• 運営スタッフ
  • HOME
  • 運営スタッフ

Archive for 運営スタッフ

学生新聞インターン

森ビル株式会社 取締役社長執行役員 森浩生

ヒトの営みの全てを支える「森ビル」で東京を“再開発” 森ビル株式会社 取締役社長執行役員 森浩生(もりひろお) ■プロフィール 東京大学経済学部卒業後、日本興業銀行(現みずほ銀行)を経て森ビル株式会社へ入社。2013 年より取締役副社長執行役員、株式会社森ビルホスピタリティコーポレーション代表取締役社長へ就任。2011年より一般社団法人東京ビルヂング協会理事、2016 年より日本国際貿易促進協会副会長、2021 年より公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン副理事長、一般社団法人日本ホテル協会会長を務める。 麻布台ヒルズという「グリーン」と「ウェルネス」をコンセプトとした全く新しい「街」を創出し、世界中から人や企業を呼び込もうと取り組んでいる森ビル。取締役副社長執行役員である森浩生氏に、森ビルの現在の取り組みやこれまでの自身のキャリアについてお話を伺った。 中学から大学までテニスに全力を注ぐ学生でした。中学時代は全国大会で優勝、高校時代は国体出場、大学ではキャプテンを務めました。就活の際には大手企業から選手としてきてくれないかと打診されるくらいテニスに夢中でした( 笑)。学生時代に「何かをやり遂げるために打ち込んだ経験」と「テニス仲間と良い関係がつくれたこと」は、非常に良かったと思っています。 就職先は、企業の血液として日本経済に貢献できる銀行に決めました。当時の銀行はゼネラリストの育成を目指していたため、半年かけてさまざまな部門を経験した後、在籍していた9年間では窓口業務、証券会社への出向、株式の運用を行うディーラー業務、マクロに業界を調査する産業調査部など、多様な経験を積むことができました。その後、結婚を機に銀行を退職し、森ビルに入社しました。 ■森ビルはヒトの全ての営みを支える存在 森ビルは働く場所、住む場所、買い物する場所、公園など、あらゆる都市インフラを作っており、銀行とは別の形で社会貢献ができると考えていました。転職後のギャップを挙げるとすれば、ゼネラリストとスペシャリストの違いだと思っています。銀行は多くの部門に移ったり海外勤務があったりするので、比較的視野が広いゼネラリストが多い印象です。対して当時の森ビルは、各専門領域の知識に強みのあるスペシャリストが多いと感じました。森ビルは衣食住、ヒトの全ての営みを支える存在だと思っているので、今は広く社会の動向を知れる人材を増やそうとしています。私自身は設計・営業・管理・運営などを幅広く見る立場にいたことがあり、わからないことは積極的に聞き、他人頼みではなく自分で考えて判断していくことを意識し仕事をしてきました。 森ビルの強みは非上場企業ということもあり、「やるべきことをやる」という点にあると思っています。森ビルが都市の再開発をする際のテーマの一つが“職住近接”です。東京と海外の諸都市を比較すると、昼間の人口はそこまで差がないのに対し、東京都心部は夜間人口が大幅に減ることがわかっています。職住近接の都市づくりを進めることで、通勤ラッシュの減少や、移動に関わる使用エネルギーの減少につながります。また、今の東京・日本とアメリカやシンガポールなどの国際都市を比べると、ラグジュアリーサービスを受けることができるグローバルレベルのマンションが少ないという現状があります。グローバルレベルのマンションが増えることで、世界のトップ人材が日本に集まり、日本経済の発展につながると思っています。 今建設中の「麻布台ヒルズ」にあるアマンレジデンスを含むMORI LIVINGの住宅は、従来の日本の住宅マーケットにはなかったラグジュアリーレジデンスとして誕生します。コロナ禍の影響で外国人の方々が日本に来れない状況だったので営業面で苦戦するかと思っていましたが、非常に好調です。強固なセキュリティや安全性、さまざまな付帯施設やサービスなどがグローバルプレーヤーのニーズと合致しているのだと思います。 また、森ビルでは、六本木などの昔から多くの人々が住んでいる既成市街地で地元住民の方々と一緒に街づくりしています。そのため、六本木ヒルズは建設完了までに約17年、「麻布台ヒルズ」では着工までに約30年を費やしています。よりよい街づくりをするためには、時間や労力がかかっても、多くの人々と共に進めることが大事です。これも「やるべきことをやる」会社であることを物語っていると思います。 ■〝自分で仮説を立てられる人〟と働きたい 一緒に働きたい人の特徴は主に2点あります。1点目は、森ビルには都市づくりにおけるパーパスやミッション、ビジョンが明確にあります。これに共感して働ける人です。共感することで、自分の業務の先にある社会的な意義を知ることができ、困難に直面してもがむしゃらに働くことができます。2点目は、社会が急速に変化している中で、自分の頭で考え、自分なりの仮説を立てることができる人です。これができれば、「仮説のどこが合っていて、どこが間違っていたのか」がわかるようになります。しかし、これができていないと、商品とマーケットがずれたときなどに、「そもそもの前提が誤っていたのか」「マイナーアジャストメントで足りるのか」が判断できません。 このように、「自分の仕事に社会的意義を見出せる人」や「仮説を立てることができる人」と一緒に働きたいですね。 ■message 私たち世代の日本の教育では、答えがある問題に取り組み、「いかに正しい答えを出せるか」「いかに早く答えられるか」で評価が決まるシステムでした。これではイノベーティブな仕事ができないと思っています。そのため、皆さんには答えがない課題に対して、自ら考えて、自分なりの答えを創り出してほしいと思います。これは他人に教えてもらってできるようになるものではありません。日々の生活の中で強く意識しながら、自ら進んで取り組んでみてください。 学生新聞2023年4月1日発刊号 中央学院大学 4年 田根颯人

