りの仲間が力を貸してくれるということです。自分一人では乗り越えられない場面でも、多くの上司や先輩に支えられました。当時は体力的にも精神的にも厳しい毎日でしたが、あの頃の経験が今の私の土台になっています。 ■グローバルな挑戦は、人と人との信頼から始まる 入社から3年ほど経った頃、私は光ファイバー関連の技術部門へ異動しました。新しい技術を一から学びながら経験を積み、海外のお客様との仕事にも携わるようになりました。そんな中、私が30代を迎えた頃にITバブルが到来し、光デバイスへの需要が急速に拡大しました。大きな受注をいただく中で、「お客様の期待に応えるためには、中国に生産拠点が必要だ」と考え、上司に工場設立を提案しました。その結果、中国での工場立ち上げが決まり、私自身が責任者を務めるという大きな挑戦の機会をいただきました。中国での事業立ち上げは、私にとって視野を大きく広げる経験となりました。文化や価値観の違いに直面する中で実感したのは、日本のやり方をそのまま持ち込むのではなく、現地の仲間の考えや意見を尊重し、ともに課題を解決していくことの大切さです。相手を理解し、信頼関係を築きながら、同じ目標に向かって力を合わせること。その姿勢こそが、グローバルに仕事を進める上で最も大切なことだと学びました。 ■エネルギーとデジタルの未来を創る、グローバルへの挑戦 SWCCは90年にわたり、電力や通信といった社会インフラを支え続けてきた総合電線メーカーです。電力ケーブルは社会の「血管」として電気を届け、通信ケーブルは社会の「神経」として情報をつなぐ役割を担っています。現在は「エネルギー・インフラ事業」と「通信・コンポーネンツ事業」を柱に、人々の暮らしや産業を支えるとともに、社会課題の解決にも取り組んでいます。エネルギー・インフラ事業では、電気を安全かつ安定的に届けるための製品や技術を提供しています。特に近年注力している電力機器用接続部品「SICONEX」は、環境負荷の低減に加え、工事時間の大幅な短縮を実現し、人手不足という社会課題の解決にも貢献しています。また、通信・コンポーネンツ事業では、AIデータセンター向け光ファイバリボン「e-Ribbon」や半導体検査装置用「コンタクトプローブ」など、デジタル社会を支える製品を手掛けています。現在、生成AIの普及によってデータセンターの建設が世界中で進んでいます。その基盤となる電力ケーブルや光ファイバーなど、私たちの技術はAI革命を支える重要な役割を担っています。私たちは今、総合電線メーカーにとどまらず、事業領域を広げ、お客様や社会が抱える課題を解決するグローバル・ソリューションカンパニーへの変革に挑戦しています。私たちのありたい姿は、「エネルギーとデジタルの未来を創るグローバル・ソリューションカンパニー」です。これまで培ってきた技術や経験を生かし、グローバルでの社会課題解決に貢献することで、人々の暮らしをより豊かに支えられる企業へ成長していきたいと考えています。 ■声に出した夢は、人を巻き込み、未来を創る 生成AIが進化し、一人でも効率よく仕事ができる時代になりつつあります。しかし、仲間と信頼関係を築き、力を合わせて挑戦することは、人間にしかできない大切な価値です。皆さんもぜひ「やりたいこと」や「夢」を声に出してみてください。そして、実現に向けて一生懸命に取り組んでください。その情熱は人を巻き込み、挑戦を前へ進める大きな力になります。仲間とともに挑戦することで、一人では決してたどり着けない未来を切り拓くことができます。 学生新聞オンライン2026年9月15日取材 情報経営イノベーション専門職大学2年 山田千遥 早稲田大学3年 谷島優一/武蔵野大学4年 吉松明優奈/情報経営イノベーション専門職大学 2 年 山田千遥/日本大学2年 原田達司

学生新聞インターン

衆議院議員 船田元

世界に目を向け、何事にも恐れず挑戦してほしい 衆議院議員 船田元 ふなだはじめ ■プロフィール1953年11月22日、栃木県宇都宮市生まれ。慶應義塾大学大学院修了。1979年、最年少の25歳で衆議院議員に初当選。1992年には39歳で経済企画庁長官として入閣した。自民党憲法改正推進本部長、衆議院議員総会長などを歴任。栃木1区選出、2026年2月の衆院選でも当選し、通算15期目。 慶応義塾大学大学院卒業後、作新学院高校の教員を経て、衆議院議員となった船田元さん。国務大臣経済企画長長官や弾劾裁判長などを歴任し、国際貢献や科学技術の発展に向けた政策に取り組んできた。今回、船田さんに学生時代と政治家を目指したきっかけ、現在の取り組み、今後の展望を伺った。 学生時代は勉強半分、サークル活動半分という生活でした。大学では、経済学や教育学を学びながら、「星を見る会」というサークルで天体観測を楽しんでいました。星がよく見える郊外へ出かけ、観察していました。また、栃木県出身の慶應義塾大学の学生でつくる学生会にも所属し、会長を務めました。慶應義塾大学の音楽関係のサークルを宇都宮に招き、公演を開催する活動です。学生ながらチケットを販売する必要があり、その難しさを経験しました。人に足を運んでもらうために工夫した経験は、今にも生きています。大学卒業後は、作新学院高校の教員になりました。当時、祖父の船田中は衆議院議員を務めており、私は将来、父がその後を継ぐのだろうと考えていました。しかし、父は当時栃木県知事を務めていたため、すぐに衆議院議員選挙へ出ることはできませんでした。そこで周囲から私に出馬の話が持ちあがったのです。最終的に立候補を決意し、選挙活動に入りました。教員として人前で話すことには慣れていましたが、大人を相手に「政治を語る」となると、勝手が違います。きちんと伝わるように話すことには苦労しましたね。ただ、人間は訓練を重ねれば成長することができます。場数を踏むごとに、少しずつ手ごたえを感じました。しかし政治家を40年近く続けてきましたが、いまだに100点満点の演説ができたと思ったことはありません。人間に100%の完成はないと思い、今も精進を続けています。政治家になる最後の決め手となったのは、祖父を長年支えてきた秘書の方々の存在でした。「祖父を支えてくださった方々へ恩返しをしたい」という思いが大きかったです。父からも「やった方がいいよ」とあたたかく背中を押してもらいました。そうした周囲の思いに応えたいという気持ちが、政治の道へ進む力になりました。 ■国際貢献と科学技術の発展を後押し 政治活動の中でも、外交や国際貢献に力を入れておりました。きっかけは、JICAの青年海外協力隊を支援する役割を担ったことです。当時、年間500~600人ほどの20~40代の若い人たちを世界各地の途上国へ送り出していました。派遣期間は約2年間のため、常に1000人ほどが海外で活動していることになります。その後、派遣人数をさらに増やそうという話が持ちあがり、年間1000人規模へ拡大する取り組みを後押ししました。国際貢献では、資金だけでなく、人が実際に現地に入り、支援することも大事だと考えています。天文分野において、ハワイ島のマウナケア山頂に、世界各国の大型望遠鏡が設置されています。日本が大型反射望遠鏡を設置することになり、その実現を後押ししました。現在は、次の大型望遠鏡である凹面鏡の計画が進められています。天文学をはじめとする科学技術の発展において、大きな貢献ができたことをありがたく思っております。 ■科学技術と消費者問題に向き合う 現在、力を入れているテーマの一つが科学技術です。日本の将来を支えるためには、基礎研究を充実させることが欠かせません。科学研究費助成事業、いわゆる科研費を増やすことや複数年度にわたって柔軟に使える仕組みづくりを進めています。特に大切なのは、「若手研究者が研究を続けられる環境」です。比較的小規模な研究費も含め、若い研究者に資金が行きわたり、研究に挑戦できる機会を増やしていきたいと考えています。若手が育たなければ、次の研究を担う人材も生まれません。さらに消費者問題にも取り組んでいます。消費者被害は非常に大きく、販売方法や広告の変化に応じ、消費者契約法、特定商取引法、景品表示法などを適切に見直す必要があります。消費者ホットライン「188(いやや!)」の周知にも取り組んできました。トラブルが起きたあとに早く解決することに加え、被害そのものを未然に防ぐことが重要だと考えています。政治の仕事でやりがいを感じるのは、団体や地域のみなさんから受けた要望が実現し、喜んでいただけたときです。そうした成功体験が、目標へ近づく実感となり、活動を続ける原動力になっています。 ■若い世代の声を政治に届けるために これから特に考えていきたいのが、「医療」、「年金」、「介護」などの社会保障です。若い世代も将来は高齢期を迎え、ご両親の介護を担う時期が来るかもしれません。社会保障のあり方を、自分自身の将来に関わる問題として考えてほしいと思っています。そして、それを政治への関心につなげてもらいたいです。高齢者は投票率が高い一方、若い世代の投票率は低い傾向があります。若い人たちが投票に行けば、政治家も若い世代に向けた政策をこれまで以上に考えるようになります。私は、国民投票の投票年齢や選挙権年齢の18歳へ引き下げる取り組みに関わってきました。大学内への期日前投票所の設置や副読本をつくり、高校での主権者教育の推進にも取り組んできました。若い人たちが政治を遠いものと捉えず、自分たちの暮らしに直結するものとして参加してほしいと考えています。 ■大学生へのメッセージ 学生のみなさんには、何事にも挑戦してほしいです。挑戦することをためらわず、興味を持ったことには一歩踏み出してみてください。特に、海外留学にはぜひ挑戦してほしいと思っています。日本人の学生が留学する数は、かつての半分ほどに減っています。もちろん、少子化によって人口そのものが減少していることもありますが、それ以上に留学する学生が減っていることには、何か問題があるのではないかと感じています。ぜひ、さまざまなことに挑戦をしてください。 学生新聞オンライン2026年9月3日取材 東京薬科大学4年 庄司春菜 早稲田大学3年 中澤京平/日本女子大学1年 大池絵万里/東京薬科大学4年 庄司春菜/城西国際大学3年 渡部優理絵//東京女子大学3年 浮田梨紗

