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中澤京平

俳優 福本莉子 / 俳優 菅生新樹 プレミアムドラマ「勿忘草の咲く町で ...

ドラマを通じて、「人生会議」を始めるきっかけに 俳優 菅生新樹(すごうあらき) / 俳優 福本莉子(ふくもとりこ) 2026年6月28日よりNHKBSにて放送開始予定のプレミアムドラマ「勿忘草の咲く町で ~安曇野診療記~」。本作は、長野・安曇野を舞台にして、延命か看取りか、医療のあり方について描かれている。今回は主要キャストを務める福本莉子さん、菅生新樹さんのお二方に、本作の魅力について伺った。 ■出演が決まった時の思い 福本莉子:このドラマは「病気を治す」といった、いわゆる普通の医療ドラマではなく、誰しもがいつかは受け入れなければならない「死」について考えるきっかけになる作品でした。私は、今回看護師役をいただくのが初めてで、お仕事系の役をやってみたかったということもあり、嬉しい気持ちでした。 菅生新樹:このドラマは、延命や看取りなど、重めのテーマを扱っていますが、日常の一部であり、誰もが経験する可能性のある内容のものです。そんな作品にしっかり向き合いたいと思いました。と同時に私が祖母を亡くした時に経験した、もしもの時のための「人生会議」というものがもっと身近な存在になって欲しいと思いました。 ■「勿忘草が咲く町で~安曇野診療記~」の見どころ 福本:このドラマは、長野県の安曇野が舞台となっており、季節の花や、登場する患者さんへのテーマとなる花が物語を彩ります。作中には、意思疎通のできる患者さんや、できない患者さん、もう病気が治る見込みがなく、人生の選択を迫られている患者さんなど、多種多様な患者さんのケースが出てきます。彼ら一人ひとりが抱えている問題も異なり、このような患者さんに看護師として、医師としてどう向き合うのか、様々な登場人物の視点から細やかに表現されています。時には、終末期医療のように、死について考えなければならない深刻なシーンが登場しますが、作中でも頻りに登場する季節の花が、このような重たい医療というテーマの中で癒しの存在となり、空間が華やかになるところが本作品の見どころだと思います。 菅生:まずは、本作の舞台である長野・安曇野でしか撮ることの出来ない風景、景色の映像美を楽しんでいただきたいです。このドラマでは、若くてまだ経験の浅い看護師と研修医の2人が、新人としての立場から、さらには人としての立場から、生死にまつわる疑問を提起します。これは普段の医療ドラマだとなかなか描かれることのない特徴的な点であり、そこに付随するそれぞれの登場人物のヒューマンドラマや、様々な経験の中で成長していく2人の姿がとても印象的であり、みなさんには注目していただきたい部分でもあります。また、重たいテーマを取り扱っている部分もありますが、作中に出てくる花のおかげでトーンが切り替わり、重たいテーマでも重たく感じずに受け止めることができる作品なのかなと感じます。 ■それぞれの役が持つ魅力 福本:私が演じる3年目の看護師・月岡美琴は、生まれも育ちも長野の松本で、明朗快活な明るい存在でありつつ、自分に芯を持っているような人物です。組織や医療の在り方について疑問や不満を持ちながらも、それを意見として率直に伝えることのできる強さも魅力の1つです。私は看護師役や医療ドラマというものが初めてだったので、実際に病院に行ってどのような仕事をしているのか、看護師の方に日々のルーティーンなどを教えてもらい、自分自身の中で想像して撮影に臨むことで、美琴という人物を身に染み込ませていきました。 菅生:私は、大学の医学部を卒業して、本作の舞台である「梓川病院」へと移ってきた、花が好きな研修医・桂正太郎を演じています。自分のことよりも患者さんのことを想うような優しさがある青年で、時に不器用な一面もあり、先輩である医師に対しても物怖じせず、自分の意見を物申すこともあります。しかし、そのような不器用な一面こそ彼が真剣に仕事に取り組んでいる姿であり、正太郎の魅力だと思います。また、このドラマでは、正太郎が患者にインフォームド・コンセントを行う際の病状説明をする役目を担います。ここから物語が大きく動き出すという場面なので、その時に台本の言葉に説得力を持たせるために、自分でも症例について調べたり、実際に図を書いて理解するようにして、役作りに励みました。 ■一度きりの人生だからこそ挑戦する俳優業の魅力 福本:私は高校1年生の時に友人に勧められて、東宝シンデレラオーディションを受け、芸能活動を始めました。当時、自分の中でどこか変わりたい、一度きりの人生だからこそ何かに挑戦したいという思いがありました。高校の時は学業と俳優業を両立しながら、卒業後、上京してからは大学に通っていた時期もありましたが、現在は俳優業に絞って頑張っています。普段の生活の中では体験できないようなことも経験でき、人の心に残るエンターテインメントを作ることができるのも、俳優業の魅力だと思います。 菅生:私は大学生活を送りながら就職時期が近づいた時に、当時服屋のアルバイトで服を売ることがとても楽しくてその道に進もうかとも思ったのですが、一度きりの人生ですから、服以外に何か興味のあることはないかと考えました。その時いくつかある選択肢の中の一つとして俳優という仕事があり、ワークショップなどに参加するうちに自然とのめり込むようになっていました。この仕事には決まった正解などがなく、自分の選択が全てになります。だからこそ、良い意味で自分に責任を持ってできる仕事であり、俳優業の魅力だと考えています。 ■本作を通した、大学生へのメッセージ 福本:この作品は、美しい自然を感じることはもちろん、いつか訪れる死について考えるきっかけになります。普段は敬遠されがちな「死」ですが、もしもの時に自分ができることは何かを考える良い機会になると思いますので、ぜひご覧ください! 菅生:何かに熱中していると、そこに対して苦労や葛藤などが生まれることもあると思います。そんな時に、本作での美琴と正太郎の関係性のように、仲間に相談することで助けられることもありますので、人との繋がりを大切にして頑張っていただきたいと思います! 学生新聞オンライン2026年6月15日取材 早稲田大学3年 中澤京平 プレミアムドラマ「勿忘草の咲く町で ~安曇野診療記~」 【放送予定】 BS 2026年6月28日(日)夜10:00スタート<全8話> BSP4K 2026年7月26日(日)夜10:00スタート<全8話> ※サッカーワールドカップ編成のためBSが先行放送となります。【原 作】 夏川草介【脚 本】 羽原大介【音 楽】 コトリンゴ【出 演】 福本莉子・菅生新樹/土村芳 田辺桃子 白河れい おかやまはじめ 広岡由里子 沢栁優大 瀬戸利樹 村岡希美 中山翔貴 糸瀬七葉 野波麻帆 山下容莉枝/本田博太郎 富田靖子/吹越満・内藤剛志 ほか【制作統括】 石井満梨奈(AX-ON) 樋口俊一(NHK)【プロデューサー】 元信克則(ユニオン映画)【演 出】 池澤辰也 長沼誠 長尾くみこ 早稲田大学3年 中澤京平 / 東京薬科大学4年 庄司春菜

学生新聞インターン

俳優 山谷花純 【写真集 「遠距離、現在此。」】

飾らない私を、20代最後に残したかった 俳優 山谷花純(やまやかすみ) ■プロフィール1996年12月26日生まれ、宮城県出身。2008年にドラマ「CHANGE」(フジテレビ系)で俳優デビュー。映画『劇場版コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命-』では、役作りのために丸刈りで末期がん患者の難役を演じきり、その圧倒的な演技力が大きな話題を呼んだ。主演映画『フェイクプラスティックプラネット』で2019マドリード国際映画祭最優秀外国語映画主演女優賞を受賞。近年は連続テレビ小説「らんまん」、NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」「豊臣兄弟!」(いずれもNHK総合ほか)、ドラマ「親友は悪女」(BSテレ東)などの話題作への出演が続いており、映画・ドラマ・舞台と幅広く活躍する。 20代最後の節目に写真集「遠距離、現在此。」を発売する山谷花純さん。撮影地に選んだのは、自身が初めて親元を離れてドラマ撮影に参加した香川県・小豆島でした。18年ぶりに訪れた“原点”の地で見つめ直した今の自分とは。写真集に込めた思いや18年間の俳優人生を振り返りながら、仕事への向き合い方や大学生へのメッセージを伺った。 ■20代最後に訪れた「原点」 写真集の撮影地は香川県・小豆島です。私が初めて親元を離れてドラマ撮影に参加した場所で、俳優人生の原点とも言える特別な場所なんです。今年30歳を迎える節目の年を前に、「もう一度原点に帰ってみたい」という思いがあって撮影地に選びました。18年ぶりに訪れた撮影場所では、当時使っていた机や椅子がとても小さく見えて、「自分はこんなにも大きくなったんだな」とこれまでの自身の成長を実感しました。また、当時の記憶も鮮明によみがえりました。撮影そのものよりも、駄菓子屋さんへ行ったことやエンジェルロードで遊んだことなど、オフの時間の思い出が色濃く残っています。今回改めて訪れたことで、小豆島の食文化や風景の魅力にも触れることができました。今回の写真集には、小豆島の自然や街並みとともに、今の私だからこそ見せられる表情がたくさん収められています。18年前にこの場所で夢中になっていた少女と、20代最後を迎えた今の自分。その両方が重なるような一冊になったと思っています。撮影は4月だったのですが、想像以上に寒くて海辺での撮影はなかなか大変でした(笑)。それでも自然豊かな景色の中で過ごした時間は本当に特別でしたし、20代最後の自分を残す場所として小豆島を選んで良かったと思っています ■人との出会いが育ててくれた18年間 私が芸能界に入ったのは小学校5年生の時です。学校で将来の夢について話した時に、「テレビの中に入ってみたい」と言ったことを担任の先生が覚えていてくださって、エイベックスの全国オーディションを紹介してくれました。当時は芸能界に強い憧れがあったわけではなくて、「テレビの中ってどうなっているんだろう」という好奇心の方が大きかったと思います。その小さな興味から受けたオーディションが、気付けば18年間続く俳優人生の始まりになりました。高校生の頃は宮城と東京を往復する生活を送っていました。同世代に同じ環境の人が少なかったこともあって、人との距離感に悩んだ時期もあります。でも、その分たくさんの現場で多くの出会いに恵まれました。特に大きな転機になったのが映画『告白』への出演です。作品づくりに本気で向き合う大人たちの姿を見て、「私もこの世界で生きていきたい」と思うようになりました。作品が多くの人に届き、評価されていく様子を見た時、「もっとたくさんの人に見てもらえる作品に関わりたい」と感じたことを今でも覚えています。 ■自由に表現するために必要なこと 俳優という仕事は、一人では成り立ちません。監督やスタッフの皆さん、共演者の皆さんなど、多くの人に支えられて作品は完成します。そのため私が仕事をする上で大切にしているのは、「相手の立場に立って考えること」です。その考え方を学んだきっかけの一つが、小栗旬さんとの共演でした。以前、小栗旬さんと初めてご一緒した時に「誕生日が一緒だね」と声をかけていただいたことがありました。その一言で緊張がほぐれて現場に入りやすくなったんです。それ以来、私も初めてご一緒する方のことを事前に調べたり、相手を知ろうとすることを大切にしています。この仕事のやりがいは、作品を通して誰かの人生に少しでも影響を与えられることだと思っています。作品を見て元気をもらったり、何かを考えるきっかけになったりしたらうれしいです。特に社会派の作品に関わる時は責任を感じます。ニュースでは伝わりきらない現実を、物語だからこそ届けられることもあると思うからです。また、俳優の魅力は、自分では経験できない人生を体験できることです。役を通してさまざまな価値観や生き方に触れ、そのたびに自分自身の世界も広がっていきます。もちろん思うようにいかず悩むこともありますが、それを乗り越えた時に成長を実感できるのも、この仕事の面白さです。尊敬する吉田鋼太郎さんからいただいた「自由に芝居したいなら努力しろ」という言葉を胸に、これからも挑戦を続けていきたいと思っています。 ■飾らない自分を残したかった 今回の写真集で大切にしたのは、「自然体の自分」を残すことでした。普段のお仕事では役を通して表現することがほとんどですが、写真集は自分自身が被写体になります。だから今回は、お芝居をすることを意識的に手放し、できるだけ素の自分でカメラの前に立とうと思いました。メイクも極力控え、ほぼすっぴんに近い状態で撮影に臨んでいます。実は私は、役の力を借りずにカメラの前へ立つことが少し苦手なんです。普段は役柄が自分を支えてくれていますが、写真集では自分自身しかいません。だからこそ今回は、自分と向き合う機会にしたいと思いました。20代最後の今だからこそ感じるのは、「大人になろうと無理をしなくてもいい」ということです。小学生の頃と比べれば経験は増えましたが、本質的な部分はそれほど変わっていない気がしています。10代の頃は与えられた環境の中で必死に走っていました。でも今は、自分で考え、自分の意思を持って作品づくりに向き合えるようになりました。今回の写真集は、そんな今の自分を最も素直に表現できた一冊になったと感じています。 ■大学生へのメッセージ 学生の皆さんに伝えたいのは、「考えるより先に行動してほしい」ということです。年齢を重ねると、失敗への不安から行動する前に考え込んでしまうことが増えていきます。でも若いうちは、その一歩を踏み出せること自体が大きな強みだと思います。私自身も、「テレビの中に入ってみたい」という好奇心からオーディションを受けたことが、今の仕事につながりました。失敗したとしても、その経験が無駄になることはありません。全てが自分の財産になります。だからこそ、やってみたいと思ったことにはぜひ挑戦してほしいです。私自身も、小さな好奇心から始まった挑戦が、気付けば18年間の俳優人生につながっていました。皆さんにも、自分の可能性を信じて一歩を踏み出してほしいと思います。 学生新聞オンライン2026年6月5日取材 法政大学1年 山田賢彦 ■山谷花純写真集  遠距離、現在此。著者:山谷花純撮影:西村康発売日:2026年6月26日定価:3,850円(税込)仕様:A4判ISBN:978-4-04-811839-2発行:株式会社KADOKAWAhttps://store.kadokawa.co.jp/shop/g/g322510001231/ 法政大学3年 佐藤海都/京都芸術大学1年 猪本玲菜/早稲田大学3年 中澤京平/法政大学1年 山田賢彦

坂倉彩月

株式会社北海道日本ハムファイターズ チーフ・ベースボール・オフィサー...