伊東美優

内閣府特命担当大臣 衆議院議員 小倉將信

世の中に存在する摩擦をなくし、真の意味での社会貢献を! 内閣府特命担当大臣 衆議院議員 小倉 將信(おぐらまさのぶ) ■プロフィール2004年東京大学法学部卒業後、日本銀行に入行。2009年オックスフォード大学大学院金融経済学修士修了。2012年8月、町田市・多摩市(東京都第23選挙区)選出の衆議院議員として初当選。2017年8月、総務大臣政務官就任。2021年10月、第52代自民党青年局長就任。同月、第49回衆議院総選挙4期目当選。2022年8月、内閣府特命担当大臣就任( こども政策、少子化対策、男女共同参画、女性活躍、共生社会、孤独・孤立対策担当)。 ■政治家になられたきっかけは何ですか 私は学生時代から、自分が社会の役に立ち、何か世の中に還元できるような仕事をしたいと考えていました。大学卒業後は日本銀行に入社し、忙しく働く日々が続きましたが、一方では社会の役に立っているのか、世の中に還元できているのかと、疑問を感じるようにもなっていました。ちょうどそんなときに、各地で自民党の候補者選びが行われており、駄目もとで公募に申し込みました。まさか自分が公募に通るとは思いもしませんでしたが、チャンスを頂いた以上、日銀を辞めて政治家になる決意を固めました。まさに背水の陣でした。当時、右も左もわからない候補者の私を、懸命に応援してくださった支援者の皆様には感謝しかありません。 ■世の中の「不」を解消することが使命 政治活動は皆さんがイメージする以上にエモーショナルな活動です。政治家が自らの手で変えたい未来に対して、強い感情や思い入れがなければ、多くの人に応援してもらえません。一方で、国会議員としての実務は、そこまでエモーショナルであってはいけないと思っています。だからこそ、国民の皆さんにとって最も有効な手段は何かを考える際は、エビデンスに基づいて判断することを心がけています。また、国会議員の仕事は、机上の空論だけでは到底うまくいきません。新たな政策を提言する際、既存の政策分野に関する深い理解は必要不可欠ですが、正論だけで政治は前に進むものではないのです。日本の将来については、もっと明るい希望が持てる社会を創りたいです。そのためには、社会にある「不」を早期に解消する必要があります。たとえば、女性がキャリアと育児を両立できないという実態。これは男性の長時間労働をなくし、女性の無償労働時間を減らしていくなど、働き方改革として解決していく必要があります。このような「不」を一つひとつ解消していくことで、すべての人にとって多様な選択肢のある社会作りに貢献していきたいと考えています。 ■大学生へのメッセージをお願いします 現在、私は就活ルールの改正にも携わっています。中でもインターン制度は、今後、学生の自己実現を叶える手段として、もっと有効活用できるものにしていきたいと考えています。私から皆さんへのメッセージは、失敗を恐れずチャレンジすること。失敗は何度だってしていい、とにかく進んで挑戦していってください。 私は、多くの若者がチャレンジしやすい環境、失敗しても再チャレンジできる環境を作っていきたいと思います。 学生新聞2023年4月1日発刊号 慶應義塾大学3年 伊東美優

和田真帆

日本大学 学長 酒井 健夫

学生の夢や希望を実現、これから求められるのは「総合知」 日本大学 学長 酒井 健夫(さかいたけお) ■プロフィール昭和41年本学農獣医学部(現生物資源科学部)獣医学科卒。東京大学医科学研究所、厚生省、台糖ファイザー薬理研究所を経て、56年農獣医学部専任講師。58年助教授、平成5年教授。11年学部次長、評議員。17年学部長となり、理事、大学院生物資源科学研究科長、同獣医学研究科長。19年副総長(総長代理・代行者)となり、平成20年第12代総長に就任。令和4年第15代学長に就任。農林水産省獣医事審議会会長、内閣府食品安全委員会座長等を歴任。 ■どのような学生時代を過ごしてこられましたか 私の学生時代は高度成長期の真っただ中でした。これからの日本をどう発展させていくのかという議論の中で勉学に努めていました。当時の大学は学生と教員が一体となって社会を変えていこうという雰囲気があり、学生と先生の距離が非常に近く、知らないことは教員から直接聞いて覚えるといった毎日でした。また、学生の自主性を重んじる大学でしたので、私は常に好奇心を持って物事に接し、社会の仕組みを見つめ、自分自身の感性を磨くことができました。 ■学長の役割と取り組みについてお聞かせください 大学は学生の夢や希望を実現させるための学び舎であると思っており、そのサポートをするのが私の役割です。私たちは学生にさまざまなことを体験してもらうために、質の良い教育を提供するという「教学優先」を意識しています。そのための取り組みとして2つ上げられます。1つ目はオーダーメイド型サポートの実現です。学生がこれまで過ごしてきた環境や背景はそれぞれ異なりますので、一人ひとりの資質、目的、夢を十分に把握し、満足のいく大学生活を送れるように取り組んでいきます。2つ目は日本大学ルネサンス計画です。教育改善や改革にチャレンジしていくためには、学生や学部を「個」、大学を「全」として捉え、この「個」と「全」とのつながりを明確にしてサポートしています。 ■大学生へのメッセージをお願いします これからの学生は既存の枠にとらわれずに、多様な知識を吸収して物事を俯瞰的に捉える能力が求められます。そのために大学の役割も変化していく必要がありますし、皆さんも「総合知」を身に付ける必要があります。現代は、気候変動や環境汚染、地域紛争といった国際情勢の問題や多様な考え方などを理解する必要があります。「総合知」によって、いろいろな難局を乗り越えることができ、社会で活躍するチャンスが得られると考えます。また、学生時代は自分が描く目的や実現したい志を立て、それを実行するための実力を身に付ける時期だと思います。知的好奇心を求めて接すると社会の仕組みや動向が自然と分かってきますし、感性も磨かれていきます。まず、目標や志を立てていただきたいですね。 学生新聞2023年4月1日発刊号 日本大学3年 和田真帆