中澤京平

参議院議員 藤木眞也

日本農業を守り、日本国土を守る 参議院議員 藤木眞也(ふじきしんや) ■プロフィール【経歴】昭和42年2月生まれ(59歳)熊本県上益城郡嘉島町出身熊本県立熊本農業高校畜産科を卒業昭和61年 就農(当時19歳)平成17年 全国農協青年組織協議会(JA全青協)会長平成26年 上益城農業協同組合(JAかみましき)代表理事組合長平成28年 参議院議員選挙で初当選令和4年 参議院議員選挙2期目当選【現在の役職】 農林水産副大臣 長年の農業従事者としての経験を経て、平成28年より参議院議員として食料安全保障確保を掲げている藤木眞也氏。今後、日本国民の多くが農業について正しい理解や日本の農業を守っていくために行うべき政策について、伺った。 私の家は家業で農業と畜産をしていて、小学2年生の頃から自分は農業経営をするというビジョンを持っていました。のちに農業高校へ進学しますが、学校で学んだことの大半は、小さいときから身近な内容でした。それくらい小さい頃から農業とは深い関わりを持っていました。 ■周りの熱意に押されて入った、政治家の世界 私は熊本農業高校を卒業して、昭和61年に就農しました。その後、平成17年に全国農協青年組織協議会(JA前青協)会長、平成26年にはJAかみましき代表理事組合長の役職に就き、農業に従事するだけでなく農家を支える仕事も長年続けてきました。その頃は政治家になることに全く関心がなかったのですが、ある時、JAかみましきの組合長として熊本県農業者政治連盟の会議に出席する機会がありました。そこでは、国会議員の公募が行われていたのですが、「私を推薦したい」という声が挙がりました。私は猛反対していましたが、当時の熊本にあった全ての農業協同組合の組合長に懇願され、半ば熱意に押される形で議員に立候補することとなりました。とはいえ、小さい頃から父親の影響で国会議員と関わる機会があった上に、全青協時代にも国会議員に対して要請活動をしていたこともあり、国会議員になってからも、臆することなく仕事ができています。 ■再生産可能な価格を目指す 農業を長年経験している私から見て、国民の皆様にもっと日本農業のことを理解してもらえるとありがたいなと感じます。その例として、米の販売価格があげられます。昨年、米の価格高騰が世間を騒がせました。一方で、「茶碗一杯のご飯にいくらまでならお金をかけられるか」というアンケート調査では、実際に茶碗一杯にかかる値段が高くなってからの値段でも約77円であるのに対し、多くの方々は100円と答えたのです。近年、農業機械の価格が上がり、農業生産にかかるコストも上がっているのに、農家の収入に価格転嫁されていない状況を、私は問題視しています。もし米を含め農産物が適正な価格で取引されていれば、農家は政府に補助金を申請することなく、自立して農業を行うことができます。だからこそ、私たちは食料システム法などの制度を通じて、農家が生産コストを考慮に入れた適正な価格で、より安定して農業を行うことができる政策を進めています。 ■中小家族農業経営にもスポットを 農業政策を推進する中で、「日本の農業は規模をより大きくして、競争力を高めていくべき」だと言う意見もいただきますが、それだけでうまくいく程、日本農業は単純な構造ではありません。仮に日本で300haを超える規模の農業を行ったとしても、日本の高湿な環境から、収穫後には乾燥作業が待ち受けています。アメリカなど、乾燥した気候で、かつ日本と比較できない程、広大な農地を持っている国々と競争するということ自体が現実的ではないと思っています。一方で日本の農業の特徴は、農業に適した平坦地から、農業の条件が悪くなる山間地域まで、様々な環境のもと農業が行われていることです。また農業には、水田に雨水を貯水する機能があり、この機能によって日本の土壌は集中豪雨などの自然災害にも耐えてきました。しかしながら近年、比較的規模の小さい農地では耕作者がいなくなることで荒廃し、その結果、貯水できなくなるケースが増加しました。これが影響して、しっかりとした田んぼまで洪水被害を受けてしまうことも見受けられています。このことから、日本の農業は単に規模を広げていくのではなく、規模の小さい農家も守り、日本の国土を安全に保ち続けることが必要なのだと考えます。 ■農業を守るためにも、新しい形の農業を求める 農業をめぐる問題の中でも、深刻なのが「新規で就農する人が少ない」という問題です。そして、その理由は「農業では十分に稼げない」ことです。実際に現時点で、4人家族経営の農家における平均所得はおよそ600万円弱であり、農業だけで生計を立てていくには少々厳しく、これでは後継者もなかなか現れません。私は、この金額が1000万円を超えることで、農家は自立した生活を送ることができ、後継者は現れると考えます。そのためには、従来の理想的な農業の姿を追い求めすぎてはいけません。というのも、伝統的な日本の農家には、一度育ててきた作物の品種を変えることなく生産し続けるという特徴があり、新しく他の作物を育て始めることに前向きではないのが現状です。しかし、主食で例えるならば、今や米に匹敵するほど多くの小麦が消費されていて、この小麦消費量のうち83%は輸入に頼っていることも事実です。実は日本でも、群馬県や栃木県などの一部地域で、米と小麦を同じ農地で生産する「二毛作」が可能です。その上、国としては水田活用交付金という、米以外の作物を生産する際に補助金がもらえる制度があるにも関わらず、ほとんどの農家がこれを行わないことも課題として捉えています。そのため、今後は農家の収入を増加させ、農業従事者を確保するために、このような政策に農家を誘導していくことが求められています。 ■学生へのメッセージ 少子高齢化で、日本の人口、ないし産業は、少なくとも大きく発展を遂げることが困難になるでしょう。しかし、せめて横ばいにはすべきだと考えています。そのためには国民一人ひとりが、多様な職業分野について少しだけでも知っていただく必要があります。皆さんが聞いたことの無いような多くの職業によって日本は支えられています。だからこそ、皆様が多様な職業を知っていただくことが、日本を守っていくことにつながると思います。 学生新聞オンライン2026年9月10日取材 早稲田大学3年 中澤京平 法政大学3年 佐藤海都/青山学院大学2年 松山絢美/早稲田大学3年 中澤京平/東京薬科大学4年 庄司春菜/津田塾大学4年 山下さくら/日本女子大学1年 大池絵万里

学生新聞インターン

食育日本料理家 梛木春幸

食は命をつなぎ、人は何度でも立ち上がれる。 食育日本料理家 梛木春幸(なぎしゅんこう) ■プロフィール食育日本料理家。鹿児島県枕崎市出身。辻調理師専門学校卒業後、京都の老舗料亭で修業し、ホテルや割烹で総料理長を歴任。帰郷後、株式会社樹楽を設立し、食育講演、料理教室、商品開発、地域活性化に取り組む。フランスでも日本料理の講演・実演を行う。著書に『フランスで大人気の日本料理教室』。モットーは「日本の食文化で世界を笑顔にする」。 日本料理一筋39年。年間約300回の講演をこなす食育日本料理家の梛木春幸氏。しかし、その背景には修行時代の壮絶な過去と事業の倒産など数々の困難があった。現在は「日本の食文化で世界を笑顔にする」をテーマに活動。今回の取材では梛木春幸氏の体験談と食文化の危機や課題についてお話を伺った。 学生時代は結構やんちゃだったと思います。“やんちゃ”と言ってもカツアゲをされたやつを助けに行ってケンカをするような感じだったのですが、度が過ぎて高校もすぐに辞めました。勉強もしてこなかったので「手に職をつけるしかない」と思い、料理の世界に入りました。調理師学校に通いながら飲食店に住まわせてもらっていたので、朝はお店の仕入れをして、昼間は学校に行き、帰ってきたら夜中まで店の手伝いをするという生活をしていました。調理師学校で全ての料理を学ぶなかで、一番美味しいのは日本料理だと感じて日本料理の道に進みました。調理師学校の同期が約2500人居ましたが、私は模範生としてトップクラスだったので、人気のあった京都の嵐山にある料亭に就職することができました。でも、そこからは、壁だらけでしたね。寮は屋根に穴が空いたプレハブで、雪が降ると顔に積もったり。仕事場に行って「おはようございます」と言うと「声が小さいんじゃ」と言って殴られ。次の日は大きな声で入ると「声がデカすぎるんじゃ」と言って殴られ、ボコボコにされました。30人居た同期はみんな夜逃げして、最後は2人ぐらいしか残りませんでした。最初の頃は雑用ばかりで料理をさせてもらえなかったので、いつになったら料理人になれるのかと思い、こっそり調理場に入って魚の鱗を剥いていたのですが、もちろん先輩にバレてボコボコにされます。それでも1週間続けました。1週間も殴られると顔が腫れ上がって、人間の顔じゃなくなるんですよね。それを見て先輩達も怖くなってきたのか、「もう明日から調理場入れ」と言われて比較的早く調理場に入らせてもらい、28歳で料理長になりました。 ■日本を襲う食の危機 戦後、日本の食環境は大きく変わりました。便利さと引き換えに、添加物や防腐剤にまみれた食品が日常にあふれています。現代では孤独死が増加していますが、昔なら異臭で近所が異変に気づけていたものが、最近は「孤独死しても臭いがしない遺体」が増えています。日常的にコンビニ弁当などを食べ続け、体が防腐剤に染まってしまっているからです。 コンビニ弁当に入っているのと同じ量の防腐剤をネズミに食べさせた実験では即死でした。体内で化学物質は消化できずに男性は肝臓に溜まり、女性は子宮に溜まってしまいます。しかし、自然の力は凄まじいものです。化学調味料を断ち、無農薬の有機野菜や生命力あふれる「旬の野菜」を摂れば、人間本来の「自己治癒力」が働き、毒素を排出してくれます。7歳の子供なら1週間でリセット。成人でも半年でリセットできます。また、日本の農業の現場も深刻です。農家が減っている本当の理由は、単なる「人手不足」ではありません。「どれだけ苦労しても収入が少ないから、親が子どもに継がせたくない」という悲しい現実があるのです。このままでは30年後には日本の農家がいなくなり、食料を海外に頼るしかなくなってしまいます。 だからこそ私は講演で言い続けています。「スーパーで買い物をするとき、ほんの少しでも国産や地元の野菜を選んでほしい」と。消費者が国産を買うことで農家の収入を守り、子どもたちの未来の食卓と命を守ることに繋がるのです。 ■ドン底に落ちてもチャレンジ 順風満帆だったキャリアが一変したのは、母の病気がきっかけでした。看病のため地元の鹿児島へ戻る決断をした私に、周囲は「梛木はこれで終わった」と冷ややかな視線を向けました。業界の幹部としての出世コースを捨て、関西を離れることは「都落ち」と同義だったからです。その悔しさをバネに独立し、全国、そして世界へと挑戦の場を広げました。食育の講演は海外でも反響を呼び、53歳の時にはパリ・コレクションの舞台で鯛の姿造りを披露しました。さらに「桜島の火山灰」を使った「灰干し」の駅弁開発を提案した際も「できるわけがない」と笑われましたが、電気やガスを止められるギリギリまで困窮しながらも商品化に成功。大ヒットを記録しました。しかし、コロナ禍で経営は難しくなり下手なプライドが邪魔してSOSを出せず、自殺未遂を起こしたこともありました。生死の中をさまようなかで税理士と話して「死ぬくらいだったら倒産しましょう」と言われ、破産宣告しました。それからは、ファンの方などが「梛木を助ける会」を作って応援してくれました。この時は口座も差し押さえられてしまい、缶コーヒーすら買えなかったのですが、3ヶ月経ってようやくお金が入りコンビニで缶コーヒーを買って握りながら泣きました。まさか人生でこんな経験をするとは思わなかったので、当たり前のことに深く感謝ができるようになりました。この経験があっったからこそ、一度きりの人生で後悔をしたくないと思い、学生時代の夢だった歌手になろうと56歳でチャレンジしてオーディションに合格し、来年メジャーデビューが決まりました。56歳でも夢は叶えられます。 ■学生へのメッセージ 人生のテーマは「人を喜ばせる」ことだと思います。人を喜ばせることが出来た人が成功します。世の中の成功者は失敗の積み重ねです。世間は失敗と言っても本人は失敗だとは思っていません。「これをやったらこうやって転ぶんだ」と学ぶのです。転びなくして成功なしというわけです。ですが、現代の人は転ぶのが怖くて挑戦しない人が多いです。「転んで学ぶ」の繰り返しです。20代30代で諦めるのは早過ぎます。頭で考え過ぎず、まずは行動。チャレンジする気持ちを大事にしてほしいです。 学生新聞オンライン2026年8月31日取材 日本大学1年 田中秀弥 情報経営イノベーション専門職大学2年 山田千遥/日本大学1年 田中秀弥

