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区長・市長

座間市長 佐藤弥斗

声を上げれば、まちは変わる。 座間市長 佐藤弥斗 (さとう みと) ■プロフィール1988年 千葉県立長狭高等学校卒業1991年 法政大学文学部日本文学科中退2004年 座間市議会議員(初当選)2008年 座間市議会議員(2期目当選)2012年 座間市議会議員(3期目当選)2016年 座間市議会議員(4期目当選)2020年 座間市長(初当選)2024年 座間市長(2期目当選) 21歳で母となり、市民活動から政治の世界へ。夫の闘病を機に議員へ転身し、4期を経て神奈川県座間市初の女性市長に。DX推進や循環型社会の構築など、市民目線の改革を続ける佐藤弥斗市長が描く、「住みやすい座間」の未来とは。 ■母親となる覚悟 大学時代、自身で学費を稼ぎながら独立したいという思いから比較的学費を抑えることができる法政大学の夜間に通っていました。当時は日本語教師を目指していたので、日本文学科で学びながら、日中は「語学の勉強も並行できるから」と出版社でバイトをしていました。そんな中、大学在学中に知り合った夫と結婚しました。夫が長男でしたので「長男の嫁になったからには早く嫡男を産まなければならない」という考えが無意識的に働いて、21歳で第一子を生んでから、さらに3人の子どもを授かりました。義両親と一緒に住み始めたり、大学を辞めたりと、その頃はいろいろありました。家庭のことも何とかこなしながら、と忙しくしていたら、気がついたら、あっという間に時間が経っていた、そんな時期でしたね。 ■行動へ移す力 3人目を育てていた頃、当時住んでいた小松原という地域に火力発電所の建設計画が持ち上がりました。住宅と工業地域が入り混じる住工混在地域で、目の前に新築の家が建ち並ぶ場所での計画に「さすがにこれはダメだ」と、近所の人たちと市民活動として反対運動を始めたのが、政治に触れた最初のきっかけです。この問題を自治会で取り上げようという話になった際、「自分たちは反対運動のために役員になったわけじゃない」と当時の役員が全員辞めてしまいました。困っていたところ、夫が「じゃあ俺がやろうか」と自治会長を引き受けてくれて、そこから二人三脚で活動を行いました。最終的には県議会に提出した請願が全会一致で可決され、企業側も計画を断念し白紙撤回となりました。その運動の中で、都市計画法も座間の地下水のことも知らなかった自分が、初めて「声を上げないと物事は進んでしまう」と気づきました。それが政治への出発点です。夫が市議会議員になり、私はレポート作成やホームページ・ブログの更新などのサポートをしました。しかし1期目の終わりに夫の末期がんが発覚し、余命3ヶ月との診断を受けました。2期目の選挙の準備はすべて整っていましたが、思い切って「私が代わりに出馬します」と決意しました。その後、市議会議員を4期務める中で市政をより大きく動かしたいという思いが強くなりました。2020年、議員の職を辞して市長選に挑戦し、座間市初の女性市長として当選。現在は2期目を務めています。 ■DX化を進め「非来庁型窓口」を目指す 市議会議員時代で1番力を入れてきたのは「地域活動」です。地域の課題解決に向け、市民活動団体の皆さんや企業の方々と協力して、行政との間に立ち繋げる役割を果たしてきました。市長になり、そういった取組みをさらに進めていく為に、情報発信・情報収集が非常に重要だと考え、ホームページのリニューアルや市LINE公式アカウントなどの立ち上げを行い、情報発信をよりスムーズにしました。またDX推進計画も策定しました。特に市LINE公式アカウントの方は、座間市民13万人に対して11万人以上の方にご登録いただけている状況です。双方向での市民とのつながりでは、LINEを活用した「市民の声」の意見収集や、道路の損傷などを写真で通報できる仕組みも導入しています。粗大ゴミの申し込みから決済まですべてLINE上で完結できるなど、「非来庁型窓口」を目指して手続きのデジタル化を着実に進めています。また、ゴミ収集車へのDX導入も、座間市が先進的に取り組む施策のひとつです。小田急電鉄が開発した「WOOMS」というシステムを全車に導入し、タブレットでリアルタイムに回収状況を共有できるようにしました。これにより、約40分離れた焼却施設への搬送回数が減り、大幅な効率化が実現しました。剪定枝や草木を燃えるゴミとは別ルートで回収・資源化する仕組みも整備。市民の皆様に生ゴミを堆肥化して頂き、その堆肥を市で収集し、市内農家に活用して頂き、収穫した野菜を小学校給食や市民が購入できるという循環型社会の構築も、本格的に動き出しています。 ■座間の魅力と自然の豊かさ 子育て支援では、これまで保育園の待機児童解消に力を入れてきましたが、次の課題は学童保育の充実です。「座間は子育てしやすい」と感じて頂けるまちを目指し、引き続き取り組んで参ります。また、働く様になると市外へ住んでしまう若者を地元につなぎ止めるため、市内企業との連携を強化し、地元就職につながる仕組みづくりも進めていきたいと考えています。座間市の魅力は、まだ十分に伝えきれていないと感じています。市内のほぼ全域でスーパー・コンビニ・ドラッグストアが徒歩10分圏内にあり、小田急線・JR・相鉄線・田園都市線と複数路線へのアクセスも抜群です。それでいて緑が豊かで水がおいしく、旧石器時代から人が住む歴史の深いまちでもあります。「緑の多さ」は市民満足度調査でも高い評価を受けており、自信を持っておすすめできるポイントのひとつです。この「生活の便利さ」と「自然・歴史の豊かさ」が共存する魅力を、もっと広く発信していくことが、これからの重要なテーマだと思っています。 ■大学生へのメッセージ とにかくチャレンジし続けてほしいと思います。今の若い人は失敗を恐れるあまり、発言や行動をためらってしまう方が多いように感じています。でも、失敗しなければ成功もありません。失敗をくよくよ引きずらず、すべてを成長のためのプラスの経験として前向きに捉え、明るくチャレンジし続けてください。 学生新聞オンライン2026年6月16日取材 情報経営イノベーション専門職大学2年 山田千遥 情報経営イノベーション専門職大学2年 山田千遥/法政大学1年 山田賢彦

学生新聞インターン

SB Intuitions株式会社 代表取締役社長 兼 CEO  井尻善久

流行を追うのではなく、つくる側に。日本発AIで世界へ挑む。 SB Intuitions株式会社 代表取締役社長 兼 CEO 井尻善久(いじり・よしひさ) ■プロフィール2002年オムロン株式会社入社。顔認識技術や画像検査機器の開発をリード。2021年LINE株式会社(現LINEヤフー株 式会社)でマルチモーダルAIなどの研究開発を指揮。2023年にSB Intuitions株式会社に参画し、取締役 兼 CROを経 て2026年2月に代表取締役社長 兼 CEOに就任。AI研究の第一線で培った知見を生かし、国産生成AIの開発を牽引する。 国産生成AIの研究開発や生成AIサービスの開発・提供を行う企業として、ソフトバンク株式会社が設立したSB Intuitions株式会社。日本語に特化した大規模言語モデルの開発をメイン事業としており、日本ならではの強みを生かした「次世代デジタル社会基盤」の構築を目指している。日本の未来を見据えたAI開発への思いと流行を追うのではなくつくる姿勢について、井尻社長にお話を伺った。 私は大学時代、機械工学科に所属していましたが、専門分野だけにとどまらず、さまざまな分野の授業を積極的に受講していました。特に建築にはとても興味があり、建築学科の授業にも参加していました。卒業する頃には、気が付いたら卒業要件を大きく超える200から250単位ほどを取得していました。当時は建築学科の学生たちと一緒に徹夜で模型を作ったり、図面を描いたりすることもありました。決して効率の良い学生生活ではなかったかもしれませんが、自分の興味があることを学び続けた経験は、今振り返ると大きな財産になっています。機械工学や情報工学、建築学など、一見異なる分野であっても深掘ると共通する科学的な考え方がありました。その思考法を幅広く身につけられたことは、その後のキャリアに大きく役立ったと思っています。 ■幼い頃の憧れが今の進路の基盤になった 実は私の進路は子どもの頃から決まっていました。京都の田舎で育った私は、親が自動車の修理を仕事にしていたこともあり、機械類にはとても興味がありました。そんな中で、ある企業に強い憧れを抱いていました。それがオムロン株式会社です。最初にオムロンの製品と出会ったのは電子体温計でした。当時主流だった水銀体温計とは異なるデザインで、先進的な製品に感動していました。その後、銀行で見たATM、駅で見た自動改札機にもオムロンの名前がありました。子どもながらに「世の中のすごいものは全部オムロンが作っている」と本気で思い込み、「絶対にこの会社へ入ろう」と決意していました。その夢は実現し、新卒でオムロンに入社することができました。入社後は地雷除去プロジェクトや画像認識技術の研究、工場の自動化システム開発などに携わり、顔認識や画像処理の研究を通じて、現在のAI開発につながる技術的な基礎を築くことができました。また、世界各地の工場や生産現場に足を運び、技術が社会にどのように貢献しているかを肌で感じる貴重な経験も積ませていただいたと思います。 ■オーバーフィッティングという転機 オムロンではとても充実した日々を送っていました。しかし、ある時、業界の先輩から「いつまでオムロンにオーバーフィッティングしているんだ」と言われたのです。機械学習の世界でオーバーフィッティングとは、特定の環境に適応しすぎて汎用性を失う状態を指します。その世界に身を置く私には、その言葉は強く心に残りました。最初は反発していましたが、時間が経つにつれて自分自身のキャリアについて考えるようになったのです。そして新たな挑戦を決意し、LINE株式会社(現LINEヤフー株式会社)へ転職しました。そこではコンピュータビジョンや音声、画像、言語を扱うAI開発チームを率いる機会をいただきました。その後、ソフトバンクの生成AI事業に参画し、現在はSB Intuitionsの社長として日本発の基盤モデル開発に取り組んでいます。 ■日本発の生成AIに挑む理由 現在の生成AIの中核となっているのが「基盤モデル」です。従来のAIが特定用途向けだったのに対し、基盤モデルは膨大なデータを学習し、多様な用途に対応できる汎用的なAIです。その開発には莫大な計算資源と資本が必要となります。世界には日本企業の何十倍、何百倍もの投資を行う巨大企業が存在しています。そのような環境の中で戦うことは決して簡単ではありません。しかし、日本がこの分野で存在感を失えば、次世代のイノベーションから取り残される可能性があります。私たちは日本語だけに特化したAIをつくっているわけではありません。技術的にはAIは言語を問わず学習できます。画像も音声もロボットも含めて、幅広い分野を対象としています。その一方で、日本の文化や価値観を理解し、日本人自身が主体となって開発を進めることには大きな意味があると思います。例えば教育分野でAIが利用される未来を考えた時、日本の歴史や文化を誰がどのような価値観で伝えるのかは重要な問題です。そうした文化的背景を踏まえながら開発を進めることも私たちの使命だと考えています。 ■世界と戦うために必要な人材 私は自分の心にボーダーラインがない人に特に感銘を受けます。大きな夢やビジョンを描ける人は強いと思います。しかし、想像するだけでは何も実現しません。夢を具体的な計画へ落とし込み、それを実行する力も必要です。人には三つの壁があると考えています。一つ目は想像の壁、二つ目は具体化の壁、三つ目は行動の壁です。大きなことを考えられる人も必要ですし、それを現実的な計画に落とし込める人も必要です。そして何より、最後までやり抜く行動力を持った人が重要です。学歴や資格が不要というわけではありません。しかし、それ以上に大切なのは、自ら問いを立て、科学的に検証し、新しい価値を生み出せる力です。その力こそが研究者や技術者としての本質だと思っています。 ■大学生へのメッセージ 私が学生の皆さんに伝えたいのは、自分が本当に楽しいと思えることを見つけてほしいということです。学生時代はどうしても課題や就職活動など、「やらなければならないこと」に追われがちです。しかし、宿題には終わりがあります。終わりが見えているものだけを追いかけていても、大きな挑戦にはつながりません。本当に面白い挑戦というのは、終わりが見えないものです。だからこそ不安もありますし、苦しさもあります。しかし、その先には新しい発見や成長があります。流行を追いかけることも大切ですが、いつかは流行をつくる側になってほしいと思います。日本から世界へ新しい価値を発信できる人材が増えれば、日本はもっと面白い国になるはずです。好奇心を原動力に、自分だけのチャレンジを楽しみながら進んでいってください。 学生新聞オンライン2026年6月17日取材 京都芸術大学1年 猪本玲菜 京都芸術大学1年 猪本玲菜/日本大学2年 原田達司/武蔵野美術大学2年 山畑惺南/上智大学2年 石川仁菜/情報経営イノベーション専門職大学2年 山田千遥/法政大学3年 脇田悠太/法政大学1年 山田賢彦/東京電機大学4年 我妻未珠/津田塾大学 4年 山下さくら/早稲田大学3年 中澤京平

坂倉彩月

株式会社ビタブリッドジャパン 代表取締役社長CEO 大塚博史

自分が本当に求める理想を追求してこそ、熱量を持ったモノ作りができる 株式会社ビタブリッドジャパン 代表取締役社長CEO 大塚博史(おおつかひろし) ■プロフィール広告会社の株式会社大広において大手健康食品通販事業(現サントリーウエルネス株式会社)の初期から携わり(2002年~)、アカウントエグゼクティブとして数百億円規模になるまでダイレクトマーケティング全般を担当し事業成長に貢献。2011年5月に㈱大広資本の中国子会社の立ち上げ、中国市場の通販事業コンサル・プロデュースを手がける。2014年4月に株式会社ビタブリッドジャパン設立及び立上げし、2026年4月には東京証券取引所グロース市場に上場させる。2026年2月期の売上高は152億円。主力商品「ターミナリアファースト」は後発ながら国内ダイエット総市場3年連続売上高№1となる。 ヘルスケアやスキンケア商品を中心とする株式会社ビタブリッドジャパン代表取締役社長CEOの大塚博史氏。D2Cビジネスを始めるきっかけは、当初希望せぬ通販事業部への配属であったが、費用対効果が明瞭で、数字がすべてのフェアな世界に魅了され、自分の強みに変えた。ビタブリッドジャパンにおいてもD2Cビジネスで設立から12年間で年間売上高152億円規模まで成長させる。市場動向に流されず、プレミアム価格帯で理想のこれまでにない商品を追求する、独自の経営哲学と熱量に迫る。 大学時代はテニスや旅行、アルバイトなどをして過ごしていました。法学部だったこともあり、大学3年生までは世の中にどんな職業があるのかも知らず、ただ弁護士になるべきなのかなくらいに思っていました。就職活動を始めた頃、とにかく様々な業界本を読み漁りました。その中で広告代理店という分野があることを知り、非常に面白そうだと感じたのです。自分が考えたクリエイティブなアイデアで人の心を動かせるという点が、すべて自分次第で実力勝負ができる環境だと思い強く惹かれました。 ■通信販売は、フェアで実力主義な世界 新卒では広告会社の株式会社大広に入社しましたが、希望の華やかなTVCM等のマスコミビジネスとは異なり、当時は新聞や折込チラシがメインの通信販売の部署に配属されました。広告代理店の仕事といえば華やかなCM制作などの仕事を想像していたため、ハガキ作りばかりの毎日に「こんなことをするために入社したわけではない」と、当初は嫌でたまりませんでした。しかし、今となっては通信販売の部署・ダイレクトマーケティング領域で良かったと感じています。なぜなら、広告費に対して何人のお客様が購入してくださったのか、すべてのデータが可視化されるからです。感覚的な良さではなく、いくら売れたかという数字で評価される、非常にフェアで実力主義な世界だと分かりました。自分の頭と体一つで勝負できるこのダイレクトマーケティング領域が自分に向いていると気づいてからは、充実した気持ちで長く担当させていただきました。その後、クライアントはヘルスケア通販NO.1にまで成長。自分自身もさらなる成長のために中国でダイレクトマーケティング事業コンサルを行うなど、挑戦の幅を広げました。しかし東日本大震災の影響で日本の食品類が輸入停止となりクライアントがそもそもいなくなってしまったことをきっかけに、立ち位置に限界を感じたのです。結局は誰かのビジネスに乗っているだけで、自ら社会へ価値を生み出すことはできないと痛感したからです。そこで、帰国して起業を決意しました。しかし、私の構想するスピード感のある事業モデルでは、初期に3億円ほどの赤字を覚悟する必要がありました。当然手元にそれほどの資金はありません。そんな時に出会ったのが、PR会社の「株式会社ベクトル」です。物販事業の責任者を探していた彼らと、通販事業を立ち上げたいが資金がない私の状況が見事に合致し、そこで新たな事業をスタートすることにしました。 ■不確実性を回避するビジネスモデル 当社は、ヘルスケアやスキンケアを中心とするD2C企業です。D2Cとは、消費者の元へ直接商品をお届けする通信販売事業のことです。商品作りにおいて、当社は「プレミアム定番化」というキーワードをよく用いています。また、当社のビジョンは、最大よりも、最適®を追求し続けることです。単に一番多く売れることよりも、お客様と深くマッチングしていることを重視しています。100人全員に売れなくても、20人に確実に届き、その20人にとって「色々な会社を試したけれど、この商品が一番自分に合っている」と思っていただけるような商品を作りたい。そのため、価格は少し高めのプレミアム帯ですが、業界でも高い効果を実感できる点が大きな優位性となっています。 また、通販事業を展開する上で必要なノウハウや、予測データが集約された独自のD2Cシステムを保有しています。このシステムがあるからこそ、新商品を立ち上げる際に新規のお客様の予測を立てることができ、成功の確率を高められるわけです。データは年々蓄積され、AIを活用することで予測精度も向上し続けているため、極めて高度なシステムが整っている点も当社の大きな強みです。 商品開発では、市場規模や動向よりも、自分たちの強い悩みや課題を解決できるかを重視しています。自分が本当に求める理想を追求してこそ、熱量を持ったモノ作りができるからです。現在当社で最も売れている「ターミナルファースト プロフェッショナル」も、私自身の体験から生まれました。糖質制限によって好きなものが食べられない苦痛を経験したことから、心豊かに食べながらも糖質コントロールができるものという理想を自ら形にしたのが、この商品です。 当社が大きく成長した理由は、大規模な広告宣伝投資が成功したからではありません。通信販売において重要なのは、客観的な数字を見ることです。10個の仮説があれば、テスト費用程度の少額で10個すべてを実行に移します。その結果、最も良い数字が出たものに対して集中的に投資を行うのです。不確実性を回避するこのビジネスモデルこそが本質です。ギャンブルや何か秘策があるとかではない、ダイレクトマーケティングですべきことをしっかり数多く検証し続けた結果として、着実に階段を上るように成長を遂げてきました。 ■あり続けたい姿を永遠に追求する 当社は、社員が自ら考えて行動する自律的な組織であり、採用においても「これをやりたい」という強い意志を重視しています。また、「明日の可能性を広げる®」というミッションのもと、健康や美容の枠を超え、循環経済や災害対策など、人々の豊かな生き方に繋がる幅広い社会課題に挑戦していきます。理想の姿を常に追求し、製品やサービスの価値を通じて社会に貢献し続けることこそが、私たちの使命です。 ■若者へのメッセージ 社会人になると自由な時間が限られますので、学生のうちに遠い所への旅行など多様性を存分に経験いただくのが良いのかなとは思います。そして、自分にとっての「好き」や「得意」の分野を理解していくのは大切ですね。当社の研修では映画『きっと、うまくいく(3 Idiots)』を観ていただきますが、そこには数字の成功ではなく、純粋に優秀さを突き詰める姿勢が描かれています。人は本当に好きなことなら時間を忘れて没頭し、結果として誰よりも深い知識を得て大いに頼られる存在になります。これは論語にも通じる教えです。皆さんの日常でも、無心になれたり、いつの間にか時間が経っていたりする瞬間があるはずです。その夢中になれるものこそが、あなたの本当に好きなことなのではないでしょうか。 学生新聞オンライン2026年6月16日取材 東京都立大学4年 坂倉彩月 東京都立大学4年 坂倉彩月/京都芸術大学1年 猪本玲菜/法政大学1年 山田賢彦