学生新聞インターン

株式会社すかいらーくレストランツ 代表取締役社長 中島尚志

家族同様の社員と共に成長する会社を目指す 株式会社すかいらーくレストランツ 代表取締役社長 中島 尚志(なかしま ひさし) ■プロフィール1995年株式会社バーミヤン入社。店舗マネージャー、教育・エリアマネージャー、人事担当などを経て、2016年株式会社すかいらーくレストランツ取締役バーミヤンフィールドオペレーション統括グループディレクターに就任。2018年より同社執行役員バーミヤン営業本部長、2022年5月より同社執行役員営業政策・QSC改善グループディレクターを務め、2022年9月より現職。 バーミヤンの営業本部長を経てすかいらーくレストランツの社長に就任した中島尚志氏。そんな中島社長の学生時代のお話や、バーミヤンからすかいらーくレストランツ代表となった現在の仕事への取り組み方、家族同様という従業員への思いや社員の育て方についてお話を伺った。 大学生時代の4年間は、アルバイトに明け暮れていました。高校時代の友達と一緒に朝から晩まで引越しのアルバイトをしていました。正直、学業よりもアルバイトや友達と遊ぶことに力を注いでいたような学生時代でした(笑)。しかし、学生生活を謳歌できたからこそ社会人になってからはスイッチを切り替え、辛いときや大変なことがあっても乗り越えられたのだと思います。卒業後に入社したのは、すかいらーくと合併する前の株式会社バーミヤンです。私は佐賀市出身なのですが、当時九州にバーミヤンはありませんでした。実は、入社するまでバーミヤンというレストランに一度も行ったことがなかったのです。それなのになぜバーミヤンを選んだのかというと、当時のバーミヤンは、「飲食経験がなくても2年で店長になれる」というフレーズで学生を募集していたからです。「働くからには少しでも早く責任ある仕事がしたい」と思っていた私にとって非常に魅力的に感じ、バーミヤンに入社しました。 ■社員には一つ上の仕事を任せる 仕事というのは、自分の力の注ぎ方次第で結果がいかようにも変化するものです。それは一店舗のマネージャーでも今の私の立場でも変わりません。自分がいい店にしようと行動し続ければ、店も自分もどんどん成長します。この頑張りがダイレクトに味わえるのがこの仕事の醍醐味です。店の成長は私自身の成長ですし、私の成長は店そのものの成長でもあります。また、私はみんなと一緒に成長できるこの仕事が大好きですし、何よりも従業員の皆さんが大好きなのです。みんなの成長が私にとって一番の喜びでもあります。そのためにはすでにこなせるポジションを任せるのではなく、成長のために一つ上のポジションに就いてもらいます。責任を感じながら仕事をするときが人は一番成長するものです。だからこそ従業員の皆さんが失敗を繰り返しながら成長していける環境でありたいと思っています。外食産業は教育産業とも言われており、人を教育することに関しては人一倍強みがあります。すかいらーくとしても全ブランドで合同研修を行います。また、私自身もお店になるべく足を運びます。社長は本部にいてはダメです。積極的に現地に赴き、しっかりと従業員の皆さんとコミュニケーションを図ろうと心がけています。 ■時代の変化を敏感にキャッチする すかいらーくは、お客様のニーズに合わせた新たなレストランを次々に生み出してきました。その中で大きな原動力となったのが「新たな価値を作ろう」というチャレンジ精神です。コロナ禍でどのお店も厳しい状況の中、普通なら閉店せざるを得ない店舗状況でも、全国にある3000店舗をガストからバーミヤン、バーミヤンからガストへと業態を変え、さらに新たな業態を生み出すことでチャレンジをし続けてきました。このように時代の変化に合わせて再構築することが得意なのがすかいらーくの特徴です。また、各地域の従業員の雇用を守り、また雇用を創り出すことができるのも多くのブランドを持つすかいらーくの強みです。どうすればクルーの人たちに働きやすい環境を提供できるか、を常に考えています。労務管理には特に力を入れていて、「長時間働いたから偉い」というのではなく、私自身が積極的に「早く帰ろう」と日頃から呼びかけています。 ■家族のような存在の従業員 一緒に働く社員は、前向きで学ぶ姿勢を常に持ち続けている人がいいですね。経験の差は重要視しません。私もたくさんの学生の面接をしてきましたが、学生の皆さんは自分がやってきたことについてよく話をしてくれます。しかし、学生時代よりもはるかに多くの時間を過ごすのが社会人人生です。面接では「自分がやってきたこと」よりも、皆さんがこれからどうなっていくのか、どのような姿勢で仕事に臨んでいくのかについて、注意しながら見るようにしています。やはり、自分を高めていこうと頑張っている人と一緒に働くのはこちらも楽しいですし、とても刺激になります。先ほども少し触れましたが、成長していく環境が私たちにはありますので、そのような学生にぜひ弊社にきてもらいたいです。会社が社員を育てますし、お客様も社員を育てるような素敵な関係です。私は、従業員はみんな家族だと思っていますし、常に皆さんへの感謝の気持ちを抱き続けています。 *message* 「学生時代にしかできないことをやりなさい」。その一言に尽きます。今をとにかく楽しく生きてほしいです。海外旅行、国内旅行、サークル活動、友達と遊ぶなど、手段は何でもいいのです。学生時代という限られた時間を思いっきり楽しんでほしいです。社会人になると自分の時間はどうしても減ってしまいます。だからこそ今という時間を楽しんでください。また、就職が決まったからと、その就職先でアルバイトやインターンを始める人がいるかと思います。しかし、その必要はありません。入社してから一緒にいろいろやっていけばいいのです。それまでは存分に学生の時間を楽しんでほしいです。 学生新聞2023年4月1日発刊号 法政大学2年 佐伯桜優