中澤京平

ブラックストーン・グループ・ジャパン株式会社 代表取締役会長 重富隆介

投資運用で日本経済の再生を目指す ブラックストーン・グループ・ジャパン株式会社 代表取締役会長 重富隆介(しげとみりゅうすけ) ■プロフィール1984年日本興業銀行に入行。3行統合に関与後2000年1月モルガン・スタンレー証券株式会社(現三菱UFJモルガン・スタンレー証券株式会社)入社。投資銀行本部 テレコム・メディア・テクノロジーバンキンググループ 統括責任者 を経て2016年に常務執行役員ならびにMorgan Stanley Global Investment Banking, Vice Chairman就任。2021年11月ブラックストーン・グループ・ジャパン代表取締役会長就任。現在に至る。 世界最大のオルタナティブ資産運用会社として、投資運用を通じて日本企業の成長を支援するブラックストーン・グループ・ジャパン。日本がこれから先、再び世界経済をリードする国になるために講じるべき策とは何か、今後の日本のあり方について、重富隆介会長にお話を伺った。 ■銀行の世界から投資の世界へ 私はもともと官僚になるつもりでした。しかし、親友の一人から金融機関や商社について話を聞いたことをきっかけに当時の日本興業銀行(現・みずほ銀行)に入行を決めました。当時の銀行はそろばんで現預金勘定を行うような時代でしたが、横浜支店預金課から本店審査部門を経て、業務委員会という部署に配属になりました。そこで当時の日本興業銀行が抱えていた経営課題に対応する仕事を3年ほど経験し、様々な形で海外ビジネスの経験を積んだ後にニューヨーク支店でプロジェクトファイナンスの仕事に携わりました。ここでは、海外のクライアントを相手に、発電所建設や原油の掘削、パイプライン建設や通信インフラなど、多岐にわたるプロジェクトファイナンス案件を担当しました。南米でのプロジェクトファイナンスの中でも特に印象に残っているのが、コロンビアからカリブ海にかけて原油輸送用パイプラインを建設するOCENSAプロジェクト、ブラジルの国営石油会社ペトロブラスが手がける、深海の原油を汲み上げる為の海上原油採掘システム建設プロジェクト、バラクーダです。このようなプロジェクトは数千億円を超える資金を要し、多くのケースにおいてモルガンスタンレー、ゴールドマンサックス等世界有数の投資銀行が全体を統括していました。この経験から、投資銀行が有する大規模な取引をを効率的に実現するスキル、若手であっても大きな裁量と責任を持って仕事をできる環境に惹かれ、モルガンスタンレーで投資銀行業務に挑戦することにしました。モルガンスタンレーで22年間投資銀行業務に従事した後、実際に投資家から資金を集めて投資運用を行うためにブラックストーンで現職に就きました。 ■良い企業を、さらに強く、国際競争力を有する企業に 私たちは、オルタナティブ資産、つまり株式や債権などの一般的に市場で取引できる伝統的な金融資産とは異なるプライベート資産への投資運用を行っています。投資運用の対象としては、大きく分けて3つの柱があります。1つ目は証券取引所に上場していない会社の株式であるプライベートエクイティ(PE)、2つ目は個別不動産、3つ目は金融機関を介さず直接的に借り手の方に資金を提供するような、プライベートクレジット(PC)です。日本では2007年から不動産投資を開始し、不動産投資分野を得意とする外資系ファンドと認識されていますが、PEとPCの領域においても成長が加速しています。日本には、私ども以外にも投資運用を行う会社が多数あります。これら同業他社と私どもが異なる点は、投資を行う企業に対する考え方にあると考えています。多くの投資運用会社では、経営の立て直しが必要な企業に対して、リストラ・再生による収益確保を目的にして投資を行うことが一般的です。他方、我々は、元々経営が安定している企業に投資を行い、リストラ等を前提とすることなくその企業の成長を支援し、そこからさらに世界的な競争力を持つ企業へと育てていく手法を取ることを基本的戦略としています。企業向PE投資に加えて、高成長が期待されるAI分野にも10年以上前から注力し、特にデータセンターへの投資を積極的に進めて来ました。現在では、合計10ギガワット以上ものデータセンターを保有する世界最大級のデータセンター開発・運営会社となっていますが、今後数年間で更に25兆円を投じ、MicrosoftやAmazon、Googleなどの「ハイパースケーラー」との連携を通じてデータセンター関連の事業を拡大していく方針です。 ■日本の企業が変わるために必要なこと 日本の企業は、非常に真面目で勤勉な従業員の方が多く、製造技術等技術面に優れているという強みがあります。その反面、先例主義といった、今迄のやり方を盲目的に尊重し、変化を受け入れることに抵抗を示すことも多々見受けられます。しかし、みなさんご存知の通り、社会も経済動向も刻一刻と変化していく中では、企業としての考え方、仕事の進め方を柔軟に変えていくことが求められます。日本においては、企業の労働者に対する労働分配率を高める、すなわち賃金を上げていくことこそが、最初に取り組むべき課題だと考えています。もちろん企業として不測の事態に備え、一定の内部留保を確保しておくことは悪いことではありません。しかし同時に、従業員の方々に十分な賃金を提供し、早期に安定した生活基盤の確立に加え、投資と資産運用について考える環境を整えることが肝要と考えます。日本の経済を成長させていくためには、金融資産を眠らせたままにせず、成長への投資に活用することが必要です。これは家計にも当てはまります。現在日本の家計における金融資産の総額は、約2300兆円に上ります。しかしその半分以上が、現金あるいは銀行預金に滞留しており、経済成長に使われていないのが現状です。従って、眠っている金融資産を如何に投資に繋げていくか、その道筋をつけることが大切なのです。もっとも、一般の方々にとって、どのように投資をすれば良いかを判断するのは容易ではありません。だからこそ私どものような投資のプロフェッショナルが、みなさんの大切な金融資産を投資に振り向ける上で信頼できるサービスを提供することが重要であると考えています。 ■学生へのメッセージ 学生の皆様には日本を元気にするために自分ができることを考えて頂きたいと思います。日本は1990年代、米国に肩を並べるような世界に冠たる経済大国でした。しかし、今やGDPはドイツに抜かれ4位、米国・中国とはかけ離れた位置におり、為替の問題はあるものの、収益性・労働生産性といった指標では世界の30番台に沈んでいます。日本には世界をリードする技術・産業がまだまだあります。客観的なデータを検証し、何をどうすることが日本を良くすることに繋がるのかを自ら考えて頂くと共に、適切なリスクを取って投資を行う姿勢を期待しています。 学生新聞オンライン2026年9月2日取材 早稲田大学3年 中澤京平 早稲田大学3年 中澤京平/武蔵野大学4年 吉松明優奈/東京薬科大学4年 庄司春菜/京都芸術大学1年 猪本玲菜/城西国際大学3年 渡部優理絵/日本大学2年  原田達司