学生新聞インターン

富士フイルムビジネスイノベーション株式会社  代表取締役社長 浜 直樹

変化の先を見据え、新たな価値を創り続ける 富士フイルムビジネスイノベーション株式会社  代表取締役社長 浜 直樹(はまなおき) ■プロフィール富士フイルムビジネスイノベーション株式会社 代表取締役社長。生産管理、営業、新規事業など幅広い業務を経験し、事業変革に携わってきた。写真フィルム市場の縮小やコロナ禍による環境変化を乗り越えながら、現在はDXやITソリューション事業の拡大を推進。変化を前向きに捉え、挑戦を続けることを大切にしている。 複合機やプリンターを起点にお客様の業務を支えてきた富士フイルムビジネスイノベーション株式会社。近年は、DXやITソリューションを通じて企業の業務変革を支援している。今回は、代表取締役社長の浜直樹氏に、事業変革への挑戦や、その原動力となる考え方についてお話を伺った。 ■ラグビーで培った「チームに貢献する」という考え方 学生時代に熱中したことは、高校から大学まで続けたラグビーです。中学時代に肩を壊して野球を断念したことをきっかけに、新しいスポーツとしてラグビーを始めました。大学生時代に所属していた慶應義塾大学のラグビー部は大学選手権決勝に出場するほどの強豪校で、とても厳しい環境でした。その中で、レギュラーを目指し努力を重ね、四年目にしてようやく試合に出ることが叶いました。その後、チームは日本選手権で社会人チームを破り日本一にまでなりました。このような厳しい指導やレギュラー争いがある環境に身を置いたことで、「チームをどう強くするか」「自分はどのようにチームに貢献していくか」をよく考えるようになりました。今振り返ってみると、ラグビーを通じて肉体的、精神的に鍛えられただけでなく、組織の中で自分の役割を考える機会が与えられたことは、とても良かったなと思っています。また、レギュラーを目指して努力してきた経験は、社会に出てからも「自らを戦力として活かし、社会というフィールドで活躍したい」という思いの根底につながっていると感じています。 ■現在のキャリア形成を支えている、回り道に見えた過去の経験 就職活動をしていた当時は商社や金融が人気の就職先でしたが、私は「自分たちでものをつくって、売る」という仕事に就きたいと思っていたため、メーカーに興味を持ちました。その後ご縁があって富士フイルムに入社しました。入社後6年半は、工場の生産管理の仕事を担当しました。将来は海外で仕事をしたいと思って富士フイルムに入社したため、初配属先を聞いたときは驚きました。しかし、その仕事を通して、需給や原価管理など、ものづくりの仕組みを学ぶことができました。今振り返ると、会社が人材育成の一環として貴重な経験を与えてくれたのだと思います。その後、写真フィルムの営業を希望していましたが、実際に担当したのは、非感材(写真フィルム以外)の営業でした。最初は落胆もしましたが、その仕事では営業活動にとどまらず新規事業の立ち上げやマーケティング、企画にも携わる機会を得ました。当時の写真フィルム市場は、デジタル化によって急速に縮小しており、会社としても新たな事業の創出が求められていたため、新規事業に携わる立場になれたことは結果的に幸運だったと感じています。その後は、事業部長や高機能材料開発本部長などを歴任し、レガシー事業の立て直しにも携わりました。そして2022年から富士フイルムビジネスイノベーションの社長をしています。決して直線的なキャリアではありませんが、思い返すと回り道に見えた様々な経験が、現在に繋がっているように感じます。 ■お客様との接点を強みに、新たな価値を創る 当社は、複合機や印刷機器、そしてソリューションの提供を主力事業としています。かつての複合機は「1分間に何枚印刷できるか」という性能が競争軸でした。しかし現在は、技術性能や単純な価格競争ではなく、セキュリティや業務効率化、環境配慮などの新たな価値が重視されています。また、ペーパーレス化の進展により、複合機市場そのものも変化しつつあります。こうした環境変化の中で当社が強みとしているのが、長年にわたり築いてきたお客様との接点です。複合機の導入や保守を通じて培ってきた信頼関係を生かし、現在はソリューション事業の拡大に力を入れています。例えば、これまで複合機のメンテナンス担当だったエンジニアがPCの設定やIT保守などの運用支援までできる体制を整えています。また、Windows移行やセキュリティ対策、クラウド環境の構築など、企業のIT環境を幅広く支援しています。こうしたサービスを通じてお客様の業務を支えることで、次の複合機の切り替え時にも「富士フイルムビジネスイノベーションの製品を使いたい」と選んでいただける関係性を築いています。さらに製品開発においても将来を見据えた取り組みを進めています。その一つが再生機事業です。回収した複合機の84%の部品を再利用し、残りの16%には再生プラスチックを用いる再生機事業を展開するなど、資源制約や環境負荷への関心が高まる中、私たちは製品を売って終わるのではなく、資源を循環させながら使い続ける仕組みづくりにも取り組んでいます。このような事業改革を通じて、数年後の会社や世の中を見据え、自ら変化を生み出していくことの大切さを現在の社員に伝えています。 ■コロナ禍がもたらした決断と転機 大きな転機になったのはコロナ禍でした。職場に足を運ぶことすらできず、オフィスにおける印刷需要が急減し、複合機ビジネスの収益構造に大きな打撃を与えました。こうした社会変化を受け、従来から取り組んできたソリューション事業をさらに強化する判断をしました。この判断は、結果として良い方向に進んでいると思っています。もちろん、どんな挑戦にも失敗はつきものです。重要なのは、方向性が違うと感じたら、早い段階で修正して、正しい方向にもっていくことです。このように決断と修正を繰り返しながら進んできたことが、当社の事業変革を支える原動力になっていると感じています。 ■国や地域の特性に合わせた事業展開 現在は、インドや欧米、アフリカなど、成長が期待される市場への進出に力を入れています。私は、グローバル展開において重要なのは、同じ商品やサービスをどの国にも一律に展開することではなく、それぞれの国や地域の文化や価値観、生活習慣を理解することだと考えています。例えばインドでは、結婚式や誕生日などのイベントを華やかに行い、写真という記録に残す文化が根強いため、写真に対する需要が非常に高いという特徴があります。また、インドのお祝いの席での衣装は鮮やかな色のものが多いこともあり、高品質な写真出力に関する事業に可能性があると感じています。今後も、各国の特性や文化を見極め、やみくもではなく各地域の特徴に合わせた事業展開を進めていきたいと考えています。 ■学生へのメッセージ 迷ったら躊躇せずにやってみることを大切にしてほしいです。かつては「一度決めたら最後までやり抜くべきだ」という価値観が強かったかもしれません。しかし、実際にはやってみなければ分からないこともあります。やってダメだったら、辞めてもいいし、軌道修正していけばいいのです。学生時代は、限られた時間の中でさまざまなことができる貴重な期間です。自分が「やりたい」と思ったことに、積極的にチャレンジして「自分の人生の主人公」として行動してほしいと思います。 学生新聞オンライン2026年6月22日 成城大学2年 小澤実桜 京都芸術大学 1 年 猪本玲菜/ 慶應義塾大学 4 年 山本唯那/東京薬科大学 4 年 庄司春菜 / 情報経営イノベーション専門職大学 2年 山田千遥 / 法政大学 3 年 高原朋希/ 上智大学 2 年 石川仁菜 /武蔵野大学 4 年 吉松明優奈 / 早稲田大学 3 年 伊藤健太/日本大学 2 年 原田達司 / 法政大学 1 年 山田賢彦/成城大学2年 小澤実桜

区長・市長

韮崎市長 内藤久夫

予期せぬ転身とリーダーの葛藤 韮崎市長 内藤久夫 (ないとう ひさお) ■プロフィール慶応義塾大学法学部卒。㈱内藤の代表取締役を務める傍ら、市教育委員長や市商工会長を経てH26年11月韮崎市長に就任。”チームにらさき”を掲げ、特産葡萄を活かしたワイナリー誘致や、人口対策として「カムバック支援事業」を市民協働で始動し「青少年育成プラザMiacis(ミアキス)」を開設。現在市長3期目として、ウェルネスの実現にむけ市営新体育館を整備することでスポーツコミッション充実等に取り組んでいる。 大学時代は山登りや歴史研究に没頭していたものの、偶然のきっかけから政治の世界へ進んだと語るのが、山梨県韮崎市長の内藤久夫氏。その後手探りで市政を担い、現在は駅前コンパクトシティ構想や若者支援を統括している。その経験から人とのつながりを大切にしながら歩んできたキャリアや、街の魅力、仕事への思い、そして今後の展望について話を伺った。 ■政治への想い 山梨の韮崎市に生まれ、中学・高校は地元の学校に行き、大学からは上京して法学部政治学科に入りました。上京した後は、長年身近にあった山がなくなってしまった都会の風景に落ち着かず、山登りの同好会に入り日本全国の山に登っていました。勉学としては歴史が好きでしたので、政治学科といっても国際政治史の研究や事例研究などを中心に、東南アジアやアジア全体を対象に中国政治史専攻で学んでいました。政治学科でしたが、私は学生時代から政治家を目指していたわけではありません。父親が政治家だったこともあり幼少期から政治には触れていたのですが、選挙をする際いろいろなマイナスの意見や嫌な思いもたくさんしていたので、政治家になるという意識はありませんでした。そんな私が市長になったきっかけは、私の前の市長さんが辞めるとなった時、候補になる人があまり居なかったがために街の人から「市長選に出てくれないか」と声をかけてくださったことがきっかけです。当時の私は議員経験もない上に、とても急な話でしたから当初はお断りしていました。しかし、街の方々が「『うん』と言ってくれるまで帰らない」ととても熱意を持って強く背中を押してくれたので、それに絆される形で、ありがたいことに市長に就任することができました。 ■自然豊かな気候と街の風土 韮崎市内はどこに行っても富士山がとても綺麗に見えます。その風景に影響されてかはわかりませんが、この街ならではの優しさや風土があると感じています。たとえば、移住者の方が入ってきてもあたたかく受け入れたり、ギクシャクせず争い事があまり起こらなかったりと、気持ちが温かい人が多いことは、大切な財産だと思っています。そんな韮崎市ですが、残念ながら現在は人口減少が激しく、大きな問題となっています。どうやって若い人にいてもらうか、あるいは外から入ってきてもらうか、といった若者支援に現在は力を入れています。たとえば、地域おこし協力隊という全国で若者が主に進めている団体があるのですが、そこからきていただいた方を10名受け入れたり、中学生・高校生のための第3の居場所を作るため、「青少年育成プラザMiacis(ミアキス)」という施設を運営したりしています。このMiacisは、学年関係なく一緒に集まって勉強したりゲームしたりといろいろなことを自由にしているのですが、たとえば将来的にどういう職に就きたいかという相談も、地域おこし協力隊で入ってきてくれた方が運営スタッフとなって聞いてくれたりする場面もあります。高校生自身の挑戦は、スパークチャレンジというプログラムで行っています。例えば、「文を書くのが好きな学生が自分の1冊の小説を書いてアニメ作家になる夢を叶えること」や「韓国が好きな学生が、実際に韓国に行って雑貨やアイデアを探しに行く旅を企画」したり、「ボドゲが好きな高校生がカーボンクレジットについて遊びながら学べるボドゲを開発し自作すること」などの形で高校生が挑戦をしています。 ■目指す未来 現在、限られた人数のなかで職員の働き方改革に挑んでいます。まずは業務時間調査を行い、時間外労働の多い部署を特定してデジタル化による負担軽減を進めている段階です。また、市民の皆様に向けては、窓口での申請に時間がかからないよう、デジタル化を一つずつ進めています。「書かない窓口」の完全な実現はこれからですが、コンビニで申請できる手続きを増やすなど利便性を高めています。私自身もAIをよく活用しており、職員が用意してくれた原稿と私が考えた内容を掛け合わせ、スピーチの参考にしています。どうしても硬くなりがちな文章を、できるだけ私の言葉で届けられるよう工夫を凝らす毎日です。また今後、私たちの街は韮崎駅を中心とした「コンパクトシティ」を目指しています。狭い範囲に商業施設、学校、病院が集まっており、中心部にいれば大体の用事が足りてしまうという生活のしやすさが自慢です。ただ、若い世代のリアルな声に耳を傾けると、高校生たちからは「市長、スタバやサイゼリヤを呼んできて!」と、お馴染みの商業施設への憧れをよくぶつけられます。彼らの気持ちに共感しつつも、実は今の韮崎には、個性的で面白いお店がどんどん増えています。たとえば、いつも予約でいっぱいの3,000円のパフェ専門店があります。大盛りで美味しく、昼食代わりになるほど贅沢な一品です。他にも、ラーメン屋だった建物を改装し、イタリアから石窯を取り寄せた本格的なピザ屋があったり、昭和の長屋が生まれ変わったりと、新旧が織りなす街の変化に私自身とてもワクワクしています。 ■大学生へのメッセージ 100人の学生がいれば、そこには100通りの夢があるはずです。私は、夢は絶対に追いかけるべきだと思いますし、そのためのチャレンジで失敗したとしても、それは決して無駄にはなりません。私自身もこれまで手探りで進むなかで多くの失敗をしてきましたが、今振り返ると、そのすべてが大切な学びになっています。若いうちの失敗はいくらでも取り返せますから、恐れずに挑戦してほしいです。そして、学生時代に学びと同じくらい大切なのは「生涯の友」を作ることです。私が選挙に出馬した際、地元の中高の同級生はもちろん、遠方にいる大学時代の友人たちまでが駆けつけ、私を支えてくれました。友達は人生において本当にかけがえのない財産です。学生生活の中で、一人でもいいから、心から信頼できる大切な友達を見つけてください。応援しています。 学生新聞オンライン2026年5月15日取材 情報経営イノベーション専門職大学2年 山田千遥 京都芸術大学1年 猪本玲菜/情報経営イノベーション専門職大学2年 山田千遥/城西国際大学2年 渡部優理絵 ■青少年育成プラザMiacis(ミアキス)中学・高校生の拠点。「中高生にとっての家でも学校でもない第3の居場所」問合せ先:NPO法人河原部社https://kawarabe.com/youth-center/ (手前)ユースワーカー/地域おこし協力隊 向山ひかり / ユースワーカー/地域おこし協力隊 津原一樹 (奥)情報経営イノベーション専門職大学2年 山田千遥/京都芸術大学1年 猪本玲菜/城西国際大学2年 渡部優理絵