学生新聞インターン

株式会社ヤマダデンキ 代表取締役社長 上野善紀

暮らしまるごと提案と海外事業の拡大が目標 株式会社ヤマダデンキ 代表取締役社長 上野善紀(うえの よしのり) ■プロフィール2014年4月、ヤマダ電機(当時)に入社。営業戦略室長を経て2016年5月、取締役に就任。2021年4月にヤマダデンキ取締役兼執行役員、2022年4月1日にヤマダデンキ代表取締役社長に就任。 売上高1兆円を超える業界のリーディングカンパニーであるヤマダデンキ。現在は家電だけでなく家具や生活雑貨の販売など、暮らしをまるごと提案する戦略を推進。また、海外進出も積極的に行い、事業を拡大し続けている。今回はそんなヤマダデンキの上野社長に仕事の上で大切にしていることや今後の展望を伺った。 私は九州で三兄弟の三男として生を受けました。父親が少年野球のコーチをしていたこともあり、小さい頃から野球に打ち込んでいました。リトルリーグでは全国大会出場を果たすなど、野球一筋の子ども時代でした。野球は小中高と続けていたのですが、その間、多くのことを学びました。特に、チームプレーと人との付き合い方の大切さを学べたことは、今でも大きな財産になっています。また、仕事は一人でできるものではなく、人と人とのコミュニケーションの上に成り立つものです。このことを小さな頃から学べたのは本当に有意義であったと感じています。高校卒業後は進路について悩みましたが、就職を選択しました。就職するといっても特にやりたい仕事もなく、人と話すことが好きだったことと進路指導の先生から勧められたこともあり、家電業界ナンバーワンであったベスト電器に就職し、接客業を目指すことに決めました。ベスト電器では、当時、全国の社員が売上を競う大会がありました。ここで1位を取ることが目標であり、仕事のモチベーションとなっていました。お店が閉まった後、作戦は始まります。ベスト電器の広告チラシに私の顔スタンプを押し、それを近所の家にポスティングするのです。これが当時の日課でした。それを続けていると、私の顔スタンプ付のチラシを持ったお客様が店に来てくれるようになり、私は顧客獲得に成功していくのです。こうして目標としていた売上全国1位を3回獲得することができたのです。 ヤマダで学んだ挑戦の姿勢 ヤマダデンキには、ベスト電器の合併と共に移ってきました。当初は、ヤマダデンキの事業展開の速さについて行けるかどうか不安でしたが、山田会長からは「分からないことはなんでも聞け、分からないことを聞くのは恥ずかしいことではない」と言われ、会長にはなんでも聞きました。私は小さな店舗から現在のヤマダHDを作り上げた会長のノウハウを全て吸収してやろうと思い、時間を見つけては会長の部屋をノックしに行きました。人間誰しもプライドはありますが、プライドなど脇に置いて何でも貪欲に吸収する姿勢が大切です。それともう一つ大事なのは失敗を恐れずチャレンジすることです。問題を解決するためにはどうすればいいかを一生懸命考えて行動に移すのです。チャレンジなくして成功などありません。それも小さなことから始めるのが大切です。たとえば、「接客は苦手だけれど今日は3人接客してみよう!」などと言ったように、小さなことでいいので日頃からチャレンジすることが大切です。私はチャレンジできる人間が何人いるかで企業の成長力が決まると思っています。チャレンジして失敗しても周りがフォローしてくれる環境、間違っていたら考え直して再挑戦できる環境作りに力を入れています。「あなた一人がミスしたところで会社は潰れない、安心してチャレンジしなさい」。これは私が入社式で伝えている言葉です。そのくらいの気持ちで取り組めばチャレンジが経験となってきっとあなたの人生にプラスに働きます。チャンスをものにできるかどうかはあなたの勇気次第です。 ヤマダが目指す暮らしまるごと提案 現在、ヤマダデンキは2つのことに力を入れています。1つ目は海外進出です。シンガポール、マレーシア、インドネシアに出店しているのですが、インドネシアは平均年齢も若く、2050年には人口が3・5億人になると言われています。このような伸び代のある海外マーケットにどんどん進出していければと考えています。2つ目は暮らしまるごと提案の推進です。家具はもちろんのこと、インテリア、おもちゃ、生活雑貨、さらにはリフォームに至るまで、衣食住における「住」のあらゆるものが全て揃うことをコンセプトに、新業態大型店舗作りに力を入れています。ヤマダデンキでは現在アルバイトを含めて3万人の従業員が働いています。彼らと彼らの家族の生活を守るために、上記の事業にもっと力を入れて取り組んでいきます。それと共に従業員の働く環境を整備してきたいと思っています。たとえば、現場主義の徹底です。本社はコスト管理センターであり、実際に売上を作っているのは現場です。私は現場を回るたびにこのことを伝えています。また、本社の人間には、現場から電話がかかってきたらたらい回しにせず、自分で責任を持って解決するように教えています。このような環境整備は続けていきたいですね。 *message* 将来何をしたいのかわからないという学生がとても多いように感じます。私自身、就活をしていた頃は将来何をしたいかなど決まっていませんでした。しかし、そこで将来のことをずっと悩み続けていても仕方がありません。まずは今、自分がやってみたいこと、できることを探してみてください。少なからず何かあるはずです。まずは小さなチャレンジからコツコツ積み重ねていきましょう。そうしたら次第にやりたいことが見えてくるはずです。人生はまだまだ長いです。たくさんチャレンジしてください。 学生新聞2023年4月1日発刊号 法政大学3年 鈴木悠介