一人ひとりの心に寄り添い、世界一愛されるチームへ 株式会社北海道日本ハムファイターズ チーフ・ベースボール・オフィサー 栗山英樹(くりやまひでき) ■プロフィール1961年、東京都生まれ。創価高校、東京学芸大を経て84年ドラフト外でヤクルトスワローズへ入団。89年にゴールデングラブ賞を獲得し、90年シーズン限りで現役引退。引退後はスポーツキャスター、白鷗大教授などを歴任。2012年に北海道日本ハムファイターズの監督に就任。2021年まで10年間、指揮を執りパ・リーグ優勝2度。2016年には日本一に輝き、正力松太郎賞を受賞。2022年から野球日本代表「侍ジャパン」トップチームの監督を務め、2023年の第5回ワールド・ベースボール・クラシックで3大会ぶりの優勝を果たした。2024年に北海道日本ハムファイターズのチーム編成と運営の最高責任者となるチーフ・ベースボール・オフィサー(CBO)に就任。 2023年、WBC日本代表監督として侍ジャパンを世界一へと導いた栗山英樹さん。圧倒的な信じる力でチームを一つにした名将は、どのような歩みを経てその信念に辿り着いたのか。プロの世界で味わった挫折、そして指導者として貫く、一人ひとりに寄り添う姿勢。現在はファイターズのCBOである栗山さんに、野球界の未来に対する熱い想いを伺った。 大学時代は、将来に向けて、明確な計画を立てて何かに取り組んでいたわけではありませんでした。しかし、野球が大好きで、学校の先生になりたいというイメージは持っていました。いまとなっては、そんなフワフワした感じが良かったのだと思います。あらゆることを吸収しようとするので、好奇心を持って物事を面白がることができたからです。ただ、幼い頃から一番好きで大切だったのは野球でした。子供の頃から、プロ野球の世界で野球がしたいという夢がありました。私はそれまで、「やらない後悔」をずっと経験してきたので、大学時代で進路を考えたときは、もう人のせいにせず、自分の責任で決断しようと心に決めました。「やらない後悔より、やる後悔」を選び、プロ野球の入団テストを受けました。できるかできないか、そういうことではなく、自分でやりたいことを自分で決めて、前に進むべきだと思ったからです。プロ野球だけは諦めたくなかったし、諦めようとも思いませんでした。 ■周りのために自分に何ができるのかを考える 選手時代は、とにかく良い選手になりたい一心で、ひたすらもがき苦しんでいました。プロの世界で直面した圧倒的な力の差におののき壁にぶつかりましたが、その経験は今の自分に繋がっています。組織が勝つためには自分をどう活かせるかについて考え、工夫を重ねる中で、能力がないからこそのやり方があると気づきました。どのポジションにいても、組織が勝つための形や、周りの人が喜んでくれることを考えることはできます。誰かが喜ぶために、自分ができることは何かを考えると、やるべきことが自ずと見えてくるものです。誰にでも、自分の特徴を活かせるものは必ずあります。しかし、「自分」が主語になって「こうありたい」と考えすぎてしまうと、かえって道は見えなくなります。相手が喜び、みんなからありがとうと言われる中でこそ、自分の居場所が自然とできてくると思います。選手時代、自分がうまくいかない時でも寄り添ってくれた監督や、愛情を持ってくれた人たちの存在は、非常に大きな支えでした。人が一番苦しいのは、誰からも相手にされないことだと思います。だからこそ、一人ひとりとしっかり向き合い、寄り添うことが何より重要であると教わってきたので、指導者として今でもその想いは大切にしています。 ■ファイターズに関わる一人ひとりの幸せが何よりも大切 現在は、チーム・ベースボール・オフィサーとして、ドラフトの戦略会議やチーム編成など、チームの全体像を見る立場にあります。私が人に何かを伝える際に意識しているのは、「一人ひとりを活かすことが全て」だということです。頑張ろうと思えたり、感謝の気持ちが芽生えたりするのは、自分の心を大切にされた時だと考えています。心の感じ方は人それぞれですから、相手の立場に立って考え、どれだけ自分ごととして寄り添えるかが重要です。常にそうした意識を持ち、相手を信じ切ること。その心は必ず相手に伝わり、本人の自信にもつながります。自分が本当に感じていることを伝え、一人ひとりと向き合って話すことを大切にしています。やりがいを感じるのは、選手たちの笑顔を見たときです。彼らが活躍したり、成長を感じていたりする嬉しそうな表情を見ると、そのお手伝いができてよかったと思います。その笑顔が、全てのファイターズ関係者の笑顔に繋がっていくので、携わってよかったと思う瞬間です。北海道日本ハムファイターズは、世界一愛されるチームを目指しています。働く人がここで働いてよかったと思い、その家族も誇りに感じ、応援してくれる方々もファンでよかったと思えるような、人を大切にするチームでありたいと考えています。また、チームの都合だけでなく、選手一人ひとりの立場にも寄り添うことを意識しています。例えば、成長できる若いうちに海外へ挑戦することが選手のためになるのなら、たとえチームが勝ちにくくなったとしても、背中を押して送り出します。それも、ファイターズに関わる一人ひとりの幸せが、何よりも一番大事だからです。 ■野球は、「人」が点を取るスポーツ 日本の野球界に対しては、メジャーリーグのように大きくなってほしいという願いを持っています。メジャーに行くとお給料が日本でもらっていたものの何倍にもなるという現状は、やはり悔しいものです。子供たちが「ああなりたい!」と憧れるような夢を持てるようにしていきたいです。野球は、個人戦でありながらチーム戦でもあるという、両方の要素を併せ持っているところが魅力です。だからこそ、自分が責任を負うことを感じつつ、誰かのために動くことが大切です。また、球技の中で唯一「ボール」ではなく「人」が点を取るスポーツであり、そこに野球の本質があると考えています。人が最後にホームに帰ってくることで点が入る。その点にも「人が大事」だという、野球の素晴らしさを感じます。野球には道徳やマナーが息づいているので、子供たちを教育するためのツールとしての大きく活用してほしいです。日本の球界を大きくするため、まずは、日本のプロ野球チームを増やしたいです。経済的に限界だという声もありますが、やってみなければわかりません。人が育ち、競技レベルが上がっていけば、日本は本当の意味で世界と勝負できるはずです。これから日本を背負う子供たちが、ワクワクするような夢を持てる環境を作っていきたいです。 ■大学生へのメッセージ 学生時代は、多くのことを吸収して深く考えることができる時期です。これまで多くの人を見てきて実感しているのは、決して能力が高い人が成功するわけではないということです。大切なのは、自分が持っている能力をどう活かすか、そしてそのためにどのような努力を積み重ねるかです。自分のことは、自分自身が一番わからないものです。しかし、誰もが素晴らしい能力を秘めている。重要なのは、それをいかに引き出すかです。できるかできないかで悩むのではなく、やるかやらないかだけだと思ってください。できないと思った瞬間に、できなくなってしまいます。あなたの体の中には、自分では気づいていない能力がたくさん眠っています。まずはそれを信じてください。限界は誰が決めるものではありません。自分で思っているよりも、天井はもっと高い。だから、限界という発想を持つのはやめましょう。また、失敗の数が多い人ほど成長できます。物事が上手くいっているときほど、人間はあまり考えないからです。しかし、失敗からは多くのことを学べます。失敗したら、成長できるからラッキーだと思えるくらい、失敗を大切にする認識を持ってほしいと思います。 学生新聞オンライン2026年5月11日取材 東京都立大学4年 坂倉彩月 東京薬科大学4年 庄司春菜/武蔵野美術大学2年 石井生成/東京都立大学4年 坂倉彩月/武蔵野大学4年 吉松明優奈/獨協大学2年 増田乙花

伊藤健太

テンカラット・ミュージックレイン発の新人発掘・育成プロジェクト「OPALI...

大切なのは、挑戦すること。その一歩を踏み出そう! 俳優 窪塚愛流(くぼづか あいる) / 声優 夏川椎菜(なつかわ しいな) テンカラットとミュージックレインが共同で手掛ける、新人発掘・育成プロジェクト「OPALIS(オパリス)」。俳優・声優の垣根を越えて挑戦できる本企画について、俳優の窪塚愛流さんと声優の夏川椎菜さんに、ご自身の経験を交えながら、その魅力や夢に向かう姿勢について伺いました。 ■OPALISの第一印象と魅力を教えてください。 夏川:最初にプロジェクトのお話を聞いたときは、とても驚きました。私が所属しているミュージックレインでは定期的にオーディションを開催しているので、それ自体には馴染みがありました。ただ、今回はテンカラットさんとの合同開催ということで、普段とは違う人たちと出会える場になるのではないかと感じました。このプロジェクトの大きな特徴は、「合格したあと、すぐに人前にでる機会がある」ということだと思います。スポンジのように様々なことを吸収できる新人の時期に、人前で表現する機会が定期的に用意されていることは、とても貴重な経験になるはずです。 窪塚:率直に、すごく良いプロジェクトだなと思いました。僕がお芝居を始めた頃は、監督方から何度も基礎を身体に叩き込むことの大切さを教えていただきました。その積み重ねがあって、今ようやく自分なりのお芝居ができるようになってきたと感じています。やっぱり、現場でしか培えないことがあるので、たくさんの方に揉まれながら学べる場は、とても大きな経験だと思います。僕自身、アフレコに挑戦させていただくこともありますが、手応えを感じられないことも多くて。実際に教えてもらわないと、わからないことがたくさんあります。だからこそ、俳優にも声優にも挑戦できる機会があることは、このプロジェクトならではの魅力だと思います。 ■お互いのお仕事で尊敬されている部分はありますか。 夏川:声優としてお芝居をしていると、身体が動く前にどうしても声で補ってしまうことがあります。一方で俳優さんのお仕事は、歩き方や手の動きなど、セリフ以外にもたくさんの情報を使って表現されています。何かをしながら演技をされている姿を見ていると、本当にすごいなと感じます。 窪塚:僕はまず気持ちを思いきり出して演じてみます。そこから監督さんに「その方向性で大丈夫」とか「もっとこうしてほしい」と調整していただくことが多いです。でも声優さんは、ただ感情を出すだけじゃなくて、むしろ「抑える力」や「感情のコントラスト」をつけることを大事にしている印象があります。以前、「もっと大きく、遠くに届けるつもりで話して」と言われたことがあったのですが、それが本当に難しくて。マイクは目の前にあるけれど、感覚としてはもっと奥にいることを意識して「距離感」表現する技術の奥深さを、改めて実感しました。 ■失敗から立ち直るための方法はありますか? 夏川:失敗すると傷つきますし、くじけそうになることもあります。けれど、それは時間が癒してくれるので、傷に対して何か特別にしていることはありません。ただ、悔しい思いや「自分に負けたな」という思いは忘れないようにしています。次に行こうとか、運がなかったからとか、慰めるのは簡単ですが、それは自分のためにならない気がしていて。今の自分が、過去の自分より劣っていたら怖いじゃないですか。だからこそ、失敗から学び、失敗を受け入れることを大切にしています。 窪塚:僕も、失敗を受け入れることを大事にしています。落ち込んだ時は、一度しっかり感情を発散させます。でも、誰かのせいにしたり、言い訳をしたりはしません。自分は悲しいときに食欲がなくなるタイプだと気付いたタイミングがありました。だからこそ、しっかりご飯を食べて、「頑張ろう」と自分を奮い立たせています。自分の特性というかパターンを知ることも必要だと思っています。僕たちの仕事は、いつも同じ場面であることが少ないです。だからこそ一般的には経験できないような成長の機会がたくさんあります。好きだからこそ続けられる楽しさを見つけて、「今が頑張り時だ」と気合を入れて進むことは大切だと思います。 ■今後の展望についてお聞かせください。 夏川:私は元々演劇部に所属していたこともあって、舞台のお芝居にチャレンジしたいという思いが強くあります。また、創作活動もしているので、いつか自分で脚本を書き、自分自身で演じる「一人芝居」にも挑戦してみたいと考えています。今までの全ての経験を生かし、「夏川を推していなければ見られなかった景色がある」と思っていただける存在を目指したいです。 窪塚:僕は、剣道をやっていた経験があるので、いつか殺陣のお芝居にも挑戦してみたいです。以前は、「お芝居をやってみたい」という気持ちはあっても、殺陣についての知識もなかったのですが…もっと学ぶタイミングを増やして、剣道での経験を生かせる可能性を探っています! ■声優や俳優を目指している方や大学生へのメッセージをお願いします。 夏川:とにかくやってみないとわからないことだらけの世界です。現場によって評価されることや正解とされることも違います。今は実績もなく、夢を持っているだけかもしれなませんが、そのみずみずしい感情こそ大切なものだと思います。無謀に感じる挑戦だったとしても、決して無駄にはなりません。とにかく一度、思い切り走りだしてほしいと思います。 窪塚:不安や怖いと思う気持ちは、もうそういうものだと思います。自信がないのも当然ですし、それは後から培ってきたものが、必ず後からついてきます。がむしゃらでも、自信がなくても進み続けることで、いつか自分のことを「格好いいな」と思える時が来ると思います。順番は絶対にやって来ます。自分に負けず、皆さんが最初の一歩を踏み出せるよう、応援しています。 学生新聞オンライン2026年5月19日取材 成城大学1年 牧村実知/成城大学2年 小澤実桜/法政大学2年 森川葵/早稲田大学3年 伊藤健太 「OPALIS」について 「OPALIS」は、俳優/声優の発掘だけではなく、育成・開花までを一気通貫するプロジェクトとして、田中麗奈、井浦新、高良健吾、中条あやみら実力派俳優から人気モデルまで多彩なタレントが所属する芸能プロダクションであるテンカラットと、戸松遥、豊崎愛生、雨宮天といった女性声優を輩出し、長年にわたり声優アーティストやユニットをヒットに導いてきたプロデュースカンパニー、ミュージックレインの2社がタッグを組んで発足する発掘・育成プロジェクトです。アニメ作品が世界的にヒットしていることに加え、サブスクの市場拡大の後押しもあり、俳優と声優のどちらも両立した活動でヒットしている役者が増えています。また、日本の映画やドラマが海外の視聴者に届きやすくなったことや、映像作品の主戦場がテレビや映画館のみならず多角的に広がり続けていることもあり、役者の活動の幅は多彩に広がり続けています。そんな大きな時代の変化に応じて、俳優と声優、そして各活動で必須要素にもなっているアーティスト活動まで含めたハイブリッドな活躍を視野に入れた才能を見出し、テンカラットとミュージックレインがこれまで培ってきた力を総動員して、その才能や存在を開花させていくことを目指します。 第2弾発掘プロジェクト:オーディション募集期間:2026年6月24日(水)10:00 ~ 2026年7月24日(金)17:00 「OPALIS」 https://opalis.jp株式会社テンカラット https://tencarat.co.jp/株式会社ミュージックレイン https://musicrayn.com/  獨協大学2年 中津亜結梨/城西国際大学3年 渡部優理絵/成城大学1年 牧村実知/成城大学2年 小澤実桜/法政大学2年 森川葵/早稲田大学3年 伊藤健太

学生新聞インターン

六甲バター株式会社 代表取締役社長兼CEO 塚本浩康

「おいしい」が人を幸せにする 六甲バター株式会社 代表取締役社長兼CEO 塚本浩康(つかもとひろやす) ■プロフィール1975年生まれ、兵庫県神戸市出身。神戸学院大学卒業、関西学院大学大学院経営戦略研究科修了。2000年六甲バター株式会社に入社。2012年購買部長、2013年取締役稲美生産部長、2017年専務取締役、2018年取締役副社長 開発本部長などを経て、2021年に代表取締役社長に就任。2023年からは代表取締役社長兼CEOに就任し、現在に至る。 「おいしい」で人を幸せにしたいと語る六甲バター株式会社代表取締役社長・塚本浩康氏。学生時代のアルバイトや新聞を通じた学びを経て、現在は”健康で明るく楽しい食文化の提供による社会への貢献”を目指している。商品への思いや会社の未来について、そして学生へのメッセージを伺った。 私は大学時代、アルバイトにかなり力を入れていました。夏休みには一日中働くこともあり、飲食店のホールスタッフとして接客を担当していました。ホールのこともお客さんのことも全部わかるようになることで、次第に仕事の要領がわかっていくのが楽しかったです。来店されるのはサラリーマンの方も家族連れの方もいて、いろいろな人と話せることにやりがいを感じていました。大学3,4年のころにはゼミにも所属していました。様々な新聞を読みながら、記事の背景にある経済や社会問題について調べ、発表する活動をしていました。当時の私は経済学部に在学していましたが、新聞を通じて、経済だけでなく、それを取り巻く社会全体について幅広く学べたことが大学時代の大きな経験だったと思います。大学卒業後は、そのまま六甲バターに入社しました。入社当時、「社長になれるかはあなた次第です」と言われました。でも、私は、運と実力があって初めて社長になれるものだと思っていたので、自分から社長になりたいといったことは一度もありません。社長という立場は、従業員だけでなく、その家族や関係者の人生まで背負うことだと思います。何かあった時には自分が腹をくくらないといけません。自分が社長に就任することになったときは驚きましたが、自分が成長し、プレッシャーが大きくなるにつれ、責任の重さへの解像度も上がっていき、悩まずに対応できることも増えてきました。とはいえ、社長業は過酷だろうとは覚悟していた通り、やはり大変だと感じることも多いです。 ■「小さく包む」技術が会社の強み 現在、六甲バターの売り上げの97%を占めているのがチーズ事業です。私たちの会社の強みは、「小さく包む技術」にあると思っています。六甲バターはもともと「平和油脂工業」というマーガリンの会社でした。学校給食向けの商品を作る中で、一つひとつの商品を小さく包装する必要があり、その経験が現在の商品づくりにも生かされています。昔から、小さいものを包んでお客様に届けることは得意な会社だったのだと思います。また、働きやすい環境づくりにも力を入れています。例えば、出産した人や、子供が生まれた従業員にはベビー用品を贈ることをしています。普段から多くの人に支えられている分、その感謝を少しでも還元し、一緒に喜びを分かち合えればいいと思います。今後もより一層、社員一人ひとりがのびのびと働ける会社にしたいですね。 ■「おいしい」を追求し続ける 私たちが商品づくりで大切にしているのは、「おいしさ」です。当たり前ですが、おいしくない商品は世の中に出しません。おいしさがないと人は商品に手を伸ばしていただけないからです。私たちは、生きる上で毎日ものを食べ、その食べたもので体や人生が作られていると思っています。だからこそ、ただ食べるだけではなく、「おいしい」と感じながら食べることが大切なのです。おいしいものを食べ、喜びをかじることが日々の豊かさにつながり、その積み重ねが人生そのものをより良くしていく。私たちは、商品を通してお客様の健やかな体と豊かな人生を作っていくことに、大きな意味があると思っています。最近は、日本人と海外の方では「おいしい」と感じる基準が違うことも実感しています。だからこそ、この国の人たちが本当においしいと思えるものも追及してく必要があるとも感じています。また、私たちの商品は比較的賞味期限が長いことも特徴です。ナチュラルチーズは賞味期限が短いものも多いですが、私たちの商品は冷蔵保存で長く楽しんでいただけます。より多くの人に、長く食べてもらえる可能性を持っていると思っています。さらに、工場見学にも力を入れています。工場を見ていただくことで、商品そのものへの知識を得ていただくことはもちろんですが、「この会社はこういうことを大切にしているんだな」と感じていただけるとも思っています。工場を実際に見ることで、私たちの商品やお客さんへの思いなどを身近に感じてもらえたらうれしいですね。 ■2030年へ向けた挑戦 現在、私たちは2030年に「高付加価値創造企業」になることを目標にしています。簡単にいえば、今まで以上に、お客様の人生や、その周りの人たちをより幸せにできる存在をめざすということ。そのためにはお客様により喜ばれる存在であり、そしてもっと頼りになる存在になることが重要です。また、日本国内だけでなく海外展開にも力を入れています。私たちが持っている価値は、日本だけにとどまる者ではないと感じています。それぞれの国の人がおいしいと思えるものを追求し、世界中の人に商品を届けていきたいです。 ■大学生へのメッセージ 六甲バターには、その哲学をまとめた『六甲バターフィロソフィー』という本があります。その最後には「運と縁を生かす」という言葉が書かれています。私は、辛いことや逆風があった時に、それをただ「ついていない」で終わらせるのか、それとも次につながる機会だと前向きに考えるのか、その選択でその後の人生は大きく変わると思っています。何事も前向きに受け止めて進んでいけば、必ずいい巡り合わせがきます。皆さんにも自分にとっての「運と縁」を大切にしてほしいです。 学生新聞オンライン2026年5月22日 神戸市外国語大学3年 森垣一椛 神戸市外国語大学3年 森垣一椛 / 関西外国語大学3年 石川遼