学生新聞インターン

俳優 円井わん

“地縛”をほどき、みんなで作品を作りあげていく 俳優 円井わん (まるい・わん) ■プロフィール円井わん(まるい・わん)1998年1月3日、大阪府出身。2016年から俳優活動をスタート。映画『KONTORA-コントラ』、『MONDAYS/このタイムループ、上司に気づかせないと終わらない』では主演を務める。ドラマではNHK連続テレビ小説『虎に翼』、『ばけばけ』、TBS日曜劇場『GIFT』など話題作に出演。 2026年7月3日(金)よりテレ東系にて放送開始のドラマ24『ストレンジ -伊藤潤二の夜も眠れぬ奇妙な話-』の第3話『地縛者』(7月17日(金)放送予定)で、主人公・浅野結衣役を務める円井わんさん。今回、円井さんに伊藤潤二作品への思いや役作り、自身が抱えてきた“地縛”のような経験、学生へのメッセージを伺った。 本作品のオファーをいただいたときは、どうしようかなという気持ちが大きかったです。原作者の伊藤潤二先生の世界観を壊したくないという思いもあり、仮にオファーを受けた場合は、大変な作品になるだろうなと感じていたからです。『地縛者』をはじめ、他の作品もそうですが、ホラーでありながらファンタジー要素も強く、完成形が想像できなかったこともあり、かなり悩みました。一方で「伊藤先生の作品に出演したい」と思っている俳優が多い中で、良い機会をいただいたという嬉しい気持ちもありました。最終的には、「頑張らせていただきます」という思いで、引き受けました。伊藤先生の作品は、誰もが抱いたことのある感情や感覚を、漫画の中で独自の切り口で表現しているところがとても斬新だと感じています。そのため、作品そのものを一つのアートとして捉え、魅力を感じている方も多い印象があります。もちろん、独特な絵のテイストも大きな魅力の一つですが、日常の中で誰もが感じる思いや違和感を巧みに具現化している点が、作品の大きな特徴だと思います。日本のドラマではあまり見られない表現や世界観が数多く詰まっているからこそ、それを実際に演じることはとても面白そうだと感じました。 ■主人公・浅野結衣を演じるうえで意識したこと 最初に脚本を読んだときは、後味の悪い作品だと思いました。原作漫画も読んでいたので、どうやって撮るのだろうと想像がつかなかったのです。しかし、実際に現場に入ってみると、なるほどと納得しました。道端に地縛者がたくさんいるというシーンも撮りましたが、思ったよりも街の景色に溶け込んでいて、驚きました。役作りをするうえで大切だったのは、“ありえないけれど、ありえるように考える”ということです。山田監督とも意見交換を行ったことで、よりお芝居をしやすい環境になったと思います。浅野は少し暗さを持ちながらも、自分の芯を持っています。私も、“我の強さ”があるタイプなので、そのあたりは救われました。また、演じるうえで「声」を意識しました。私は普段、自然体の声で演じることが多いのですが、浅野を演じるときは少し高めに設定しました。彼女はハキハキ話す子ではないように感じたので、高めの声でゆっくり話すことを意識しました。 ■ドラマ24『ストレンジ -伊藤潤二の夜も眠れぬ奇妙な話-』の見どころ 誰にでも、トラウマや愛着のあるもの、場所、人は少なからずあると思います。『地縛者』は展開がとても印象的で、「そう来たか」と思わされるような予想外の展開を楽しんでいただける作品だと思います。先の読めない面白さがあり、とても魅力的な作品になっているのではないでしょうか。また、本作はオムニバス形式のため、それぞれで雰囲気が違うところにも注目しながら、ぜひ全編を通して見てほしいです。 第3話『地縛者』(7月17日(金)放送予定) 場面写真 ©「ストレンジ -伊藤潤二の夜も眠れぬ奇妙な話-」製作委員会 ■学生時代の過ごし方 高校時代は楽しい毎日を過ごしていましたが、人生の中で一番つらかったのは中学生の頃でした。まるで地獄のような日々でした。オカルトの話ではありませんが、周囲の声がすべて聞こえるような感覚があり、全部が悪口に聞こえてしまい、苦しかったです。その頃の経験から、「いつか役者として見返そう」という思いを抱き、24歳まで生きてきました。しかし、自分の芝居が評価されたり、出演した作品がヒットしたりしたとき、嬉しい気持ちの一方で、見返すという感情への違和感が生まれるようになりました。あの頃は、その思いだけでいたけれど、「誰かを見返すために頑張らなくてもいいのだ」と思えたその瞬間、自分の“地縛”が解けたような感覚がありました。高校時代は、ヒップホップに取りつかれていました。朝から晩まで踊り、ダンスイベントやライブイベントがあれば、ヒップホップをしている人たちが集う場所へ見に行っていましたね。また、バンド活動もしていて、ドラムを担当していました。 ■仕事をするうえで意識していること 仕事をするうえで意識していることは、フラットであることです。「みんなフラットで、みんなフェアであること」。誰が上、誰が下ということは絶対にないと思っています。私は芸能生活10年目になりますが、活動を始めた頃は、立場や権限の強い人に対して誰も意見を言えず、従うしかないような現場もありました。そのような状況の中で、「誰のためのモノづくりなのだろう」と疑問を感じたこともあります。現在は、ハラスメント防止の講習やリスペクトトレーニングなどが広がり、業界全体の意識も変わってきています。しかし、制度やルールだけではなく、一人ひとりが相手への敬意を持ちながら作品づくりに向き合うことが何より大切だと思っています。お互いを尊重し合える環境だからこそ、より良い作品が生まれるのではないでしょうか。 ■大学生へのメッセージ 今しかない時間を、ぜひ思いきり楽しんでほしいと思います。楽しいことだけでなく、苦しいことや悩んだ経験も含めて、そのすべてが自分自身の財産になります。だからこそ、どんな経験も大切にしながら過ごしてほしいです。また、今周りにいる人たちとのつながりも大事です。大学時代に出会った人と、社会に出てから思いがけない場所で再会したり、仕事や人生の中で再びつながったりすることは少なくありません。今一緒に過ごしている仲間や支えてくれている人たちとの時間は、かけがえのないものです。ぜひ、そのつながりを大切にしながら、充実した学生生活を送ってください。 学生新聞オンライン2026年6月4日取材 東京薬科大学4年 庄司春菜 ドラマ24 「ストレンジ -伊藤潤二の夜も眠れぬ奇妙な話-」 【放送日時】2026年 7月3日(金)スタート 毎週金曜 深夜24時12分~24時52分 放送【放送局】テレビ東京、テレビ大阪、テレビ愛知、テレビせとうち、テレビ北海道、TVQ 九州放送【BSテレ東】2026年7月12日(日)スタート 毎週日曜 深夜24時00分~24時40分 放送 【配信】各話放送終了後から、動画配信サービス「Lemino」「U-NEXT」にて第一話から最新話まで見放題配信▶Lemino:https://lemino.docomo.ne.jp/▶U-NEXT:https://t.unext.jp/r/tv-tokyo_pr広告付き無料配信サービス「TVer」などで見逃し配信!★見逃しを防ぐ便利な「お気に入り登録」をお願いします★▶TVer:https://tver.jp/▶テレ東HP(ネットもテレ東):https://video.tv-tokyo.co.jp/▶Lemino:https://lemino.docomo.ne.jp/catchup/2-1-113-7【原作】伊藤潤二『伊藤潤二傑作集』『魔の断片』(朝日新聞出版刊)【脚本】保坂大輔、稲本達郎【監督】山田篤宏、下津優太、近藤亮太【主題歌】IVE「JIGSAW」【チーフプロデューサー】北川俊樹(テレビ東京)【プロデューサー】野部真悠(テレビ東京)古賀奏一郎(SS工房)鈴木健太郎(ROBOT)平田樹彦(ダブル・フィールド)【制作】テレビ東京 SS工房【製作著作】「ストレンジ -伊藤潤二の夜も眠れぬ奇妙な話-」製作委員会【公式HP】https://www.tv-tokyo.co.jp/junjiito_strange/【公式X】@tx_strange【公式Instagram】@tx_strange【公式TikTok】@tx_junjiito_strange【ハッシュタグ】ストレンジ #伊藤潤二 #奇妙な話 東京薬科大学4年 庄司春菜

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QuizKnock 伊沢拓司 / 東言 「ハイスクールクイズバトル WHAT」

クイズを通して新しい自分に出会う ■QuizKnock 伊沢拓司(いざわ たくし)1994年生まれ。東京大学経済学部卒業。『高校生クイズ』で史上初の個人2連覇を達成。2016年に知的エンタメ集団・QuizKnockを立ち上げ、現在YouTubeチャンネルは登録者数260万人を突破。2019年に株式会社QuizKnockを設立し、CEOに就任。これまで『東大王』『冒険少年』など多くのテレビ番組に出演。 ■ハイスクールクイズバトルWHAT 2026 大会長 QuizKnock 東言(ひがし ごん)2001年生まれ。東京大学文学部卒業。双子の兄である東問とともに中学生からクイズを始め、チームメイトとして『高校生クイズ』で優勝。2022年からQuizKnockに加入し、現在はYouTube動画への出演のほか、広報担当としてイベントのPRなどに携わる。『東大王』や『出川哲朗のクイズほぉ〜スクール』などテレビ番組でも活躍。2025年2月には『Qさま!!』で初優勝を果たした。 2022年に始まった高校生以下のクイズ大会「ハイスクールクイズバトル WHAT」が今年も開催される。昨年度は全国から2,278名が参加し大きな盛り上がりを見せた。今回は、今年度大会長の東言氏とQuizKnockを立ち上げた伊沢拓司氏に、大会の魅力とクイズの可能性について伺った。 ■「ハイスクールクイズバトル WHAT」とはどのような大会ですか? 東:「ハイスクールクイズバトル WHAT」は、2022年からQuizKnockが開催している高校生以下対象のクイズ大会です。昨年度は2000人以上が参加してくれました。日本国内の高校生以下のクイズイベントとしては最大規模で、クイズの頂上決戦のような大会です。しかし同時に、クイズ大会初参加という方も半分以上います。WHATは、トップを決めるチャンピオンシップと、クイズ大会初参加の人に向けたエントリーモデルのようなイベントという二つの性質を兼ね備えています。 伊沢:20年前、僕がクイズを始めた頃は業界の規模が小さいこともあり、ナンバーワンを目指す大会がエントリー大会であることは普通のことでした。しかし現在は、クイズをやっている人が増えたため、初参加の大会でたくさんの問題に答えることは難しくなっています。そこでWHATでは、多くの参加者を受け入れつつ頂点を目指す価値もある、エントリーとチャンピオンシップを両立させるという挑戦をしています。これを満足度高くやるためには、ある程度の開催規模が必要で、企業であるからこそできることだと思っています。これが最大の特徴ですね。 ■今大会の見どころや注目ポイントをお聞かせください。 東:多種多様なプレイヤーが集まることは一つの見どころです。世の中にはまだ名前の知られていない実力者がたくさんいて、高校生にも僕たち以上に強い「原石」が数多くいます。そうしたプレイヤーが繰り広げる激闘とあわせて、QuizKnockが本気で制作した問題にも注目してほしいです。また、一回戦はスマホで四択を答えるような手軽なクイズになっています。自分には無理かなと思わずに、挑戦してみてほしいなと思います。 伊沢:これまでメディアに流れてきた「クイズが強い高校生を見せる大会」って、長い単語の名前を答えさせたり、逆に、クイズプレイヤーが何度も聞いたことがある問題を出して、押すスピードの速さを見せたりという演出がメインだったんです。それも確かにすごい。でも我々は、そういうクイズでなくても高校生たちの良さは出ると思っています。バランスよく問題を出すことで、輝けるチャンスをより多くのプレーヤーに感じてもらえたり、個人の知の深みを見せられる点は、明確な新しさかなと。クイズをやったことない人でも、一問は自分が輝ける場があると思って来てくださると、楽しめるんじゃないでしょうか。 ■今大会を勝ち抜くためのコツはありますか? 東:すごく元も子もないことを言ってしまうと、別に勝ち抜かなくてもいいと思っています(笑)。クイズは楽しむことが目的で、勝たなくてもいいんです。ただ、強いて言うのであれば、WHATでどういう問題が出るかを知るということです。例年アップデートはしていますが、基本的なところは変わっていません。QuizKnockがWHATの過去の問題を載せた問題集を出しているので、それを基に予習する方法はおすすめですね。 伊沢:一番の誰にでもできるパワーの底上げ方法は、当日よく寝ることです。これは本当に大事で、今回のような短時間で四択を答える問題は、ぼんやりしてしまうと落としてしまいます。どんなプレイヤーでもしっかりと睡眠をとると多少点が取れるようになります。僕も大会前は六、七時間寝るようにしています。メンタル面で言えば、得意なジャンルの問題を落とすとヘコむので、直前は得意ジャンルの見直しをするといいかも。もし余力があれば、時事問題を対策するのが一番点につながるはず。その対策に役立つウェブサイトがWebメディア「QuizKnock」なので、ぜひそれも見ていただいて(笑)。QuizKnockの記事などを読んでいると間違いなく強くなると思います。 ■クイズの可能性についてお聞かせください。 東:まず一つは定義があまり決まっていないことです。友達同士で問題を出し合うことも、大会で競い合うことも、どちらもクイズです。その自由さはクイズの魅力です。また、クイズは日常生活とかなり融合しています。例えば、僕はサッカーを見たり音楽を聴いたりしながらクイズの問題を思いつくこともあります。このように、クイズとそれ以外の人生の線引きができない点は無限の可能性だと感じています。 伊沢:今注目しているのは、ライト層をどうやって増やしていくかということです。謎解きが趣味だとは思っていないけど、謎解きの公演に行ったことがある人は結構いるはずで。そのような感覚でクイズを楽しんでもらえたらいいなあと思っています。「クイズ、よく知らんけどたまにやると楽しいな」って人が発信してくれたら、業界にとってとても幸せなことですね。 ■最後にメッセージをお願いします。 東:人生には、自分ではまだ気づいていない魅力がたくさん詰まっていて、クイズはそれを発見するきっかけになるツールだと思っています。クイズを通して、「こんなところにこんなものがあるんだ」というものが見つけられると思うので、それをぜひ見つけに来てほしいです。クイズ大会だから参加しにくいと思うかも知れませんが、新しいことにぜひ挑戦してみてほしいなと思います。 伊沢:まずは、新しい自分を見つけてほしいですね。クイズを通して、忘れていた知識や経験を思い出したり、新しい自分を自分の中に見つけられたりすると思います。 そして、それと同じくらい新しい他者との出会いもあります。同世代の人がどんなことを知っているか、自分が何を知らないか、ということも大きな発見ですよね。もしかしたら、「あれ、自分ってこんなに応援されてるんだ」ということを知るかもしれない、これも他者との出会いです。いろんな出会いを楽しんでほしいですね。とはいえ、一年に一回の祭りですから、とりあえず乗っかっちゃえば楽しいはずです! 学生新聞オンライン2026年6月26日取材 成城大学2年 小澤実桜 「ハイスクールクイズバトル WHAT 2026」 2022年に初めて開催され、今年で第5回を迎える個人戦のクイズ大会です。昨年は2,278名がエントリーし、予選を突破した中高生30名が全国から集まり、熾烈な戦いを繰り広げました。 今年も昨年同様、2日間にわたって開催。1日目はエントリーした全員が参加し、1日目を勝ち抜いた人のみが2日目に参加することができます。1日目は8月16日(日)に東京、大阪、オンラインにて開催、2日目は8月29日(土)に都内会場にて開催予定です。 現在、参加エントリーを受付中。受付期間は、8月9日(日)23時59分まで。クイズ経験者はもちろん、クイズ大会に初めて挑戦する方も、より多くの方にご応募いただければと思います。 WHAT公式サイト:https://what.quizknock.com/ 津田塾大学4年 石松果林 /法政大学2年 森川葵 /成城大学2年 小澤実桜/津田塾大学 4年 山下さくら /日本大学2年 太田萌日/城西国際大学3年 渡部優理絵