中高生新聞

賀来賢人 人生一度きり、挑戦し続けた 先に新たな世界が広がる 

俳優・プロデューサー 賀来賢人(かくけんと) ■プロフィール 1989年生まれ、東京都出身。2007年に俳優としてデビュー。当初は映画やドラマで主演をつとめるもなかなかブレイクを果たせず、舞台などで腕を磨く日々が続く。2018年、主演ドラマ『今日から俺は!!』が大ヒット。以後、テレビや映画で存在感のある演技を見せる。2023年4月28日に劇場版『TOKYO MER~走る緊急救命室~』が公開。2024年には原案・主演・プロデューサーをつとめる『忍びの家 House of Ninjas』(Netflix)が公開予定。 高校生でスカウトされて芸能の世界へ。コメディなど面白い役を強みとしながらもシリアスな役まで難なくこなしてしまう幅広い顔を持つ賀来賢人さん。そんな賀来さんに仕事に対する取り組み方や新しく挑戦しているプロデューサー業についてお話を伺った。 僕は小中高と男子一貫校で、バスケットボール一色の学生生活を送っていました。スカウトされたのは高校1年のときです。その当時は部活優先にしており、お芝居の練習にはあまり参加していませんでした。しかし、あるときふと思い立って行ってみたところ、緊張もありましたが、それ以上に楽しかったことを覚えています。僕は昔から誰かのモノマネをするのが得意だったこともあり、演技はその延長線上だと感じ、徐々にオーディションも受けるようになりました。そして『Little DJ 〜小さな恋の物語』でデビューしたのですが、この作品では監督に言われたとおりに演じることができず、悔しい想いをしました。今までの自分はろくに演技の勉強もしておらず、もっと認められるようになりたいという気持ちが強くなり、俳優としての仕事の向き合い方が変わりました。その後、大学に進学したのですが、2年生のときにとてもいい役をいただいたのをきっかけに、芸能界で生きていくことを決断しました。このときに「本気でこの仕事をやっていきたいから学校を辞めたい。30歳までに芽が出なかったら辞めるのでそれまでは頑張らせてほしい」、と自分の気持ちを親に伝え、大学を辞める決断をしたのです。親は心配したはずです。しかし、言ったからには頑張るしかないと気持ちを引き締めました。今思うとここが自分の人生の分岐点になったと思っています。大学生という肩書きがなくなることに不安はありましたが、根拠のない自信と勢いで芸能の世界を選んだのです。 ■個性を生み出すきっかけになった舞台 個性がないと思っていた僕を変えてくれたのは、「何か武器を一つ作りなさい」とアドバイスくださった劇作家の福田雄一さんです。福田さんの舞台で爆笑を生み出す喜劇役者を見ながら僕は悩みつつ模索する日々を送っていました。そんなある日、僕の尊敬する俳優の池田成志さんから笑いについてアドバイスをいただいたのです。そして池田さんのアドバイスどおりにやったところ観客から笑いが沸き起こったのです。そのときに感じたのは、喜劇役者はなんとなく面白いことをして笑わせているのではないということ、笑わせるのはテクニックなのだということです。そこから僕は笑わせることにかっこよさを感じるようになりました。同世代の俳優仲間がどんどん売れていくのを見ていて正直焦りもありましたが、僕は舞台でやりたいことをやっているからいいのだと自分に言い聞かせて舞台で笑わせる研究をし続けました。それとともに、「絶対に俺は売れる、仕事が増える」という気持ちを捨てずに頑張れたから今があるのだと思います。試される舞台でコツコツと努力し、笑わせるテクニックを身に付けられて今は本当に良かったと感じています。 ■プロデューサーとしての仕事ー『忍びの家』 自分で作品を作ろうと思ったのはコロナの影響を受けたからです。仕事がなくなることに不安を感じていろいろ考えた結果、自分で仕事を作り出すということを思いつきました。そんなときに海外映画のエンドロールで俳優さんがプロデューサーをやっているのを見て、「これだ!」と感じたのです。そこから2年かけて作品の土台を作り上げ、現在は撮影まで進んでいます。『忍びの家 House of Ninjas』という作品で忍者をコンセプトにした理由は、夢を語れる作品、ヒーローものでだれでも楽しめてロマンを感じる作品を作りたいと思ったからです。ある日のこと、子どもと忍者村に行ったときに、子どもが忍者を見て目を輝かせて喜んでいるのです。また、外国人も一様に盛り上がっている姿を見るにつけ、忍者は大人から子どもまで、世界中の人が楽しめるエンターテイメントだと思ったのです。「家族みんなが忍者だったら?」「日本に残された最後の忍者だったら?」と話が膨らみ、忍者が日本を救うというストーリーができあがったのです。 ■「今」という時間を後悔なくやり切る 学生は子どもと大人の境目でとても重要な時期だと思っています。人生について考えたり、悩んで落ち込んだりします。そんな時期を一生懸命もがいて苦しんで、いろいろなことを経験して後悔なくやり切ってほしいと思います。僕は絶対運命はあると思っていて、どんなことにも必ず理由があるはずです。なぜなら、今まで生きてきて自分に起こった出来事の中で、何一つ無駄なことはなかったと感じているからです。たとえ失敗しても、あのとき失敗してよかったと思えるときがきっときます。自分を信じることで道は拓けていくものです。 中高生新聞2023年4月1日発刊号 日本大学3年 和田真帆 ■INFORMATION Netflixシリーズ「忍びの家 House of Ninjas」企画:賀来賢人出演:賀来賢人、江口洋介、木村多江、高良健吾、蒔田彩珠、宮本信子配信:2024年、Netflixにて世界独占配信開始 <英文記事> Actor, Producer, Kento Kaku  You only live once, a new world opens up when you keep trying  ■Profile:  Born in 1989 in Tokyo, he debuted as an actor in 2007. He initially played leading roles in films and...

学生新聞インターン

あいみょん 今の自分にしか作れない音楽を表現していきたい

シンガーソングライター あいみょん  ■プロフィール兵庫県西宮市出身のシンガーソングライター。2018年「第69回NHK紅白歌合戦」初出場。2022年に4thアルバム「瞳へ落ちるよレコード」を発売、地元の阪神甲子園球場にて「AIMYON 弾き語り LIVE2022-サーチライト- in 阪神甲子園球場」を開催。2023年にはNHK 2023年前期 連続テレビ小説「らんまん」主題歌となる14thシングル「愛の花」を6月7日(水)にリリース。 2016年にメジャーデビューを果たしてから数多くのヒットソングを生み出し、史上初の弾き語りワンマンライブも行った。そんなあいみょんさんに、音楽活動を行う上で大切にしていることや作詞・作曲への想いを伺った。 ■シンガーソングライターを志した14歳 母方のおばあちゃんが昔歌手になる夢を持っていました。「大家族でこれだけ多くの孫がいるんだったら誰か叶えてくれないかなあ」。おばあちゃんがボソっとつぶやいているのを聞いたときに、「自分が叶えてあげたい!」という意識が芽生えました。父がギターを弾いている姿に影響を受けたこともあって、初めて自分のアコースティックギターを手にしたのが14歳のとき。そこから一気に音楽に対する熱が高まり、すぐに曲作りを始めました。今の事務所に入るきっかけは、おもしろいことにTwitter 経由で声をかけていただきました。悩んで悩んで所属を決めたときに事務所の方に課されたのが「50曲を作る」というノルマでした。それが試されているって思えて嬉しかったですし、最初半信半疑だった事務所を信頼できるきっかけにもなりました。 ■「自分が楽しむ」ことが大前提! 「無理をしないこと」をテーマに掲げて今のお仕事をしているのですが、実際、この活動を仕事とはあんまり思っていなくて、もともと音楽が大好きだから活動させていただいているというスタンスでいます。自分の作りたいものを作って歌うことが基本で、とにかく「楽しい」が一番です。だからこそ曲作りも今日はできないと思ったらやらないです。嫌いになりたくないので。それでもCDの制作はなにより楽しいですし、家で一人で作ったアコースティックギターと歌だけの音楽に、バンドの音が入って、ミュージックビデオができて、というふうに形になっていく工程がすごく楽しくて、CDをリリースする瞬間が大好きです。手元にCDが届く瞬間も嬉しくて、つい最近も自分のCDを自分で買いました!メジャーデビューしてから7年目で、すごく楽しく毎日を送らせてもらってるんですが、年齢によって書く曲が変わっていることも実感しています。それこそ十代の頃の曲は恥ずかしくて聴けないとか。でも、そうやって今の自分にしか書けない楽曲を書いていきたいと常に思っています。 ■NHK連続テレビ小説主題歌「愛の花」について 朝ドラの楽曲を作れるなんて思っていなかったので、びっくりしたし、嬉しかったです。老若男女が見るドラマなので、広く聴いてもらえるといいなと思って作りました!でも、朝ドラの楽曲だけれど、同時に私のシングル曲でもあるので、ドラマを飛び越えたところでも聴いてほしいという想いもあります。ドラマの主題歌を頼まれて楽曲を書き下ろすということだったので、台本を読みながら作品に寄り添いつつ自分の楽曲であることも意識して曲作りをしました。ちなみに「愛の花」というタイトルは、特定の「愛」とか「花」を指すというよりは、この曲の中の主人公が咲かせる花という大きなイメージを持ってつけました。 ■学生へのメッセージ 今の学生はコロナで高校生活の制限を余儀なくされてしまった人たちも多いと思うので、これからの大学生活を目一杯楽しんでほしいです。 学生新聞2023年4月1日発刊号 日本大学3年 石田耕司 2023年度前期NHK連続テレビ小説「らんまん」主題歌 14th Single“愛の花” 2023.06.07 WED RELEASE※4月5日(水)より「愛の花」先行配信