区長・市長

朝霞市長 松下昌代

「だれもが誇れる 暮らしつづけたいまち 朝霞」を目指して、対話で紡ぐまちづくり 朝霞市長 松下昌代 (まつしたまさよ) ■プロフィール平成23年朝霞市議会議員選挙初当選。2期8年にわたって務める。その後、政治活動をしながら大学院を修了し、埼玉県議会議員を経て朝霞市長に就任。持続的発展を続ける朝霞市の未来に向け「つよく ゆたかな百年都市 朝霞をつくる」を掲げて市政に取り組む。好きなものは、日本酒、格闘技、落語。 都心へのアクセスが抜群に良く、利便性と豊かな自然が共存する埼玉県朝霞市。昨年就任した松下昌代市長は、市民との密接な「対話」を最優先に掲げ、DXを活用した行政改革や、子育て支援に日々邁進している。今回は松下市長に、ご自身の歩みや朝霞市の魅力と未来について伺った。 学生時代は外国語学部に在籍し、フランス語を専攻していました。当時は外国語への憧れもあって、将来はその言語を活かした仕事ができたらいいなと外資系企業等を志望していました。家庭教師やカフェ、イベント、本の校正など、色々なアルバイトも経験しましたし、勉強と遊びをバランスよく楽しむ、ごく普通の大学生でした。自分の持っていた視点がガラリと変わったのは、結婚して子どもを出産してからです。それまでは自分の周りの家族のことばかり考えていましたが、出産後は「この子の未来はどうなるのだろう」「これからの社会はどうなっていくのか」と、次の世代の未来を真剣に考えるようになっていきました。将来への不安を消すための手段として、社会の仕組みをしっかりと勉強して理解を深めていくことをはじめましたが、当時は自分が政治の道へ進むとは思っていませんでした。夫の故郷である朝霞市に初めて来た時、「とても穏やかで緑豊かな住宅都市」という印象を持ちました。交通の便が良く、公園も多くて素晴らしい環境ですが、何より心強かったのは「人」の温かさです。すでに義理の母は他界していたのですが、義理の母の知り合いの方々が「大丈夫?」と何かと気遣ってくだったおかげで、おおらかに子育てをすることができました。私にとって、子どもたちは活動の原動力であり、朝霞の温かい人々こそが活動の軸になっています。 ■「聞く」を徹底する、対話とDXのまちづくり 市長に就任して以来、特に力を入れているのが昨年11月からスタートした「タウンミーティング」です。市民の皆さんの声に直接耳を傾け、対話を大切にする姿勢は絶対に崩したくないと考えています。できることは可能な限り実行する。もし現時点でできないことであっても、どこまでなら可能なのかを突き詰め、決して「聞きっぱなし」にせず、必ずフィードバックを行うことを徹底しています。私にとって市民の皆さんからいただく声は、とても大きなやりがいです。毎月発行している広報紙のコラムに対する反響をいただくと本当に嬉しく思います。また、最近ではDXの推進にも注力しています。例えば、生まれたばかりのお子さんは多くの予防接種が必要ですが、そのスケジュール管理が楽にできるよう、子育て支援アプリを導入しました。目指しているのは「来ない・待たない・書かない市役所」です。わざわざ市役所に足を運ばなくても手続きができ、来庁されたとしても待ち時間がなく、何度も書類を書く必要がない。そんなスマートな行政を追求しています。そして朝霞市は、令和元年8月から居心地が良く歩きたくなるまちなかを目指す「ウォーカブル推進都市」になりました。街の中にベンチを設置する取り組みなどを進めているのは、少しでも「歩きたくなるまち」にしていきたいという思いからです。 ■子育てに「居場所」を 朝霞市は子どもの数が多いからこそ、学童保育や保育園の待機児童問題、いわゆる「小1の壁」への対策が急務です。働いていない親御さんでも「預けたい」ときに預けられる、子どもたちの放課後の安全な「居場所」づくりを進めています。来年度からは放課後子ども教室の取り組みも拡大する予定です。学校教育においては、子どもたちが自ら課題を見つけて解決していく「探究的な学び」に力を入れています。また、不登校対策も重要な課題です。校内にスペシャルサポートルームを設置して、教室に行きづらくなってしまっている子どもたちの居場所をつくりました。一括りの対策ではなく、それぞれの声を丁寧に聞き、一人ひとりが何を求めているのかを掴みながらフォローしていくことが大切だと感じています。 ■「だれもが誇れる 暮らしつづけたいまち 朝霞」を、次の世代へ 今年度からは、朝霞市の最も根幹となる新たな「総合計画」がスタートします。掲げるテーマは「だれもが誇れる 暮らしつづけたいまち 朝霞」。子育て、教育、交通など、あらゆる側面から住みやすさをアップデートしていきます。これからの街づくりにおいて避けて通れないのが、公共施設の老朽化問題や人口減少、そしてDXのさらなる活用です。人生100年時代、誰もが健やかに、そして学びたくなった時にいつでも学べる「生涯学習」の環境も整えていきたいです。生涯学習が進んでいる先進事例も参考にしながら、障がいのある方への対応も含め、長期的な視点を持って街づくりの根幹を見直していきます。これからもタウンミーティングをはじめとした市民の皆さんの声を聞くことを決して途絶えさせず、さらに深めていくつもりです。 ■臆せず全力で今を生きる 私は学生時代、政治には全く関心がなく、ごく普通の生活を送ってきました。その後は専業主婦も経験し、今こうして市長を務めています。そんな私から皆さんに伝えたいのは、「今を全力で過ごしてほしい」ということです。何かを始めるとき、躊躇せずに一歩を踏み出す勇気を持ってください。「失敗したらどうしよう」と考えすぎず、ちょっとやってみようかな、くらいの簡単な気持ちでいいんです。失うものが何もないなら、まずはやってみる。もし合わないと思ったら、その時にやめたり戻ったりすればいいだけです。実は私自身、50歳になってから大学院へ進学して再び学び始めました。思ったときにいつでも学べばいいのです。一歩を踏み出してやってみた人にしか見られない景色が、そこには必ずあります。朝霞には本当に温かく、素晴らしい人たちがたくさんいます。皆さんも笑顔を忘れず、失敗を恐れずにたくさんのことに挑戦してください。 学生新聞オンライン2026年5月21日取材 青山学院大学2年 松山絢美 青山学院大学2年 松山絢美 / 情報経営イノベーション専門職大学2年 山田千遥

区長・市長

習志野市長 宮本泰介

あらゆる経験に思考錯誤しながら至ったオリジナルな人生 習志野市長 宮本泰介(みやもとたいすけ) ■プロフィール1973年1月千葉県習志野市屋敷生まれ・在住。八千代松陰高校・秀明大学政治経済学部卒業。1999年4月に26歳で習志野市議会議員選挙に初当選。以来、副議長等の要職に就き3期12年間務めた直後の2011年4月に習志野市長選挙に初当選し現在4期目。 「政治家は市民から選ばれているからこそ、誰よりも身近な存在でなければならない」と力強く語る宮本泰介市長。時代に合わせて常に変化し、市民に寄り添い続ける街の魅力を探った。 ■現場で汗を流し、市民に最も近い政治家へ 父が航空会社に勤めていた影響もあり、私のかつての夢はパイロットになることでしたが、目標に向けた教科の選択が大きな転機の一つとなりました。当時、野球部の活動に打ち込む傍ら、パイロットに必要とされるあらゆる教科を履修した結果、極限に難解で(笑)。生徒会長を務めていたのにもかかわらず、評定平均値の墜落で推薦を得られませんでした。その後、現役での大学入学が叶わないばかりか、そこから4年を経て、22歳で大学に入学。私たち団塊ジュニア世代は「大卒の強みを活かすなら2浪まで」と言われていた中、「この4年間をどう活かすか」を懸命に考えました。そんな中、学科の影響もあり政治活動や選挙のお手伝いを経験しました。大学入学前にアルバイトなどを多く経験していたので現場ではかなり順調でした。卒業が近付いた2月、2か月後の統一地方選挙のお手伝いをしていましたが、そのうちに「もし自分が出馬するならこうありたい」という思いが、漠然と芽生え始めました。手伝っていた選挙事務所を辞めることになったことをきっかけに、「自分の地元でも選挙がある」ことを確認し、被選挙権(25歳以上)も満たしていたことから「自分にしかできないことはこれだ」と直感。「今まで自分が積み重ねてきたことを実践する」思いで立候補したのが、習志野市議会議員選挙で、結果は驚くべき当選でした。私は議員になってから、青少年育成活動や消防団などの地域活動に積極的に飛び込みました。当時はこうした活動を経た人が議員に立候補する傾向でしたが、私は逆。議員となってからさらに現場に入り込み、みんなと一緒にいろんなことをやりました。市議会議員になって12年が経った時、当時の市長が次の選挙に出馬しないことを表明しました。このタイミングで市長選挙に挑み、ご支持をいただき現在に至ります。大学入学前の4年間は七転八倒の心境でした。しかし、いつも帰宅すれば声をかけてくれた両親や仲間をはじめ、いろんな方々と過ごした経験と、大学入学当初に取得した大型2種免許が自信の礎です。こだわりは強いほうですが、どんな役にでも徹することができる。それが私の強みかと。 ■「文教住宅都市」の継承と、時代に沿った新しい街の形 習志野市は1970年に「文教住宅都市憲章」を制定しました。当時の市長が革新的な方で、いわゆる「大きな政府」の如く、既にあった市立習志野高校に加え、幼稚園を義務教育に準ずる形で建設しました。当時最小面積の市内に15箇所の市立幼稚園が配置された昭和50年代、習志野市は「子育てするなら習志野」と全国から注目される街でした。しかし、時代のニーズは共働き家庭を支援する保育所が中心となり、幼稚園の定員割れが深刻になりました。そこで習志野市は今から約20年前に、国が進める幼稚園と保育園を合体させたイメージの「こども園」を県内で初めて設置し、昨年(令和7年)、当初の計画であった「市内全7つの中学校区すべてにこども園」の整備を完了しました。子育て支援コンシェルジュが常駐する「こどもセンター」を併設したこども園を、すべての中学校区に整備する取り組みは全国的に見ても非常に珍しく、誇れる特徴です。また、大きな政府の特徴である「多くの公共施設の老朽化」という課題に直面し、これも全国に先駆けて施設の「再生」の取り組み、例えば京成大久保駅南側地区の公共施設再生事業としてPFI手法を導入し、新築とリノベーションを駆使して再生した「生涯学習複合施設・プラッツ習志野」は、世界一のバリスタが手がけるカフェ(フィロコフィア)が隣接し、施設内の図書館にコーヒーの香りが漂うような名所となっています。もちろん毎日、多くの人がごく自然に集まっています。 ■対面での交流がさらに広がる習志野へ 習志野市はコンパクトで交通の便が良い魅力的な街です。しかし大都市に囲まれているせいか、情報が埋没しやすいという状況があります。この状況はコロナ禍で特に痛感しましたが、これをきっかけに習志野市公式YouTubeチャンネルで「習志野市長ニュース」を配信し始めました。令和8年4月現在、チャンネル登録者数は8千人を超え、市内全世帯数の約1割に届きそうです。全国的にも上々です。自分の住んでいる自治体の市長を知らないという方も少なくない中、習志野市は毎週のように市長の「リアルな顔」を発信しています(笑)。これからの大きな課題は、「交流のあり方」です。情報化社会の中、人口減少と少子高齢化も同時に進行する状況では「孤独」が広がる傾向にあるといわれています。行政的に言うと「少ない人数で個別の状況に対応する」ということになりますが、今50歳代の団塊ジュニア世代の高齢化に直面する14年後、働き手減少のピークを迎えます。このことによる社会保障費の増大と経済の縮小が懸念されます。こうした未来を見据え、誰もが安心して最期まで暮らせる街にするため、人口減少をデジタルの利便性でカバーしながら、直接的な対面での交流を培い、どんな状況でも助け合える関係性を今のうちから意識し、対策することが、習志野市が取り組むテーマです。そこで令和8年4月から、新たに「多彩で豊かな交流が広がるまち」を16年後の将来都市像として掲げ、世代や立場を超えて、誰もが生涯にわたり人とつながり、いきいきと暮らせる社会の実現を目指してまいります。 ■大学生へのメッセージ 情報化社会はますます加速します。情報の量は選択肢の多さですから悩みは尽きません。そして多様化個別化の時代です。一色に染めることができない時代、順応性が必要だと思っています。順応には経験が不可欠で、昔は「若い時の苦労は買ってでもしろ!」なんて言われましたが、心配ありません。今、苦労は「もれなく」ついてきます。だから、否定的にさえならずに普通に過ごしていれば一定の成果は得られます。これは豊かな時代、平和な日本に感謝です。一度の失敗で自分の可能性を否定しないでください。私がそうであったように可能性は常に目の前にあります。遠回りしたとしても、その経験は必ずどこかで役に立つと思うので、気負わず、日々を豊かに過ごしてください。「生涯学習」という言葉がありますが、生涯に渡って学び、習い続ける姿です。心豊かに経験して、自然にチャンスを受け入れて行けば良いのではないでしょうか。 学生新聞オンライン2025年11月17日取材 東京女子大学2年 浮田梨紗 法政大学4年 島田大輝/法政大学4年 佐伯桜優/東京女子大学2年 浮田梨紗

イベント・企業紹介

教科書の先を楽しみつくす学び方 with 画家&クイズ王 ー QK GO特別編!ー!