コラム

テリー伊藤 コラムVol.84 武蔵小山商店街は絶対楽しい

やっぱり武蔵小山商店街は楽しい。個人的には銀座、渋谷、青山辺りの繫華街を歩くよりウキウキする。銀座をウインドウショッピングしても、洋服、靴、アクセサリーなどチョットいいなと思っても価格がひと桁違うこともしばしば。私の場合この歳になり高価なものに興味が湧いてこない。そこで登場するのが我が心の故郷「武蔵小山商店街」なのだ。 去年のクリスマスシーズン、商店街一丸となってクリスマス飾りをしていたのだが、どう見ても歳末大売り出しになっていた。若者に人気の六本木ヒルズのイルミネーションとは対照的だった。しかし2月になると、かつて東洋一の長さを誇ったアーケードが俄然魅力を発揮する。雨の日、寒い日、陽が落ちた後も快適に買い物を楽しむことが出来る。それに何たって昭和レトロムードがいい。 名店が並ぶ。先ず腹ごしらえは日本蕎麦屋「更科京屋」のすき焼きうどんとかやくご飯のセット1300円で決まり。かやくご飯はおかわりしたくなる。満腹後は買い物に。ミッキーマウス好きにはたまらないブティック「Surf Camp」は、若き女性オーナー清水さんが自らタイに行き商品を買い付けてくる。物がいいのだ。ミッキー、スヌーピーの鮮やかな色のセーターやトレーナが6000円程度。既に3着購入している。朝食・おやつ用に「こみねベーカリー」のレーズンパン、うぐいすあんぱん、アップルパイも買わない訳にはいかない。全てのパンが青山辺りの半額以下で買える。嬉し過ぎるではないか。期間限定の地方名産店にも顔を出す。今月は北海道物産展。早速いかの燻製と煮干しを購入し、つまみ食いしながら次のお店に。お目当てはいつも気になっているペットショップ「P’s-first」のちびっこワンちゃん。スペイン国営放送の大好きテレビドラマ「ワンコ探偵マックス」の主人公として大活躍する犬種のジャッ・クラックテリアが以前お店にいて、家族として購入を考えたのだが、私の年齢や日々の世話が出来るのかと自問自答し断念した経緯があった。未練がましさの中、毎回店を覗くがマックスは居ない。何故か寂しさとほっとする気分が交差する。 雑貨食品「カルディ」の店先で試供品のコーヒーを飲んで帰路に。商店街滞在時間2時間半。提携店で買物すれば駐車料金もゼロ。最高に楽しくて、温かみがあって、人情味もあって、しかも安い。東京に行く際には、有名な街も良いけれど、下町風情たっぷりの武蔵小山商店街に一度訪れてみては。私はペットショップのウィンドウに顔をくっつけてワンちゃん見てます。待っていますよ! テリー伊藤(演出家) 1949年、東京築地出身。早稲田実業中等部、高等部を経て日本大学経済学部を卒業。2023年3月、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。テレビ番組制作会社IVSテレビに入社し、「天才たけしの元気が出るテレビ」「ねるとん紅鯨団」などのバラエティ番組を手がける。その後独立し、テレビ東京「浅草橋ヤング洋品店」など数々のテレビ番組の企画・総合演出を手掛ける。著書「お笑い北朝鮮」がベストセラーとなり、その後、テリー伊藤としてメディアに多数出演。演出業のほか、プロデューサー、タレント、コメンテーターとしてマルチに活躍している。YouTubeチャンネル「テリー伊藤のお笑いバックドロップ」LALALA USAでコラム連載中https://lalalausa.com/archives/category/column/terry

区長・市長

前橋市長 小川晶

一人一回の行動で変わる。行政と民間が一体となった街おこしを 前橋市長 小川晶 (おがわあきら) ■プロフィール1982年生まれ。千葉県匝瑳市出身。2006年に中央大学法学部を卒業し、前橋地方裁判所で司法修習。2007年から弁護士として前橋市内の法律事務所に勤務。2011年に群馬県議会議員に初当選し、4期務める。2024年に前橋市長に初当選。(女性初)「前橋に、笑顔を。」を合言葉に、市民との対話や交流を大切にしながら、市民参加の新しいまちづくりに取り組んでいる。好きな言葉は「感謝」、趣味は温泉めぐり。 「水と緑の詩のまち」として穏やかな時が流れる群馬県前橋市。近年は、子育て支援に農業施策、アニメツーリズムなど、その成長は止まるところを知らず。「官民一体のまちおこし」で躍動する小川晶市長に、市長自身の歩みと前橋市ならではの魅力を聞いた。 中学三年生のときに神戸で起きた「神戸連続児童殺傷事件」をきっかけに弁護士を目指すようになりました。当時、とても話題になった事件だったのですが、捕まった犯人が自分と同い年の少年だったということもあり、関心を寄せるようになりました。日本中が彼の敵になって攻め立てている中で唯一、少年の味方になっているのが付添人をしていた弁護士でした。その気づきがきっかけとなって、社会問題の近いところにいて、人に寄り添うことができる弁護士を志すようになりました。大学卒業後、司法修習の配属先が前橋地方裁判所に決まり、前橋にやってきました。司法制度改革の影響により就職氷河期に見舞われましたが、群馬の弁護士会は地元出身者以外を受け入れていたこともあり、この地で法曹の道を歩み始めることができました。活動していくうちに、男女差別や教育格差などの制度を変えるためには、政治の力が必要だと感じるようになりました。県に対して、もっとソーシャルワーカーを増やしてもらいたいとか、給付型の奨学金の制度を作ってもらいたいというのを、弁護士会から要望することもありましたが、なかなか社会は変わりません。そんな中、たまたま2011年の県議選の候補者を、当時の民主党が探しているという情報を頂いて、政界にチャレンジしようと思いました。県議を経て、現在は前橋市長として街づくりに取り組んでいます。前橋市は住みやすいという面ではポテンシャルも高くて、飛び抜けていると感じています。市民の皆さんに「一緒に街を作っていこう」「市政に参加したい」と思ってもらえるような、市民参加のまちづくりを目指しています。 ■前橋市をみんなが自覚を持って作っていく 前橋市はほかの街に比べて、住みやすさという面ではポテンシャルも高くて、飛び抜けていると思います。医療や福祉など充実しているほかに、地域の支え合いの仕組みがあります。自治会が前橋市内に284団体もあって、それぞれが活発に活動しているので、身近なところで支え合う体制ができています。また、市役所の職員だけでなく市民のマインドも変える必要があります。「みんなが一緒にこの街を作っているんだよ!」という意識をもつことが、何をやるにも大事だと思ってます。子育てに関しても、自分のこどもではなくても、社会全体が応援できる街にしていきたい。子育てを、子育ての当事者だけの問題にしないで、みんなで携われるようにしていきたいです。同じことが農業でも言えます。農業政策は、農家だけが頑張ればいいと考えがちですが、それでは結局行き詰まってしまいます。農家がいなくなって困るのは、私たち全員です。なので、農家への応援として自分に何ができるかな、地元の野菜を買ってみようかな、みんなで考えることが大切です。みんなが協力することで、まち全体がよくなることをあらゆる分野で伝えています。このように「一人一回の行動で、どれだけの価値が変わるのか」ということをSNSや動画でもお伝えしているのですが、SNSだけでなく、タウンミーティングやイベントなどリアルな行動も心掛けています。私自身が、いつでも市民の皆さんと話ができる身近な存在でありたいと思っています。そのため、市民の皆さんから様々なお話を直接伺うことと、今後の展望や課題の解決策を一緒に考えていくことを大切にしています。まちづくりを他人ごとにせず、みんなが自分ごととして意識を持って、一緒に前橋市を作っていく、その意識改革に向けた取り組みをしていきたいです。 ■アニメ『前橋ウィッチーズ』と地域の共生 『前橋ウィッチーズ』は若い子だけではなくて、私と同世代の女性ファンが多いので幅広く受け入れられていると思います。アニメの内容は、ヤングケアラーやルッキズムなど現代の社会問題に切り込んだものになっています。前橋市としても電車やバスのラッピング、前橋の売りである、「いちご」を使ったコラボキャンペーンなどを実施しています。おかげさまで、たくさんのファンの方が県外からきてくれています。また、行政だけでなく民間も含めて様々な方がウィッチーズで前橋を盛り上げようという取り組みをしてくれています。最近では、前橋市内にあるSDRSという自動販売機などを作っている製造業の会社が、「推し活トレーラー」というウィッチーズのグッズが買えるトレーラーハウスも設置してくれました。市役所から5分ぐらいの楽歩堂前橋公園にあるので、ぜひ寄って行ってください。これがあれば、どこに行ってもウィッチーズのグッズが買うことができます。ほかにも、群馬の名物である「旅がらす」とのコラボ商品も誕生しました。5月25日に発売されたばかりで良いお土産ができたなと思っています。このように、みんなが楽しみながらアニメで街を盛り上げています。官民連携で、行政だけが頑張るのではなく、民間と一緒にプロモーションをしていくのも前橋の特徴だと思います。行政だけが前のめりになるのではなくて、みんなで地域を育てていく感覚こそが大事なのだと思います。 ■大学生へメッセージ 大学生活を振り返ると、本当に貴重な時間だったと感じます。何にでも挑戦できる、可能性に満ちた時期です。社会に出ると、時間や仕事の制約があるため、学生時代ほど自由に行動することは難しくなります。だからこそ、学生のうちにしかできないことや、今だからこそ挑戦できることを大切にしてほしいと思います。会いたい人に会いに行く、行ってみたい場所へ足を運ぶ、やったことのないことに挑戦する。限られた時間を大切にしながら、さまざまな経験を積んでもらいたいですね。 学生新聞オンライン2026年6月3日取材 法政大学3年 高原朋希 情報経営イノベーション専門職大学2年 山田千遥/法政大学4年 島田尚和/法政大学3年 高原朋希

吉松明優奈

タリーズコーヒージャパン株式会社 執行役員営業本部 副本部長 山越直哉

「接客は愛」一杯のコーヒーから心で繋がる体験を。 タリーズコーヒージャパン株式会社 執行役員営業本部 副本部長 山越直哉(やまこしなおや) ■プロフィール2000年、タリーズコーヒージャパン株式会社に入社。レストランで培った接客スキルを活かし、店舗責任者として複数店舗経験。その後、直営店およびフランチャイズ店のエリアマネージャーを歴任し、店舗運営全体の管理・指導に従事した。 2024年に営業本部副本部長に就任。2025年より執行役員となる。現在は直営店の統括責任者としてブランド運営の基盤強化を推進している。 全国に店舗を展開し、多くの人に愛されるタリーズコーヒー。一杯のコーヒーからお客様に特別な体験を提供し続ける裏側には、創業期から変わらぬ「接客へのこだわり」があった。今回は、現場の最前線で走り続け、現在執行役員を務める山越直哉さんに、仕事への想いや大切にしてきた価値観について伺った。 学生時代は経済学部に所属していましたが、学業以上に情熱を注いでいたのがサークル活動と飲食業でのアルバイトでした。大学で一番規模の大きなオールラウンドスポーツサークルで部長を務め、多くの仲間と充実した日々を過ごしました。また、飲食店でのアルバイトでは、最初はお客様と話すことに恥ずかしさや緊張もありましたが、数をこなし経験を積む中で少しずつ会話を楽しめるようになりました。今振り返ると、その経験が現在の仕事にもつながっていると感じています。 ■出会いは「こんばんは」の挨拶から 実家が飲食業を営んでいたこともあり、将来は自分のお店を持ちたいという漠然とした夢を抱いていました。そして、大学卒業後は飲食の道へ進み、レストランで接客の経験を積んでいました。そんなある日、一緒に働いていた仲間から「シアトルから来た面白いカフェチェーンがある」と紹介されたのです。当時はまだセルフ式のカフェが珍しい時代でした。夜にお店を訪れると、入り口で「こんばんは」と声をかけられました。「いらっしゃいませ」という一方通行の挨拶しか知らなかった私は、思わず「こんばんは」と返し、衝撃を受け、「このお店だ」と直感しました。そしてその1ヶ月後にはタリーズに入社をしていました。セルフ式のカフェはお客様との接点がレジと提供時くらいしかありませんが、接客には自信があった私は、商品だけではなく自分の接客でどれだけお客様を呼べるのか試したかったのです。 ■苦労を乗り越える原動力となった「接客の力」 入社後は大手町の店舗に見習いから配属され、スペシャルティコーヒーの魅力をお客様に伝えるべく、自主的にフロアに出て積極的にお声がけを行いました。当時はまだタリーズの知名度も低かったため、店名を間違えられるなどの悔しい思いをすることもありましたが、とにかく目の前の仕事や与えられた仕事に関して全力で奔走し、会話をすることを心がけていました。もちろん仕事ですから大変なことも多くありました。当時は店舗運営を任されており、苦労した時期もありました。しかし、そんな辛い時期を乗り越える力になったのは、接客でした。お客様と全力で向き合うことで嬉しい言葉や笑顔をいただくことが最大のモチベーションでした。よく「接客は愛だ」と表現しています。接客から生まれる喜びや楽しい部分を自分の力で作り出すことができれば、長く続けていくことができます。だからこそ、一緒に働く仲間には、「壁にぶつかった時こそ全力で接客をしてみてほしい」と伝えています。そうすれば、自分のモチベーションを上げることができると考えているからです。 ■「5つの最高」と「フェロー」が支えるブランド価値 タリーズコーヒーでは、「5つの最高」という経営理念を掲げています。「最高の豆」を担当者が産地に足を運んで調達し、国内での「最高の焙煎」にこだわること。そして半手動のマシンで一杯ずつ丁寧に淹れる「最高のバリスタ」と、特別な体験を提供する「最高のサービス」です。残るひとつの「最高」は、働くフェロー(従業員)自身が日々目標を掲げて体現していくものです。また、共に働く従業員を「フェロー」、つまり仲間と呼び、ファーストネームで呼び合う文化も大きな魅力のひとつです。「ハローフェロー」というタリーズコーヒーの挨拶を定義した言葉には、「まずは人に関心を持つ」という対人関係の基本となる意味が込められています。オーダーを通す際に「コン・アモーレ」などといった音楽用語を使った独自の掛け声も、バリスタが一杯一杯お客様へ気持ちをこめてドリンクを作るという姿勢の表れです。こうしたホスピタリティは病院内への出店などでも活かされており、現在病院店舗は100店舗を達成し、生活の中のひとときの憩いの場として多くの方々から支持されています。こうした店舗展開に加え、地域社会との繋がりも大切にしています。昨年は全国で5400回以上のコーヒースクールを開催したほか、絵本の読み聞かせなど、各店舗のマネージャーが主体となって地域の特性を活かしたコミュニティー活動を行っています。また、お客様の声を瞬時に店舗運営に活かすため、レシートのQRコードからアンケートに答えていただく「カスタマーボイス」を導入し、満足度の向上にも努めています。今後の展望としては、現在の850店舗から1000店舗への拡大を目指しています。「&TEA」という新しい業態も47都道府県へ出店、そして空港・サービスエリアなど今まであまり出店のできていなかった立地への出展も進めていきたいと考えています。さらに、社内のバリスタコンテストを通して、フェローの技術を磨き、世界的な大会へ挑戦する人材を輩出にもチャレンジしていきたいです。 ■大学生へのメッセージ 大変なことも多いと思いますが、ぜひ色んな企業を見て楽しみながら取り組んでみてください。様々なことに興味を持ってトレンドに触れることが必ず皆さんの糧になります。就職活動で最も大切にしてほしいのは、その企業の「経営理念」に共感できるかどうかです。そこに少しでも違和感がある場合は、自分には合わない会社なのかもしれません。そして、第一志望にご縁がなかったとしても落ち込まず、自分を採用してくれた企業とのご縁に感謝することが大切です。自分の働き方次第で、入社した会社を第一志望にしていく気概を持って、自分の道を切り開いていってください! 学生新聞オンライン2026年6月18日取材 武蔵野大学4年 吉松明優奈 情報経営イノベーション専門職大学2年 山田千遥/津田塾大学4年 石松果林/法政大学1年 山田賢彦/上智大学2年 石川仁菜/京都芸術大学1年 猪本玲菜/武蔵野大学4年 吉松明優奈/日本大学2年 原田達司