学生新聞インターン

今田美桜 楽しむ気持ちを持ち続けることが私の原動力

女優 今田美桜(いまだみお) ■プロフィール福岡県出身。19歳のときに現在の事務所への所属をきっかけに上京。その後、多数の広告やドラマ・映画へ出演し、2022年に『東京リベンジャーズ』で第45回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。同年には初主演のドラマ『悪女(わる)~働くのがカッコ悪いなんて誰が言った?~』が放送。現在、映画『わたしの幸せな結婚』が全国公開中。『東京リベンジャーズ2』の公開も控えている。 ◆芸能界に進むと決めたきっかけは何でしょうか 高校生の頃から地元の福岡で芸能に携わっていたのですが、当時からずっとこのお仕事が好きでした。転機となったのは高校3年生のときに初めて東京でのお仕事をいただいたことです。台詞が一つあるかどうかぐらいの小さな役でしたが、現場の空気感や共演者の方々の迫力を直に感じたあの衝撃は今でも忘れられません。この瞬間に「やりたいことはこれしかない」と意思を固めました。その後、今の事務所とご縁があって上京することができました。先のことは想像もつかず不安はありましたが、それ以上に「やりたい!」という気持ちの方が上回ったのだと思います。 ◆映画の見どころを教えてください 『わたしの幸せな結婚』で演じた斎森美世は、生家での虐げられた日々のせいで人生を諦めているのですが、その美世が政略結婚の相手、久堂清霞と暮らし始めるところから物語は始まります。自信のなさゆえに頑なだった美世も清霞に少しずつ心を開き、感情を取り戻していくところをぜひ注目してください。また、美世が内に秘めている「優しい強さ」を丁寧に表現できたらと思いました。これは原作を読んだときから抱いていた印象で、美世の最大の魅力でもあると思います。冷徹さの中に愛情も持ち合わせている清霞と出会ったことで、諦めかけていた幸せな人生を知った美世が織りなす世界観に存分に浸っていただければ幸いです。 ◆学生へのメッセージをお願いします 私は偶然やりたいことが見つかり今につながっていますが、興味のあることが見つからないケースの方が多いと思います。それでも皆さんには前進し続けてほしいです。いつかどこかで道は拓くと信じ、学生生活を存分に謳歌してください。 ■取材を終えて  毎日拝見しない日はないほどご活躍されている今田さんですが、どのような質問も考えながら丁寧に答えてくださいました。その真摯な態度や振る舞い、お話のされ方から周囲への気配りを忘れない方なのだなと思ったのが印象的でした。 学生新聞2023年4月1日発刊号 日本女子大学4年 神田理苑 「わたしの幸せな結婚」 大ヒット公開中! 出演:目黒蓮(Snow Man) 今田美桜渡邊圭祐 大西流星(なにわ男子) 前田旺志郎 髙石あかり小越勇輝 佐藤新(IMPACTors/ジャニーズ Jr.) 西垣匠 松島庄汰 髙橋大翔 / 珠城りょう 小林涼子 浜田学山本未來 / 山口紗弥加 / 平山祐介 高橋努 津田健次郎 / 尾上右近火野正平 石橋蓮司 監督:塚原あゆ子 脚本:菅野友恵2023年3月17日(金)公開©2023 映画『わたしの幸せな結婚』製作委員会

学生新聞インターン

米倉涼子 自分以外の人生を生きることができる俳優に、面白さとやりがい...

俳優 米倉涼子(よねくらりょうこ) ■プロフィール1975年生まれ。1993年よりモデルとして活動し、1999年に俳優へ転向。2012年、ミュージカル『CHICAGO』でブロードウェイデビュー。ドラマ『ドクターX~外科医・大門未知子~」シリーズ(2012~2021)は高視聴率を記録。 公式instagram @ryoko_yonekura_0801 ◆芸能界に入ったきっかけを教えてください 芸能界入りは高校生のときです。当時の私は芸能界に入ることなど想像もしていませんでした。そんな私に友人が「応募してみない?」と声をかけてくれたのです。その一言が嬉しくて合格するために毎日一生懸命レッスンをし、数多くの応募者の中から審査員特別賞を頂くことができたんです。モデルからスタートして数年後、私自身がどこまでやれるのか挑戦したくて俳優へ転向をしました。これまでいろいろな役柄を演じるたびに大きな壁にもぶつかってきましたが、自分以外の人生を生きられる俳優業にやりがいを感じています。 ◆国際霊柩送還士の役を演じて ドラマ『エンジェルフライト 国際霊柩送還士』の主人公・伊沢那美役を演じているのですが、ご遺族が亡くなった方ときちんと最後のお別れをして、人生の再スタートを切れるようにするという役どころです。この役を通じて学んだことは、人は生まれた瞬間から死に近づいているということです。生きている時間をどう充実させるかは自分次第だと思いました。普段から人ときちんと向き合うことの大切さを改めて考えさせられる作品です。 ◆学生へのメッセージをお願いします 共演者の方とは時間が許す限り一緒にいてコミュニケーションを取りたいと思います。メールで済ませるのではなく、目を見て話すことで心を通わせられると思っていて、それは今後も大切にしていきたいです。学生の皆様も誰かと直接会って大切なメッセージを伝えるということを大事にしてください。 ■取材を終えて  花が咲いたような明るい笑顔にコミカルなツッコミ。私たちに向けられるその温かい眼差しは、ドラマの中の華やかで人情味溢れる俳優、米倉涼子さんそのものでした。普段も変わらない真摯なお人柄がとても印象的でした。   学生新聞2023年4月1日発刊号 津田塾大学4年 宮田紋子 Amazon Original『エンジェルフライト 国際霊柩送還士』 異国で亡くなった人の遺体を国境を越えて母国の遺族の元へ送り届けるスペシャリストたちの姿を描いた作品。配信日:Prime Videoにて3月17日(金)より独占配信

学生新聞インターン

藤原さくら 私の「好き」と皆さんの「好き」が共鳴する瞬間、そこでしか...