アートゥーン! 真田将太朗さん/QuizKnock 伊沢拓司さん 株式会社baton(東京都品川区、代表取締役 衣川洋佑)が運営するQuizKnockの伊沢拓司さんとアートゥーン!の真田将太朗さんは、5月13日(水)に私立川村中学校・高等学校を訪問し、 探究学習にフォーカスした講演会を行いました。今回はQK GO特別編と題して、探究学習で求められる「正解のない問題」と向き合う力の育み方をクイズやアートを通した全員参加型ワークショップにより、紐解いていきました。講演は2人の肩書や経歴、現在の活動などを簡単に説明する導入から始まり、真田さんが実際に舞台の上でキャンバスに絵を描くパフォーマンスを行いました。木炭や食パンを活用した画家ならではのドローイングプロセスを間近に見ることができ、生徒にとっては貴重な体験になったと思います。その後、伊沢さんが生徒からクイズの出題を募り、多くの手が挙がる中、伊沢さん自身がマイクをもって走り回る姿が印象深かったです。クイズ王である伊沢さんを悩ませる問題に、会場は大いに盛り上がりました。クイズが一段落し、伊沢さんから今回の講演会に至る経緯について説明がありました。クイズは問題に対して、ただ1つの答えがあるが、クイズ王としてキャリアを積んでいくというのは前例がなく、それ自体は答えのない問いであったと振り返りました。答えがなく、売れることが正解だとしたら時として正解も変化する芸術。その分野で活躍されている真田さんに、伊沢さんは共通点を見出したそうだ。2人は、「こたえ」というのは、正解のある問いに対するアンサーとしての「答え」と、正解のない問いに対するレスポンスとしての「応え」の2種類があるという考え方を語りました。正解のない問いに対して、ひとまず「応え」である仮説を置き、さらなる問いにつなげ、また「応え」を出す。このように、問いを立て、レスポンスを出す過程を繰り返していくことで、だんだんと核心に迫っていくことが、答えのない問いへの取り組み方なのだとアドバイスしました。これらを踏まえ、2人から生徒たちへ、3分以内にフリーハンドで真円を描けというお題が出されました。チャンスは3回、それぞれがどのような過程を経て、真円を描こうとするのか、2人とも興味津々で生徒たちの様子を伺っていました。ペンではなく紙を動かしたり、正方形の紙を折って紙自体を円に近づけたりと、生徒それぞれが問いを重ねて、知識や発見を活かしながら、自分なりの応えを出していました。この知識や発見は、学生時代のアンサーを導き出す経験や教養がベースとなっており、どちらの「こたえ」が重要であるかではなく、どちらも結びついて離れないものです。このように自分が見てきたことや得てきた知識と比較し、応用しながら、これから立ちはだかるであろう様々な答えのない問いに向き合うことに役立ててほしいと締めくくりました。 執筆者:獨協大学2年 中津亜結梨 ■講演会後のQuizKnockの伊沢拓司さんとアートゥーン!の真田将太朗さんインタビュー QK GOの活動内容や、今回の特別編についてのお気持ちをお聞かせください。  伊沢拓司さん:QK GOは2019年に始めたプロジェクトで、QuizKnockのメンバーが完全無償で全国各地の学校に伺い、キャリア教育や学習についての講演会を行っています。これまでに全47都道府県を回りきり、合計で60校以上を訪問しました。応募があった場所にはどこにでも行き、熱意のある学校に優先して行くという形で活動しています。今回は新しい方向性の1つとして、QuizKnockの兄弟グループである「アートゥーン!」から真田に来ていただきました。2人だからこそできることがあると思って始めた試みです。最近は特にキャリア教育などで探究学習に関する興味が広がっており、教育現場でも「答えのない問い」や「問いを深めること」に対する注目度が非常に高まっています。その中で、真田は絵を描くときの問いの深め方が面白く、ロールモデルになると思い、このプロジェクトが立ち上がりました。 真田将太朗さん:「アートゥーン!」は「芸術をもっと身近に」をコンセプトに、東京藝大出身の美術・音楽分野の8人が、芸術に触れるきっかけになるような親しみやすいコンテンツを届けることを軸にYouTube活動をしています。ものを作ったり演奏したりすることは、自分なりにやってきたことを正解にする仕事だと常々思っています。似ているようで違うキャリアを歩んできた私と伊沢さんの2人が、QK GOというプロジェクトで学生の皆さんに向かって「こういう問いの応え方がある」と解説させていただく機会があるのは、教育としても良いですし、学生の皆さんの今後の指針になると考えて、今回参加させていただきました。 自分の興味関心を見つけるきっかけや、見つける上で大切にしていることを教えてください。 伊沢さん: 私はクイズに偶然出会ったため、偶然の出会いが今の自分を作ることもあるという感覚を持っています。ただ、偶然何かに出会ったとき、それを大事にできたり、のめり込んだりできる時間や周囲の環境が重要です。いざ出会ったときに、0から1のものを1から100へと育んでいけるような、自分自身のメンタル作りと環境作りが必要だと思っています。私は進学校でそのような環境を得られたことがプラスになったと感じているので、そうした環境を色々な場所で再現できるよう、QuizKnockやQK GOの活動を通して、皆さんの興味関心をそのまま大切にする教育を広めています。 真田さん:私は小さい頃から絵を描いており、偉大な作家の作品を見るのが元々好きでした。僕も中高一貫の進学校と呼ばれるところに入ったあと、高校3年生のときに、自分の本来の興味関心は何が1番であるかを、自分なりに分析しました。その結果、やはり絵を描くことや、先人たちが描いてきた作品について考える時間が、自分にとって1番テンションの上がる学びでした。そういったことを大事にしたいと考え、最終的に進路を美大や芸大に決めました。 芸術を生業としていくには相当な覚悟が必要ですし、実力を追いつかせる作業も必要でした。ただ、それがそれほど苦ではなかったので、スキルを獲得した結果としてやりたいことができるようになること、つまり「自分にできることを増やしていくこと」にステップアップする喜びを感じて、今の職業の選択に至っています。 今回2人でタッグを組んでみて、どんなところが2人ならではだと感じましたか? 伊沢さん: 単純に視点が2倍になることが素晴らしいと思いました。1人の人が言っている主張には、奥行きも立体感も出にくいため、多面的に検証されるということに今回はすごく意味がありました。2人がそれぞれ別の視点で語ることで、どちらかの言葉が刺さる人もいたと思います。そういった意味で、教育的な意義があったと感じています。 真田さん:私は画家なりに普段から理知的にあろうと心がけていますが、自分なりの表現をするときに、かなり主観的で恣意的な言葉選びをしてしまいがちです。今回は伊沢さんから「俺的に〇〇をこういう風に見たけれど、真田的にはどう?」と問いかけてもらい、物事を2つの目線から見ることによって立体的に見ることができ、語れることが2倍になるという良さを、まざまざと感じる機会になりました。 生徒の反応で印象的だったことを教えてください。 伊沢さん:皆さんがすごく手を動かしてくれた印象です。絵をいきなり描くように言われても、なかなか難しかったと思いますが、結構ガツガツ描いたり、何かやってみようという気持ちが生まれたりしていました。私たちが話しているときにも、手を動かして描いていたほどです。私たちがきっかけとなって、描きたい気持ちが生まれている。私たちが種をまいて、それが咲いたという感覚があり、この経験がひとつのきっかけになるといいなと思っています。 真田さん:自分が描いた絵を人に見せるのは、恥ずかしさもありますし、最初はハードルが高いものだと思います。しかし、いざ見せてみて、他者からどういう反応が返ってくるかを自分の身体で受け止めるという行為は、非常に面白い機会です。絵画がなぜ作品たりうるかというと、必ず見る人がいるからです。見る人がおらず、描いた瞬間から倉庫にしまわれれば、それはただの板になってしまいます。見る人がいて、初めて作品と呼ばれる。それは作品作りに限らず、何かを表現したり、声に出したりするなどの行為全般に言えることです。他者がいて、他者にどう捉えられるかを考えながら表現するという面白さを、今回感じてくれているのは良いことだと思いますし、嬉しかったです。 伊沢さん:言葉を1つ放つだけでも、絵を描くだけでも、表現や表明する行為には勇気が必要です。しかし、勇気を持ち、他者と関わることによって生まれるものは2倍、3倍に増えていくはずですので、その第1歩を踏むきっかけを今回作っていただけたのは嬉しかったです。 真田さん:実際に皆さんに絵を描いてもらうとき、「今日1番インパクトに残ったもの」というお題を出したのですが、朝からの1日を振り返りながら、しっかり考えてくれたことが感じ取れて嬉しかったです。純粋に、素直に課題を受け止めて描いた痕跡が見えて、非常にありがたかったです。 今の中高生にとって必要な学校教育とは何だとお考えですか。 伊沢さん:今は他人の価値観が入り込みやすく、正しさや自分の信じるものが何なのかを見失いやすい時代だと思います。その中で、今日のキーワードの1つに「素直さ」があったと思っています。素直に取り組む。素直に向き合う。素直に疑問に思ったことを深めていく。これらを皆さんが素直に実践してくれた。困難に向き合うときも、この素直な取り組みの姿勢、吸収の姿勢を思い出してもらえたらなと。今日やった方法で、己の疑問と向き合う習慣を身につけてくれたら良いと思います。 真田さん:本来、情報は不安定で不確定なものであるという前提を理解してほしいと思っています。それぞれの学問は、本来その学問の外側にあるものに対して、より良くあろうという性質は持ち合わせていないと考えています。学問それ自体には、他の学問領域と橋渡しをしたり、人間社会により良い影響を与えたりするという向上心はありません。だからこそ、学んだそれぞれの学問が人の社会の役に立つように橋渡しをする、情報のやり取りやコミュニケーションが欠かせないと思っています。現代は、スマートフォンやSNSの利用で色々な情報が流れ込んできます。そのため、不安定な情報の交換にこそ、人間的な為すべき役割があります。今摂取しているこの情報は本当に正しいのか、この不安定な情報から自分自身がどういう風な答えを導き出して、どういう風にアクションをするか。しかし、そのアクションが間違っているかもしれないので、またアクションし直す。そういう前提で、これから学んだり動いたりしていってほしいと思います。 執筆者:東京都立大学4年 坂倉彩月 ■講演会後の先生・生徒インタビュー 印象に残った言葉は? 村上敦貴先生:印象に残った言葉は、「答え」ではなく「応え」という言葉です。世界から投げかけられる問いに、自分たちがどう応えていくのかというところに学問の面白さがあると感じました。また、真田さんの「芸術に完成はない」という言葉も印象的でした。本校には美術系を目指す生徒も多く、生徒たちにも強く響いていたと思います。 浅谷空美さん:1番印象に残ったのは、真円を描く場面で伊沢さんが「ガッツで描いてもいいじゃないか」と言っていたことです。私はこれまで、数学や理科では正しい答えを出すことが大切だと思っていました。しかし、問題に向き合う姿勢や挑戦する気持ちも大切なのだと感じました。完璧な答えだけを求めるのではなく、まずは勢いを持って挑戦してみることも必要だと思いました。 風間柚香さん:「答えのない問い」という言葉が1番印象に残りました。自分で疑問を見つけ、それに対して考え続けることが、受験や進路を考えるうえでも大切なのだと感じました。 岩﨑美穂教頭先生:「答え」と「応え」という言葉が特に印象に残りました。普段の授業では、問いに対して決まった答えを出すことが中心になります。しかし、世の中には答えのない問題も多くあります。その中で、自分なりの「応え」を積み重ねていくことが大切だと感じました。 進路を考える中で響いたことは? 浅谷さん:偏差値や周囲の目を気にしてしまうことがありますが、自分のやりたいことや志望理由を持ち、自分の勢いを大切にしようと改めて感じました。 風間さん:私は今、学びたいことがまだ定まっておらず迷うこともあります。しかし最近、自分の思いを率直に伝えた経験があり、そのことと今回の講演が重なりました。正解がなくても、自分から進んで行動することが大切だと思いました。 探究の授業で心がけていることは? 村上先生:本校では高校1年生で、企業から与えられたミッションに対してグループで解決策を考える探究活動を行っています。抽象的な課題を具体化し、自分たちで問いを立てることを大切にしています。問いを立てる経験は少ないため、生徒たちは戸惑いながらも挑戦しています。実社会との接点を持ちながら学ぶことが重要だと感じています。 浅谷さん:「正解が1つではない」という考えを大事にしています。活動の中で行ったブレインストーミングでは、相手の意見を否定せず、自分の考えを積極的に発信することを意識しました。自信がなくて話せない人もいましたが、今回の講演を通して、まずはガッツを持って行動することが大切だと感じました。 風間さん:探究活動では、自分たちで考えながら問題解決や開発を進めています。明確な答えがない中で、少しでも理想に近づけるように何度も試行錯誤を重ねています。 岩﨑教頭先生:本校では中学3年生から社会課題を見つける探究活動を行っています。困っている人や社会の課題に目を向け、高校でさらに学びを深めていきます。答えのない問題に挑戦する経験は、生徒たちにとって大きな成長につながると思います。 中高生へのメッセージ 村上先生:私は国語科ですが、大学では商学部に進学し、文学や心理学、生物地学など幅広い分野を学びました。その中で、学問はすべてつながっていると感じました。生徒たちには、この講演をきっかけにさまざまな分野に興味を持ち、多くの人や学問との出会いを大切にしてほしいと思います。 浅谷さん:高校3年生になった今、もっと勉強しておけばよかったと思うことがあります。今はYouTubeなど身近なところにも学びのきっかけがたくさんあります。楽しみながら学問に触れることで、自分の興味や将来につながると思うので、ぜひいろいろな分野に触れてほしいです。 風間さん:普段から「なぜそうなるのか」を考えることも大切だと思います。中学生のうちから疑問を深めていけば、将来進路を考えるときにも、自分の興味や経験につなげやすくなると思いました。 岩﨑教頭先生:私は数学を担当していますが、現在はAIなどによって簡単に答えを出せる時代です。その中でも、答えだけでなく「考える過程」を楽しむことを大切にしてほしいと思っています。授業では、教員自身が教科への思いを伝えることも意識しています。 執筆者:津田塾大学4年 山下さくら 岩﨑美穂教頭先生 / 風間柚香さん / 浅谷空美さん / 村上敦貴先生 学生新聞オンライン2026年5月13日取材 津田塾大学4年 山下さくら/東京都立大学4年 坂倉彩月/獨協大学2年 中津亜結梨/城西国際大学 3年 渡部優理絵 (法政大学 2年 渡辺碧羽)

中澤京平

あづま食品株式会社 商品開発部 課長 牛久吉弘

豆にもタレにもこだわる。お客様に味わってもらうために あづま食品株式会社 商品開発部 課長 牛久吉弘(うしくよしひろ) ■プロフィール2000年 あづま食品(株)に入社。品質管理課に所属し品質改善の業務を担当。2005年~現在 商品開発部 納豆の開発から容器や添付品の開発等を一連の業務に携わった。現在、同部内にて技術開発を担当。 納豆づくりを専業として、その親しみやすい味わいや、豊富な種類のタレで、北関東の地域をはじめとして多くのお客様に愛されているあづま食品株式会社。今回は、商品開発を担っている商品開発部、課長の牛久さんに、納豆づくりの魅力や、より納豆の美味しさを追求する商品開発の裏側などを伺った。 ■納豆として美味しかったから 私の出身は茨城の北の方で、小さい頃から納豆と親しみが深かったです。中学から高校へと歳を重ねていく中で、おぼろげながらも、ものづくりをしたいという思いが芽生えるようになりました。その中でも食品は我々に身近な存在であり、影響力も大きいです。さらに、健康面でも人々に貢献できるということから、納豆メーカーを志望しました。もちろん、茨城にも素敵な納豆メーカーはありました。しかし、自分自身で全国の納豆を買ってきて、それぞれ商品名を伏せて食べ比べてみたところ、タレをかければ美味しいと思える納豆はいくつかありましたが、納豆本来の味として1番美味しかったのがあづま食品さんの納豆でした。今後納豆というものは、健康面を含めいろいろな側面で広まっていくだろうとも感じていたので、納豆自身の味が気に入ったあづま食品に入社することを決めました。 ■納豆をより美味しくするという仕事 入社してからは、品質管理部門に配属されました。そこでは、工場で作っている納豆の美味しさに大きなブレが生じることを減らしつつ、データを活用しながら製品としてのクオリティの底上げする施策に取り組んでいました。この仕事を通して、大豆を水に浸すところ、蒸しあげて納豆菌を混ぜるところ、そして発酵するところまでの一連の流れにおいて、どの工程でどのようなことが納豆の美味しさに関係するのかに、強い興味を持つようになりました。その後は開発部門に移り、納豆の豆だけでなく、タレや他の要素についても広く取り扱うようになりました。現在は、技術開発の仕事をしていて、今よりも美味しい納豆を作るにはどうすればいいかを日々考えながら仕事をしています。ここでは、少し改良を加えることで以前よりも美味しくなった時や、その気持ちを一緒に仕事する仲間たちと共有できる時に大きな魅力を感じます。 ■商品開発について 納豆の商品開発にあたって、私たちは1日に約5〜7種類程の納豆を試食します。納豆は豆の産地が違うと味や食感も大きく異なります。なので、それだけの種類を食べ比べることで、私たちの考えている理想の納豆像をブラッシュアップすることができるのです。また、商品開発において、基本的には自分の中で「こうすれば美味しくなるのではないか」という仮説を立てます。もちろん自身の仮説が正しければそれはそれで嬉しいのですが、立てた仮説とは違った発見が得られた時は非常にワクワクした気持ちになり、これまでとは違った方向性で商品開発をするきっかけにも繋がってきます。私たちの納豆製品の魅力は、原料となる豆へのこだわりと、多彩なタレの開発にあります。豆でいえば、全国の様々な地域から仕入れた豆を個性の異なる大豆を通じて、品質を高めているところが魅力です。こうして生み出される納豆をより多くのお客様に親しんでいただくために、タレの開発にも注力しております。あづま食品の納豆には、大根おろし入りやしそかつお味をはじめとして、非常に豊富な種類のタレがあります。これらのタレを作るためのアイデアは、「お客様が普段納豆に何を入れて食べているのか」ということを基本にして考えられています。私たちが開発してきたタレは、どれもお客様が実際に納豆の上に乗せていた食材であり、そのデータをもとにして、より「美味しい」と思っていただけるようなタレ作りに励んでいます。これらのタレは、味だけでなく、匂いにも重要な役割を果たします。タレには、タレ自体がもつ風味によって美味しさを引き出しつつ、納豆の独特な「匂い」を中和させ、食べやすくする役目もあります。このように開発の際には、納豆を苦手とする方にも、納豆の美味しさに気づくきっかけになってほしいという思いも強く込めるようにしています。ここまでお話してきた納豆開発は、他社と比べても長い時をかけています。しかし、あづま食品は日本有数の「納豆を専業とする会社」であるため、1つの商品を作るための手間を惜しむことなくかけることができます。この点は他の納豆を提供している会社とは違った、私たちの持つ強みなのではないかと考えています。 ■広告は出さないこだわり 私たちあづま食品は、大規模なコマーシャル活動などを通じて自社製品をPRするといったことを基本的にはしていません。そのため、実際に売り場に出されてからどれだけ多くのお客様に手に取って貰えるかが勝負になります。広告活動をしないということはそれだけ、私たちの納豆が広まるには時間がかかるという苦労もあります。しかし、私たちが大切にしているのは、お客様に弊社の納豆を実際に味わって感じてもらうことです。言い換えると、「1度食べたら、他の会社の納豆ではなく、あづま食品の納豆をまた食べたいな」と思ってもらえる状態を目指して日々商品開発に取り組んでいます。このようにして私たちの納豆は徐々にお客様の中に浸透していって貰えると何よりも嬉しいと考えます。 ■学生へのメッセージ 私は納豆が好きだったから、自分であらゆる種類の納豆を買い漁り、手探りでそれぞれの納豆の違いなどを発見してきました。義務感でやっていたというよりは、遊びみたいな感覚で楽しみながらやっていました。もし、現時点で自分が何をやりたいのかあまり分からないと思っているのであれば、学校以外でしかできないことに楽しみながら挑戦してみると、思わぬ所で自分の将来に関するヒントが見つかりやすいのかなと思います。 学生新聞オンライン2026年5月13日取材 早稲田大学3年 中澤京平/東京女子大学3年 浮田梨紗 早稲田大学3年 中澤京平/上智大学2年 石川仁菜/東京女子大学3年 浮田梨紗/京都芸術大学1年 猪本玲菜