学生新聞インターン

e-dash 株式会社 代表取締役社長 山崎冬馬

AIの台頭と変化が著しい時代だからこそ、「高い志」で社会への本質的な価値提供を追い求める e-dash 株式会社 代表取締役社長 山崎 冬馬(やまさき とうま) ■プロフィール三井物産株式会社に入社後、主に電力等のインフラ事業の新規案件開発及びM&Aを担当。2015年に米シリコンバレーに駐在し、エネルギーやモビリティ等のクリーンテック分野でのベンチャー投資・事業開発を担当。帰国後、e-dashの事業を企画・立案し、2022年のe-dash株式会社の設立と同時に代表取締役社長に就任。 2050年のカーボンニュートラル実現を目指す企業・e-dashは、220以上のパートナーと連携し、数千社におよぶ企業の脱炭素経営を総合支援している。代表の山崎冬馬氏に、現在の経営方針が生まれた背景やそのキャリア、会社の魅力、仕事への情熱、今後の展望について話を聞いた。 思い返してみれば、大学生の頃は苦しかった記憶が一番に思い浮かびます。というのも、当時在籍していた早稲田大学の理工学部建築学科は厳しいことで有名で、設計や課題に追われることが日常茶飯事でした。アルバイトも本腰を入れるほどの時間は到底確保できず、隙間時間に家庭教師を少しやっていたくらいです。とはいえ、友達と麻雀をしたり、旅行に行ったりと、遊びはほどほどに楽しんでいました。でも、この時代に取り組んだ課題を通じて、「物事に対して色々な角度から考える」や「作っては壊し、作っては壊して考え尽くす」というプロセスが身に付き、現在の私の仕事の仕方に生きていると感じています。学生時代はエネルギーや環境に対しての関心が、常に高かったわけではありませんでした。ただ、中学から高校にかけてフランスに住んでいたので、美しい街並みや都市計画に興味がありました。大学で建築史を専攻しカンボジアに長期滞在し、インフラの整備されていない状況を目の当たりにし、エネルギーに対する関心が芽生え始めました。 ■研究の道からビジネスの世界へ 卒業時、研究者としての道も考えましたが、「研究で自分が社会の役に立てるのか」という葛藤を抱き、就職を選び、三井物産に入社しました。キャリアの初期においては、羽田空港の国際貨物ターミナルや、中東やアフリカの大型発電所の開発・建設事業を担当しました。 ■数千億円の巨大プロジェクト 当時のキャリアの中で、今でも一番印象に残っているのが、モロッコでの発電所建設プロジェクトです。これは総事業費が数千億円という巨大プロジェクトで、文字通り「ゼロからインフラを作り上げる」という壮大な挑戦でした。現地の政府や様々なステークホルダーとのタフな交渉を繰り返し、課題を一つひとつクリアしながら、担当してから3年の月日をかけた末に、ついに契約締結に至りました。あの時のパーティーで、チーム全員と分かち合った感動と達成感は今でも忘れられません。 ■シリコンバレーでの熱量とエネルギー領域における課題意識 モロッコでのプロジェクトを経て、新天地となるアメリカのシリコンバレーへと渡ることになりました。そこでのミッションは、現地でのクリーンテック(環境技術)関連の最先端のスタートアップたちと深く関わり、協業や事業開発を進めることでした。水素エネルギーやEV(電気自動車)といった次世代のクリーンエネルギー領域に身を置く中で、私は世界の大きなうねりを肌で感じることになります。シリコンバレーには、アントレプレナーや切れ者のベンチャーキャピタリストたちの「自分たちが世界を変える」という気概と熱量が満ち溢れていました。日本では感じることのできない現地での熱気に触れ、多くのスタートアップと関わる中で再生可能エネルギーの活用拡大等のエネルギートランスフォーメーションへの自身の考えや想いを築いていきました。テクノロジーの進化を武器に、自分たちの手でエネルギーを生み出し、効率的に貯め、賢く使うことが可能になる。そう感じたシリコンバレーでの5年間こそが、のちに「e-dash」を立ち上げる最大のきっかけとなりました。 ■「e-dash」立ち上げと本質的な価値の追求 帰国後、三井物産の新規事業として立ち上げ、2022年に会社化したのがe-dashです。日本政府が2020年10月に「2050年、カーボンニュートラル」を掲げて以降、企業が脱炭素経営へ舵を切っていかないといけない不可逆な流れが少しずつ社会に浸透していこうとしていた時期で、e-dashはそのような取り組みを進める企業を支援することを通じて「脱炭素を加速する」ことを目指して日々活動しています。もちろん、事業として軌道に乗せることや起業することに対しての不安はありました。大変なことも多かったのですが、原動力となっていたのは「自分がどうにかしてこの社会課題を解決する仕組みを作らなければならない」という強い使命感でした。e-dashと同業となる企業もいますが、他社との最大の違いはテクノロジーだけに頼らない支援の姿勢にあります。今やAIを含む技術進化が著しく、経営のあり方そのものが、テクノロジーに比例して更新され続けています。しかし、脱炭素という正解のない複雑な課題に対して寄り添い、共に悩みながら進み続ける「プロフェッショナル人材による伴走」こそが、多くの企業が必要としている支援の在り方であり、私たちの強みだと感じています。AIの躍進著しい中ではこうした「人による伴走」は非効率に見えるかもしれません。しかし、正解がなく制度設計も並行して整備や発展が進んでいく中で、お客様と一緒に汗をかくこと。そして、単に目先の売上を立てることだけを目的としないで、社会やお客様に対して「いかに本質的な価値を提供できるか」を常に求め続けていきたいと考えています。 ■今の大学生に伝えたいこと 私自身、これまでのキャリアを振り返って「苦労」と呼ぶべきものは、あるようでないような気がしています。なぜなら、その時々は大変であっても、すべてが今に繋がる必要な経験だったと思えるからです。現在、ビジネスの世界は明確に新時代に突入しています。これまでのような「稼げればそれでいい」という株主資本主義の時代は終わりを迎え、クライアントから従業員、地域社会、そして地球環境そのものを含めた、あらゆるステークホルダー(利害関係者)に対して価値を還元していく「ステークホルダー資本主義」へと世の中が大きく変化しています。そこで資格や肩書き以上に大切なのは、高い「志」を持って自ら動き出すこと。そして、自分の「本音」と「本気」を周囲にぶつけ、人を巻き込んでいく熱量です。これから社会に出る皆さんにぜひ意識してほしいのは、「ダブルボトムライン(経済的利益と社会的リターンの両立)」という考え方です。これまでは「ビジネスの利益」と「社会貢献」は、どちらか一方しか選べないトレードオフのものとして語られがちでした。しかし、これからの時代は、その両方を高い次元で両立させる「ステークホルダー資本主義」を成していくことこそが企業の存在意義になります。正解のない時代だからこそ、皆さんも自分の志を信じ、熱意をもって社会にポジティブな変革をもたらす存在へとなっていってほしいと思います。 学生新聞オンライン2026年5月26日取材 武蔵野美術大学2年 山畑惺南 武蔵野美術大学2年 山畑惺南/情報経営イノベーション専門職大学2年 山田千遥/武蔵野美術大学2年 石井生成/武蔵野大学4年 吉松明優奈 

DX・WEBマーケティング

アサヒグループ食品株式会社 マーケティング一部 プロデューサー(ミンテ...

すべての人の日常にミンティアを添えたい アサヒグループ食品株式会社 マーケティング一部 プロデューサー(ミンティア商品開発担当) 完田奈緒子 (かんだなおこ) 2011年、和光堂株式会社に入社。商品開発部門にてベビーフードの開発に携わる。2014年からはマーケティング部門でベビーフードやヘルスケア商品などのブランド担当を経験し、現在はミンティアの商品開発や戦略立案を担当。 アサヒグループ食品株式会社 マーケティング一部 プロデューサー(ミンティア広告・販促担当) 江川輝 (えがわてる) 2015年、アサヒフードアンドヘルスケア株式会社に入社。人事総務部や中部エリアの営業担当を経て、2021年にマーケティング部へ異動。現在はミンティアの広告・販促やブランド戦略の立案を担当。 今や多くの人の日常に寄り添う存在であるタブレット・ミンティア。1996年の誕生から今年で30周年を迎え、多くの人に親しまれている。今回はマーケティング部門に在籍する完田奈緒子さんと江川輝さんに、入社のきっかけから、仕事をするうえで意識していること、さらにミンティアへの熱い思いを伺った。 ■入社を決めた理由 完田奈緒子:“食べること”は生活のために欠かせない、とても身近なものです。私自身、食べることが好きだったこともあり、就職活動では自然と食品業界に目が向きました。さまざまな食品がある中で、ベビーフードや介護食は“生きるための食“の原点であり、人の生活を根本から支える存在だと感じ、大きな魅力を抱きました。その想いから、和光堂ブランドを展開する現在の会社に入社しました。 江川輝:実家が飲食店を経営しており、幼少期から“おいしいものを食べて笑顔になる人たち”を見て育ってきました。仕事を通じて人を笑顔にできる仕事にかかわりたいと思い、食品業界を志望しました。その中でも、お菓子からバランス栄養食まで幅広い商品を取り扱っているこの会社に魅力を感じ、入社を決めました。 ■イメージを商品として形にする 完田:自分が思い描いたイメージが、実際の商品やパッケージとして形になることに大きな達成感があります。「こういう商品を作りたい」という狙いを持って商品開発を進め、発売後にその商品が想定していたお客様に届くととても嬉しいです。考えたことを形にし、販売し、課題や成長のヒントが見つかれば改良を行い、商品を磨いていく。その繰り返しに、商品開発職の面白さを感じています。また、「おいしい」と言ってもらえたとき、SNSで好評の声を見かけたときも同様に嬉しいです。身近な人が日常生活の中で商品を食べている姿を見るとやりがいを感じます。 江川:自分が手掛けたものに、日常生活の中で生活者の一人として触れられることに感慨深さがあります。生活者にしっかり伝わっていると実感できる瞬間は、広告の面白さだと感じます。広告は、「広く告げる」と書くように、対象が広いからこそ、やり方によって多くの人にブランドを好きになってもらうことも、商品を手に取っていただくこともできます。その影響力の大きさは広告業務の魅力であり、同時に責任でもあると感じています。また、ブランドイメージや購入意向を調査する中で、好感度が上がったり、購入者数が増えたりした結果を見ると、自分の作ったものが生活者の心を動かせた一つの指標でもあるので、やりがいやモチベーションにつながっています。 ■ミンティアを通して届ける価値 完田:ミンティアの強みは、持ち運びやすいこと、食べたいときにすぐ口にできる手軽さにあると考えています。また、オフィスなど様々なシーンでも気兼ねなく食べられる点も特徴です。さらに、噛めばすぐになくなり、口に入れても邪魔になりにくく会話ができる点も、他のお菓子にはない価値だと思います。仕事中に少しもやもやしたときに食べて気分を切り替えられるなど、気持ちをリフレッシュできる点も魅力です。現在では、エチケットや気分転換といった役割が主になっていますが、それだけにとどまらず、タブレット商品として提供できる価値をさらに広げていきたいと考えています。その一環として、エチケットに特化した商品や声を出す前に食べていただくことをイメージした商品などに取り組んでいます。 江川:意識していることは、“ミンティアは気持ちをリフレッシュできる商品”というブランドイメージを持っていただけるコミュニケーションです。「ミンティアを何のために食べていますか」と聞くと、口臭ケアや口の中をすっきりさせるためと答える方が多いと思います。もちろん、そのニーズも大切ですが、先にある、不安や不快感が無くなったことによる気持ちの爽快感まで伝えるコミュニケーションを意識しており、そのような情緒的な消費者との関りがブランドへの好感を生み、長期的なブランド成長にもつながっていくと信じています。また、今年は特に広告で使用する音楽にこだわっています。気持ちが少し軽くなるようなアイテムとしてミンティアを届けるうえで、音楽の効果はとても大きいと感じています。音楽を聴いて心が軽くなるように、ミンティアを持つことで少し気分が軽くなる、そんなブランドイメージを作りたいと考えています。 完田:ミンティアには「いい今日を、ポケットに。」というブランドコピーがあります。この言葉を体現する存在として、ミンティアをただのタブレットではなく、日常に寄り添う存在として広げていきたいと考えています。気分を切り替えたいときや気持ちを少し整えたいときに、自然と手に取られる。その結果として、一人でも多くの方のポケットにミンティアが入っている状態を実現したい。その実現に向けて、日々仕事と向き合っていきたいと考えています。 ■大学生へのメッセージ 完田:大学時代は、自分の好きなことを思いきり学び、空いた時間には好きなことに没頭できる、特別な時間です。自分に全振りできる期間は、大学生活くらいしかないのではないかと思います。何かを頑張る日も、のんびり過ごす日も、全部が大事な時間です。自分が楽しいと思えることを、とことんやりきって、悔いのない学生生活を過ごしてほしいです。その時間のそばに、ミンティアがあったら嬉しいです。 江川:世の中にはさまざまな情報があり、考えなければならないことも多い一方で、やりたいこともたくさんあり、非常にせわしない環境にあると思います。大学生活は、自分に全振りできる期間です。さまざまな情報に触れながら、「自分がやりたいことは何だろう」と考え、自分の中でしっかりマインドセットしてほしいです。その上で就職活動をしたり、社会に出てから学び続けたりすることで、より人生が豊かになるのではないかと思います。 学生新聞オンライン2026年6月1日取材 東京薬科大学4年 庄司春菜 成城大学2年 小澤実桜/東京薬科大学4年 庄司春菜/立教大学3年 塚本晴香/情報経営イノベーション専門職大学2年 山田千遥/京都芸術大学1年 猪本玲菜