学生新聞インターン

衆議院議員 なかやめぐ

政治をきっかけに“誰かの背中を押したい” 衆議院議員 なかやめぐ ■プロフィール1981年(昭和56年)生まれ/愛知県名古屋市出身/我孫子市在住/衆議院議員/元ネイル・着付け個人サロン経営/趣味:剣道(三段)2人の子供と夫の4人家族。長男の生まれた時からのアトピーをきっかけに世の中の医療や食に疑問を持ち始める。一人ひとりが輝く世の中にしていくため、政治と食と医療の密接な繋がりを仕事と政治活動を通じて情報発信中。2025年参議院議員選挙では千葉県選挙区から出馬し405,400票を獲得し惜しくも次点。 息子の重いアトピー性皮膚炎をきっかけに、政治への道をひらいた衆議院議員のなかやめぐさん。自身もかつて政治に関心がなかった経験から、若い世代をはじめ、これまで選挙に行っていなかった方々に政治に興味を持ってもらうきっかけになりたいと語る。なかやさんに、食への思いや母親としての視点、今後の展望について伺った。 小学校、中学校とバスケットボール部に所属していました。当時は政治にまったく興味がなく、自分にも自信がなくて、人前で話すだけでも震えてしまうような子どもでしたね。将来はネイリストになりたいと思っていました。高校卒業後は友人の紹介で、地元では有名な化粧品店で働き始めました。当時はメイクがむしろ苦手で、あまりしたいとも思っていませんでした。でも、仕事を通して学ぶうちにどんどん好きになっていきました。その後、東京へ引っ越してからも同じような接客の仕事を続け、20代はずっと人に接する仕事に携わっていました。ネイリストの資格を取ったのは、出産後です。もともと接客業が好きで、お客さまと話していると私自身も元気をもらえました。振り返ると、根底にはずっと“誰かを元気にしたい”という思いがあったのだと思います。美容部員として働いていた頃、うつむいてお店に入ってこられた方が、化粧をした後には胸を張って帰っていく。その姿を見ることが、とてもうれしかったのです。ネイルでも、お客様の手に何時間も触れながらお話をします。来たときよりもよい表情で帰っていただけることに喜びを感じていました。 ■息子のアトピーをきっかけに政治の世界へ 政治に関心を持つきっかけになったのは、長男の重いアトピー性皮膚炎でした。子育てをしながら、どうしたらよいのかとずっと模索していた時期に、健康や医療について情報発信をしている動画を見つけたのです。それが、私にとって最初の政治への入り口でした。そこで参政党の存在を知り、「こんな政党があるんだ」と思ったのが、最初の出会いです。息子の病気をきっかけに、それまで知らなかった医療の仕組みやその先にある政治について考えるようになりました。知らなかったことを知り、それをもっと多くの方に知ってもらいたいと思いました。私の願いは、自分も含めて、みんなが健康で元気に、幸せに過ごしてほしいということです。それを実現するのは簡単ではありません。若い世代が苦しまなくてもよい世の中にしたいと思っています。以前の私は選挙に行かなかったこともあり、政治について深く考えてきませんでした。それは、大人の一人として責任も感じています。今は“自分が誰かの役に立ちたい”という思いで活動しています。国民のみなさんが、必要な情報を知る世の中にしていくことを大切にしています。 ■食と政治の架け橋に 現在、特に力を入れているのは、食に関することです。息子のアトピーをきっかけに食品表示に関心を持つようになりました。食品の裏側に書かれている表示を見ていく中で、日本では海外と比べて表示が簡素化されており、知るべき情報が十分に伝わっていないのではないかと感じています。食品添加物についても、私たちは学校で詳しく学ぶ機会があまりなかったと思います。私が特に政治を届けたいと思っているのは、これまで選挙に行ってこなかった方々です。政策は難しく語ろうと思えば、いくらでも難しくできます。でも私は、政策について伝えるのと同時に、“政治にもう一度期待してみよう“と思ってもらえるような演説を心掛けています。自分が普通の主婦であることにも意味があると思っています。「なぜ普通のお母さんが政治の世界にいるのだろう」と、引っかかっていただく。「誰に投票しても変わらない。選挙に行っても意味がない」という気持ちも、以前の自分自身が持っていたものだからこそ、あえてその言葉を話すこともあります。2024年と比べると、演説で足を止めてくださる方も増え、少しずつ見える景色が変わってきました。一方で、子育てに精一杯だと政治を考える余裕がないということもよくわかります。そうした方々にも暮らしと政治がつながっていることを届けていきたいと思っています。 ■もっと誇れる千葉県へ 今後は教育にも携わっていきたいです。子どもたちへの学校教育だけでなく、大人も含めての教育も同様です。そして、政治全体としては、誰もがあたりまえに政治を語ることのできる世の中にしたいです。若い人たちが日本を大好きで、「日本で子どもを産んで育てるのがなにも不安がない」という世の中になったらいいなと思います。昨年の参議院選挙では、千葉県全体を回らせていただきました。その中で改めて感じたのが、千葉県の自然の豊かさです。海もあり、緑もあり、大きな可能性を持っている国だと思います。一方で、交通アクセスや少子化など、地域が抱える課題も伺いました。「ここに住んでいてよかった」と誇りを持って、豊かに暮らしていける千葉県にしていきたいです。 ■大学生へのメッセージ 人の価値というのは、成績や稼ぐ金額だけで決まるものではありません。私がいつも思っているのは、「明日、命が終わっても悔いはない」と思えるような生き方をすることです。まだ若いみなさんが、そこまで考える必要はもちろんありません。ただ、なにかを選択するときには、必ず足を引っ張る人が現れることがあります。それは悪意かもしれませんし、善意であるかもしれません。親から「心配だからやめておきなさい」と言われることもあるでしょう。私自身も、そうした言葉をかけられたことがありました。そんなときこそ、自分と対話をしてほしいです。自分の魂がどうしたいのか。どちらの選択が後悔しないのか。成績やお金といった尺度ではなく、自分の魂が後悔しない生き方を選んでほしいと思います。人の価値は、なにか一つのものさしで測れるものではありません。「自分は、このように生まれてきただけで素晴らしい」ということを、しっかり心に持っていてほしいです。みなさんの背中を見て、さらに若い人たちが勇気づけられることもあると思います。学校は一つの尺度にすぎません。誰にでも、その人ならではの価値があります。そこを大切にしながら生きてほしいと強く思います。 学生新聞オンライン2026年9月7日取材 東京薬科大学4年 庄司春菜 日本大学2年 原田達司/文教大学2年 山下加廉/武蔵野大学4年 吉松明優奈/上智大学2年 石川仁菜/東京薬科大学4年 庄司春菜/獨協大学 2年 中津亜結梨/成城大学2年 小澤実桜/情報経営イノベーション専門職大学2年 山田千遥

コラム

テリー伊藤 コラムVol.90 シニア男性が格好よく生き続けるには

シニア向けの男性ファッション誌から「格好良く居続けるにはどうすればいいのか」のテーマでインタビューの依頼を受けた。50歳を過ぎると仕事もある程度先が見えてくる。だからと言って生活に追われ身の回りを疎かにしては格好良く生きているとは言えない。編集部の思惑は、恐らく私に、身体をどう鍛えて、時代を意識したファッションスタイルをし、お気に入りのレストラン、今乗るべき車はこれ、などお洒落な答えを期待していたと思う。しかし人生格好良く生きるってそんなに簡単なもんじゃない気がする。年齢を重ねれば病気になって通院することも。病院で待たされ隣に座るお喋り好きなおばさんの話を長時間聞かされることだってある。勤めていた会社からAIが普及したのでリストラされる事だって十分考えられる。60歳過ぎれば更に未知のアクシデントに遭遇することになる。実はここなんです。こんな情勢に遭った時こそ格好よく生きられたら。 最近考えているのは「格好良く生きる」って野球の打率と一緒じゃないかと。本塁打や打点は一度打てば数字が減る事はないが、打率は春先3割をキープしていても不振なら容赦なく落ちてゆく。過去が良くても慢心は出来ない。平常時なら格好よく生きられても、試練が降りかかった時にどう行動するか、真価が問われる。 そこで考えてみた。1ヶ月間、格好よく生きる日は何日あるのか。甘い物が好き過ぎて見境もなくケーキや和菓子を食べ続けてしまう。しかし昨日食べた夕食が何だったか全く覚えていない。次に無駄遣い。ドジャースグッズを見るとすぐに購入してしまい、家に帰ってみると既に持っている帽子やTシャツが確認される。ミッキーグッズしかり。寝不足になりながらNetflixで映画を見て、最後になって以前見た事に気づく。そうなんです、男性ファッション誌の読者にアドバイスする立場ではない。 その事を編集者に告げると困惑顔に。沈黙のあとで出た結論は「読者それぞれの状況、環境が違うので自分で考えてみたら」になってしまった。こんなはずでは無かった顔で編集者は帰って行った。どんな誌面ななることやら。取材の後、行きつけの横浜のアメリカアンテークショップでミッキーマウスとスヌーピーの人形を購入。「シニア男性がこれからの人生どう格好よく生きるか」とは真逆な行動をしている。植木等さんのヒット曲『わかっちゃいるけどやめられない』まさにこの言葉通りの行動になっている。これではとても3割バッターにはなれそうもない。 テリー伊藤(演出家) 1949年、東京築地出身。早稲田実業中等部、高等部を経て日本大学経済学部を卒業。2023年3月、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。テレビ番組制作会社IVSテレビに入社し、「天才たけしの元気が出るテレビ」「ねるとん紅鯨団」などのバラエティ番組を手がける。その後独立し、テレビ東京「浅草橋ヤング洋品店」など数々のテレビ番組の企画・総合演出を手掛ける。著書「お笑い北朝鮮」がベストセラーとなり、その後、テリー伊藤としてメディアに多数出演。演出業のほか、プロデューサー、タレント、コメンテーターとしてマルチに活躍している。YouTubeチャンネル「テリー伊藤のお笑いバックドロップ」LALALA USAでコラム連載中https://lalalausa.com/archives/category/column/terry

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「学生×経営者」で日本の生産性を変える 株式会社FCE Alx

学生のAI力を、企業の成長力へ全国のAI系学生団体約20団体と提携 株式会社FCE AIx 執行役員 桑田慎仁(くわたしんじ)2023年に新卒でFCEへ入社。営業を経てAI新規事業の立ち上げに参画し、インサイドセールスとマーケティング領域をチームリーダーとして牽引。2026年10月よりFCE AIx執行役員に就任。AIを活用した企業の生産性向上と組織変革を推進している。 株式会社FCE AIx 執行役員 尾藤成(びとうあきら)慶應義塾大学体育会硬式野球部出身。新卒1年目にして東証上場企業FCEグループの執行役員に就任。AI時代に求められる希少な行動力と推進力を武器に、若手AI人材の代表として企業のAI活用を日々前進させている。 学生起業家 小林葵(こばやしあおい)東京都出身。トリクル株式会社代表取締役。国内最大級の生成AI研究団体「早稲田AI研究会」を設立し、生成AI×開発領域で多くのフォロワーを持つ。現在は企業向けに生成AIの開発支援や研修を提供している。 AIを学び、最先端の知識や活用力を持つ学生と、AIを経営に生かしたい経営者をつなぐ「AIコミュニティ構想」。学生の柔軟な発想と行動力に、経営者が持つ事業経験やリアルな経営課題を掛け合わせ、企業の生産性向上や新規事業の創出、組織変革を後押しする。世代や立場を越えた共創によって、日本企業の成長を加速させる構想の背景と可能性を、3人に伺った。 ■3人の役割について教えてください 桑田 現在は株式会社FCEのAIソリューション事業本部でインサイドセールスとマーケティングのチームリーダーを務めています。10月1日からは、株式会社FCE AIxの執行役員として新規事業に携わります。 尾藤 私も10月1日付でFCEAIxの執行役員に就任します。執行役員5名のうち4名が20代という体制は、一般企業では珍しいと思います。AIに特化した会社で、このような経験を若いうちから積めることは非常に貴重だと思います。 小林 私はトリクル株式会社で、生成AIの活用方法を教える研修事業を行っています。もともとAIが好きで、学生団体「早稲田AI研究会」を立ち上げていたことや、周囲に起業する仲間がいたこともあり、生成AI研修の事業を始めました。企業の悩みや業務内容を伺い、生成AIで効率化できる部分を提案しています。 ■AIコミュニティ構想のきっかけは 尾藤 AIを普段からよく活用している友人と話す中で、学生にはスキルがあっても、社会で力を試したり、成果をアウトプットしたりする機会が限られていると感じました。一方で、経営者の方からは「立場上、社員にAIのことを聞きづらい」「自社でどう活用すればよいか分からない」という声を多く聞きます。先輩方も同じようなご相談を多くいただくと言っています。ということはつまり、「AIスキルを持つ学生」と「AIを学びたい経営者」をつなげたら、面白い化学反応が起きるのではないかと、私が発案したのが始まりです。新人の提案が実際に事業化され、私自身も驚きました。 ■小林さんは、この構想を初めて聞いたとき、どう感じましたか 小林 AIを通じて学生と経営者がつながることは双方にメリットがあります。AIは新しい分野で、社会人は学ぶ時間を確保しづらい。一方で学生は時間があり、AIという“飛び級できる分野”で活躍できます。 ■学生と経営者がつながることで、どのような価値が生まれますか 桑田 経営者には、「若い世代を応援したい」「挑戦する学生の力になりたい」と考える方が多くいらっしゃいます。一方、学生にとって、普段会えない経営者から実際の経営課題や事業への思いを直接聞けることは、貴重な経験です。両者の出会いで期待できるのは、人手不足を補うAI活用と、経営者だけでは思いつかない活用方法の創出です。経営者が挑戦の機会を提供し、学生が最新のAI活用で企業の成長に貢献する。教える側と教わる側を固定せず、互いに学び合えることが、この構想の大きな価値です。 尾藤 学生からのサービス提供に不安を感じる経営者もいると思いますが、知るほどに質の高さに驚かされます。学生が開発したサービスが大手企業に採用されるケースも少なくありません。さらに、学生起業家は大規模な設備や組織を持たないため、柔軟かつスピーディーで、価格競争力もあります。経営者とAIに強い学生・学生起業家の組み合わせは、双方に大きなメリットがあると確信しました。ただ、これまで両者を継続的につなぐ仕組みはありませんでした。だからこそ、私たちがその接点をつくろうと考えました。 小林 学生は時間を使って「好き」を追求できます。新しいAIモデルが出るたびに活用事例を探すには試行錯誤が必要で、学生が見つけた新しい事例を社会人に提供できるのも価値だと思います。 ■経営者と学生へのメッセージをお願いします 桑田 学生は、経営者の想像以上にAIを使いこなし、新しい発想を持っています。一方、経営者の経験や事業への思いは、学生にとって何物にも代えがたい学びです。学生と経営者が強みを持ち寄り、企業の未来を共につくる。そうした共創を全国に広げ、日本企業の生産性と成長力を高めたいと思っています。 尾藤 AIネイティブの学生は、企業の想像を超える活用を始めています。AIへの適応の早さは、企業の生産性だけでなく、採用力や競争力にも直結します。この取り組みを通じて、経営者の皆さんに「今の若手はすごい」「一緒に取り組めば、ここまで変えられる」と実感していただきたいです。 小林 学生から「面白いことをしたいけど、何から始めればいいか分からない」という相談は多いです。まずは生成AIなどのトレンドに乗ってみるのも良いと思います。最初から専門性がある必要はありません。頑張ってみる、経営者と関わる場に参加してみることで、自分の興味の領域が見つかるはずです。 学生新聞2026年10月号 城西国際大学3年 渡部優理絵 日本大学2年 原田達司/京都芸術大学1年 猪本玲菜/城西国際大学3年 渡部優理絵 経営者・学生の方でご関心のある方: https://fce-aixone.com/ 無料イベントのご案内: https://fce-aixone.com/event/