シンガーソングライター 藤原さくら(ふじわらさくら) ■プロフィール1995年生まれ、福岡県出身。シンガーソングライターとしてのみならず、役者としても活動。2022年11月にSingle EP「まばたき」をリリース。4月21日(金)、22日(土)、東京・三越劇場にて弾き語りツアー2022-2023“heartbeat”ツアーファイナルを開催。 ◆音楽との出会いを教えてください 私が音楽に興味を持つきっかけとなったのは父です。父がベースをやっていてビートルズに代表されるイギリスのロックなどに触れ、「自分もこんなかっこいい曲を作りたい!」と思いました。当時まだ小学生だった私は、シンガーソングライターという職業も知ったばかりで、今振り返ると、夢を叶えたい気持ちは人一倍強かった気がします。その後、夢を夢で終わらせないためにボーカルスクールへの入学とオーディションへの挑戦をしました。あのとき踏み出した一歩が今につながっているのだと思います。 ◆楽曲制作の根底にあるものは何でしょうか それぞれの楽曲の向こうにいるファンの方が、私の「好き」に共感してくれることを願いながら作詞作曲にあたることがほとんどです。以前は何気ない日常を日記のように綴ることも多くありましたが、お互いの「好き」が呼応した快感を知った途端、そこから抜け出せなくなりました。もちろん、制作の過程では自分が納得のいくまで突き詰められないといった苦しい瞬間もあります。そういうときは、あえて自分の感覚にこだわらず、見守ってくれる周りの声を信じて進むことにしています。なぜなら、「正解が存在しない」という音楽の特性上、それくらい思い切らないと一生書き続けてしまいそうだからです。音や詞に意識を向けていくことは正直簡単ではありませんが、その分、成功したときの喜びに価値を見いだせているのかもしれません。 ◆学生へのメッセージをお願いします 感受性の豊かな今のうちに是非、多くの出会いと経験を重ねるといいと思います。なりたい自分を想像しながら行動し続けることは、とてもかっこいいです。自らをアウトプットする方法を携えて、無限の可能性が広がる社会に羽ばたけるように応援しています。 ■取材を終えて  質問に対し、真っ直ぐに向き合い答えてくださったのが印象的です。一つひとつの楽曲がいかに丁寧に作られているか、そしてそれらにどれほどの愛情が込められているのかを肌で感じることができました。自らが好きなものを磨き続けていくひたむきさを学べたこの機会に感謝です。 学生新聞2023年4月1日発刊号 日本女子大学4年 神田理苑

中高生新聞

本田望結 人生は「悔しい」の連続。だから私は悔しさをバネに挑戦し続ける

女優・フィギュアスケーター 本田望結(ほんだみゆ) ■プロフィール2004年6月1日生まれ、京都府出身。3歳から芸能活動を始め、ドラマ『家政婦のミタ』への出演が話題となる。その後、ドラマ『少年のアビス』(MBS系・2022年)や映画『それいけ! ゲートボールさくら組』(2023年5月12日公開予定)などに出演。フィギュアスケーターとしても活躍中。 ◆人生のターニングポイントは何ですか やはり『家政婦のミタ』に出演したことが一番大きいですね。以前からオーディションを受け続けていて、ようやく手にした役でした。最終オーディションの帰りに「きいちゃん役は、望結にしかできない」と言っていたみたいです(笑)。それくらい自分の中で何かビビッと来るものがありました。ドラマの放送が始まると街中で役の名前で呼ばれることも増えてきて、そんな“自分じゃない人になれる”お芝居に凄く魅力を感じるようになりました。『家政婦のミタ』以降、もう一度何か自分の転機になるような作品に出合えるように、そのチャンスを逃さないように常にアンテナを張っておきたいと思っています。 ◆二足の草鞋で大変なことは何ですか フィギュアスケートもお芝居も自分でやると決めたことなので大変と感じたことはありません。でも、“ただ続けている”ことに悩むときがありました。そのようなときに『家政婦のミタ』でご一緒させていただいた平泉成さんが、「好きなことをたくさん見つけられたのは凄いことだよ」と言ってくださったのです。その言葉で好きなら諦めなくてもいいのだと思えるようになりました。続けていることで私を見てくださった誰かが頑張ろうという気持ちになってくださったらいいなと思っています。 ◆学生へのメッセージをお願いします 人は成功や合格のような嬉しいことで人生が進んでいくと思いがちです。もちろんそれも間違いではないけれど、悔しかったりつらい思いをしたときに、想像とは違う方向へと進んで行って、その人ならではの人生を歩むことになると思います。あのときに失敗したからこそ出会えた人がいる。そんなふうにつらい出来事も大事にしてほしいと思います。 ■取材を終えて つらい経験からも目を背けずに努力し続けてきたからこそ2つの世界で活躍できるのだと思いました。私自身、本田さんの頑張っている姿を見て背中を押してもらった一人です。この記事を目にした方に本田さんの想いが伝わり、挑戦する勇気を持ってくれるといいなと思います。 中高生新聞2023年4月1日号 佛教大学3年 三浦藍生