イベント・企業紹介

ミュージカル『憂国のモリアーティ』緋色の研究 Reprise

2026年6月27日(土)から天王洲 銀河劇場にてミュージカル『憂国のモリアーティ』緋色の研究 Repriseが開幕しました。原作は2016年から「ジャンプSQ.」(集英社刊)で大好評連載中の漫画『憂国のモリアーティ』。舞台は19世紀末、栄華を極める大英帝国ロンドン。腐敗した階級制度を“犯罪”という手段をもって打ち破ろうと暗躍する“犯罪卿”ジェームズ・モリアーティと、その謎を追い求める“名探偵”シャーロック・ホームズ。宿命の二人の戦いを鮮烈に描きます。ミュージカル『憂国のモリアーティ』は、2019年5月の初演以来「ピアノとヴァイオリンの生演奏」が生み出す熱量で、観客を物語の世界へ深く引き込み、公演ごとに大きな感動と熱狂を巻き起こしてきました。そして、記念すべき原作連載10周年を迎える2026年。シリーズの原点である「始まりの物語」、Op.1を『緋色の研究 Reprise』として2チーム体制で上演することが決定!“犯罪卿”はいかにして生まれ、“名探偵”といかに出会ったのか──。宿命の二人の原点が、今、劇場で鮮やかに蘇ります。初日公演に先立ち6月25日・27日に行われたゲネプロを取材させていただきました。 ~キャストコメント~ ウィリアム・ジェームズ・モリアーティ:鈴木勝吾俳優、スタッフが自分の責任を必死に、それこそ様々なことを乗り越えて、抱えながらも信頼のもとに毎日稽古場に集い、創っていた印象があります。その「信頼の意味」をきちんと再確認した稽古場であったなと、白も黒も清濁併せて表現に昇華する心持ちです。約一ヶ月にわたるロングラン公演となる本作は、公演期間内でOp.チームとRepriseチーム、どちらも楽しんでいただくことができます。劇場でお客様の生きた目に何色の景色が映るのか、何がそこに在るのか。そして我々は何を届けることができるのか。覚悟と共に、毎日公演をしていきたいと思います。お客様におかれましても、集っていただいた劇場です。必死に届け続けたいと思います。 シャーロック・ホームズ:平野良いつも、ミュージカル『憂国のモリアーティ』を応援していただきありがとうございます。7年目にして、原点に戻る今作。しかしながら人生と同じく螺旋階段のようで、似たような景色ではありますが、全くの別世界になったと思います。そんな本作で、懐かしさと新しさを紡いでいきたいです。東京公演のみでいつもより期間が長く、2チーム制に新曲にと、新たな試みが詰まった今作。何といっても見どころのひとつである2チーム制においては、感情の通り方や、果ては物語の通っていく道順まで、異なって見える面白さがあります。私自身も二人のジョンをはじめ、レストレード、ホープと、毎公演新鮮にその場を生きなければと思っています。たくさんの方に愛されるよう、稽古場ではチームみんなで向き合ってまいりました。いつもと変わらずいい『モリミュ』を、そして新たないい『モリミュ』を、お届けいたします。 アルバート・ジェームズ・モリアーティ(Op.チーム):久保田秀敏広く険しい大海原を進んできたこの船は、未だ航海の真っ只中。辿り着く先が平穏で平等な世界の景色であることを願い、千穐楽まで帆を高々と掲げ進みます。そんな今作は、初演の再演というわけではなく、新たにリプロダクトされた新作です。2チーム制という点も見どころの一つ。ぜひ二つの物語をお楽しみください。最後に、銀河劇場という素晴らしい方舟にご乗船いただき、ありがとうございます。眼前に広がる素晴らしいショーの数々をご体感ください。それでは素敵な旅を。 アルバート・ジェームズ・モリアーティ(Repriseチーム):泰江和明再演という形で創り上げる今回の稽古は、今まで『モリミュ』をやって来た方々の想い、そして新しく入った僕たちの想いを、舞台上でぶつけ合う日々だったと思うので、それがどうなるのか今は楽しみでいっぱいです。これまでの強い想いが重なった、重厚感のあるOp.チーム。これまでの作品にリスペクトを持ちつつも、今、僕たちが入った意味を考えて役に向き合って来た、新しい化学反応を見せられるRepriseチーム。お客様にはぜひ新『モリミュ』を楽しんでいただけたら幸いです。いよいよ開幕!僕にできることは、一つ一つの公演に向き合って大切に届けること。新しくなった『モリミュ』、そして、アルバートを楽しんでいただけたら幸いです。劇場でお会いしましょう。 ルイス・ジェームズ・モリアーティ(Op.チーム) :山本一慶7年前の作品を再びやるという感覚より、新たな作品への取り組みとして、とても新鮮に感じています。お客様にも新たな楽しみをお届けできるよう、頑張ります。見どころになるのは、タイトル通りシャーロックの事件!その裏にウィリアムがいる構図が、僕は昔から大好きです。改めて、またこの作品の一員になれたことを、心から感謝しています。皆様にも7年の時を経て、この始まりの物語を新たな気持ちで楽しんでいただけたらと思います。 ルイス・ジェームズ・モリアーティ(Repriseチーム) :百名ヒロキ今回の公演は、初演から作品を愛してくださっている方はもちろん、今回初めて『モリミュ』をご覧になる方にも、楽しんでいただける作品になっています。Repriseだからこそ描ける人物たちの関係性やそれぞれの信念も、より深く感じられるはずです。楽曲やドラマの熱量もさらに磨き上げられていますので、ぜひ細かな感情の動きまで楽しんでいただけたら嬉しいです。僕自身としては、いよいよ皆様にお届けできることへの期待で胸がいっぱいです。早く劇場でこの熱量を感じていただきたい!という気持ちが強くなっています。本番でもルイスとして、新たな発見がたくさんあると思うので、毎日刺激を受けながら『モリミュ』の世界を生き抜いていきます。最後に、いつも応援してくださる皆様、本当にありがとうございます。カンパニー一同、心を込めてこの作品をお届けします。劇場でしか味わえないミュージカルの魅力と、『憂国のモリアーティ』の世界を存分に楽しんでいただけたら嬉しいです。皆様のご来場を心よりお待ちしております。 ジョン・H・ワトソン(Op.チーム) :鎌苅健太大切な懐かしさと新しい場所への挑戦との気持ちが入り混じり、とても心踊った稽古でした!幕開けが楽しみです。今回は見どころだらけ!めちゃくちゃパワーアップしています。2チーム制ということで、お互い外から見ることが出来る時間もたくさんあったので、それぞれのチームの個性や絆が見られて、とても良かったです!アンサンブルチームの活躍も必見です!初演から7年。『モリミュ』がまた新しいステージに向かいます。大期待してどうぞ浴びてください。僕も劇場で皆様と一緒に『モリミュ』の世界が創れる幸せを噛み締めます。 ジョン・H・ワトソン(Repriseチーム) :橋本真一『モリミュ』を『モリミュ』たらしめてきたOp.チーム。『モリミュ』が『モリミュ』で在れるよう、もがきながら新たな風を吹かせたRepriseチーム。二色のモリミュを届けることに、高揚感と少しの程よい緊張感を感じています。見どころとなるのは、ウィリアムとシャーロックという、非現実的とも言えるほどの圧倒的天才ふたりの存在を、この世に顕現させていること。僕はそこに役者の凄さや演劇の可能性を感じています。Op.チーム、前回からのRepriseチーム、そして今回からの新キャスト。それぞれの良さを持って混ざり合っている今作は、『モリミュ』の歴史の中でも突出して、新鮮さや新しい発見を感じる作品になると思います。『モリミュ』が積み上げてきた歴史の上で、新しい『モリミュ』の魅力を感じてもらえるよう、僕も精一杯努めます。 生演奏が彩る、信念と正義の物語 ~学生の観劇レポート~ ヴァイオリンとピアノの生演奏が登場人物たちの感情や謎と共に奏でられていく作品でした。特に印象に残ったのは、ウィリアムとホームズの対比です。ウィリアムは幼い頃から置かれた環境によって、世の中を冷めた目で見ており、物事を俯瞰して捉えているように感じました。ただ、自らの意思や感情を外側に向けて生きる姿には、強さと同時に孤高さえ感じました。一方でホームズは、自分の心の動くままに行動し、目の前のことに全力でぶつかっていく熱さがあり、その生き方は羨ましく感じるほどでした。同じ世界を見ていても、物事の捉え方や進むべき道、心に決めている道理が違う2人の対比にとても引き込まれました。そして、「何を信じて誰についていくのか」ということの怖さも感じました。信じる相手や思想によってどんな方向にも進むことができてしまいます。正義と悪の境界線が曖昧になる中で、それぞれの信念がぶつかり合う姿は、自分自身の信念とも向き合うことのできるあっという間の時間でした。武蔵野大学4年 吉松明優奈 ピアノとヴァイオリンの生演奏がとても印象的なミュージカルでした。劇中歌のみならず、効果音や登場人物の心情までもヴァイオリンで表現しているシーンもあり、楽器の表現力のレパートリーの多さに圧倒されました。劇中歌は全体を通して悲壮感や強い決意が込められた楽曲が多く、力強い歌声と楽曲に何度も心をぎゅっと掴まれるような感覚になりました。生演奏だからこそ、観客一人ひとりの感情に寄り添ってくれているような感覚があり、作品の世界に深く惹き込まれました。音楽だけでなく、物語の構成や演出もこの作品の大きな魅力でした。モリアーティ三兄弟があらゆる人物を巧みに操り、あのホームズでさえも翻弄してしまう展開には、恐ろしさと同時におもしろさを感じました。そして、三兄弟が並ぶ場面の照明の演出も相まって圧倒的な存在感がとても印象的でした。作品の中でも、特に心を惹かれたキャラクターはウィリアムです。過去を背負っているからこその全てを諦めたような静かな眼差し、その過去が生み出す妖艶な雰囲気がとても魅力的でした。悪には容赦なく立ち向かう一方で、傷つき苦しんできた人々には深い慈悲を向ける姿には、人間離れした雰囲気がありながらも不思議な温かさがありとても心を惹かれました。城西国際大学3年 渡部優理絵 ■公演概要 公演日程・劇場:2026年6月27日(土)~7月19日(日) 天王洲 銀河劇場原作:三好 輝『憂国のモリアーティ』(集英社「ジャンプSQ.」連載)脚本・作詞・演出:西森英行 音楽:ただすけ出演ウィリアム・ジェームズ・モリアーティ:鈴木勝吾シャーロック・ホームズ:平野良アルバート・ジェームズ・モリアーティ:久保田秀敏/泰江和明ルイス・ジェームズ・モリアーティ:山本一慶/百名ヒロキセバスチャン・モラン:佐々木崇フレッド・ポーロック:宮島優心(ORβIT) /新谷聖司ジョン・H・ワトソン:鎌苅健太/橋本真一ミス・ハドソン:七木奏音ジョージ・レストレード/ジェファーソン・ホープ:髙木俊/伊藤裕一レニー・ダブリン男爵:吉田英成ブリッツ・エンダース伯爵:小南光司/内藤光佑伊地華鈴 大澤信児 川島大典 木村優希 熊田愛里 白崎誠也高間淳平 竹内一喜 田中奏 蓮井佑麻 若林佑太 渡辺里佳Piano:境田桃子/ただすけViolin:林周雅スウィング 岡本拓也 友松克太 本田桃萌スタッフ振付:広崎うらん殺陣:六本木康弘舞台監督:野口岳大美術:松本わかこ照明:大波多秀起音響:ヨシモトシンヤ映像:ワタナベカズキ衣裳:摩耶ヘアメイク:中原雅子歌唱指導:水野里香演出助手:高橋将貴 玉屋冴月制作進行:麻田幹太宣伝・グッズデザイン:大内結菜 高野真衣宣伝・グッズ撮影:須田卓馬宣伝・グッズディレクター:鈴木幸 大島亜衣香ピアノ協力:株式会社河合楽器製作所 学生新聞オンライン2026年6月25日・27日取材 武蔵野大学4年 吉松明優奈/城西国際大学3年 渡部優理絵

企業に聞く

慶應義塾大学 體育會 競走部 監督 鹿又 理

雲の上なんてない 慶應義塾大学 體育會 競走部 監督 鹿又 理(かのまた おさむ) ■プロフィール1971年生まれ、慶應義塾大学法学部卒業。競走部時代、日本インカレ4×100mリレー優勝、200m準優勝、日本選手権200m準優勝などの戦績を収める。1994年三菱商事入社、シンガポール勤務を経て2004年オイルメジャーのbpへ転職。2022年、母校の競走部監督に就任。現在はシンガポールを拠点に、bpのトレーディング部門日本代表を務める傍ら、監督として学生の育成にも力を注いでいる。 母校の競走部監督を務める一方、オイルメジャーbpのトレーディング部門日本代表として、シンガポールを拠点に日本とシンガポールを往復しながらエネルギー業界の第一線で活躍する鹿又理監督。「雲の上なんてない」という信念の下、競技とビジネスの両方で培った経験を基に、世界で活躍する考え方を学生たちへ伝え続けている。今回は、そのキャリアの歩みと学生たちへの思いを伺った。 ■陸上とビジネスを通じて見てきた、一つ上の世界を学生たちに見せたい 私は現在、シンガポールを拠点に石油やガス、電力を扱うトレーディング部門の日本代表として、日本とシンガポールを往復しながら仕事をしています。現在はイラン情勢によるホルムズ海峡を巡る緊張など、日本のエネルギー政策のあり方を再考する局面を迎えています。世界中のエネルギーに関与し、国内の名だたる企業と議論し、協業を進めています。また、世界情勢を踏まえ、どの地域からどの市場へ供給する事が最適かを考えています。この世界に飛び出したのはオイルトレーダーとして世界でどこまで通用するか、世界中のトレーダーを相手に勝負したいと思ったからです。 その一方で、母校競走部の監督を務めています。本業と並行して監督を続けているのは社会に出る最後の学びの場である大学で、無限の可能性がある学生たちに「一つ上の世界」を見て欲しいからです。こう思うようになった理由は、私の経験にあります。 私は学生時代、日本インカレの4×100mリレーで優勝はしたものの、個人では日本インカレの200mや日本選手権の200mで準優勝でした。どちらも経験した上で、優勝と準優勝の差は僅かでありながら大きな違いがある事を感じました。勝ち切る為に何が必要か、もう一歩先を見る為の考え方の一助が出来ればという思いで日々学生と接しています。 ■雲の上なんてない 学生たちは、つい「あの選手は別次元だから」「自分には無理だ」「この人には勝てないな」と、限界を作ってしまいがちです。手が届かない遠い世界を「雲の上」だと決めつけてしまうのです。しかし、実際には雲の上など存在しません。 かつて日本陸上界では「100mを9秒台で走る」という記録は、雲の上の話だと思われていました。しかし、誰か1人がその壁を破ると「自分も行けるのでは」と周囲の目線が一気に上がっていくもの。実際に9秒台で走る日本人スプリンターは4人ですが、そのうち2人が本競走部のOBです。 また、私がオイルメジャーのbpに転職した20年前、エネルギー業界で海外に転職する日本人は少なかったです。でも、誰かが飛び込んでやってみれば「あの人でも行けるのだから、自分もできる」と後に続く人が必ず現れます。これは野球のメジャーリーグや海外のサッカーでも同じ事が起きていますよね。 この「目線を上げる」という視点は、皆さんの就職活動やこれからの人生でも全く同じです。つい「有名な大企業に入ること」ばかりを目指していませんか。それは、中身が伴わないままブランド物のスーツを着たがっているようなものです。 大切なのは、どこに入るかではなく、「10年後の自分がどうありたいか」という高い視座に基づいたビジョンを持ち、活躍することです。外の世界を怖がる必要はありません。自分で勝手に雲の上という限界を作らずにアンテナを高く張り、5年後、10年後の世界を見据えて高い目線で挑戦を続けてほしいのです。 ■頑張るのではなく「結果」 私は学生たちに「頑張るのではなく結果です」と言っています。頑張るのは目的ではなく過程であり、結果を出すために頑張ることが大事であると気付いて欲しいからです。 例えば、私の「頑張る」と他人の「頑張る」は違います。それなのに、それぞれが違う頑張りで競い合っても仕方がありません。しかし、結果はとてもわかりやすいものです。比較ができるのも結果です。競走部であれば、速く走り、高く遠くへ跳び、遠くへ投げて結果を出すことです。その結果に向かって一生懸命に頑張ることは、当然やらなくてはならないことです。ビジネスの世界でも、最終的に評価されるのは「結果」です。頑張るという言葉に逃げて、自分を納得させてはいけません。 では、どのような場面で結果を出すための頑張りが必要か。それは「明確なビジョン」から逆算し、つまらなくて地味な練習でも実直にコツコツと続けられるかどうかです。 陸上は素質や才能のスポーツだと思われがちですが、実際には何百回と繰り返す地道な基礎練習や、ケガをしないための身体作りといった派手さのない積み重ねが重要です。それをずっと続けられる選手が、最後に結果を出します。サッカーでも、シュート練習は楽しいからみんなが行うと思いますが、補強のような反復練習は続けるのが難しいと思います。 ただ、これを「やったほうがいい」と伝えても、残念ながら続けることができる人は少ないです。しかし、続けられた人が結果を出しています。 ■大学生へのメッセージ 多くの大学生はついつい今日、明日ばかりを見てしまいがちです。しかし、目線を上にし、その先に何があるかを興味持って、アンテナを高く張って毎日を過ごして欲しいです。皆さんが素通りする処に沢山のチャンスがあります。 気付かなければ、バットを振る事もできない。でも先を見てどんな球がくるのか見据えることができれば、バットをどう振って良いか判るはずです。 5年、10年先のビジョンとやり切る意志があれば、夢は現実になります。「雲の上なんてない」と考え自分の限界を決めずに、前向きに楽しい人生を送って下さい。陸上もビジネスも「やらされているもの」から「自ら取り組むもの」になった時から面白くなるものです。 学生新聞オンライン2026年6月5日取材 法政大学3年 佐藤海都 国際基督教大学4年 丸山実友/京都芸術大学1年 猪本玲菜/法政大学3年 佐藤海都