イベント・企業紹介

東京都消費生活総合センター 『STOP!若者の消費者トラブル』CMシナリオ...

“おひな様”こと長浜広奈さんがアンバサダー!応募無料のCMコンテスト 東京都では、若者の消費者トラブル防止を呼びかける「『STOP!若者の消費者トラブル』CMシナリオ・動画コンテスト」の作品を募集中です。応募は無料で、何作品でも応募可能。文章のシナリオだけでも参加でき、優秀賞作品はプロの手で映像化され、地上波テレビ局(TOKYO MX)でCM放送されます。10月2日には、東京家政学院大学の千代田三番町キャンパスで「『STOP!若者の消費者トラブル』CMシナリオ・動画コンテスト 出張キャラバン」が開催されました。アンバサダーを務める、タレントでインフルエンサーの“おひな様”こと長浜広奈さんも参加し、学生と一緒に消費者トラブルやCM制作について学びました。当日の様子から、身近な経験を作品にするヒントを紹介します。 誰かに伝えるために、まずは身近なトラブルを知る 一人暮らしを始める、自分でサービスを申し込む、ネットで買い物をする。学生生活には、自分で選び、判断する場面がたくさんあります。消費者トラブルも、そんな日常と隣り合わせです。授業の前半では、東京都の担当者が若者に身近なトラブルを紹介しました。上映された動画では、鍵をなくして呼んだ業者から、広告を見て想定していた金額を大きく上回る料金を請求されるケースや、「2年間通い放題」という説明で契約した脱毛サービスを、思うように利用・解約できないケースが取り上げられました。担当者がコンテストに込めるのは、シナリオを考える過程を通じて、消費者トラブルを自分事として捉えてほしいという思いです。「気をつけて」と言われるだけでは実感しにくいことも、同世代の人にどう伝えるかを考えると、見え方が変わるのかもしれません。疑問に感じた広告や、友人との会話で気になったこと。そんな身近な気づきが、作品のテーマを見つける手がかりになります。 長浜広奈さんも、学生と一緒に「知っているつもり」を見直す 授業の中盤には、長浜さんが学生と一緒に消費者トラブルに関するクイズに取り組みました。今年18歳になったという長浜さんは、難しい問題に戸惑ったり、学生の答えに共感したりと、同じ目線で考えていました。その率直な反応や朗らかな語り口が、会場の雰囲気を和ませていました。クイズの一つは、「お店で弁当を購入するとき、どの時点で契約が成立する?」という問題です。学生が選んだのは「代金を支払ったタイミング」でしたが、正解として示されたのは「お客さんの申し出を店側が承諾したタイミング」。長浜さんも、代金を支払うときだと思っていたと驚いていました。日常の買い物にも、意外と知らないことがあると気づかされます。また、消費者トラブルで困ったときの相談先を問う問題では、消費者ホットライン「188」が紹介されました。長浜さんは「この番号は覚えときます」と話していました。知らなかったことや、思い込んでいたことに気づく。その驚きも、CMづくりのきっかけになります。「自分が初めて知ったことを、友人にも伝えるなら?」と考えると、届けたいメッセージが見つかりそうです。 学生が考えたセリフに、長浜さんも「刺さりました」 続いて行われたのは、過去の受賞作品のセリフを穴埋めする「CMセリフ大喜利」です。学生たちは二人一組になり、場面に合う言葉を考えて掛け合いを披露しました。街頭で「もっと綺麗になりたい?」と声をかけられ、無料の商品を勧められる場面では、学生が「もう十分可愛いのでいらないです」ときっぱり断りました。長浜さんも、自分だったら同じように答えると共感していました。告白した相手から契約書へのサインを求められる場面では、「外見だけじゃなくて、もっと中身をしっかり見てよ」というセリフが登場しました。人の内面と契約書の内容を重ねた表現に、長浜さんは「これは刺さりました」と反応し、自分では思いつかなかった答えだと感想を述べました。難しい言葉を並べなくても、身近な会話や意外なひと言が、心に残るメッセージになる。学生たちの発表からは、そんな表現の可能性が感じられました。友人と「自分だったら、何と言う?」と話してみるだけでも、アイデアは広がりそうです。 野球の経験が、昨年度の受賞作品に 自分の経験を作品に生かした実例も紹介されました。同大学の昨年度の優秀賞受賞者が題材にしたのは、幼い頃から親しんできた野球です。作品では、背番号を年齢に見立て、19番の選手に打球が集中する様子を描いています。若者が悪質事業者に狙われていることを、野球の試合になぞらえて表現したものです。受賞者が一番伝えたかったのは、自分が狙われていることに気づいてもらうことだったといいます。発想のもとになったのは、試合中に自分のところへ何度も球が飛んできて、「狙われている」と感じた経験でした。部活動や趣味など、自分のよく知る世界と、伝えたいメッセージを組み合わせる。消費者トラブルの被害に遭った経験がなくても、日常の経験を作品に生かすことができます。受賞後には「1日ディレクター体験」にも参加したそうです。撮影現場でスタートやカットの声をかけながら、CM制作に携わったことが紹介されました。自分が文章で考えた場面が映像になり、誰かに届く。広告や映像制作、言葉で伝える仕事に関心がある学生にとっても、貴重な経験につながる機会です。 初めてのシナリオづくりは、五つのステップから 「応募してみたいけれど、シナリオなんて書いたことがない」。そんな人にとって参考になるのが、審査員で監督・脚本家・小説家の橋爪駿輝さんによる制作のヒントです。会場で上映された解説動画では、5つのステップが紹介されました。① 取り上げるテーマを観察するまずは、若者の消費者トラブルについて知ることから始めます。そのうえで、自分の身の回りで起きたことや体験したことに目を向けると、作品にオリジナリティが生まれます。② 伝えたいメッセージを絞る短いCMに多くの情報を詰め込むと、何を伝えたいのかが分かりにくくなることもあります。一番伝えたいことを決め、複数ある場合は優先順位をつけて考えます。③ 心をつかむアイデアを探るメッセージが決まったら、相手にどう届けるかを考えます。率直に伝える方法もあれば、少し意外な展開や、思わずドキッとする場面を取り入れる方法もあります。④ 出来上がりの映像をイメージする誰が、どこで、何をしているのか。どんな場面や見せ方なら伝わるのか。完成した映像を思い浮かべながら書くことも大切です。⑤ 日を分けて何度も読む書いた直後には気づかなかったことも、時間を置いて読むと見えてきます。一度で完成させようとせず、読み返しながら、より伝わる表現に直していきます。橋爪さんが呼びかけたのは、自分の言葉で書くことです。「自分は何を伝えたいのか」を出発点に、場面やセリフを考えてみましょう。 【応募概要】•応募資格: 応募時点で東京都内に在住・在学・在勤の中学生以上29歳以下のアマチュアの方(個人・団体は問いません)。•応募形式: CMシナリオまたは動画。シナリオは30秒のCMを想定した長さで、応募フォームへの直接入力やファイルのアップロードで応募できます。動画は本編30秒で、MOV・MP4形式に対応しています。•応募費用・点数: 無料。一人につき何作品でも応募できます。•応募要件: 「若者をターゲットにした悪質商法に引っかからないこと」「契約するときは慎重になること」「消費生活センターを活用すること」のうち、一つ以上のメッセージを盛り込み、作品の最後に「東京都消費生活総合センター」という言葉を入れてください。•作品の条件: 未発表・未公開で、応募者が権利を有し、第三者の著作権・肖像権などを侵害しないもの。実在の製品・サービスに関する表現や、それらを連想させる表現は避けてください。•賞: 入賞16点(優秀賞3点・審査員特別賞3点・入選10点)。優秀賞3点は30秒のCM動画として映像化されます。•応募締め切り: 2026年10月16日(金)•応募方法: 公式サイトの応募フォームから。https://www.cmcontest.metro.tokyo.lg.jp/ ※入賞作品の著作権は東京都に移転し、作品が編集・改編される場合があります。提出データの仕様やその他の注意事項は、公式サイトの応募要項をご確認ください。 学生新聞オンライン2026年10月2日取材 津田塾大学4年 石松果林 共立女子短期大学2年 荒木かれん/津田塾大学4年 石松果林/日本大学1年 田尻彩