中澤京平

参議院議員 辻元清美

平和・ジェンダー・交通の三本柱で社会を動かす 参議院議員 辻元清美 (つじもときよみ) ■プロフィール参議院議員(全国比例代表)。1960年奈良県生まれ、大阪育ち。早稲田大学教育学部卒業。学生時代にNGOピースボートを創設、冷戦下の世界60カ国と民間外交。阪神淡路大震災では支援物資を船で運ぶ。エイボン女性大賞教育賞受賞、ダボス会議「明日の世界のリーダー100 人」に選出される。1996年、衆議院選挙にて初当選。NPO法を議員立法で成立させ、被災者生活再建支援法、情報公開法、男女共同参画社会基本法、児童買春・ポルノ禁止法などの成立に尽力する。衆議院議員(7期)。2009年 国土交通副大臣(運輸・交通・観光・危機管理担当)、2011年 災害ボランティア担当の内閣総理大臣補佐官。2017 年立憲民主党を立上げ、女性初の国対委員長(野党第一党)を2年間務める。立憲民主党代表代行、衆議院予算委員会野党筆頭理事、憲法審査会野党筆頭幹事、経済産業委員、平和安全法制特別委員、国土審議会委員などを務める。2022 年から参議院議員。 学生時代に立ち上げたNGO団体「ピースボート」での経験を活かして、平和問題や、ジェンダー平等など、多方面にて尽力している参議院議員・辻元清美さん。5年前にも本媒体で取材させていただいたが、今回はこの5年間での政治の変容や、今後成し遂げていきたい政策について、辻元さんに再び伺った。 ■貧しかった子どもの頃の経験から繋がった政治への道 子どもの頃は、家が貧しく、経済的に苦しい生活を強いられました。しかしある時、「大学に行けばお金持ちになれる」という話が耳に入り、私は苦しい生活から抜け出すために必死に勉強をしました。大学では、子どもの頃の経験から、貧困を無くすことや平和を希求することに興味を持ち、社会科を専攻しました。在学中の1980年に韓国では、当時の韓国民主化運動における転換点となった光州事件が起こり、私はボランティアとして、民主化に関する会議にも参加しました。そこで様々な人々と知り合い、これが一つのきっかけとなって、大学の友人4人で、平和・民主主義・人権問題など様々な社会問題をテーマに、各国の現地で国際交流をするNGO団体「ピースボート」を立ち上げました。ピースボートの活動では、非常に多くの国と地域へ出向き、国際交流を盛んに行いました。そんな中1995年には、阪神・淡路大震災が起こります。私たちもピースボートとして、ボランティア活動をしていましたが、私たちのような民間の力が社会的に認められるようになりたいという思い、そして当時日本初の女性衆議院議長となった土井たか子さんからの指名もあって、政治家の道を志すこととなりました。 ■当初は苦労したがやりがいもあった 衆議院議員として当選してからは、私は世襲議員でもない庶民代表として政治家になったため、充分な資金もなくて、選挙に落選した人が廃棄したコピー機や冷蔵庫などを再利用してまでやりくりをしていました。また、当時は女性だというだけで、男性政治家の秘書と間違えられる程、扱いは決して良いとは言えない状況でした。現に、私は今年で議員活動30周年を迎えますが、25年以上議員活動を続けている女性議員はわずか19人しかいないのです。それほど多くの苦労をし、時に悔しい思いもしましたが、政治活動の中で、自分が社会を変えることに携わることができた時はやりがいを感じました。例えば、与野党や市民団体をつないで実現させたNPO法を成立させたのは、一年生議員としては「田中角栄以来」と驚かれ、社会貢献活動を精力的に行える市民団体の数を増やすことができました。当事者といっしょにつくり、新しい立法のモデルと評された被災者生活再建支援法のおかげで、東日本大震災の際にも、災害で住宅が被害を受けた人々にきちんとお金が届くようになったわけです。ピースボート、阪神・淡路大震災でのボランティア経験を政治家として活かし、大きく社会を変えることに寄与できたことは、自分自身の大きな励みになりました。 ■政治家・辻元清美を構成する三つの柱 私は、政治活動の中でも主に、三つの方面で精力的に活動しております。一つ目は、「平和問題」です。日本は憲法第九条により、(他国から攻撃された場合を除いて)二度と戦争行為をしないということになっています。そのため、国際的に日本は平和国家としての信頼を築くことが出来ています。そうした中で私は、日本が「世界の赤十字」になるべきだと考えます。そのためには人道支援や、中立的な立場での戦争の仲介などを通して、より日本が平和な国家であることを発信することが肝要です。また、若い皆さんには実際に国際交流の経験をしていただきたいです。第二次世界大戦の時は、「鬼畜米英」といった考えが当たり前のように信じ込まれていました。ですが今や実際に会って交流をしてみればそんなことは全くないことが簡単に分かります。国際交流により、国籍や文化の違う方々の価値観を理解しあうことが、より平和や安全保障の強化に繋がるのだと思っています。続いては、「ジェンダー問題」です。前回の取材からおよそ5年が経ちましたが、同性婚問題については裁判でも複数件違憲判決が下され、次の最高裁で違憲判決となれば、とうとう同性婚が認められるところまできました。これは、当事者があげた声に対して、我々立法府が耳を傾け一緒に進んできたことの証だと考えます。そういう意味では同性婚に関する議論は前進してきました。しかし一方で、選択的夫婦別姓の問題に関しては議論が続いています。私は自分の姓は自分自身で決めて良いものと考えておりますが、反対派の意見も一定数いらっしゃり、これから先より慎重に議論を進めていく必要がある問題の一つです。また、女性天皇についても同様の議論がなされており、世論に沿った皇室典範改正を実現できるように頑張っていきたいです。そして、三つ目は「交通改革」です。私は、国土交通副大臣や委員長の経験もあり、バスや電車の利用を通した地域活性化に取り組んでいます。このような取り組みの一例として、私の住んでいる大阪府高槻市のバス運営が挙げられます。高槻市では、高齢者はバスに無料で乗ることができます。そうすることで、多くの高齢者が頻繁にバスを利用して出かけるようになります。バス運賃無償化にはもちろん税金が使われますが、これにより高齢者は健康になるため、医療・介護にかかる費用が抑えられる上、商店街を潤すこともできます。さらに、バスや電車での輸送は、車に比べて二酸化炭素の排出も少なくすることができ、いわゆる「クロスセクター効果」を生み出すことができるのです。私はこのような効果を日本中に広めて、地方もより活発にしていきたいと思います。 ■学生へのメッセージ 私の学生時代に比べ、社会が不寛容になり、失敗が許されない風潮があります。そのせいか、最近の若い方は、自分たちの頃よりも臆病になりがちな傾向があるように見えます。でも、若いうちは、失敗したっていくらでもカバーすることができます。だからこそ失敗を恐れないことが大切だと思います。ぜひ様々なことに好奇心を持って取り組んでいって欲しいです。私たち今の大人も、みなさんがのびのびチャレンジできるような社会をつくるため力をつくします。また、何でもかんでもSNSを信じ込まないことも大事です。百聞は一見に如かずというように、リアルで、自分自身で物事を確かめることで、新たな発見を得ることができるでしょう。 学生新聞オンライン2026年4月24日取材 早稲田大学3年 中澤京平 東京女子大学3年 浮田梨紗/城西国際大学3年 渡部優理絵/早稲田大学3年 中澤京平/法政大学4年島田尚和/京都芸術大学1年 猪本玲菜

坂倉彩月

映画『免許返納!?』 俳優 舘ひろし / 俳優 西野七瀬

映画には、みんなで一緒に一つのものを作り上げる楽しさがある ■俳優 舘ひろし(たちひろし)1950年3月31日、愛知県出身。映画『暴力教室』(76)で俳優デビュー。ドラマ「あぶない刑事」(86~)のタカ役で大ブレイクを果たす。近年の主な出演作には映画『アルキメデスの大戦』(19)や『ゴールデンカムイ』(24)、『港のひかり』(25)などがある。映画『終わった人』(18)ではモントリオール世界映画祭最優秀男優賞をはじめ数々の賞を受賞。2020年には旭日小綬章を受章。 ■俳優 西野七瀬(にしのななせ)1994年5月25日、大阪府出身。2011年から乃木坂46の1期生として活躍。2018年にグループを卒業後は俳優として活動する。近年の主な出演作には映画『シン・仮面ライダー』(23)、『少年と犬』(25)やドラマ「未来のムスコ」(26)などがある。映画『孤狼の血 LEVEL2』(21)では第45回日本アカデミー賞優秀助演女優賞および新人俳優賞を受賞している。 映画『免許返納!?』で、『帰ってきた あぶない刑事』以来2回目の共演となった舘さんと西野さん。70歳になったスターが世間の勘違いから免許返納の騒動に巻き込まれるという本作で、俳優とマネージャーという関係性を演じたお二人に、お互いの印象や演じた役柄の魅力を伺いました。さらに、俳優という仕事のやりがいや、大事にしている考え方など、お二人の素顔にも迫りました。 ■お二人は『帰ってきた あぶない刑事』以来のご共演ですが、お互いの印象の変化を感じた部分はありますか? 舘:『帰ってきた あぶない刑事』の時は正直、西野さんのことを難しそうな女優さんだと思っていました(笑)。ですが、今作では、次のお仕事に響くのではないかと心配になるくらい、すごく弾けた演技をしてくれて、感謝しています。挑戦する勇気が素晴らしくて、今作は西野さんがいなくては成立しなかったと思っています。これで「二枚目・西野七瀬」のイメージはどこかへ行っちゃったかもしれないですね(笑)。 西野:『帰ってきた あぶない刑事』では、舘さんとあまり絡みがなかったのですが、今回は舘さん演じる俳優役に対して、私はマネージャー役という近い距離感だったので、前回は知ることのできなかった舘さんのお茶目な一面を知ることができました。現場では、舘さんが様々なアドバイスをくださったおかげで、川奈という役をより魅力的に演じられたと思いますし、楽しんで挑戦することができました。 ■演じられた役柄の魅力を教えてください。 舘:僕が演じる南条という男は、すごく素朴で純粋で、映画に対する愛がいっぱいあって。でもそれが少し空回りするのが、このコメディ作品の魅力に繋がっていると思います。南条のコミカルなキャラクターを際立たせるためには、西野さん演じる川奈のクールさが必要でした。川奈がクールであればあるほど、南条が面白くなると感じました。 西野:川奈は、南条という大俳優にも全く物怖じせずにズバズバ言える、肝の据わった人だと思います。一見冷たいようにも見えますが、南条への愛は根底にちゃんとある。終盤になるにつれての川奈の成長も、今作の見どころだと思います。 ■俳優業のやりがいは何ですか? 舘:僕は、ものづくりが楽しくて好きなんです。俳優として演技をするというよりは、みんなと一緒に一つの作品を作ることに喜びを感じます。どんな役をやっても、いつも本当に自信がなくて。お芝居をしている自分自身が楽しいという感覚ではなく、みんなのお芝居が噛み合って一つのものが出来上がっていく過程が楽しいです。 西野:作品が世に出て、「あの作品観ていました」「あれが面白かったです」と言ってもらえるときは、やっぱり嬉しいです。あまりネットで感想を調べることはないので、直接会った方に感想を言われると、心に沁みて励みになります。私もみんなで作品を作ることが好きなので、そこは舘さんとの共通点だと感じています。作品作りは毎回、試練を乗り越えるという感覚です。乗り越えた壁の積み重ねが、次の作品に向かう原動力になっていると思います。 ■お二人の大事にしている考え方を教えてください。 舘:昔、渡さんから芝居は上手くなるなと言われました。芝居が上手い人は世の中にたくさんいるので、そういう人には敵いません。ですから、芝居よりも存在で魅せる。俳優としても、自分の生き様を大事にしています。 西野:私は、友達や家族と過ごす楽しい時間を大事にしています。仕事も生活するうえで大切ですが、あくまで第一優先は西野七瀬としての人生なので、あまり仕事に意識を持っていかれすぎないようにしています。 ■大学生へのメッセージをお願いします。 舘:大学生でいられる時間はあっという間で、時間なんてそんなにないと思います。ぜひ世界をみて、世界の中の自分を感じてください。 西野:色んな人と関わったり、色んなものを見たりした経験から、自分が作られていくと思うので、嫌だなと感じることでも一旦逃げずに受け入れてみるのも、きっと良い経験になると思います。 学生新聞オンライン2026年3月10日取材 東京都立大学3年 坂倉彩月 映画『免許返納!?』 舘ひろしが主演を務め、70歳の映画スターが免許返納をめぐる大騒動に巻き込まれていく姿を描いたコメディ。 2026年6月19日(金) 全国公開 出演:舘ひろし ⻄野七瀬 黒川想⽮南野陽⼦ ⼋嶋智⼈ MEGUMI 真⽮ミキ⼤地真央 吉⽥鋼太郎 宇崎⻯童 ほか監督:河合勇人脚本:林民夫配給:東映©2026「免許返納!?」製作委員会 映画『免許返納!?』公式サイト 昭和女子大学3年 阿部瑠璃香/東京都立大学3年 坂倉彩月/法政大学2年 渡辺碧羽 舘ひろしさんヘア&メイク=岩淵賀世 Kayo Iwabuchiスタイリスト=中村抽里 Yuri Nakamura【衣装クレジット】スカーフ STEFANO CAU(ステファノ カウ) 8,800円 ※バインドPR(03-6416-0441)ニット DRUMOHR(ドルモア) 46,200円 ※バインドPR(03-6416-0441)パンツ TAGLIATORE(タリアトーレ) 66,000円 ※トレメッツオ(03-5464-1158)ジャケット TAGLIATORE(タリアトーレ) 112,800円 ※トレメッツオ(03-5464-1158) 西野七瀬さんヘア&メイク=野口由佳(ROI) Yuka Noguchi(ROI)スタイリスト=鬼束香奈子 Kanako Onitsuka【衣装クレジット】ロングワンピース TOMORROWLAND .B / TOMRROWLAND△Shibuya△Flagship△Store 03-5774-1711シアーTシャツ OVERNEATH△別注 / LAND△OF△TOMORROW 03-3217-2855靴 モーダ・クレア 03-3875-7050ピアス・右リング ete、左リング Jouete ともに0120-10-6616 撮影:下田航輔

コラム

テリー伊藤 コラムVol.82 157回お見合いで幸せを掴んだ男 その1

私の古くからの友人、放送作家の西川ちゃんは5~6年前に離婚し、寂しさから3年前に25万3000円を払い結婚相談所に入会、月々1万2100円の会費を支払い、3年間で156回のお見合いをした。そして157回目にして遂に運命的な出会いを遂げた。それも63歳になる西川ちゃんよりひと回りも若い女性を射止める事ができたのだ。めでたし、めでたし。送って来た写真を見るととても素敵な雰囲気の方なので何故か羨ましくなるなってくる。 私と西川ちゃんは仕事で週1回会う関係で、この3年間156回のビックリお見合い体験をいつも聞いていた。まさに仰天体験だらけ。今回は彼の体験談の一部を紹介します。 ◆猫と暮している女性と同棲することになったが「放送作家との私生活はこんなにつまらないと思わなかった」と置手紙を残し、巨大なキャットタワーを残し夜逃げ。◆スナック勤務の女性と交際。何度かデートに誘ったがいつもドタキャン。理由を問いただしたら、客との同伴出勤を優先。◆真剣交際を望んでいたが、彼女の行動が怪しかったのでネット検索したら「ねずみ講」の常習犯だった。◆写真の加工の仕方が半端ではなく、本人の後ろの壁のブロックが歪んでいた。一番ひどかった女性は他人の写真を使っていて、デートの待ち合わせ場所で会っても本人と気づかず。「よく写真と違うって言われるんですよ」と笑顔で返答。そうなんです、世の中にはツワモノ女性がいるものですね。 こんな女性が結婚相談所に入会してくるケースもあるようだ。◆バブル時代に「アッシー」「メッシ―」が忘れられない「バブルの亡霊」のような女性◆ペット(血統書付きの犬や猫)と暮らし、休みの日はずっと録り溜めた韓流ドラマを見ていたが、ペットを失い入会した50歳を過ぎた女性◆熟女キャバクラ勤務、時給の良いアルバイトを続けているものの、50を過ぎて指名もなくなり先行きが不安になった女性 どんな女性が男性から嫌われるかを西川ちゃんに分析してもらった。◆プロフィール写真と実物が違いすぎる⇒「写真を加工しすぎ」「昔の写真を使いすぎ」「別人レベル」会った瞬間怒り!◆リアクションが薄い・楽しそうじゃない⇒「笑わない」「相づちが少ない」「目が合わない」◆条件・お金・将来の話が早すぎる⇒初回から「年収は?」「家は?」「老後は?」条件の話ばかり◆元夫・過去の話が多い⇒元夫と比較される。男性は「前の男を引きずっている女性」は苦手◆自分を飾らなさすぎる⇒「言葉選びが独特」「服装が奇抜すぎる」「地味すぎる」「将来のプランも意味不明」女性の皆さん気を付けてくださいね。次回は男性版を紹介します。 テリー伊藤(演出家) 1949年、東京築地出身。早稲田実業中等部、高等部を経て日本大学経済学部を卒業。2023年3月、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。テレビ番組制作会社IVSテレビに入社し、「天才たけしの元気が出るテレビ」「ねるとん紅鯨団」などのバラエティ番組を手がける。その後独立し、テレビ東京「浅草橋ヤング洋品店」など数々のテレビ番組の企画・総合演出を手掛ける。著書「お笑い北朝鮮」がベストセラーとなり、その後、テリー伊藤としてメディアに多数出演。演出業のほか、プロデューサー、タレント、コメンテーターとしてマルチに活躍している。YouTubeチャンネル「テリー伊藤のお笑いバックドロップ」LALALA USAでコラム連載中https://lalalausa.com/archives/category/column/terry

学生新聞インターン

映画『FUJIKO』 主演 片山友希 / 企画・プロデュース・出演 MEGUMI...