区長・市長

甲府市長 樋口雄一

伝統的な価値と新たな都市像が交差する、甲府市の魅力とは 甲府市長 樋口雄一 (ひぐちゆういち) ■プロフィール座右の銘「一雨千山を潤す」。趣味は読書。尊敬する人は坂本龍馬、石橋湛山。山梨県立甲府第一高等学校、専修大学を卒業。「論卑くして行い易し」を政治信条とし、平成11年山梨県議会議員初当選、その後県議会議員4選、平成19年には山梨県議会副議長。平成27年に第39代甲府市長就任。現在、3期目。 町内会長や地方議員を務めていた父親の影響から議員を目指したというのが、樋口雄一甲府市長。子育て支援や若者支援に尽力されています。大きな転換点として期待される、リニア中央新幹線の開業を見据えたまちづくりなど、甲府の未来に向けた取り組みについてお伺いしました。 ■自分たちの発意で行動するということ 幼いころから、町内会長や地方議員を務める父親の傍にいたため、ルールづくりやその活動が身近にある環境で育ちました。その中で「まず、自分たちのことは自分たちで決めて、決められないことは人に頼る」という考え方を、自然と幼少期に培いました。大学卒業後は、保険や共済を販売するような仕事に就き、サラリーマンとして働いていました。並行して父親の仕事にも関わっており、父親が仕事を辞める時に、「自分もチャレンジしてみよう」と思い、会社を辞めました。そのような中、阪神淡路大震災でのボランティア活動や被災者支援などを体験しました。支援を行う中で、被災者を山梨へ招待するなど、交流企画を行い、行政だけではできない活動があることを学びました。自分たちの発意で行動することの大切さは、現在の市政にもつながっていると感じています。 ■社会全体で子どもを育む 市長就任から12年目を迎える現在、特に力を入れてきたのが子育て支援です。就任後は、従来の高齢者・児童・障がい者福祉が一体となっていた体制を見直し、新たに「子ども未来部」を設置しました。まず、最初に取り組んだのは、子育て支援をより重点的に進めるための組織づくりです。具体的には、子どもに関わる全ての大人が連携・協働し、子どもの育ちに関する活動をより効果的に推進していくための「子ども応援プラットホーム」という仕組みを立ち上げました。子どもたちを応援していく活動に賛同していただける大人の方々を、「子育ち応援者・子ども応援団体」として登録し、社会全体で子どもを支える体制を整えています。また、季節を問わず室内で元気に遊べる「おしろらんど」は、子どもの発達を促す場として親世代から高い評価を得ています。子育て支援は、1つの施策だけで解決できるものではありません。総合的に取り組みを進めていくことを大切にしながら、政策を進めてきました。その甲斐もあり、民間団体(NPO法人 エガリテ大手前)による「次世代育成環境ランキング」では、2023年から3年連続で、甲府市が全国62の中核市の中で総合順位1位となりました。 ■若者と企業をつなぐ取り組み また、大切だと思っているのは、若者に対して「働く場所」をしっかりと作ることです。そのため、甲府市はスタートアップ企業との連携を進め、地域に新しい力を注入する仕組みづくりに取り組んでいます。また、連携中枢都市圏(県央ネットやまなし)の12市町が協力し、「合同企業説明会インターンシップフェア」を実施しました。甲府駅から会場までバスを運行するなど、都市部の学生や若者が気軽に参加できる工夫を行っています。来場者は約300人にのぼり、山梨県や甲府市の企業を知るきっかけとなっています。さらに、メタバース空間で開催する「メタバース合同企業説明会」も実施しており、オンライン上での説明会参加者も増加しています。こうした取り組みを通じて、企業と若者の間でキャッチボールが生まれ、互いにとって良い関係が築かれていくことを期待しています。 ■「甲府らしい街づくり」を目指して 私は、「甲府らしい街づくり」を大切にしています。2019年に開府500年を迎えた甲府には、長い歴史や文化があります。この魅力を生かしながら、未来につながるまちづくりを進めていきたいと考えています。具体的には、フルーツ王国としての魅力に加え、ワイン産業やジュエリー産業などの地場産品の拡充をおこなっています。また、甲府城周辺や温泉地の再整備を進め、かつて栄えていた地域を再現していくことも目標のひとつです。さらに、甲府を「まち歩き」や「山のぼり」の拠点にしたいとも考えています。甲府は、少し移動すれば自然に触れることができ、20分ほどでハイキングやゴルフにも行ける、「オンとオフの切り替えがしやすいまち」です。そうした甲府ならではの魅力を発信し、多くの方に「甲府ファン」になっていただければうれしいです。また、百貨店跡地などの再開発についても、“点”で終わらせるのではなく、“線”としてつなげていきたいとも考えています。歴史や文化、自然、交通を結びつけながら、甲府全体の魅力を高めていきたいです。 ■リニアが生み出す新しい玄関口 今後の大きな転換点として期待しているのが、リニア中央新幹線です。移動時間が大幅に短縮されることから、山梨から都内へ通勤・通学するという新しい生活スタイルも可能になるかもしれません。私は、リニア中央新幹線によって、甲府が「新しい玄関口」になる可能性を持っていると考えています。一方で、既存の甲府駅周辺と、新しくできるリニア駅周辺の役割分担も重要だと考えています。甲府駅周辺は政治・経済・文化の中心として、新しいリニア駅周辺は新たな活力や交流を生み出す場所として発展させていきたいです。 ■大学生へのメッセージ 近年は、SNS上で様々な意見が飛び交う時代です。だからこそ、「主観」と「客観」の両方を踏まえたうえで、多様な意見を整理し、前に進んでほしいです。特に、政治や行政の道を志す人には、私の政治理念でもある「一雨千山を潤す」という考え方を大切にしてほしいと思っています。1人ひとりの日々の小さな行動が、誰かの生活を良くしていく。それぞれがこうした思いを持って働くことで、組織全体に良い相乗効果が生まると思います。10年後の主役は学生である皆さんです。さまざまな機会に積極的に挑戦し、自分の進路を選択してくださいね。 学生新聞オンライン2026年5月18日取材 成城大学2年 小澤実桜 情報経営イノベーション専門職大学2年 山田千遥/京都芸術大学1年 猪本玲菜/成城大学2年 小澤実桜

学生新聞インターン

株式会社マウスコンピューター 代表取締役社長 軣秀樹

経験が選択肢を広げ、人生の可能性を切り拓く 株式会社マウスコンピューター 代表取締役社長 軣秀樹 (とどろき ひでき) ■プロフィール1969年、長野県長野市生まれ。学生時代はメカトロニクスを専門に学び、機械設計を中心に電気やプログラミングなど幅広い知識を身につける。卒業後は飯山電機株式会社に入社し、長年にわたり開発の最前線で活躍。電気回路設計や製品開発、品質管理など幅広い業務を経験し、サービス品質の向上にも尽力。2024年に代表取締役社長に就任。「仕事を楽しむこと」を大切にしながら、ものづくりへの責任と挑戦する姿勢を従業員に伝えている。 国内生産と充実したアフターサポートを強みとするパソコンメーカー、マウスコンピューター。代表取締役社長の軣秀樹さんは、長年開発の最前線で培った経験を活かし、従業員や業界全体の成長を見据えた経営に取り組んでいます。ものづくりへの思いや仕事への向き合い方、そして学生へのメッセージについて伺いました。 専門職に近い環境で学んでから職につきたいという思いがあり、学生時代は小学生の頃から興味があったメカトロニクスを専門に学んでいました。機械設計を中心に、電気やプログラミングなど幅広く身につけました。学外ではガソリンスタンドでアルバイトをしていました。2年前に現在の立場になるまで、私はずっと開発職として働いてきたため、営業経験はあまりありませんでした。しかし、アルバイトを通じて多くの人と接した経験が、誰とでも自然に話せる力につながり、今の仕事にも活きていると感じています。卒業後は、液晶ディスプレイなどを扱う飯山電機に入社しました。長野市出身だったこともあり、「地元の企業で働きたい」という思いが強かったからです。当時はバブル景気の時代で、さまざまな企業に挑戦できる環境でしたが、地元への思いを大切にしました。 ■ゼロからのものづくりを伝えたい ものづくりの魅力は、ゼロから製品を形にしていく過程にあります。苦労も多いですが、それ以上に完成した時の喜びは大きなものです。パソコンは国内ですべての部品をゼロから作ることはできません。しかし、多くの部品メーカーと協力し、それぞれの技術を組み合わせることで、一つの製品が完成します。そうして生み出した製品をお客様にご利用いただき、その先にある喜ぶ姿を想像できる瞬間こそが、ものづくりに携わる者にとって最も大きなやりがいであり、幸せな瞬間だと思います。従業員によく伝えているのは、「一台のパソコンが完成するまでにどれだけ多くの人が関わっているかを想像してほしい」ということです。 だからこそ、自分たちの仕事一つひとつに責任を持ち、お客様に長く使っていただける製品を作ることが大切だと考えています。こうした考え方は、私自身が長年、開発職として働いてきた経験から生まれたものだと思います。マウスコンピューターのグループに入った2006年までは技術畑でした。電気回路の担当となったのですが、学校では軽く触れていただけだったので、社会人になってからの方が勉強しました。負けず嫌いな性格なので、教えてもらっていた先輩を超える思いでした。1年目から担当モデルを受け持っていましたが、一から回路図を書き、実際に動かし、何度も実験をしていました。当時はCADなどのソフトもなかったので、1年ほどかけて手作業で開発していました。また、工場の立ち上げや、国内外へのアフターサービスの指導などを一通り担いました。海外にも一人で訪問し、身振り手振りでコミュニケーションを図っていました。自ら作った製品への熱意が言葉の壁を超えて伝えられたことは、私の人生で最大の糧となっています。 ■仕事を楽しむ社風 マウスコンピューターは、国内でパソコンの開発、組み立てからアフターサービスを行うパソコンメーカーです。それぞれの部品メーカーからの協力で組み上げた製品が、問題なく使っていただけるための信頼性を担保できるようにチェックするのが開発部門や品質管理部門です。そして、お客様に長く安心してお使いいただくためのアフターサービスにも力を入れています。日本のお客様向けにパソコンを販売しているからこそ、国内生産ならではの品質やサポートには強くこだわっています。私たちだけがビジネスとして成長すればいいという考えはなく、部品メーカーや流通業者、販売店の皆さまと共に成長して初めて、ビジネスが成功したと言えると思っています。マウスコンピューターの魅力は、新しいことにチャレンジしやすい環境が整っている点にあると思います。スマートフォンや翻訳機、住宅のセキュリティ製品も作りました。世の中の流れより早かったこともあり、市場に受け入れられなかったものもありましたが、マウスコンピューターには、そうした挑戦にも積極的に取り組める環境があります。もう一つは、失敗を責めずに、学びとすることです。私自身もそうですし、社内にそのような文化が根付いています。昨年、従業員にも楽しく仕事をしようと伝えました。私も開発時代は非常に多忙な日々を送っていましたが、苦労よりも楽しんだ記憶ばかりです。楽しく働くことで、いい仕事ができると思いますし、そこから湧いてくるアイディアはとても貴重なものです。仕事のことで悩むよりも大切なのは、「楽しむために自分にできることは何か」と考えることだと思います。 ■仕事を共にしたい人 自分の意見をしっかり持って、それを実行できるような活力のある方と一緒に仕事をしたいなと思います。自分の考えやアイデアをしっかり言葉にして発信できることも非常に重要だと思っています。お互いの思いや方向性を共有しながら取り組むことで、業務のスピードや質も高まり、より多くのアイデアが生まれると思います。知識や資格は、多いほどいいと思います。自ら学び、知識を得ようとする姿勢があるからこそ、あらゆる情報が身につきますし、それが自分の中の選択肢を増やし、イレギュラーな仕事にも対応できるようになることにもつながります。 ■大学生へのメッセージ 学生にしかできないことを学生のうちにやりきって欲しいです。そのうえで社会人になることで、気持ちの切り替えがしやすくなり、仕事をより楽しめる良いスタートを切ることができると思います。若いうちは吸収力が高く、多くのことを自分の力に変えられる貴重な時期です。世の中の変化に不安を感じることもあるかもしれませんが、技術が進歩するように、人も成長していきます。 環境は変わっても、その中で自分自身も確実に前に進んでいけるはずです。また、近年は新卒入社後すぐに転職を選ぶ方も増えています。しかし、続けてみなければ見えてこない景色もあります。「自分には合わない」と決めつける前に、一度立ち止まってじっくり考えてみてください。経験を積み重ねることで、自分の選択肢は広がります。焦らず、自分らしい道を選びながら、自分の可能性を広げていってほしいと思います。 学生新聞オンライン2026年5月1日取材 武蔵野美術大学2年 石井生成 京都芸術大学1年 猪本玲菜/津田塾大学4年 山下さくら/武蔵野美術大学2年 石井生成/城西国際大学3年 渡部優理絵/早稲田大学3年 中澤京平

中澤京平

株式会社グルメ杵屋 取締役 代表執行役社長 最高経営責任者(CEO) 椋...

杵屋から世界へ。困難を乗り越えた先に見据えるものは 株式会社グルメ杵屋 取締役 代表執行役社長 最高経営責任者(CEO) 椋本充士(むくもとあつし) ■プロフィール2021年6月に株式会社のグルメ杵屋の代表執行役社長就任(現任)。その後、2022年1月に株式会社グルメ杵屋レストランの代表取締役社長就任し、現在は代表取締役会長(現任)。 うどん屋に始まり、今や機内食、卸売、冷凍食品など多岐にわたる事業を展開するグルメ杵屋。この飛躍の裏には、低迷していた業績を見事に再建した椋本充士社長の手腕が隠されていた。今回は、そんな外食再建の裏側や、これから東南アジア地域へそのシェアを広げていく今後の展望を伺った。 大学時代は近畿大学のスキー部に所属していました。高校の時から選手としてスキーをしておりましたが、大学では一変して、4年間マネージャーを務めました。スキー部に入る前、マネージャーは、選手の手伝いや練習の組み立てなどのサポートをすることが仕事なのだと考えていました。しかし実際には、クラブの運営に関わる資金運用が主な仕事でした。年間175万円という大きな資金をやりくりするなかで、銀行の定期口座に預けることで何万円か金利がつくということなど、選手の側からは見えない大人の世界を経験することができました。 ■組織は変えられると知った大学時代 当時の体育会系部活は、厳しい上下関係などは当たり前で、多少の暴力行為も指導の一環であるとして、不祥事にすらなりませんでした。しかし、ある時の近畿大学の総合ミーティングで、この風潮を廃止すべく、上級生の下級生への過度な指導は禁止になりました。この取り組みは、当時は非常に異例だったので、瞬く間に全国の学校に広まりました。そうすると、オリンピック選手レベルの後輩が次々と近大を志望するようになり、インカレで総合優勝することも叶いました。この経験から私は、組織はすぐには変わらないけれど、少しずつ変えていくことで、数年後には大きな変化をもたらすことができるのだと実感しました。 ■赤字の中与えられた社長職 現在の杵屋に入社してからは、財務管理、教育研修、システム・店舗開発など様々な分野で営業をしていました。2008年にはリーマンショックが起こり、杵屋は創業初の赤字となり、その2年後に社長に就任しました。というのも、1990年に開催された大阪花の博覧会以降店舗への来客数は徐々に減り続けていて、当時の経営体制は根本の原因を突き止めるのではなく、目先の手当ばかりしていたため、この赤字という事実は驚くことではありませんでした。この状況をどう乗り越えていくかが、当時私に与えられた役割でした。 ■それぞれの店舗の意識改革が 杵屋は1971年に1号店が開店し、当時は一等地に店舗を構える戦略で大きな売上を出してきました。けれど、それは高度経済成長の賜物であり、お客様が再びお店に足を運んでもらえるような働きかけを全く行ってきませんでした。さらには、バブル崩壊後、来客数が徐々に減る中で、昔と全くやり方を変えてこなかったので、香川のうどん屋を模倣したセルフ式の導入や、うどん1杯の値段格安化などの戦略を打ち出した同業他社に出遅れることとなりました。業績は赤字なのに、他社のように工夫も凝らさない当時の杵屋を変えるべく、私は他の部門の経費を削減して、教育への投資を増やしました。具体的には、各店舗の店長が、お客様にまた来てもらえるような取り組みを考えるための研修を充実させました。とある店では家族連れが多く、その店舗の店長は、近隣の図書館から絵本を借りてそれを貸し出したり、塗り絵を渡したりするなどの工夫を施しました。一方で、イオンモール内にある、平日夜の来客数が少ない店では、その店舗でパートとして働いていたジャズバンドマンの演奏会を取り入れるなど、既存の思考にとらわれないやり方で店舗を盛り上げていました。これらの工夫を、店長会で互いに報告し合うと、各々の店舗が刺激を受けて、更なる営業スタイルの変化が起こりました。これらの付加価値を生み出していくことで、杵屋は赤字を脱却し、再び飛躍を遂げることに成功しました。 ■これからも変わり続けるグルメ杵屋 今や杵屋は来年に創業60年になり、その領域はレストラン事業の垣根を越え、M&Aを通じた、機内食、卸売市場、そして冷凍食品まで幅広い事業展開をしております。当初、こうした事業展開は買収先の企業を手助けするという形で行ってきましたが、現在はこれらの事業のポートフォリオをどう組んでいくかに思考を巡らせています。事実、今年の3月には世界の機内食大手であるLSGグループの、アジア太平洋地域に展開する事業の株式取得のため、神戸物産との共同出資による合弁会社を設立することを決議しました。杵屋としてはレストラン事業に加え、このアジア太平洋を軸とした機内食事業に、より力を注いでいこうと考えております。また、他の場面においても杵屋は変化をし続けます。その1つに来年度の採用枠の追加があげられます。来年度は従来の採用に加え、幹部候補となりうる方を追加で採用するつもりです。彼らには、一年目でレストランもしくは機内食事業を経験させ、二年目からはLSGグループとして海外で活躍する役割を担ってもらいます。加えて、これからの人手不足問題に立ち向かうために、2022年より日本語学校を始めました。ここでは主に東南アジアの地域から人を集め、世界で活躍できる人材を育成したいという狙いがあります。これは杵屋の社員という枠組みに限らずに他社や海外、母国など、あらゆる領域で活躍できることを目的とし、そのための法整備も含め、私たちはこれからも努力してまいります。 ■学生へのメッセージ 私が学生の頃は、「どうやってサボろうか」といったことばかり考えていました。しかし今の時代は、「在学中にどのようなスキルをどれほど身につけたか」が非常に大事になります。採用のシステムも、これからは固定の初任給ではなく、学生時代に身につけたスキルに応じて初任給が変わる仕組みに変化していくでしょう。だからこそ、卒業後でも勉強はすべきだし、大学の入り直しも視野に入れて良いと思います。時間はかかるけど学んだことはいずれ自分に返ってくる、このことを意識して頑張っていただけたらと思います。 学生新聞オンライン2026年5月27日取材 早稲田大学3年 中澤京平 / 法政大学2年 森川葵 東京女子大学3年 浮田梨紗 / 京都芸術大学1年 猪本玲菜 / 法政大学2年 森川葵 / 情報経営イノベーション専門職大学2年 山田千遥 / 早稲田大学3年 中澤京平