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俳優 富田望生

その瞬間に自分が感じたことを素直に表現する 俳優 富田望生(とみたみう) ■プロフィール映画『ソロモンの偽証』(2015)で1万人が参加した日本映画史上最大規模のオーディションで主要キャラクターに選ばれ、映画初出演。NHK連続テレビ小説『なつぞら』をはじめ、出演作多数。 ■ドラマ24『まめとむぎ』の見どころについて教えてください この作品は、人の変化や成長を“発酵”になぞらえて描く作品です。さまざまな発酵食品からインスピレーションを得て、「このご飯がこう発酵していくなら、私もこんなふうに発酵したい」と、人と料理が互いにバトンを渡し合うように物語が進んでいくところが魅力だと思っています。私が演じる米田まめちゃんは、自分の「好き」にまっすぐ向き合える子です。ここまで自分の好きなものを堂々と「私はこれが好き」と言える役は、これまであまり経験がありませんでした。原作漫画では手や体の動きがとても印象的だったので、声のトーンや言葉だけでなく、全身を使って喜びを表現することを意識しました。 ■表現することについてお聞かせください 俳優という職業は、自分の内側にあるものを誰かに届ける仕事でもあります。その中で私が大切にしているのは、「押しつけないこと」です。台本を読んでいて「ここは感情の波が高まっていく場面だな」と感じることがあります。涙を流す、怒る、笑うといった表現は技術としてできますが、撮影中に「これを見たお客様はどう感じるだろう」と考えてしまうと、自分のエゴを押しつけてしまう気がするのです。だからこそ、共演者とのその場で生まれる意思のつながりや、監督との意見交換を大切にしながら、その瞬間に自分が感じたことを素直に表現することを心がけています。 ■学生へのメッセージ 「好きだ」と思うこと、「やってみたい」と感じることには、ぜひ挑戦してみてほしいです。私自身飽き性で、習い事や勉強などいろいろ試しても長続きしませんでした(笑)。そんな私が唯一続けられているのがお芝居です。やってみて「違うな」と思ったら、また次に気になることを試してみればいいと思います。社会に出ると、1年目は順調だったのに、2年目で急に勢いがなくなったように感じたり、「自分は何もできないのでは」と不安になる瞬間が誰にでも訪れると思います。私も20歳の頃は充実していたのに、21歳になった途端「去年の自分より身動きが取れない」と感じ、20歳の自分に嫉妬した時期がありました。そんなときは、おいしいものを食べて、頭も心もあたためてください。我慢せず、自分を認めながら仕事と向き合っていれば、きっと腐らずに“発酵”していけるはずです。 学生新聞2026年10月号 城西国際大学3年 渡部優理絵 ドラマ24『まめとむぎ』2026年10月2日(金)スタート テレ東系(毎週金曜 深夜24時12分~24時52分放送)原作:谷口菜津子『まめとむぎ』(双葉社) 主演:齋藤飛鳥、富田望生 ©ドラマ「まめとむぎ」製作委員会https://www.tv-tokyo.co.jp/mamemugi/ 関西外国語大学3 年 石川遼/日本女子大学1年 大池絵万里/かえつ有明中学校2 年 狩野百福/城西国際大学3年 渡部優理絵/東京薬科大学4 年 庄司春菜/慶應義塾大学1 年 古賀夏音/成城大学2 年 小澤実桜

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声優 佐倉綾音

人間観察で得た“人間の情報”を表現力に生かす 声優 佐倉綾音(さくらあやね) ■プロフィール1994年、東京都生まれ。2010年声優デビュー。主な作品に『僕のヒーローアカデミア』麗日お茶子 役や『五等分の花嫁』中野四葉 役など人気キャラクターを多数演じる。 ■今のお仕事を始めたきっかけを教えてください 学生時代、学校に通えない時期がありました。その間にさまざまなエンタメ作品に触れるうち、舞台裏の世界を覗いてみたいと思うようになり、劇団に通い始めました。表現すること自体は好きになったものの、ステージやカメラの前に立つことには苦手意識がありました。そんなとき、ボイストレーニングの先生から「声の仕事が向いているのでは」と言われたことが、声優を志す大きなきっかけになりました。声優は、技術職と表現職の間にある“グラデーション”の部分にある職業だと思っています。マイクの前で動かずに芝居を成立させなければならず、必要な想像力や表現力が実写以上に求められる場面もあります。それも役者としての一つの在り方であり、声優という仕事の魅力だと感じています。 ■「佐倉綾音 論理×ロンリー」はどんな番組ですか タイトルに“論理”とありますが、全てを論理的に語っているわけではなく、時にはとても感情的になることもあります。自分の生き方をそのまま発信する“生き様メディア”のような番組です。“ロンリー”には一人喋りという意味もありますが、返答のない虚空に向かって自分の論理を投げ続け、問題提起し、考え、結論を出すというプロセスを一人で行うため、話題づくりにも多くの工夫を凝らしています。 ■表現力の磨き方を教えてください 私は人間観察が好きで、学校に通えなかった時期も、身近な人からインターネットの向こう側の人まで、さまざまな人を観察していました。集団から外れてしまったからこそ、集団を見つめる時間が長かったのだと思います。これまで人を見続け、トライアンドエラーを繰り返しつつ小さな成功体験を大切に育ててきました。そうして蓄積した“人間の情報”が、今の私を形づくっていると感じます。お芝居に向き合い続けているのも、人が生きている様子を見て引き出しを増やすしかないと思っているからです。これからも丁寧に積み重ねていきたいです。 ■学生へのメッセージ 私にとって大学に入ったことは、大きな成功体験でした。今はあらゆるものに答えが提示される時代で、SNSなどを通じて他人の心が見えやすくなっています。その中で「人にどう思われるか」という想像ではなく、自分の気持ちや感情がいつでも先行するように生きていってほしいと思います。 学生新聞2026年10月号 関西外国語大学3年 石川遼 TBSラジオ『佐倉綾音論理×ロンリー』毎週水曜 22時~生放送に出演中。 何事も論理的に考える佐倉綾音が、世の中のさまざまな現象、空気感、物事に対して、リスナーと一緒に「論理的な分析」を導き出していきます!https://www.tbsradio.jp/sakuraron/ 成城大学2年 小澤実桜/関西外国語大学3年 石川遼/早稲田大学3年 中澤京平/日本大学2年 原田達司

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俳優 伊原六花 

大切なのは未来が明るいと信じて自分で考えて自分で選ぶこと 俳優 伊原六花 (いはらりっか) ◆プロフィール1999年6月2日生まれ、大阪府出身。大阪府立登美丘高校ダンス部キャプテン時代に披露した「バブリーダンス」で注目を集め、2018年に女優デビュー。10月期ドラマ『真田十勇士 SHADOWS OF THE TEN NINJA』(テレビ朝日)に出演、『小麦とバターと復讐と』(関西テレビ)では主演を務める。 ◆芸能界に入るきっかけを教えてください 3~4歳のときに姉の影響でバレエを始め、小学2年生のころにミュージカルと出会って感動したことが今の活動につながっています。その後、ダンスの強豪校・登美丘高校に入学し、練習は厳しかったですが、自分で決めたことは最後までやり抜こうという思いで努力を続けました。高校3年時にはキャプテンになり、部活動で制作したバブリーダンスの動画がSNSで大きな反響を呼び、全国的に注目を集めました。そのことがきっかけとなり、芸能界に入りました。 ◆仕事をする上で大切にしていることは 俳優の仕事を始めて驚いたのは、お芝居の奥深さでした。ダンスは練習を重ねれば上達を実感できますが、お芝居は目線や呼吸、感情の機微まで表現していく世界です。そのため映画や舞台を観たり、人と積極的に話したり、海外へ足を運んだりと、日々のインプットを大切にしています。人を演じる仕事だからこそ、人と出会い、さまざまな経験をすることが大事だと思っています。今後はミュージカル映画への出演にも挑戦してみたいです。 ◆学生へのメッセージをお願いします 大学生は選択肢が多く、悩むこともあると思います。でも、悩むこと自体が悪いことではありません。大切なのは自分で考え、自分で選ぶことです。周囲から否定的なことを言われても、本当にやりたいことなら諦めずに続けてほしいと思います。失敗してもその経験は必ず次につながります。未来は明るいと信じて、自分の可能性を広げる挑戦を続けてください。 ■取材を終えて 取材メンバーの一人ひとりに誠実に向き合ってくださる優しさがあり、明るくて多くの人を魅了する理由を実感しました。地道な努力を積み重ねながら挑戦を続ける姿勢には多くの学びがありました。取材を通してとても貴重な経験をさせていただきました。 学生新聞2026年10月号 武蔵野美術大学2年 石井生成 金曜ナイトドラマプレミアム『真田十勇士 SHADOWS OF THE TEN NINJA』 2026年10月23日(金)スタートテレビ朝日系 毎週金曜よる11:15~深夜0:15(※一部地域で放送時間が異なります)出演:岩本照/中川大志/伊原六花/城桧吏/安藤政信https://www.tv-asahi.co.jp/sanadajuyushi 東京女子大学3年 浮田梨紗/青山学院大学2年 松山絢美/津田塾大学4年 石松果林/城西国際大学3年 渡部優理絵/武蔵野美術大学2年 石井生成 撮影:下田航輔

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アン・ハサウェイ 成長するために自分を傷つける必要はない