テンポで魅せる、人間ドラマ 映画『FUJIKO』 主演 片山友希 (かたやまゆき)企画・プロデュース・出演 MEGUMI (めぐみ)原案・監督 木村太一 (きむらたいち) 2026年6月5日より全国公開中の映画『FUJIKO』。木村太一監督の母の半生をもとに描かれ、名代富士そばとのコラボも話題になっている。第28回ウディネ・ファーイースト映画祭では、最高賞にあたる「ゴールデン・マルベリー賞」 を含む2冠を達成。映画祭における最高評価作品として選出された。今回は、主演の片山友希さん、企画・プロデュース・出演を務めたMEGUMIさん、監督の木村太一さんにお話を伺った。 ■そもそも、お母様のお話を映画化しようと思ったのはなぜですか。 木村太一:これまではMVやCMを手掛けることが多かったので、今後映画監督として映画を作っていくにあたって、「自分が何者なのか」を紹介しなければならないタイミングでした。それも含めて作品作りを考えたとき、これまで親孝行をしたことがないなと思ったのです。映画監督してのスタート地点でもあり、母への感謝を述べようと母親の話にしました。小さい頃から聞いていた話で、本当に「こんなことが起きるんだ」と感じていたので、いつかストーリーにしたいなと思っていました。それがみなさんのおかげで実現できました。 ■主演の菅波富士子を演じた中で、特に心が動いたシーンはありましたか。 片山友希:富士子を演じる中で感じたのは、特定のシーンというよりも、共演者の方々から台本以上のものをいただけたことです。赤ちゃんの重みや匂い、泣き声にすごく「ぐっ」とくるものがありました。子役の渡辺友那ちゃんの無邪気な姿や悲しい顔、ただ手をぎゅっと握ってくれるだけでも、胸にくるものがありました。また、元夫とのシーンでは、ずっとお芝居されていた諏訪珠理くんの手が震えていて、「この人よりも私がしっかりしないといけない」と思いました。共演者の方々から台本以上のものをいただき、自分自身も助けてもらい、引っ張ってもらうような経験ができました。そのような経験は、『FUJIKO』が初めてだったと思います。 ■舞台挨拶で「監督と衝突した」というお話がありましたが、どのようなことで意見がぶつかったのでしょうか。 MEGUMI:私はプロデューサーなので、全体の船頭のような役割を担うべきだと思っていました。演出やセリフについて、「これってどうなのかな」と監督に投げかけることがありました。監督は、その瞬間は良いと思って作っているため、摩擦が起きることもあります。自分の中の違和感を無視せず、“作品に必要なのか、必要ではないのか”を考えながら話し合いました。私自身にも余裕がなく、途中で頓挫してしまうのではないかという不安を抱えながら話し合いを進めなければならない場面もあったので、振り返ると感情的になってしまった部分があったかもしれません。 木村:そのことに関しては、ぶつかり合いというほどではなかったと思います。意見交換に近い感覚です。ぶつかったという意味では、キャスティングが大きかったかもしれません。演出やセリフについては、MEGUMIさんがプロデューサーとして、しっかりした意見を述べているという印象でした。意見が衝突することもありましたが、結果的によいものにつながったと思います。 ■実際にあったお話を描くことで、難しさや葛藤はありましたか。 木村:母親の話なので、どうしても全部入れたくなってしまうんです。最初の10稿くらいまでは、オリジナルのエピソードをリスペクトしすぎていた部分があったと思います。もちろん、リスペクトしているからこそ、「全部入れたい」という気持ちはありましたが、それが果たして映画にとって良いのかと感じる瞬間が多くありました。最初はうまくいかない部分もあり、お互い難しさを感じていたと思います。そこで、脚本家も含めてチームで考えたときに、映画を第一に考え、“映画としての嘘をつく”という意識を持ち始めてから、少しずつ改善されていったような気がしますね。脚本に関しては、MEGUMIさんと「これならいける」となったのは、クランクインの2~3週間前くらいでしたね。 ■役作りで意識したことや、富士子の魅力を教えてください。 片山:役作りについては、出演が決まってから台本が完成する約8か月間、改訂されるたびに台本をいただいていました。最初にいただいた台本から、完成版は半分くらい内容がなくなっていたのですが、以前の台本を読んでいたからこそ、変更された部分についても「なぜそうなったのか」を理解することができました。正直、役作りで特別にこうしたということはあまりなく、台本を読み込む中で、富士子の言うこと、やることが理解できたことがすごく大きいです。富士子のキャラクターの魅力は、人間の多面的な部分がしっかり描かれているところだと思います。一生懸命頑張っているけれど、いっぱいいっぱいになってしまって子供に手を挙げてしまったり、お金を手にして喜んでしまったりする。そういう多面性がちゃんとある人物なので、そういうところが魅力的だなと思いました。 ■作品をPRするうえで意識したことがあれば、教えてください。 MEGUMI:自分の企画でプロデュースというのは初めてだったので、プロデューサーのワークショップに行ったり、いろいろなプロデューサーの方に聞いたりしながら進めました。作品づくりは問題が起きるものなので、その時に“いかにポジティブな未来を共有できるか”がプロデューサーの仕事だと、私が尊敬するプロデューサーの方から教えていただき、気をつけなければいけないなと思っていました。PRについては、映画界のPRが得意な方にお話を伺いました。特に「名代富士そば」とのコラボに関しては、作品との親和性が大事だと思っていました。そこで映画を観た後、どんな行動をするのかを考えたとき、「お蕎麦が食べたくなった」という声がとても多かったので、「名代富士そば」にコラボの提案をさせていただきました。コラボ自体がニュースにもなり、富士そばさんにも喜んでいただけたかなと思いますし、私たちにとっても嬉しかったです。 ■今までにMVやCMの撮影も行っていますが、それらの撮影経験が本作に活きている部分はありますか。 木村:音楽に合わせてテンポよく展開するシーンもあったため、その部分はMVのような感覚で撮影したのを覚えています。カット割りは、良い意味で少しディレクションを雑にしたり、テンポ感を重視したりした部分はあるので、そうしたところで活きています。ただ、あくまでも映画なので、メインは映画としてのディレクションで進めていました。その点はMVとは全く違います。 ■この作品を通して、元気づけられたところはありましたか。 片山:『FUJIKO』は約1か月間撮影しましたが、自分自身、たくさん寝て、ご飯を食べて、全力で撮影を頑張ったなと思います。「主演は大変でしょう」と言われることも多かったのですが、そこまで大変だとは感じませんでした。たぶん、自分自身も富士子という役からエネルギーをもらっていたんだろうなと思います。 ■俳優業とプロデュース業をされていますが、それぞれの向き合い方の違いについて教えてください。 MEGUMI:一番大きいのは、視野の違いですね。俳優としては、役にフォーカスして、その人をとことん掘り下げていくため、視野をどんどん狭くしていかなればなりません。一方で、プロデュース業は、全体を見ながら感情移入せずに進めていかなければならないので、視野を広く持つ必要があります。 ■『FUJIKO』の最大の見どころを教えてください。 片山:私の姉が映画を観てくれたのですが、「開始1秒で引き込まれた」と言ってくれました。“オープニングからかっこいい“という映画はなかなかないと思います。監督が26年間ロンドンに住んでいるので、日本生まれ日本育ちの日本人にはない音楽の使い方になっています。賭博のシーンや富士子がカフェで働いているシーンも、全部音に合わせて動いていて。だからこそ、とてもハマりが良く、気持ちいいシーンになっているのではないでしょうか。日本映画っぽくなく、新しくて面白い作品だと思います。 MEGUMI:「生きているだけで精一杯」というセリフがありますが、混沌とした時代の中で、富士子だけでなく、“人間らしい人が人間らしいことを言っている映画”です。最近はそういった作品が意外と少なかったのかなと思います。そうした人間ドラマこそが、作品の最大の特徴です。皆さんが感情移入できる部分があり、それがこの作品の強みだと思います。 木村:一番の見どころは、テンポの速さです。個人的に、テンポよく進む映画を作りたいという意識があり、良い意味で忙しい映画にしたいと思っていました。シーン数やロケ地が多いのですが、尺が長くなく、1時間半に収まっています。しかし、常にテンポが速いわけではありません。カフェのシーンなど、遅いところは遅いという緩急があります。映画マニアの方や映画作っている方は、そういうところを見ていただけると、それもそれで面白いかもしれません。 ■若者へのメッセージ 片山:人は、自分が興味を持てることほど、前向きに取り組めるものだと思います。私自身、今ゼロの状態から英語を学び直したり、2年前から韓国語を勉強したりしています。みなさんには、好きなことや今興味のあることに、没頭してほしいです。 MEGUMI:今は情報があふれていて、失敗した人が厳しく批判されている場面もたくさん目にするため、何かに挑戦することが怖くなりやすい時代だと感じます。でも、リスクを取って何かをしない限り、人は悩みもしなければ成長もしません。今回の『FUJIKO』もそうですが、失敗しても、間違えても、誰かに何かを言われても、最終的には行動した人が前に進めます。失敗を恐れる必要はありません。大人になるにつれてどんどん行動力はなくなってしまうから、今のうちに“行動する筋肉”をつけてほしいです。インスピレーションに従ってチャレンジできる人になるために、今は一番人生で動いた方がいいんじゃないかなと思います。 木村:『FUJIKO』のメッセージにも通じることですが、今はインターネット社会なので、行動ではなく、データで判断してしまいがちだと思います。自分にとって何が一番良いのかは、自分が手足を動かして得た経験からしかわからないのではないでしょうか。自分に合う合わないも、実際に行動して初めて見えてくるものだと思います。たくさん行動して、たくさんチャレンジして、自分にとって何が一番良いのかを自分自身で確かめてもらいたいです。また、今、目の前にあることにしっかり向き合い、後悔のないように頑張ってほしいです。大人になると学ぶ機会も少なくなってきます。あとで、「あの時もっとやっておけばよかったな」と思わないように。「これが本当に役に立つのかな」と思うことでも、大人になると社会に出てから思いがけないところで活きることがたくさんあります。目の前のことをしっかり吸収し、将来、社会に役に立ててもらえたらいいなと思っています。 学生新聞オンライン2026年6月6日取材 東京薬科大学4年 庄司春菜 映画『FUJIKO』大ヒット公開中 出演:片山友希、YOU、リリー・フランキー、MEGUMI、うじきつよし、竹下景子、イッセー尾形、岸本加世子ほか原案・監督:木村太一 脚本:我人祥太、國吉咲貴 企画・プロデュース:MEGUMI配給:Atemo© 2026 FUJIKO Film Partners 公式サイト:https://fujiko-movie.com/  公式X/Instagram:@fujiko_movie 城西国際大学3年 渡部優理絵/東京薬科大学4年 庄司春菜

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俳優 青木柚 映画『NEW GROUP』

自分を見失わず柔軟に。見たことのない衝撃作への挑戦。 俳優 青木柚(あおきゆず) ■プロフィール2001年生まれ、神奈川県出身。16年に『14の夜』(足立紳監督)で映画デビュー。21年に『うみべの女の子』(W主演/ウエダアツシ監督)で毎日映画コンクールスポニチグランプリ新人賞にノミネート、23年『まなみ100%』(W主演/川北ゆめき監督)で MOOSICAWARD ベストアクター賞を受賞。近年の主な出演作に映画『港に灯がともる』(安達もじり監督)、『天使の集まる島』(主演/堀井綾香監督)、『秒速5センチメートル』(奥山由之監督)、ドラマ NHK 連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」、「じゃあ、あんたが作ってみろよ」(TBS)、舞台「ピーターとアリス」など。待機作に映画『ブルーロック』(瀧悠輔監督)、『マジカル・シークレット・ツアー』(天野千尋監督)、『さとこはいつも』(沖田修一監督)がある。 数々の話題作に出演し、独自の存在感を放つ俳優・青木柚さん。今回、「組体操」が襲い来るという斬新な映画『NEW GROUP』で海外帰りの高校生・優を演じた。強烈な世界観の中で自分を見失わずに立つキャラクターをいかに演じたのか。過酷な撮影の裏側や俳優としての信念、そして大学生へのメッセージを伺った。 最初にこの作品のオファーをいただいて脚本を読んだときは、「これをどうやって映像化するんだ」という驚きが一番大きかったです。理解はできても、この特異な出来事を本当に生身の自分を通して表現するのかと、まずはびっくりしました。でも、物語自体にはすごくストレートなメッセージ性が詰まっていて、さらに、そのメッセージを「組体操が襲ってくる」という斬新な方法で表現するという試みに感銘を受け、ぜひ参加したいと強く感じました。普段から、オリジナル作品に出演できることには、重きを置いています。また、監督が育ってきた環境の中で感じたものが作品に投影されていると聞いて心を動かされましたし、加えて、山田杏奈さんが主演というのも大きかったです。山田さんとは初めての共演だったので、この斬新な世界観の中でぜひご一緒できたら嬉しいなという気持ちで、今回のお話をお受けしました。 ■想像を超えた「組体操」の恐怖と感動 実際に完成した映画を見たときの率直な感想は、「想像をはるかに超えてきた」というものでした。撮影中は過酷な場面も多々あり、たとえば、日本体育大学の皆さんをはじめ、生徒役の方々が寒い中で組体操をし、僕たちがそれを止めるというシーンが続いたことがあります。現場で人間ピラミッドや組体操を目の当たりにしたときの感覚は、「恐ろしい」でした。想像以上の迫力があり、日体大の体操部の方々の完璧な統率力には、ただただ圧倒されました。組体操が、本当に一つの生き物のように襲ってくる感覚があったんです。皆さんが作品のメッセージを深く汲み取り、全身で表現してくださっているのを間近で感じて、恐怖と同時に感動してしまいました。あの気迫があったからこそ、僕たちもこの世界観に強く引き込まれたのだと思います。また、「人は怖がっている表情を見たら怖がる」と監督から聞いていたので、僕たちも自然と鬼気迫る表情になっていたのかなと思います。 ■心身をすり減らす現場と、監督との対話 撮影中は、心身ともにすり減らすシーンも多々ありました。物語が進むにつれて、味方は僕と山田さん演じる愛の2人だけになり、みんながどんどん集団に取り込まれていくんです。夜の学校という独特の閉鎖的な環境や組体操が襲ってくるという設定だったこともあり、今までに感じたことのない怖さがありました。組体操の方々は、監督のこだわり抜いた演出もあって、現場には独特な空気が立ち込めていました。ピエール瀧さんが登場する校長室のシーンも非常に衝撃的でした。僕と山田さんはどのシーンも真剣に頑張っていたのですが、あの空間だけは謎の時間がずっと流れていました。もちろん、しっかり怖かったですね。僕が演じた優は、作中で詳しいバックボーンは描かれません。ただ、監督に「描かれない部分だけれど教えてほしい」と伝え、優が海外から転校してきてどんな暮らしをしてきたのかを共有していただきました。それをあえて表には出さず、自分の中で解釈しながら演じていました。愛の家庭環境について触れるシーンなどでは、「優がそんなに軽々しく共感していいのだろうか」と、監督とすごく話し合いました。最終的には、オリジナル作品における監督の信念や言葉を信じ、それに従うことが一番良いと思って演じきりました。 ■自分自身の時間を大切に生きていく 優は、集団に染まらない象徴です。1人だけ制服も違いますし、海外に留学していた転校生でもある。そして、自分の芯を持とうとする人です。僕自身、「すべて自分で考えろ」とまでは言いませんが、なるべく自分の心を見失わないようにしようという気持ちは強いので、そういった思考の仕方は優に近いのかもしれません。振り返ってみると、僕の学生時代も少し独特だった気がします。小中学生の頃は昼休みに外でドッジボールをするような活発な少年だったのですが、高校に入ると急に、教室の端っこで男子数人でくだらない話をしているような生徒になりました。誰とでも話すし、みんなと一緒にいるのも好きだけど、自分の時間を何よりも大切にしたい時期だったんです。友達からの誘いを断ってすぐに家に帰り、電車の中から外の景色を眺めながら、進路や将来について黄昏れる時間を長く過ごしていました。色々悩みながら、自分の居場所や生き方を模索していたのだと思います。一人になる時間を大切にする感覚は、今でも変わっていません。 ■監督を信頼し、柔軟に作品に向き合う 俳優として仕事をする上で大切にしているのは、「自分の考えが絶対だと思わないこと」です。自分が演じる役柄のことは自分が一番知っていると思いがちですが、自分のことを全部知らないように、役のことも一番近い距離にいても意外と知らない部分があると思うんです。だからこそ、なるべく柔軟な頭で現場にいるようにしています。プライベートでは、いつか地方のミニシアターに行ってみたいですね。映画愛に溢れている場所が多いので、旅行も兼ねてそこで自分の作品や色々な映画を観る時間は、きっと良い刺激になるだろうなと想像しています。 ■大学生へのメッセージ 学生さんは凄いなと、卒業してつくづく思っています。一つの環境の中で自分らしさを保ち続けることは、決して簡単なことではありません。学生時代という限られた時間の中で、友人関係に悩み、目標や夢について考えることは、非常に実りある経験であると同時に、数多くの息苦しさを伴うものでもあるだろうなと。時には心が塞ぎ込んだり、周囲の環境に流されそうになったりすることもあるかもしれません。そんなときは、少しだけ自分を俯瞰してみてほしいです。「今の自分、案外面白いかも」と、ネガティブな感情や塞ぎ込みそうな状況を、一瞬でもポジティブに変換できる時間があったら、この先もっと楽しい日々が待っていると思います。心が不健康にならない程度に、正直な自分の気持ちや芯を見失わずに過ごしてください。 学生新聞オンライン2026年5月16日取材 慶應義塾大学4年 山本唯那 映画『NEW GROUP』 映画『NEW GROUP』6月12日(金)全国公開原案・監督:下津優太脚本:下津優太 佐原百子出演:山田杏奈青木柚駒井蓮 木下暖日 佐々木ありさ ロジャース歌乃細井じゅん 松本亮 足立智充 坂倉なつこ 清水崇 前野朋哉ピエール瀧主題歌:藤原さくら「new world」Tiny Jungle Records特別協力:日本体育大学配給:KADOKAWA制作プロダクション:ジェミナイフィルムズ製作:KADOKAWA シネマサンシャイン ムービーウォーカー©︎2026映画「NEW GROUP」製作委員会https://newgroup-movie.jp/公式X:@newgroup_movie公式TikTok:@newgroup_movie 慶應義塾大学4年 山本唯那/東京薬科大学4年 庄司春菜