コラム

テリー伊藤 コラムVol.83 157回お見合いで幸せを掴んだ男 その2

前回のコラムで紹介した友人の放送作家、西川ちゃん(63歳)が5年妻と離婚し、その寂しさから3年前に25万3000円の入会金を払い結婚相談所に入会。月々1万2100円の会費を支払い、合計157回のお見合いをして遂にひと回りも若い女性を射止め結婚間近となった。前号で紹介しきれなかたハチャメチャお見合い体験を公開したいと思う。 ◆お見合いの席で「最近、訳あって夫と別れたんですよ」55歳にして「今から身寄りのない子供を引き取る里親になりたいんです」と告白され、それから30分間ずっと「父親になってください」とお願いを受ける。 ◆病院の緊急外来に勤める女性とお見合い。話が全く盛り上がらないので「緊急外来に救急車で運ばれた人で変わった人はいましたか?」と聞いたら、救急車の中で棒を振り回しながら「変身できない、変身できない、助けてください」と言い続けた若い女性がいたと教えてくれた。面白い話が聞けて「会ってよかった」と思った。 改めてツワモノの女性が登場してくる。興味深い。話だけではなく私も会ってみたいものだ。ところで、男性側から見たビックリお見合い相手の女性を紹介してきたが、実はとんでもない男性も多い。「成婚の女王」婚活アドバイザーの畔柳(くろやなぎ)真理子さん(59歳独身)に取材した。 ◆仮交際で家に遊びに行ったら、プロフィールに「同居家族なし」と書かれていたのに、出戻りの娘と孫が5人もいる大家族でその日のうちにお断りした。 ◆「猫が好き」という共通点があったので、仮交際に進んで「どんなに可愛い猫を飼っているのかしら」と期待して家に行ったら、30 匹以上いて家の中は糞まみれの猫屋敷だった。 ◆「資産があるから貴女に苦労はさせません」とプロフィールに記載があったのに、結婚した途端「自分の生活費は全て自分で稼いでください」と言われた。 ◆前の奥さんと死別した男性と付き合ったら、外食の時に「この店は死んだ妻とよく来た思い出の店なんです」とボロボロ泣かれ食欲を失った。 ◆2人で夜景の綺麗な高級レストランに行き「これはプロポーズだな」と期待していたら「結婚相談所の担当者から『そろそろプロポーズしなさい』と急かされたからしました」と言われ一瞬で冷めた。 などなど女性陣の不満もある。シニアになって結婚相手を探すには色々ありますね~。とはいっても、西川ちゃんのように157回目にしてハッピーエンドもあるので、頑張ってもらいたい。ところで西川ちゃんの7月の結婚の予定が果たして実現するのか!かたずを呑んで面白がりたいと思っている。 テリー伊藤(演出家) 1949年、東京築地出身。早稲田実業中等部、高等部を経て日本大学経済学部を卒業。2023年3月、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。テレビ番組制作会社IVSテレビに入社し、「天才たけしの元気が出るテレビ」「ねるとん紅鯨団」などのバラエティ番組を手がける。その後独立し、テレビ東京「浅草橋ヤング洋品店」など数々のテレビ番組の企画・総合演出を手掛ける。著書「お笑い北朝鮮」がベストセラーとなり、その後、テリー伊藤としてメディアに多数出演。演出業のほか、プロデューサー、タレント、コメンテーターとしてマルチに活躍している。YouTubeチャンネル「テリー伊藤のお笑いバックドロップ」LALALA USAでコラム連載中https://lalalausa.com/archives/category/column/terry

中澤京平

株式会社湖池屋 代表取締役社長 佐藤章

自ら考え時代を拓け。失敗こそが最強の財産になる。 株式会社湖池屋 代表取締役社長 佐藤章 (さとうあきら) ■プロフィール1959年東京生まれ。82年早稲田大法学部卒業後、キリンビールに入社。97年キリンビバレッジ商品企画部に出向後、キリンビール営業本部マーケティング部部長、九州統括本部長、キリンビバレッジ社長などを歴任。2016年フレンテ(現・湖池屋)執行役員兼日清食品ホールディングス執行役員に転じ、同年9月より現職。 「FIRE」や「生茶」を生んだキリンの伝説のヒットメーカーが、赤字だった湖池屋をどう蘇らせたのか。安売りを拒否し、プレミアムという新たな価値で市場を塗り替えた逆転の舞台裏に迫る。挫折を経験しながらも常に挑戦を続け、ゼロからイチを創り続ける変革者が語る、未来を担う若者に託す思いとは。 私は現在湖池屋で代表取締役社長を務めていますが、かつてはキリンビールやキリンビバレッジで、長く商品企画や広告戦略に携わってきました。皆さんがよく知る「一番搾り」のリニューアルや、缶コーヒーの「FIRE」、お茶の「生茶」などの立ち上げを経験し、現在は湖池屋でポテトチップスの価値を再定義する仕事に取り組んでいます。早稲田大学在籍時は「マイルストーン」という学生雑誌の創刊に携わり、自ら表紙を描いたり、芥川賞作家の三田誠広さんのもとへ突撃取材に行ったりと、とにかく「自分が生きている証」を作りたい一心で活動していました。当時、法学部で学んでいたこともあり、司法試験の受験も考えましたが、判例や慣習に従う法の世界よりも、ゼロから新しいものを生み出す「ものづくり」に強く惹かれている自分に気づき、メーカーへの道を選んだのです。 ■競争心が挑戦の原動力 キリンビールに入社した当初、私は営業職として配属されました。成績も良く、自分はこの仕事に向いていると自信を持っていました。しかし、そんな時に登場したのが「アサヒスーパードライ」でした。それまで売れていた自社の商品が、突然売れなくなる。圧倒的な勢いで市場を塗り替えるライバルの出現に、「これを超えたい、自分もこんな商品を作ってみたい」と強く思い、商品企画部への異動を志願しました。携わってきた商品で特に思い入れが強いのは、缶コーヒーの「FIRE」です。当時のコーヒー市場は「ジョージア」や「BOSS」といった王者が君臨するレッドオーシャンでした。 「普通の新商品では勝てない」と考え、私は既存の枠にとらわれない新たなコンセプトを打ち立てました。社長から「FIREなんて名前はガソリンみたいだ」と猛反対されましたが、自分の信念を曲げず、従来の中年層向けの缶コーヒーとは異なる、若者に響く商品を追求し続けました。最終的に「コマーシャルのための曲づくりはしない」と断られていたスティーヴィー・ワンダー氏の広告出演を取り付けるなど、泥臭い努力を重ねてヒットに結びつけた経験は、今の私の基盤となっています。 ■「湖池屋」へ名乗り直し、付加価値を与える 2016年の終わりに、私は湖池屋(当時のフレンテ)に入社しました。当時の会社は創業以来初めての赤字を経験し、売上も低迷している状態でした。そこで私が最初に取り組んだのは、社名を誰もが知る「湖池屋」に戻し、ブランドの核となるロゴマーク(CI)を一新することでした。亀甲の形である六角形のなかに「湖」を配したロゴは、日本らしさと品質への誇りを象徴しています。当時のスナック市場を分析すると、定番的、男性向け、女性・お子様向けの市場では既存の商品と差別化できないと考え、当時まだ開拓されていなかった付加価値の高い「プレミアムゾーン」を創造する戦略を立てました。それが形になったのが「湖池屋プライドポテト」です。単なるおやつではなく、少し贅沢かつ本格的な品質と美しさを備えた商品を目指しました。湖池屋のファンの方々は、王道をあえて選ばない、どちらかというとこだわりの強いオタク気質で、極端な商品を作っても、ユーザーはついてきてくれると確信していました。皆様のおかげで爆発的なヒットをたたき出し、それまで停滞していたスナック市場に「プレミアム」という新しいカテゴリーが生まれ、現在では市場全体を牽引する存在となっています。 ■既存の概念を覆し、新たな意味を これからの時代に求められるのは、機能の向上ではなく「意味のイノベーション」です。例えば、吸引力など掃除機としての性能を上げるのではなく「掃除を自分でする必要がない」という概念を生んだロボット掃除機のように、新しい価値を創造することです。現在、ライフスタイルの変化により食生活が多様化しています。湖池屋もポテトチップスの枠を超え、腹持ちが良く健康的な、より「食」そのものに近い商品を提供する挑戦も始めます。お菓子というカテゴリーをより豊かで生活に欠かせないものへ進化させることが私の夢です。こうした挑戦を共にする仲間として、心に「夢」を持つ人を求めています。自分が何に悩み、何に興味があるのかを自律的に考えられる人です。その夢が湖池屋の目指す方向と重なるなら、これほど嬉しいことはありません。当社は家族的な社風ながら、若手に大きな権限を与え「失敗を恐れず好きなことをやれ」と背中を押す会社です。自ら考え動ける人こそが、この激動の時代を切り拓けると信じています。 ■大切なのは、迷いながらも進み続けること 学生の皆さんには、目的地まで最短距離で行こうとせず、ぜひ「回り道」をしてほしいです。効率だけが正解ではありません。寄り道や失敗の中で拾い上げた経験こそが、将来自分を助ける財産になります。そしてもう一つ大切なのが「遠い人との掛け算」です。似た価値観の人とだけ話していては、小さな革新しか生まれません。あえて自分とは異なる感性を持つ人と対話し、一つのテーマに向き合ってみてください。その「遠さ」が大きいほど、生まれるブレイクスルーは劇的なものになります。周りの評価を気にする必要はありません。迷いながらでも牛歩のように一歩ずつ進んでください。考え続けていれば必ず好機は訪れ、あなたたちにしか作れない「新しい意味」を世界に提示できるはずです。皆さんの若々しい感性が未来をどう変えていくのか、私は心から楽しみにしています。 学生新聞オンライン2026年4月20日取材 青山学院大学2年 松山絢美/早稲田大学3年 中澤京平 城西国際大学3年 渡部優理絵/早稲田大学3年 中澤京平/青山学院大学2年 松山絢美/情報経営イノベーション専門職大学2年 山田千遥

学生新聞インターン

レーシングドライバー 中野信治

好きなレースが導いた、世界チャンピオンとF1ドライバーの道 レーシングドライバー 中野信治(なかのしんじ) ■プロフィール11歳からカートを始め、’87年16歳で国際カートGPにおいて日本人初優勝・大会史上最年少優勝に輝く。’97年に日本人で5人目となるF1フル参戦デビューを果たし、「モナコGP」にて当時日本人史上最高位を獲得。’03年には自身2つ目の世界3大レースである「インディ500」に参戦。’05年には「ルマン24時間耐久レース」へ参戦、日本人として初めて世界3大レース全てへの参戦という偉業を成し遂げる。近年では自身のレーサーとしての活動に加え、「鈴鹿レーシングスクール(SRS)」のバイスプリンシパルに就任、「DAZN」でのF1解説、「全日本GT選手権」及び「全日本スーパーフォーミュラ選手権」で2チームの監督を務めるなど、若手育成やモータースポーツの発展のために尽力。海外経験豊富な国際派ドライバーとして評価が高く、実力・人気ともに日本が世界に誇るトップクラスのドライバーとして幅広い世代から支持を受けている。 小学校6年生でカートに出会いレースの大会では16歳で世界チャンピオンとなるなど、今やF1ドライバーとして注目を集める中野信治さん。学生時代はいじめや学業との両立に悩みながらも、「F1ドライバーになる」と決めて走り続けた。現在はF1の解説や若手育成に携わる中野さんに、今までの壮絶な経験とこれからの展望について伺った。 私がカートを始めたのは小学6年生の時です。父が元レーサーだったこともあり、自然とモータースポーツの世界に入りました。レースはお金がかかる競技なので、誰でも簡単に始められるものではありません。しかし、父の縁や環境のおかげで、私はレースのスタートラインに立つことができました。カートを始めた最初の頃は純粋に楽しかったです。速く走れるようになることが嬉しくて、「どうしたらもっと速くなれるんだろう」と、そればかり考えていました。中学2年生くらいになると、生活の中心は完全にカートでした。学校が終われば練習、週末はレース、遊びや部活よりも、レースで1番になることに夢中でした。日々の努力のかいがあり16歳で世界チャンピオンを獲ることができましたが、その頃には「F1ドライバーになりたい」という夢ではなく、「F1ドライバーになる」と決めていました。「なりたい」という気持ちだと迷いが生まれます。しかし「なる」と決めると、人は行動が変わります。自分の中で覚悟が決まる気がしています。 ■レースと学業を両立した学生時代 実は、私は子どもの頃から勉強が特別好きだったわけではありません。普通によく遊ぶ子供でした。しかし中学生になり赤点を取ると留年することを知り、「それはまずいな」と思って、必要な勉強はきちんとするようにしていました。 そんな私の高校受験は前日が全日本選手権の開幕戦でした。多くの人なら受験を優先したかもしれません。ただ父からは、自分で決めろと言われました。私は悩んだ末に、レースにも出場し、受験にも挑戦する道を選びました。結果として高校にも合格することができ、自分で決断し、その責任を引き受けることの大切さを学びました。 高校入学後もレース活動との両立は続き、遠征などで欠席することも少なくありませんでした。そのため、限られた時間の中で効率よく学ぶ工夫が欠かせませんでした。ただ授業を受けるだけではなく、何を優先し、どこに力を注ぐべきかを常に考えながら勉強していました。振り返ると、時間を有効に使い、目標達成に必要なことを見極める力は、この頃に培われたように思います。 ■学校で孤立しても、レースだけは支えだった レース活動で学校を休むことも多く、テレビ局の密着取材も学校に入っていたので、周囲から浮いてしまい孤立感を覚えることもありました。今でいう「いじめ」のような経験をし、苦しい思いをしたこともあります。それでも私にはレースがありました。心から打ち込めるものがあったからこそ、そのような困難を乗り越えることができたのだと、今振り返って感じています。その経験から、集団で誰かを追い込むようなことは絶対によくないと学びました。孤独は本当に苦しいものです。経験した私だからこそ、そういう人の気持ちは分かるつもりです。しかし不思議と普通の高校生活が羨ましいと思ったことは、あまりありませんでした。私にとっては、カートで速く走ることの方がずっと楽しかったのだと思います。 ■カートはF1に一番近い乗り物 カートは入門カテゴリーと思われがちですが、実はものすごく奥が深い乗り物です。車高が低いのでスピード感がありますし、操作がダイレクトで、ごまかしが利きません。私は今でも、カートはF1に一番近い感覚の乗り物だと思っています。今でも感覚を維持するために、月に1回くらいの頻度でカートに乗ります。乗っている時は余計なことを忘れられるくらい完全に集中することができます。最近では経営者の方が趣味としてカートにハマるケースも増えていますが、その理由はすごく分かります。集中力も必要ですし、運動にもなります。もちろん危険がゼロではない世界です。私自身、生死を彷徨うような事故も経験しました。しかし、危険ばかり考えていたら速く走れません。今は安全性もかなり向上していますし、その中でどう向き合うかが大事なのだと思います。 ■F1は速いだけでは勝てない世界 現在、私はF1解説を担当しながら、若手ドライバー育成にも力を入れています。DAZN で解説をしてきましたし、今年からは フジテレビ のFODでも解説を担当しています。また、Honda のレーシングスクールでエグゼクティブディレクターを務め、次世代ドライバーの育成にも携わっています。ただF1は「運転が速いだけ」で勝てる世界ではありません。良い車を作り、良いチームを作り、周囲に応援してもらう力が必要です。そのためには、コミュニケーション能力も欠かせません。だからこそ私は、生徒に対しても挨拶やお礼、質問の仕方を大切にしています。海外で戦うには、自分を知り、自分なりのコミュニケーション方法を作ることが必要だと感じます。私自身、海外時代はチームの近くに住み、毎日ファクトリーへ通って関係づくりをしていました。言葉が完璧じゃなくても、行動で伝えることはできます。 ■大学生へのメッセージ 今の時代はどうしても、いろいろ経験した方がいいと言われがちです。でも私は、まずは好きに特化することが大事だと思っています。僕自身、F1ドライバーになると決めてからは、生活も全部そこに合わせました。テレビを見ない、お酒を飲まない、甘いものや脂っこいものも控える。全部、「勝つために必要かどうか」で判断していました。もちろん、誰もがレーサーになる必要はありません。でも、自分が本当にやりたいことを見つけたのなら、一度は徹底的にやってみてほしいです。広げるより、まずはフォーカスをする。やり切った経験は、その後の人生で必ず力になります。私の今後の目標は、日本から次世代のF1チャンピオンを育てることです。そして、モータースポーツの魅力をもっと多くの人に知ってもらいたいと思っています。もし機会があれば、ぜひ一度レースを見に来てください。きっと、想像以上の迫力を感じてもらえると思います。 学生新聞オンライン2026年5月12日取材 京都芸術大学1年 猪本玲菜 東京都立大学4年 坂倉彩月/京都芸術大学1年 猪本玲菜/城西国際大学3年 渡部優理絵/国際基督教大学 4年 若生真衣