俳優 アン・ハサウェイ(Anne Hathaway) ■プロフィール1982年生まれ、アメリカ・ニューヨーク州出身。名門のヴァッサー大学で英文学を学んだ後、ニューヨーク大学に転籍。1999年、TVドラマ『Get Real』で俳優活動を始める。2001年、『プリティ・プリンセス』で映画初主演し、全米で1億ドルを超える大ヒットとなる。2006年、メリル・ストリープと共演した『プラダを着た悪魔』が大ヒットし、世界的な知名度を獲得。2008年、『レイチェルの結婚』でアカデミー賞主演女優賞に初ノミネート。2012年、『レ・ミゼラブル』で同賞助演女優賞を受賞。2026年、20年ぶりの続編『プラダを着た悪魔2』が大きな話題を集め、秋には『ヴェリティ/真実』が公開される。 アン・ハサウェイの最近の話題作は『プラダを着た悪魔2』(2026年5月公開)だ。2006年、メリル・ストリープと共演した『プラダを着た悪魔』が大ヒットしたが、20年ぶりの続編公開となり、大きな話題を集めた。また、次回作はこの秋日本公開のサスペンス『ヴェリティ/真実』が控え、映画好きには目が離せない。 ■幼い頃から憧れていた女優の道へ 女優への憧れは、3歳の頃に芽生えました。舞台女優だった母の公演を観た帰り道、私は父に「舞台に子どもたちがいた。私もその一人でありたい」と話していたそうです。その思いを決定的にしたのが、7〜8歳のころに観た母の出演作『レ・ミゼラブル』でした。母が演じる人物が命を落とす場面で、私は客席で声を上げて泣きました。同時に、演技や音楽、物語が人の感情を大きく揺さぶる力に衝撃を受け、「人の心を動かす側に立ちたい」と強く思うようになりました。子役として活動したいと何度も両親に頼みましたが、認めてもらえませんでした。当時は「どうして私だけ駄目なのだろう」と納得できませんでしたが、今振り返ると、学校に通い、友人と過ごし、演技を仕事にする前に“純粋にお芝居を好きでいられる時間”を持てたことに感謝しています。高校時代、その「好き」は少しずつ形になっていきました。学校や地域の舞台に出演する一方、演劇学校バロウ・グループに10代として初めて受け入れられ、本格的に演技を学び始めます。そこで学んだのは、セリフの言い方を決め込まず、相手の言葉を聴き、自然に反応することでした。演技とは「聴くことでもある」という発見は、今も大切な土台です。大学では英文学を中心に学び、女性学や政治学にも関心を広げました。人物が生きた時代や社会を考える習慣は、現在の役作りにもつながっています。その後、テレビドラマ『Get Real』(1999年)への出演を経て、17歳でディズニー映画『プリティ・プリンセス』(2001年)と出会います。別の映画の撮影へ向かう途中、26時間の乗り継ぎ時間があり、「この時間に何かオーディションを受けられない?」と尋ねたことから参加した作品でした。オーディションでは緊張のあまり椅子から落ちてしまい、その姿が役柄と重なったことも決め手となり、主演に選ばれました。作品の成功によって「プリンセス」「明るく純真な少女」というイメージが付くようになります。そこでそのイメージを超えたいと考え、『ブロークバック・マウンテン』(2005年)、『プラダを着た悪魔』(2006年)、『レイチェルの結婚』(2008年)など、イメージとは異なる作品に挑戦し、役の幅を広げました。人からどう見られるか、嫌われないかを恐れずに演じられるようになったのは、この挑戦の過程があったからです。そして『レ・ミゼラブル』(2012年)では、幼い頃に母が演じた役を、今度は私自身が演じました。学生時代から積み重ねてきた経験がこの作品へつながっているように感じ、女優を夢見るきっかけとなった作品に長い時間をかけて戻ってきたような、特別な経験でした。 ■準備を重ね現場では自由に演技 役に向き合ううえで、事前の準備をとても大切にしています。脚本の一行一行に疑問を投げかけ、人物の背景を調べ、撮影前にできることはすべて行います。ただ、本番では準備した演技に固執しません。共演者の言葉やその場で生まれる感情を受け取り、その瞬間にしか生まれないものを大切にしています。また、役を演じるときには、その人物を善悪で判断せず、一人の人間として敬意と思いやりをもって理解するように心がけています。なぜその行動に至ったのか、何を信じ、何を望んでいるのかを考え、役に寄り添い、共感する。異なる人生や価値観に触れ、人間への理解を深められるのは、この仕事の大きな魅力です。どれほど経験を重ねても、学ぶことがなくなったとは思いたくありません。もし現場で「もう学ぶべきことは何もない」と感じる日が来たなら、それは別の仕事をするときだと思っています。キャリア初期から作品や役、監督との出会いを通してスポンジのように吸収することを意識してきました。今も成長の機会はどこにでもあると考えています。そして何よりうれしいのは、仲間と作った作品が公開された瞬間だけで終わらず、誰かの人生の一部として残っていくことです。誰かが安らぎを求めるときに、自分の出演作がそばにいられることを、とても光栄に思っています。 ■若い人へ、自分を否定せず人生を愛する 若いころの私は失敗を恐れ、成長するには自分を厳しく批判し続けなければならないと思っていました。しかし、自己批判を努力の原動力にするやり方には限界があります。今は、向上心を持ちながらも、自分をいたわりながら成長する方法を学んでいます。他人にどう思われるか、正しくできたかにとらわれず、自分の考えや感情に素直でいられるか、自分自身が楽しめているかを大切にするようになりました。不必要な否定に時間を費やすより、自分の人生にあるものへ目を向け、感謝しながら生きていきたいと思っています。成長するために、自分を傷つける必要はありません。どうか自分を嫌わず、自分の人生を愛してあげてください。 学生新聞2026年10月号 構成:津田塾大学4年 石松果林 INFORMATION 全ての始まりは、人気作家《ヴェリティ》による“告白”だった─ それはただの妄想か、それとも… 衝撃の真実(ヴェリティ)が待ち受ける、禁断のミステリーサスペンス誕生! 原題:Verity監督:マイケル・ショウォルター原作:コリーン・フーヴァー「 ヴェリティ/真実」 二見書房刊(『ふたりで終わらせる』)出演:アン・ハサウェイ、ダコタ・ジョンソン、ジョシュ・ハートネットほか配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント映画『ヴェリティ/真実』 11月6日(金)、全国の映画館にて公開https://verity-shinjitsu.jp/

坂倉彩月

俳優 鈴鹿央士 「何とかなる」と自分が言えるところまで頑張る

俳優 鈴鹿央士(すずかおうじ) ■プロフィール2000年1月11日生まれ、岡山県出身。2018年のファッション誌『メンズノンノ』のオーディションでグランプリを獲得し、専属モデルを務める。映画『蜜蜂と遠雷』(2019)で『第43回日本アカデミー賞』新人俳優賞を受賞。 映画『藁にもすがる獣たち』で大学生の弱小YouTuber役を演じた俳優・鈴鹿央士さんに、作品の魅力やご自身の価値観について話を伺った。かつては明確な夢を持てず、進路を模索していたという鈴鹿さん。そんな彼がどのようにして俳優という道を選び、今どんな思いで仕事と向き合っているのか、その変化の軌跡を語っていただいた。 ■気負いなくで踏み出した芸能の世界 学生時代の私は、「これがやりたい」と胸を張って言える将来の夢がありませんでした。宿題を何となくこなし、高校受験も「家から近くて兄も通っているから」という理由で学校を選んだほどです。自分で大きな決断をした経験がほとんどなかったため、高校生になって進路選択が現実味を帯びてきたとき、急に不安が押し寄せました。学校で将来の夢を紙に書く場面があっても、「書いたら絶対にその道を目指さなければならない」と思い込んでしまい、どうしても書けませんでした。確固たる目標がないまま迷っていた私は、得意だった英語を活かしてまずは海外へ行き、さまざまな世界に触れながら本当にやりたいことを見つけようと気楽に考えていました。そんな中、高校2年生の秋に芸能界にスカウトされ、親からは「大学進学を条件に挑戦してみては」と提案されました。そこで、まずは大学へ進学し、同級生たちが就職活動を始めるタイミングで自分の進路を決めようと考えたのです。芸能の仕事が楽しいと感じたらそのまま続ける。逆に、楽しめなかったり限界を感じたりしたら潔く就職活動に切り替える。「まずはやってみよう」と飛び込んだのが俳優の世界でした。 ■俳優の仕事は誰かの日常を支える力になれる 現在は俳優を仕事にしていますが、俳優業の魅力は自分の出演した作品を見てくださる方が少しずつ増え、その方たちの心を動かせることです。ドラマ出演時には、「この1時間を心から楽しみにしています」「来週の放送があるから学校や仕事を頑張れます」といった温かいメッセージをいただくことがあります。そんな言葉に触れるたび、自分の芝居が誰かの日常の活力になれているのだと実感します。誰かの人生に少しでも良い影響を与え、豊かな時間を届けられていると思ったときに、幸せな気持ちになります。 ■作品の見どころはマネーサバイバルの緊迫感 『藁にもすがる獣たち』の魅力は、何と言っても大金を巡るマネーサバイバルの緊迫感です。アクションシーンの迫力は圧倒的で、大金を前に人間の欲望がむき出しになる姿は、どこか滑稽にすら感じます。また、映画館を派手に破壊するシーンなど、建て替えが決まった銀座の映画館(丸の内TOEI)を本当に壊して撮影するなど、驚くような映像体験ができる点も見どころの一つです。テンポよく進む脚本と緻密な構成で物語が進み、バラバラに見えた登場人物の時間軸が巧みに交差していく面白さもあります。刺激の強い描写も含まれますが、間違いなく極上のエンターテインメント作品です。スクリーンならではの音響と映像の圧倒的な迫力を含め、映画館で観るという楽しさを感じられる作品だと思います。私が演じた佐藤寛治は、強烈なキャラクターが並ぶ中で唯一と言っていいほど「普通の青年」です。祖母と2人で暮らす、大学生の弱小YouTuber。悪事に手を染めたこともなく、周囲の欲望にまみれた人物たちとは対照的な温かさが祖母とのシーンに色濃く表れています。祖母のために懸命に行動する姿に見える優しさは、彼の大きな魅力だと思います。監督からは、「寛治は普通の大学生でおばあちゃんに対する優しさを持っている。しかし、それを重く受け止めすぎないように」と言われていました。物語の鍵となる1億円を見つけたときも、自分の私利私欲のためだけでなく、「大切な人のために」という思いが彼を突き動かします。その優しさを丁寧に表現しつつ、作品全体のスリリングなテンポを損なわないよう、感情を重く受け止めすぎない演技を心がけるようにしました。 ■自分のペースで歩み続けていくことが大切 人生で大切にしているのは、「何とかなる」と思いながら、自分が心の底から納得できるまでは頑張ってみるという姿勢です。もちろん、どうしても辛いときや自分に合わないと感じたときは、思いきって環境を変えたり、諦めたりすることも大切な選択肢です。誰かに相談をして「確かに」と思えば、別の道を行くことももちろんあり得ると思います。しかし、目の前の壁にぶつかり、「うまくいかない」「この役は難しすぎる」と弱気になっても、がむしゃらに挑戦し続けたことで結果がついてきたり、道が開けたりした経験が何度もありました。「どんなに苦しくても今日を乗り切れば、明日は何かが変わるかもしれない」。そんな考え方を支えにしています。10代や20代の時期は、1日があっという間に過ぎていくように感じると思います。たとえ落ち込む日があっても、明日もう1日だけ頑張ってみようと歩み続けていれば、気づけば良い結果に辿り着いていたり、想像もしなかった場所へ到達していたりするものです。途中で立ち止まることがあっても、自分のペースで続けていくことは、とても大切な姿勢だと思っています。 小学生新聞2026年10月号 東京都立大学4年 坂倉彩月 映画『藁にもすがる獣たち』 全国公開中出演:鈴鹿央士 成宮寛貴 森七菜 MEGUMI 前田旺志郎 二ノ宮隆太郎 青木マッチョ 岩松 了 小手伸也 風吹ジュンⒸ曽根圭介/講談社 Ⓒ2026「藁にもすがる獣たち」製作委員会 https://warakemo-movie.com 学生新聞2026年10月号 ◆俳優になったきっかけを教えてください 高校2年生のときにスカウトされたのですが、それまではこれといった将来の夢はありませんでした。親に相談すると「大学に進学して、就職活動のタイミングで芸能の仕事が楽しいと思えたら続ければいいし、難しいと感じたら就職すればいい」と言われ、その言葉に納得しました。 ◆本作品の見どころをお聞かせください 『藁にもすがる獣たち』で演じた佐藤寛治は、他の登場人物とは少し違う、ごく普通の大学生です。1億円の入ったバッグを持ち逃げしてしまうものの、ある意味“面白みのなさ”が彼の魅力でもあります。おばあちゃんとの二人暮らしの中にある優しさや温かさも、寛治という人物を形づくる大切な要素です。監督からは「おばあちゃんの存在を重たく受け止めすぎず、作品全体のテンポを大切に」と言われました。映画自体は、大金を前にした人間の欲望を描きながら、アクションや新しい映像表現が詰まったエンターテインメント作品です。 ◆学生へのメッセージをお願いします 僕が大切にしているのは「何とかなる」という考え方です。ただし、何もしなくても何とかなるという意味ではなく、“何とかなると言えるまで頑張る”ということです。最近は環境を変えたり、諦めたりすることも一つの選択肢だと思っています。でも、できないと思ったことでもまずはやってみることで、想像すらできなかった場所にたどり着くことができたのです。 学生新聞2026年10月号 城西国際大学3年 渡部優理絵 ■取材を終えて 自然体で寄り添ってくださるその人柄に、学生全員が包みこまれるような安心感がありました。言葉を一つひとつ丁寧に選びながら語られる姿には、謙虚さがにじみ出ていて、聞いているだけで心が温かくなるような優しさを感じました。(日本女子大学1年 大池絵万里) 日本女子大学1年 大池絵万里/東京薬科大学4年 庄司春菜/東京都立大学4年 坂倉彩月/武蔵野大学4年 吉松明優奈/城西国際大学3年 渡部優理絵/慶應義塾大学1年 古賀夏音 撮影:下田航輔