区長・市長

富士吉田市長 堀内茂 

観光と暮らしを守りながら挫折を力に変える挑戦 富士吉田市長 堀内 茂 (ほりうち しげる) ■プロフィール市政最長の5期目を務める市長。富士山信仰のまちとして、また、富士の湧水を使用し、質の高い生地を織り上げる織物産地として発展してきた富士吉田市を情熱溢れるリーダーシップで牽引する。現在、「富士吉田市を世界一の誇れる街へ」を公約に掲げ、産業振興や観光インフラ整備、防災対策、教育環境の充実などの市政運営を展開している。さらに、富士山の豊かな自然や歴史・文化を次世代へ継承し、市民一人ひとりが郷土に誇りを持てる「輝く未来」の実現に向けて力を注いでいる。 富士山の絶景スポットで知られる山梨県富士吉田市。「日本らしい風景」として海外の方からも人気のあるスポット、新倉山浅間公園のほか、富士急ハイランドや鐘山の滝、名物は、吉田のうどん。今秋には、道の駅 富士吉田の新棟が完成予定。こうした国内外からの観光客に人気を博す富士吉田市において、ここまでの街を築かれてきた歩みと、幾度の挫折を市民とともに乗り越え、観光振興と市民生活の充実に挑んできた堀内市長に同市の魅力を伺った。 私は父親の影響もあり、日本大学に進学しました。当時は学生紛争の影響で大学が休校になることも多々あり、思い描いていたような学生生活ではありませんでした。しかし、その時間を無駄にしたくなかったのでアルバイトとしてホテルオークラで働き始めました。以前からホテル業に強い憧れを持っていたからです。ホテルは普段、必死に働いている人を日常から解放し、夢のような時間を提供する場所です。フロントやウェイターになるにも段階があり、厳しい指導と礼儀作法の習得が必要でした。それでもお客様が笑顔で帰っていく姿を見るたびに、この仕事に誇りを感じていました。国内外でのホテルで研修を重ね、文化や生活様式の違いを学びながら「人をもてなす本質」を、身をもって習得したように感じています。 ■富士吉田市への移住で知った自然と絆の力 海外勤務の機会にも恵まれましたが、家族の事情があり退職し、妻の地元の富士吉田市へ移住することになりました。社会人まで、東京で育った私には戸惑いもありましたが、四季折々に姿を変える富士山、澄んだ空気と水、そして地域の助け合いの精神に触れる中で、次第にこの地域が大好きになりました。確かに、富士吉田市は都会の便利さとは異なることが多いです。しかし、人と人の距離が近く、支えあいや助け合いが自然に根付いています。私はこの地域において、人が本当に豊かに生きるのはどういうことかということを教えてもらったような気がします。 ■政治への挑戦とクリーンな市政への決意 私はもともと政治家になるつもりはありませんでした。しかし、家族や周囲の勧めもあり県議会議員に立候補しました。当時は派閥や資金が大きく影響する選挙が行われており、私自身も葛藤を抱えることになります。二期目はクリーンな選挙を掲げましたが落選。その後、十八年間、政治の世界から離れました。その間、富士吉田市では1期ごとに市長の交代が続き、政策の継続性が失われていました。市民の皆様から「変えてほしい」という声をいただき、私は再び挑戦を決意しました。利権に左右されない、公平な市政を行うことを誓い、市長に就任しました。 ■観光都市としての成長とオーバーツーリズム対策 富士山の世界文化遺産登録を機に、富士吉田市はありがたいことに国内外から注目されるようになりました。新倉山浅間公園の忠霊塔や、本町通りから見ることのできる景観は世界中で共有され、年間百五十万人を超える観光客が訪れています。一方で、交通渋滞やマナー問題など、生活環境への影響も顕在化しました。そのため駐車場整備、公衆トイレの充実、交通整理員の配置など、住民と観光客双方が安心できる環境整備に取り組んでいるところです。観光の量を追うのではなく、持続可能性を重視した政策を進めたいと考えています。 ■稼げる街づくりと未来への投資 市民サービスを充実させるには財源の確保が不可欠です。私は「稼げる街づくり」を公約に掲げ、ふるさと納税の強化に力を入れてきました。名産品に依存せず、富士山の水や織物製品など、日常に根ざした返礼品で信頼を積み重ね、全国でも上位の実績をあげています。その財源を活用し、給食費の無償化、不妊治療支援、子育て支援センターの充実、ICT教育の推進など、子育て世代への支援を拡充してきました。未来を担う子どもたちへの投資こそが、持続可能な地域をつくると信じています。 ■DX推進と地域企業の変革支援 行政の役割は、単に制度を運用することではなく、地域全体の生産性を高めることだと私は考えています。そのため市役所内部の業務効率化に力を入れています。情報共有ツールやクラウドサービスの導入を進めることで、意思決定の迅速化を図っています。人口減少社会においては、人手不足は避けられません。だからこそ、テクノロジーを活用し、少ない資源で最大の成果を出す体制づくりが不可欠です。また、観光分野においてもデータ活用を進めています。来訪者の動向を分析し、混雑の分散や周遊ルートの最適化を図ることで、オーバーツーリズムの抑制につながるはず。単に観光客を増やすのではなく、地域に利益が循環する仕組みを整えることが重要です。これからも、伝統を守りながら変化を恐れず、持続可能な富士吉田市を築いていきたいですね。 ■富士山と共に歩むこれからの未来 富士山は大きな恵みをもたらすとともに、噴火というリスクも抱えています。私は防災対策を最重要課題とし、国や県と連携しながら備えを強化しているところです。また、防災訓練では、市民参加型の実践訓練を重ね、発災時の初動対応を可視化し、地域全体の危機対応力を高めています。これからも防災対策をしっかりと整える中、お越しいただく皆様には、富士の歴史や文化を感じていただきたいと思います。そして、富士吉田市では、麓から登れる唯一の登山道「吉田口登山道」の復興に力を注いでいますので、引き続き、麓から歩いて登る富士山の魅力を発信し、質の高い観光地を目指していきたいと思います。 ■大学生へのメッセージ 私の人生は、決して順風満帆ではありませんでした。どんな人生でも挫折はありますし、私自身、夢を抱いて進んだ道が途切れたこともあります。しかし、その都度新たな道を探し、自分を奮い立たせてきました。人間には環境に適応する能力があります。挫折は終わりではなく、次の可能性への入口です。大学生の皆さんには、自分の可能性を信じ、恐れずに挑戦し続けてほしいと思います。 学生新聞オンライン2026年3月2日取材 京都芸術大学1年 猪本玲菜 情報経営イノベーション専門職大学2年 山田千遥/城西国際大学2年 渡部優理絵/京都芸術大学1年 猪本玲菜

坂倉彩月

俳優 / 冒険家 / アースデイ・エバンジェリスト 塩谷 瞬

環境の捉え方次第で、自分の人生は変えられる 俳優 / 冒険家 / アースデイ・エバンジェリスト 塩谷 瞬(Shun Shioya) ■プロフィール1982年 石川県金沢出身。15才の時、自分の波瀾万丈な人生経験を生かせる職業は俳優ではないかと考え上京。『忍風戦隊ハリケンジャー』で主演デビュー、主演映画 『パッチギ!』にて日本アカデミー賞新人俳優賞など各賞を受賞。カンヌ映画祭にてBest film awardを受賞。2024年LAで行われたJapan Film Festivalにて最優秀作品賞を受賞。IMMA Asia film festivalにて優秀俳優賞を受賞。最新作『 国境なき男たち』韓国ドラマ『酒王』ネパール映画『スッカマノ』が公開予定。プロデューサーを務めた映画『ソーゾク』が公開中。GARA『Global Gift Gala TOKYO』を主催。世界200か国旅を始動、アフリカや東ティモールなどで海外支援活動や、環境活動、世界の子どもたちへの「夢の授業」を行っている。 「夢は必ず叶う。」そう真っ直ぐに語る塩谷瞬さんの人生は、決して平坦なものではなかった。家庭環境への葛藤、不登校、自分自身への劣等感。数々の逆境を経験しながらも、人との出会いを力に変え、俳優として、映画プロデューサーとして、そして世界を旅しながら社会貢献活動を続ける表現者として歩み続けている。『忍風戦隊ハリケンジャー』でヒーローを演じた彼が伝えたいのは、「どんな過去も未来を輝かせる力になる」ということ。夢を追い続ける原動力について話を伺った。 ■逆境が自分を強くする 小学校高学年の時の担任の先生との出会いが、僕の人生が変わる大きなきっかけでした。 それまでの僕はセンシティブな子で、両親がいないという家庭環境もあり、学校に行けない時期がありました。学校へ行かなかった時間は、教育番組を熱心に見たり、自分の好きなことを自由に選択して学んだりして、エネルギーを蓄える時間になっていました。元々物作りが大好きで、世の中で使えるようなものを想像して工作していました。それを近所の人達にプレゼントすると喜んでくれて、ご飯を食べさせてもらうことも多かったです。 一人で自由に過ごす時間がある一方で、周囲と繋がろうとも意識していたと思います。父の転勤の影響で引越しをするなどの環境の変化が多かったのですが、そんな僕を心配して、家へ何度も足を運んでくれた先生や助けてくれた周りの人の存在に救われました。なぜ僕のためにこんなに良くしてくれるのかと、社会の温かさについて考えるようになりました。5、6年生の時の恩師はとても自由な授業をする先生で、久しぶりに登校した僕を、クラスで一番の秀才だった子と一緒にリーダーに指名して、授業を進行させる役割を与えてくれました。その時から授業が面白くなり、表現する楽しさを感じました。先生が何度も丁寧に僕に向き合ってくれたり、愛情を注いでくれた経験が僕の原点になっています。 小学6年生の時、自転車に夢中になり、毎日50キロ走るようになりました。通っていた自転車屋さんに勧められてレースに出場したところ、初めての大会で1位になることができました。それまでの僕は、自分は周りの人より恵まれていないのではないかという悩みがあったんです。しかし、自転車との出会いが世界を変えてくれました。自転車を漕ぎながら人生について考える時間が好きで、そうして走り続ける中で、何かをやり遂げれば現状は突破できるということを体感しました。 育つ環境によって人生は決まってしまうと考える人も多いかもしれません。でも僕は、その環境をネガティブに捉えるか、ポジティブに捉えるか、その選択肢ひとつでその後の人生はいくらでも変わるということを学びました。僕はネガティブな出来事を決して悪いことだとは思っていません。むしろ、逆境に直面するからこそ、自分が乗り越えるべき壁や向き合うべき課題が明確に見えてくるのだと思います。その壁を一つひとつ乗り越えるたびに、人は確実に強くなれます。強くなれば、人生の自由度も上がります。そうすると、次に困難が訪れても恐れずに挑戦できるようになり、物事を解決するスピードもどんどん早くなっていきます。たとえ自分に何もなくても、どんなに小さなことでも、人を幸せにすることはできるということを伝えたいです。 ■自分にしかできない表現を 15歳の頃に受けたオーディションで特別賞を頂いたことが、芸能界に入るきっかけでした。当時の僕は、家庭環境や学歴に対してコンプレックスがあり、裕福でなければできない仕事があると思い込み、人生の選択肢を狭めていました。そんな僕が一番惹かれたのが、表現の世界でした。もちろん周りを見渡せば歌やルックスで僕より秀でている人はいくらでもいます。自分は何で勝負できるだろうと考えていた時、初めて自分で借りた作品、映画『タクシードライバー』で主人公が自分の人生を取り戻し、一人の人間の為に人生を捧げる姿に鳥肌が立ち、『このようなこと』を世界に向けて表現していいんだと衝撃を受けたことを思い出しました。僕にしか歩んできていない波瀾万丈な経験や人生を表現することが、俳優に活かせるのではないか。そう確信した僕は、社会を変えたい、自分の魂をこれに捧げようと決意し上京しました。 ■夢を諦めないことの大切さ 何より大切にしているのは、感謝と恩返しです。僕は、人は人でしか変えられないと信じています。一人で孤独に苦しんでいる時、友達が大丈夫だよと抱きしめてくれるだけで救われる。そんな光景をたくさん見てきたからこそ、僕の表現のベースには常にその想いがあります。僕が1番の天命だと思っていることは、最初にいただいた役が、「ハリケンジャー」でのヒーロー(ハリケンレッド)だったことです。苦しい時に多くの人に助けられてきた僕が、今度は地球と平和を守る主役を演じる。このために僕は、これまで辛い経験をしてきたのだと感じました。痛みを知っているからこそ、人の苦しみに寄り添うことができます。僕は、社会に対して自分の意見を持ち、そのエネルギーで新しいことを始めたいという想いから独立しました。世界を2周し、震災支援やコミュニティ作りなど、自分がやりたい社会活動に全力で取り組んでいます。信念を持って行動すれば必ず形になり、人はついてきてくれるものです。今、夢を追いかけている皆さんに伝えたいのは、絶対に自分を信じて諦めないでほしいということです。夢を叶えるコツは、ステップを明確にすることです。ノートを用意して、自分の長所や短所、直面している壁をすべて書き出してみてください。それを一つひとつ因数分解して解決策を見つけていけば、必ずゴールへの道筋が見えてきます。強い熱意があれば、有言実行は可能です。僕は、子供の頃から偉人の言葉を自分の手帳に書き留めています。その言葉が自分の中で浸透し、行動へと変わっていくからです。そして今年は世界3周目の旅に出ます。事業を少し整理して、配信も始めるなど、新しいことに挑戦することが、人生の楽しみであり、進化への鍵になると思っています。今年は主演映画の公開もあります。そして映画の制作を国内、海外で展開していきます。自社でIPを持ち世界に展開することを目標に地球に還元できる芸術の形を創造していきます。 ■大学生へのメッセージ 自分を知ることの大切さノートに自分歴史や、長所と短所を書き出してみてください。そして、一見マイナスに見える自分のネガティブな部分こそが、実は自分を輝かせるための最高の素材であり、ダイヤの原石だということを伝えたいです。苦しんだ経験は必ず全てがプラスに変わります。だから、自分のダメな部分も否定せず愛してあげてください。自分を愛し、しっかりと目標を定めて一歩ずつ進んでいけば、道は必ず開けます。『夢は必ず叶う』 そう信じて生き抜いてみてください。 学生新聞オンライン2026年3月26日取材 東京都立大学3年 坂倉彩月 獨協大学3年 深山琴美/東京都立大学3年 坂倉彩月

中澤京平

株式会社大創産業 代表取締役副社長 朴洪植

100円で世界を変え、生活インフラを支える。 株式会社大創産業 代表取締役副社長 朴洪植 (ぱくほんしく) ■プロフィールサントリー食品アジア(Suntory Beverage & Food Asia)のCEOなどを歴任アジア地域におけるサントリーの飲料事業を統括2022年大創産業 入社 100円ショップの代名詞「ダイソー」を展開し、世界26カ国へ進出する株式会社大創産業。サントリーホールディングス株式会社で財務や海外事業を歴任し、現在は同社の副社長として経営の舵を取る朴洪植氏に、100円という価格を守り抜く独自のビジネスモデルや自身のキャリアの歩み、そして学生へのメッセージを伺った。 学生時代、私はスポーツに明け暮れる毎日を過ごしていました。専攻は経済でしたが、心血を注いでいたのはハンドボール部での活動です。当時の生活を振り返ると、決して余裕のあるものではありませんでした。仕送りはありましたが、部活動を続けながら生活費を補うためには、自ら稼ぐ必要があったのです。部活動との両立を考え、当時比較的時給の良かった家庭教師のアルバイトに励んでいました。卒業後の進路については、当初、恩師の紹介でアジア経済研究所への道も検討していました。しかし、行政改革の影響を受け、急遽民間企業への就職活動へと切り替えることになりました。手当たり次第に電話をかける中で縁があったのがサントリーでした。特定の業界に強いこだわりがあったわけではありません。ただ、サントリーという会社の明るい雰囲気に惹かれ、「この会社なら楽しく働けそうだ」と感じたことが入社の決め手となりました。 ■「学び」は社会に出てからが本番 サントリーに入社した当初は、自分がどのような仕事に就くのか想像もつきませんでした。配属先は財務経理。大学時代に学んだ知識以上に、入社後に学ぶことの方が圧倒的に多くありました。簿記の知識から、株式や債券、資金運用の実務まで、現場で必要とされる知識を必死に吸収しました。当時を苦労だと思ったことは一度もありません。むしろ新しい知識が自分の武器になっていく過程は非常に楽しく、気づけば10年という月日があっという間に過ぎていきました。そんな私が、創業50年を超える大創産業への入社を決めたのは、ある相談がきっかけでした。「財務管理、経営企画、海外事業の経験を併せ持つ人材を探している」と。当時の大創産業は、すでに日本を代表する小売業でありながら、さらなるグローバル展開を見据えていました。サントリー時代の半分の期間、海外事業に携わっていたので、挑戦してみないかとお声がけいただいたのです。そうして実際に社員の方々と会ってみると、前向きなエネルギーに満ちており、サントリーに入社を決めた時と同じような感覚を味わいました。流通業界では、少ない商品数でいかに高い利益率を確保するかが重視されがちです。しかし、大創産業は異なります。商品数を増やし、圧倒的なボリュームでお客様にワクワク感を提供する。そんな独自の魅力を持つこの会社に、私は「日本発のグローバル小売ブランドになり得るポテンシャル」を感じました。 ■100円の品質を支える圧倒的な「数」の力 多くの方から「なぜ100円でやっていけるのか」という質問をいただきます。その答えは、長年デフレの時代を生き抜き、積み上げてきた独自の仕組みにあります。現在、国内の店舗数は約5,000店舗に迫っており、この規模を活かした大量発注こそが、コストを抑えながら品質を維持する最大の武器です。かつては「安かろう悪かろう」と言われた時代もありましたが、私たちはその常識を打ち破るため、品質管理に徹底的にこだわってきました。広告宣伝費などのマーケティング費用は最小限に抑え、その分を商品開発と品質向上に投資しています。毎月1,600アイテム種類以上の新商品を生み出せること自体が、最大のマーケティングなのです。「他社との差別化は?」と聞かれれば、それは圧倒的な商品数だと答えます。皆さんもダイソーに足を運んだ際、目的の商品が見つからなかったとしても、別の商品を手に取って購入してしまった経験があるのではないでしょうか。例えばハサミ一つをとっても、他社が数種類しか置いていないところを、ダイソーでは何倍ものバリエーションを取り揃えます。選べる楽しさ、そして手に取った時の驚き。これこそが、大創産業がお客様に提供し続けている価値なのです。また、昨今の物価高の中にあっても、私たちは100円という価値の提供に強いこだわりを持ち続けています。今後はさらに工夫を重ねながら、100円で提供できる商品の幅を広げ、より多くのお客様の日常を支えていきたいと考えています。 ■成長の鍵を握る「素直さ」という資質 私が一緒に働きたいと考えるのは「素直な人」です。長いキャリアの中で多くの人を見てきましたが、素直な人ほど成長が早いと感じています。周囲のアドバイスを柔軟に吸収できるだけでなく、教える側も「この人のために」という気持ちになります。それに加えて、常に学び続ける姿勢も重要です。勉強しすぎて困ることはありません。大創産業の社員にも、この素直さと向上心を持つ人が多いと感じています。私たちの目標は、ダイソーを含む3つのブランドを世界中に広げ、人々の生活を支えるインフラとなることです。現在は26カ国に展開していますが、今後もさらなる成長を目指していきます。どの国に行っても、そこにダイソーがあり、人々の生活を支えている。そんな未来の実現に本気で取り組んでいます。 ■大学生へのメッセージ 「将来何をしたいか」という目標を持つことは大切です。しかし、入社してすぐに自分のやりたいことができるとは限りません。まずは与えられた環境で、目の前の仕事に全力で取り組んでみてください。その経験は必ず将来につながります。物事を長期的な視点で捉え、今この瞬間に全力を尽くすこと。その積み重ねが、皆さんを思いもよらない場所へと導いてくれるはずです。 学生新聞オンライン2026年4月22日取材 青山学院大学2年 松山絢美/情報経営イノベーション専門職大学 2 年 山田千遥/武蔵野美術大学 2 年 石井生成/早稲田大学 3 年 中澤京平 法政大学2年 渡辺碧羽/東京都立大学4年 坂倉彩月/早稲田大学3年 中澤京平/東京女子大学3年 浮田梨紗/武蔵野美術大学2年 石井生成/青山学院大学2年 松山絢美/情報経営イノベーション専門職大学2年 山田千遥/京都芸術大学1年 猪本玲菜

学生新聞インターン

キリンビバレッジ株式会社 代表取締役社長 井上一弘

お客様の毎日に寄り添う「飲みもの」で、挑戦をし続ける キリンビバレッジ株式会社 代表取締役社長 井上一弘 (いのうえかずひろ) ■プロフィール1966年1月生まれ、埼玉県出身。1988年青山学院大学経済学部卒業後、キリンビール株式会社入社。2003年酒類営業本部首都圏地区本部首都圏流通第3部長、2015年キリンビールマーケティング部部長、2021年常務執行役員マーケティング本部流通営業本部長を経て、2024年キリンビバレッジ代表取締役社長に就任。 「午後の紅茶」などの商品で知られるキリンビバレッジは、飲料業界の第一線で活躍する企業だ。変化の激しい時代の中で、どのように強みを維持し、新たな挑戦を続けているのか。社長である井上一弘氏に、これまでの歩みや仕事への向き合い方、そしてこれからの展望について話を伺った。 大学時代は4年間をどう楽しむかを意識して過ごしていました。当時マリンスポーツに興味があったため、ヨット部に入部し、年間130日ほどを合宿所で生活していました。またヨット部は部員の部費で運営されていたため、宅配便やアイス工場などでアルバイトも行っていました。好奇心から六本木でバーテンダーとして働いていたこともありました。様々なお客様とのかかわりを通して貴重な経験ができたと思っています。就職活動は、父親が食品メーカーで働いていたことから食品メーカーで働く生活や、会社が生み出す商品に魅力を感じ、キリンビールを受けました。実は、その前に受けていた会社があったのですが、正直に若者目線のCMに対する意見をぶつけたことが原因なのか、面接で落ちてしまったんです。そこでキリンビールに直接電話をかけ、面接の機会をいただきました。面接の際、ゼミで食品メーカーについて学んでいたことから、率直な意見を言ったことを覚えています。 ■成果を生み出す仕事への向き合い方 入社すると、この組織の中でどう勝ち抜くかを考えるようになりました。そのために必要だと感じたのが、実績です。主に営業を担当していたのですが、目標達成をする気持ちと能力は高かったと自負しております。社内の人事評価システムに目標によるマネジメントを行うMBO-Sというものがあり、毎年自分の仕事の目標を決めるんです。その際、決めた目標を達成するために、変動する環境の中で毎年やり方を工夫しながら100%達成を目指しました。これがよい循環を生んだと思っています。さらに、目標を細分化して達成する原田隆史先生の原田式目標達成という思考法も取り入れていました。成功は技術であり、目標の達成のために自分を徹底的にコントロールする。その考え方に共感したからです。毎日振り返り、やること、反省すること、1日をやり直せるならどうするかなどを考え、自分自身の“日に新たに、日々新たなり”のPDCAを3年間回し続けました。その結果、自分の仕事のやり方を身に付けられたと感じています。 ■商品・社会・組織で生み出す価値 キリンビバレッジには、代表的な商品に、今年で40年を迎える「午後の紅茶」があります。1986年、“冷やしても濁らない「クリアアイスティー製法」”で、紅茶飲料のペットボトル化に成功し、市場を創造してきました。実は世界では、コーヒーよりも紅茶の消費量の方が多く、日本人にも紅茶をより多く飲んでもらえるような工夫を、現在でも行っています。例えば、夏にも紅茶を飲んで欲しいことから、「夏のアイスティー提案」を行っています。また、紅茶の間口を拡大する事を目的に、昨年は「FRUITS & ICE TEA」を発売しました。この商品は、「コーヒーと異なり、紅茶は飲むタイミングが分からない」というお客様の声にもお応えできるよう、紅茶ではなくフルーツ飲料の切り口から開発したものです。果汁を7%含んでおり、ジュースのように感じるのですが、最後に紅茶の味が来る商品です。また、「午後の紅茶」は産地との取り組みも行っています。「午後の紅茶」シリーズの原材料である茶葉は、スリランカで生産された茶葉を多く使用させていただいており、スリランカでの茶葉生産に関わる労働環境の改善や環境保全にも一緒に取り組んでいます。皆様に「午後の紅茶」を飲んでいただくことによって、スリランカ経済も豊かになる循環を作っています。 商品開発やマーケティングなど、様々な工夫を行っていますが、一方で現在飲料メーカーの競争は厳しく、新商品も1000個を作って市場に定着するのは3個のみというのが現状です。これをセンミツと言います。当たり前ですが、清涼飲料にも「付加価値」がある事が重要であり、そこで現在注力しているのがヘルスサイエンス領域の商品です。例えば「プラズマ乳酸菌」はお客様からの認知、評価を得ていることから市場価値が高まっています。そのことを活かして、利益を伸ばし、新たな商品開発へと繋げる良いサイクルを創っていきたいです。プラズマ乳酸菌入り飲料に関しては大人だけでなく子どもへ向けた商品をつくるような工夫もしています。 ■明るさが生む組織の力 キリンビバレッジの従業員は皆さんすごく明るいんですよね。良い意味でくじけず、非常に前向きです。この底抜けに明るいことが魅力であり、現在の売り上げに繋がっていると思います。会社の中では、明るく楽しく元気な人は、好感が持たれます。だからこそ、求める学生像としては素朴さがあり、素直で、嘘をつかない人が良いですね。これからの未来予想がつかない中で、探求心を持っている学生も良いと考えます。 ■学生へのメッセージ 人生は100年時代と言われていますが、睡眠や仕事の時間を除くと、自分のために使える時間は全体の中でも限られています。この時間をどう使うかで、人の成長に差が生まれます。世の中には、生まれた環境など人それぞれ違うものが多くありますが、「時間」だけは誰にとっても平等です。この1日24時間をどう使うかが、将来の自分を創ります。また、人は一度きりの人生を生きることしか出来ません。だからこそ、最期に「いい人生だった」と思えるように、日々を大切にし、挑戦し続けてほしいと思います。後悔のない人生を送るために、今この瞬間を全力で生き、その積み重ねを大事にして下さい。 学生新聞オンライン2026年4月7日取材 津田塾大学4年 山下さくら 津田塾大学4年 山下さくら/国際基督教大学4年 若生真衣/早稲田大学3年 中澤京平

学生新聞インターン

俳優 鈴鹿央士 Netflixシリーズ「喧嘩独学」

逆境から這いあがろうともがく姿は、誰かに勇気を与える 俳優 鈴鹿央士 (すずかおうじ) ■プロフィール2016年にスカウトされたことをきっかけに18年より芸能活動を開始。同年秋に第33回『MEN’S NON-NO』専属モデルオーディションでグランプリを受賞しモデル活動を始める。19年に映画『蜜蜂と遠雷』で俳優デビューを果たすと、第44回報知映画賞、第43回日本アカデミー賞など計5つの映画賞で新人賞を受賞。ドラマでは『ホリミヤ』(21・MBS)で初主演を務め、『ドラゴン桜 第2シリーズ』(21・TBS)や『silent』(22・CX)などの話題作に多数出演。 Netflixシリーズ「喧嘩独学」。原作漫画は、グローバル累計閲覧数22.8億回(2026年1月時点)を超える大ヒットWEBトゥーン漫画。若いキャストが集まり、熱量溢れる作品になったと語る鈴鹿さん。初挑戦のアクションシーンに対する思いや、役作りに対するきめ細やかな努力も垣間見えた。 ■ 喧嘩という行動の根源にある、誰かを想う気持ち 僕が演じる主人公の志村光太は、何よりも人のことをずっと想っている青年です。喧嘩という行為はある種暴力で、決して良いことではありません。しかし、志村は病気のお母さんを助けるために喧嘩の生配信でお金を稼がなければならない。仲間ができてからは仲間のため、そして好きな人ができてからは好きな人のために。誰かのためにずっと動いている、そんな人です。愛情深くて優しい部分が魅力だなと感じていたので、その核の部分は忘れないように演じていました。志村のセリフには、ずっと誰かのことを想っているからこそ出てくる言葉もあります。お芝居をするときは、仲間や大切な人のことを想っていました。一人のシーンであっても、仲間のカネゴンや秋ちゃん、朝宮さんやお母さんの存在が常に頭にありました。その一方で、仲良くなった後にはふざけたり、ちょっかいを出したりするような部分も志村の魅力だと思います。遊べるところは遊ぶ役だと思ったので、役に幅を持たせるようにも意識しました。特にこだわったのは、ドキドキする感情の表現です。朝宮さんの存在に対して、「女神降臨」と感じるようなシーンがあるのですが、撮影しながら監督に「気持ち悪いよ」と冗談で言われたこともありました(笑)。どこまでドギマギ感を出すのか、不慣れな感じをどう表現するのかは、かなり考えていましたね。また、志村は新しいことや夢見ていた学校生活など、“普通”というものを追い求める人でもあります。手に入れられないかもしれない“普通”に憧れている感情は、演じる上でも大切にしていました。『喧嘩独学』はアクションだけでなく、友情、愛、家族の物語でもあり、社会のことについても触れています。SNSが大きな影響力を持っているこの時代に、自分たちがどう向き合っていけばいいのか、改めて考えるきっかけを与えてくれる作品です。 ■生身の人間がぶつかり合う、実写の熱量 『喧嘩独学』の原作は漫画ですが、生身の人間が演じることで生まれるものもあると思います。静止画ではなく、一つのカットの中でずっと動いていて、心の揺れ動きも見えてきます。アクションシーンの中で、スローモーションでバンッと顔に拳を当てているとき、唇が取れているように見えるシーンがありました。このように、想定していなかった迫力あるシーンが生まれたり、お互いが共鳴し合っていたりする感じは、実写ならではの魅力だと思います。作ろうと思って狙った訳ではないものが自然と生まれる部分が面白いなと感じました。また、この作品を通して、まっすぐな“熱さ”を持つことの大切さにも気付きました。どれだけ逆境に追い込まれていても這い上がろうともがいている姿は、誰かに勇気を与えられるものであり、同時に美しいものでもあると思います。共演者やスタッフの方々の熱量、そして作品への深い愛情が、画面を通して真っ直ぐに伝わる作品になったのではないでしょうか。 ■新しいことに飛び込む怖さも恥ずかしさも、やってみないとわからない 俳優をやっていると、歌を歌ったりダンスをしたり、さまざまなことをやらなければならない場面に遭遇します。今回、殴られても何度も立ち上がる志村の姿を演じながら、自分自身も挑戦することの大切さを感じました。本格的なアクション作品に出演するのは今回が初めてだったので、自分にとっては大きな挑戦でもありました。新しいことを始めるときは、「できなかったらどうしよう」という怖さや恥ずかしさもあります。しかし、何事も一回やってみないとわからないものです。今までこのような作品に巡り合わせがなかったので、「どうしよう」と戸惑いながらも自分なりに向き合っていました。ちなみに、個人的にいま挑戦してみたいことは陶芸です(笑)。ぜひやってみたいです。 ■大学生へのメッセージ 26歳になり、「勉強って楽しかったんだな」と思う瞬間がたくさんあります。自分が学んでいることが仕事に繋がれば、継続して学びがあります。しかし、僕のように別ジャンルの道に進み、高校や大学で学んだことから離れてみると、実は言語や法律などいろいろな学びに向き合っていた時間はすごく楽しくて貴重な時間だったのだなと感じるようになりました。たくさん勉強して知識をつけたり、バイトをしたり、免許を取ったり、仲間を見つけることも大切だと思います。学生の皆さんには、今しかない時間をのびのびと楽しんでほしいです。 学生新聞オンライン2026年5月8日取材 東京女子大学3年 浮田梨紗 ■Netflixシリーズ「喧嘩独学」(6月11日配信スタート) Netflixシリーズ「喧嘩独学」キャスト: 鈴鹿央士 見上愛 菅生新樹濱尾ノリタカ 浅川梨奈 前田拳太郎 長田拓郎関口メンディー 高山璃子 坂口涼太郎 前田公輝 名村辰伊勢谷友介 佐野岳 オラキオ 大鶴義丹片岡鶴太郎 原田美枝子 生見愛瑠原作:「喧嘩独学」原作:PTJ cartoon company 作画:金正賢(「LINEマンガ」連載)監督:武内英樹脚本:徳永友一音楽:Face 2 fAKE撮影:谷川創平照明:李家俊理美術:棈木陽次(※「棈」は「木」ヘンに「青」)アクション監督:藤井祐伍編集:穗垣順之介 村﨑達リレコーディングミキサー:金杉貴史録音:中嶋翔太スーパーヴァイジングサウンドエディター:伊東晃VFXスーパーバイザー:長崎悠エグゼクティブ・プロデューサー: 福井雄太(Netflix)企画・プロデュース:稲葉直人プロデューサー:前田茂司企画制作:ミリアゴンスタジオ制作プロダクション: 楽映舎製作:Netflix配信:2026年6月11日よりNetflixにて世界独占配信https://netflix.com/ 津田塾大学4年 山下さくら/昭和女子大学3年 阿部瑠璃香/京都芸術大学1年 猪本玲菜/東京女子大学3年 浮田梨紗

中澤京平

キリンシティ株式会社 代表取締役社長 田中賢了

世の中をもっと元気に。一杯のビール、一皿の料理で、人と人の時間を豊かにする。 キリンシティ株式会社 代表取締役社長 田中賢了 (たなかけんりょう) ■プロフィールキリンシティ株式会社代表取締役社長。キリンビールでの営業や外部出向、キリンホールディングスでの経営企画業務を通じて、多様な価値観に触れる経験を積む。「人と人をつなぐビールの力」に魅力を感じ、現在はキリンシティの成長と新たな価値創造に取り組んでいる。 キリンビールの価値を、従業員の技術とサービスによってさらに引き出し、最高の体験として提供するキリンシティ株式会社。今回は代表取締役社長の田中賢了さんに、ビアレストランとしてのこだわりや仕事に対する想いについて話を伺った。 大学時代は、入学してすぐの学園祭でパフォーマンスを見たことをきっかけにストリートダンスをはじめました。当時はダンスというものが今のように中高での必修でもなく、あまりプレイ人口も多いものではなかったですが、人に見せるために身体を動かす、言語の壁を越えて通じるということに魅力を感じ、かなり夢中になっていました。 ■「誰かの人生に喜びをもたらす仕事をしたい」 私が就職活動で大切にしていたのは、「どうせ働くなら、誰かの人生に喜びをもたらす仕事をしたい」という想いでした。ビールは、人と人がつながるあらゆる場面に自然と存在し、嬉しい時も、挑戦を終えた時も、人生の節目に寄り添います。そうした前向きな時間を生み出す存在に携わりたいと考え、ビール業界を志望しました。その中でもキリンビールは、創業以来「お客様本位・品質本位」という哲学がずっと大切にされてきたということ、当時出会った先輩社員の人柄にも惹かれ、キリンビールに入社することを決めました。2021年には、外部出向という形でとある経済団体へ出向することになりました。そこではビール業界に限らず様々な業界の会社の社長や消費者団体の代表、NPO法人の方々などと多く接する機会があり、中には政治家や官僚との関わりを持つ場合もありました。その時私の仕事に対する考え方に変化が起こります。それまでは、経済を中心に自分が仕事をしている業界のことばかり考えていましたが、そこで出会った師に「政治は国境を越えられないが、株式会社は国境を越えられる」という薫陶をもらいました。人類の最終目標は世界平和であり、それは、なにも政治や行政、国連などの公的機関からしか実現できないというものではなく、世界中の人々が幸せになるために、企業にしかできない方法があるのだという教えです。この言葉で、自分の中で「人のために仕事する」というものの幅が大きく広がったように感じます。 ■こころも豊かになれるBeer Restaurantでありたい 私たちキリンシティは、笑顔が溢れるお店を通して、世の中の「しあわせ」に貢献することを使命としています。それを実現すべく、キリンのビールを最高の料理とともに最高の形で提供しています。そのために、ビールの「3回注ぎ」やビアマイスター制度などを通じて技術とサービスを磨き、「ビールを通じて感動体験を届ける」ことを43年間追求し続けています。また、他社との比較ではなく、「お客様にとって本当に価値ある体験とは何か」に向き合い続けることを大切にしています。価格ではなく価値で選ばれる存在であるために、私たちは進化を続けていきます。 ■世のため人のために仕事ができる人と 私は、このような人と一緒に働きたいと思う人財像が3つあります。1つ目は、これまでの人生でなんでもいいので感動をしたことがある人です。感動したことがある人は、それを言語化できなくても、体験がその人の中にあるので、どのようにしたら相手に喜んでもらえるのかを想像することができます。自分の感動を他者へ昇華するイメージができているということです。2つ目は、自分のことを「運が良い」と思える人です。本当に運が良いに越したことはないですが、運が良いと自分から思えている人は、良かったこともそうでなかったことも全てひっくるめて、ポジティブに物事を捉えられる方です。そのような人は社会に出た時に、経験を自分の力にしていけると思っています。そして何よりも大事なのは、世のため人のために仕事をしたいと、思える人です。私は、どの仕事にも社会を支える価値があると考えています。だからこそ、自分の仕事に誇りを持ち、目の前のお客様に真摯に向き合える人と共に働きたいと思っています。 ■学生へのメッセージ 将来こうなりたいというビジョンは大切ですが、その通りに進むことだけが正解ではありません。一つひとつの経験が、後から振り返ったときに意味を持ち、自分らしい道につながっていきます。今、目の前のことに全力で取り組むことが、未来を切り拓く力になると信じて頑張って欲しいと思います。 学生新聞オンライン2026年5月11日取材 早稲田大学3年 中澤京平/京都芸術大学1年 猪本玲菜 早稲田大学3年 中澤京平/東京薬科大学4年 庄司春菜/立教大学3年 塚本晴香/京都芸術大学1年 猪本玲菜