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生活協同組合コープみらい 代表理事理事長 熊﨑伸

組合員の声とともに、一人ひとりの大切な暮らしへ 生活協同組合コープみらい 代表理事理事長 熊﨑伸 (くまざきしん) ■プロフィール千葉県出身。1984年船橋市民生協(旧ちばコープ、現コープみらい)入職。ちばコープ専務理事、コープみらい専務理事(コープデリ連合会専務理事を兼務)を経て、2023年から現職(同・理事長を兼務)。コープみらいは理念とビジョンをともにするコープデリグループの中核生協として、事業インフラを支えるコープデリ連合会との一体運営を推進している。 街を走るトラックに描かれた、愛らしいキャラクター「ほぺたん」でも知られる生活協同組合コープみらい。宅配や店舗事業をはじめ、暮らしに関わる幅広い事業を展開している。今回、代表理事理事長である熊﨑さんに、コープみらいの事業や強み、今後の展望、大学生へのメッセージを伺った。 高校ではサッカー部に所属し、サッカー一筋で取り組んでいました。数学が好きだったこともあって、大学では会計学研究部に入り、会計学を学んでいました。その後、会計事務所で働き始めたのですが、その事務所の先生が生活協同組合(生協)の顧問をしていたことがきっかけで、生協の存在を知りました。機会があって、実際に配送トラックに乗り、組合員さんへの配達に一日同行することになりました。そこで驚いたのが、職員と組合員さんとの距離の近さです。「こんにちは」からはじまり、お互いのことをよく知っている。何より印象に残ったのは、商品を届けたときに「ありがとう」と言ってもらえることでした。お互いに笑顔になれる仕事ができたらいいなと思い、その日の配達を終えて戻ってきたときには、「ここで働かせてください」とお願いしていました。仕事をする上で役立ったのが、高校時代にしていたサッカー部での経験です。サッカーでは、味方がプレーしやすい位置にパスを出すことが大切ですが、それは仕事も同じだと思っています。自分の仕事の先には必ず次に仕事をする人がいる。その人が仕事をしやすいように仕上げて渡すことを、今でも大事にしています。入職後は、最初の2~3年間、配達を担当しました。その後、経理や人事、共済、店舗の店長、商品や物流など、さまざまな仕事を経験して、今に至ります。特に印象に残っているのが共済です。みんなでお金を出し合い、誰かに何かがあったときに支え合う共同救済の仕組みで、「お互いに助け合う」という生協の原点を強く感じました。 ■390万人もの組合員が支えるコープみらい コープみらいは、2013年に東京都、千葉県、埼玉県にあった3つ生協が合併して誕生しました。現在は約390万人の組合員がいます。生協は、事業者としての一面と消費者団体としての一面の両方を持っていて、それが最大の強みだと思っています。組合員さんは、商品やサービスについて、ちょっとしたことでも声を届けてくれるのですが、その声が次の改善につながっていきます。組合員同士のつながりを生かせることも、生協ならではの強みです。現在、コープみらいの事業の中心は宅配事業で、事業高の約7割を占めています。もう一つの柱が店舗事業で、東京都、千葉県、埼玉県の3都県に124店舗を展開しています。このほかにも、福祉事業、サービス事業、共済事業など、幅広い事業を行っています。福祉事業では、訪問介護をはじめ、デイサービスやサービス付き高齢者向け住宅などを展開しています。また、サービス事業では、チケットの取り扱いのほか、戸建て住宅の建築やリフォームといったハウジング事業、葬儀など、暮らしに関わるさまざまなサービスを提供しています。 ■商品と人のつながりで暮らしに貢献  私たちは、産直とコープ商品を大切にしています。産直とは、単に産地から直接商品を届けるということではなく、「産地と直接つながる」というニュアンスの方が近いです。生産者と組合員さんが交流し、食べ手の思いを作り手に伝えたり、生産者の苦労や思いを組合員さんが知ったりする。その関係性が重要です。千葉県の産直「九重栗かぼちゃ」を販売した際には、職員や組合員さんが産地を訪れ、生産者の苦労や工夫を学びました。職員自らニュースを作って魅力を組合員さん伝えたところ、1週間で約5万個が売れました。産地と一緒に商品を届けられることも、生協の特徴です。コープ商品は4000品目を超え、全国の生協が一緒になってつくっています。中でも「コープクオリティ」シリーズは、組合員さんがモニターとして商品を評価し、モニターの8割以上が「おいしい」という基準を超えなければ発売されません。牛乳パックの開け口についても、組合員さんの声を受け、開ける側をわかりやすくする工夫をしました。組合員さんと一緒に改善していくことが、コープ商品の強みです。また、この仕事のやりがいは、「地域を豊かにすることができる」点にもあります。1万5000人の働く仲間が汗と知恵を結集して生み出した利益は、生協のためではなく、組合員さんと地域社会の未来のためにも還元されます。地域を豊かにしているという誇りがあるからこそ、私たちは懸命に働ける。その想いが結実した時、本当の「ありがとう!」に出会えるのだと思っています。 ■子どもと家族を支える仕組み 商品だけでなく、子育て支援にも力を入れています。「はじめてばこ」は生まれた赤ちゃんを地域全体で祝福したいという想いから、地域の企業と協力し、プレゼントを無料で届ける取り組みです。また、COOP共済「お誕生前申し込み」では、妊娠22週目未満に申し込むことで、生まれたあとの健康状態にかかわらず保障を受けられる仕組みが設けられました。さらに、ひとり親家庭の高校生を対象とした返済不要の奨学金制度もあります。今年度、約1700人に年額12万円を給付しており、その原資は、3万人を超える組合員のサポーターから毎月寄せられる募金で賄われています。 ■組合員の暮らしに役立つ存在に コープみらいでは現在、「ビジョン2035」を掲げています。若手職員31人が約1年間にわたって話し合い、職員や組合員へのアンケートも行いながらつくりました。そこには、「すべての人の大切な暮らしに向き合い、それぞれの暮らしに合った生協でありたい」という思いが込められています。それぞれの人生や生き方に対して、生協が少しでも役立つ存在でありたいと考えています。例えば、商品開発ではミールキットや電子レンジで温めるだけで食べられる作り置き惣菜など、短時間で調理できる商品がよく利用されています。今、その人が何に困っているのか、それをどのような商品やサービスがあれば解決できるのかを考え続けることが大切です。若い世代だけでなく、高齢の方からも「これなら家族のために自分でもつくれる」という声をいただくことがあります。年代や立場にかかわらず、さまざまな人の暮らしに役立つ商品を作っていくことが、私たちの目指す姿だと思います。 ■大学生へのメッセージ 私は、生協の職員に、組合員さんから「ありがとう」と言っていただけることへの感謝の気持ちを持って接してほしいと、普段から話しています。それは学生の皆さんにも同じです。たくさんの人と関わる中で、意見がぶつかることもあるかもしれませんし、一緒に喜ぶこともたくさんあると思います。その中で、出会いや人との関係に感謝する気持ちを持ちながら、積極的にさまざまな人と接してほしいと思います。 学生新聞オンライン2026年8月26日取材 東京薬科大学4年 庄司春菜 早稲田大学3年 中澤京平/東京薬科大学4年 庄司春菜/日本女子大学1年 大池絵万里/日本大学2年 原田達司/成城大学2年 小澤実桜/情報経営イノベーション専門職大学2年 山田千遥/東京家政大学3年 篠田陽菜乃

学生新聞インターン

小学生新聞2026年10月号

■OPINIONP3 知事が変える!!福岡県知事 服部誠太郎広島県知事 横田美香 ■学校訪問・全国面白授業‼P4 洛南高等学校附属小学校P5 同志社小学校P6 お茶の水女子大学附属小学校 ■横浜グリーンエキスポ2027P7 GREEN×EXPO協会 広報・報道部長 兼 推進部長 石垣和子 ■AIで日本の未来をつくる!P8 株式会社DATAREIN 代表取締役社長 吉川涼也 ■企業の社会貢献活動P9 四季株式会社(劇団四季) 取締役専務執行役員 越智幸紀株式会社ブリヂストン日本セグメント サステナビリティ 社会貢献活動推進課 課長 富田佳代理/主査 久富龍次郎 ■フォーサイト手帳小学生版 自分を信じ努力する力を育てる!P10 株式会社FCE / 品川区立品川学園 ■奨学金支給事業に取り組むP12 認定NPO法人JBC・CSR基金初代理事長 河合弘之 ■教育長が語る未来の学校!!P14 大阪府教育委員会 教育長 水野達朗宮城県教育委員会 教育長 小野寺邦貢 ■教育改革について考える!!P15 「N-E.X.T.ハイスクール」構想!