学生新聞インターン

yama 表現力は感性を磨くことで身に付けられる

シンガー yama(やま) ■プロフィールSNSを中心にネット上で注目を集める新世代シンガー「yama」。2018年よりYoutubeをベースにカバー曲を公開し活動をスタート。2020年4月に自身初のオリジナルとしてリリースされたボカロPくじらが手掛けた楽曲「春を告げる」は、SNSをきっかけに爆速的にリスナーの心を掴み、あらゆるヒットチャートでトップにランクイン。現在の音楽シーンを象徴するアーティストの一人。 幼少期から歌うことが好きで、生涯歌い続けていたいというyamaさん。一時、人前で歌うことを避けていたが、今では自分の思いを伝えるために、有観客でのライブやドキュメンタリー動画で自身のことを発信している。今回はアーティストとしての想いや表現力について伺った。 昔から歌うことが好きで、自宅で歌を録音したりしていることの多い子ども時代でした。自分には突出した才能がないと思っていましたが、歌だけは他人に認められたいという思いから幼少期にはコンクールに出たこともありました。しかし、他人と競わなければならないコンクールのステージに立ったとき、パニック障害に似た症状になるなど自分は人前で歌うことができないのではないかと思ってしまい、音楽から離れることもありました。でも、やっぱり自分には音楽しかないと感じ、音楽活動を再開することにしたのです。自宅で録音をし音源をアップロードするようになり、今のレコード会社から声がかかり、デビューすることができました。デビューするまでは自分のために歌っていましたが、デビューをしてからは曲を聴いてくださる方が元気になってほしいという気持ちで歌っています。 表現力というのは何度も練習したからといって身につくわけではなく、むしろ過去に体験したことから生まれるものだと思っています。表現力を鍛えるには、日頃の感情を分析すること、多彩な方々とコミュニケーションを図ることが大切です。日常生活を送る中で気になったことや心が動いたこと、逆に心が動かなかったことなどを日記や詩の形式でメモに残しています。たとえば、悲しいと感じたときに、なぜ悲しいと思ったのかを分析し、音楽活動に活かしています。メモをしていると暗い内容が出てくることが多いですが、音楽などの形にしていくときは、「孤独だよね」とまとめるのではなく、最終的には光が差してくるような要素も追加させています。もともと自分は、人に心を開かず一線を引いた状態で人と関わってきましたが、体育会系のマネージャーに連れられて挨拶や人との接し方を学んでからは、昔の友人などと久しぶりに会った際に、「明るい性格になったね」と言われることが増えてきました。マネージャーは、「今日のライブは調子が良くなかったね」などと嘘のない率直な言葉で接してくれる存在です。これまで「自分の色ではない」と断ることも多かったのですが、とりあえず1回やってみようというように、気持ちのありようも変化してきました。休みの日には人と話したり、詩集を読んだり、美術品に触れたりして感性を磨くようにしています。表現力を身につけようと思うのならば、外の世界に目を向けたり、多彩な人と出会ったりして、自分の“物差し”、つまり物や人を見る目を鍛えてほしいですね。 初めのころは作家さんやシンガーソングライターさんに楽曲を書き下ろしてもらっていました。ただ、詞は自分の内面から出た言葉ではなかったので、ライブでお客様を目の前にするようになって、自分の本当の想いを伝えたいと思うようになり、作詞・作曲をするようになったのです。また、この人のようになりたいという目標とするアーティストはいませんが、ロックやファンク、R&Bなど幅広いジャンルが好きなので、ジャンルを超越した存在を目指しています。他にも趣味で書いていた絵をアルバムのアナザージャケットや特典にしていますが、今後はグッズにしてみたいです。 学生時代は選択を迫られることも多いと思いますが、どんな選択でも他人に任せず自分自身で考えてほしいです。自分の選択なら間違いはないと思うので自分を信じて頑張ってください。 学生新聞2023年4月1日発刊号 中央学院大学4年 田根颯人

大川知

ジャルジャル 面白いと思うことに向き合って新しい形のコントを生み出す

芸人 ジャルジャル後藤淳平(ごとうじゅんぺい) 福徳秀介(ふくとくしゅうすけ) ■プロフィール2003年結成。高校の同級生で同じラグビー部に所属していた後藤淳平と福徳秀介によるお笑いコンビ。YouTubeジャルジャルタワーに毎日ネタを投稿中。全国9都市11会場全23公演 ジャルジャル単独ツアー開催決定!! —2023春夏のジャルジャル— バカになっちゃいましたxご購入はFANYチケットから(https://yoshimoto.funity.jp/r/2023harunatsunojarujaru/) コントシネマや海外ツアー、YouTubeチャンネルでのコント動画の毎日投稿など、チャレンジし続けるジャルジャル。お二人のこれまでの軌跡や漫才への想い、大切にしていることについて伺った。 福徳:僕たちは高校のラグビー部で出会いました。特に仲が良く、一緒にいる時間が楽しかったのでこのまま2人で生きていこうということになり、芸人になりました。 後藤:大きなきっかけというものはなく、自然と相方になりました。 福徳:今年40歳になって歳をとったなと感じるけれど、隣を見ると一緒に歳をとっている相方がいるのは安心感があって、コンビを組んで良かったと思います。 後藤:芸人という仕事の魅力は、2人でゼロから作ったネタをお客さんに喜んでもらい快感を得られることです。大変なときにネタを見て助かったなどと感想を頂くこともあるのですが、手助けができたと感じて嬉しいです。 後藤:オーディションに受からない時期は大変でした。自分が面白いと思ったことでも、他人の評価に委ねないといけないですからね。 福徳:この仕事は2人がOKならそれでいいという特殊な仕事です。もちろん評価は欲しいけれど、評価はなくても良い世界でもあるし、いつか評価を得られるという自信もあります。 後藤:昔の映像を見ると、まだまだだなと思います。結局、お客さんの前でやり続けることで上手くなっていくんですね。 福徳:僕は自分が出演している番組は絶対見ないです。自分で自分を見られるようになるまで頑張っていきます。 後藤:昔からやっているネタでも、お客さんにウケるように微調整をし続けて今の形に至っています。表現力を伸ばそうと意識はしていませんが、微調整を通じて勝手に伸びているのかもしれません。 福徳:足したり引いたりを繰り返して完成させたネタは、正直言ってあまり面白くないんです。YouTubeに上げているネタの種のような、目的のない、ただただ2人でやっているネタの方が面白かったりします。 福徳:ネタ作りは2人で話しながらやるのですが、かなり特殊なので説明するのが難しいです。 後藤:展開や設定についての話し合いは全て端折っています。大学生のころからネタ合わせという体で同じ時間を過ごしていて、たとえばしりとりを1時間以上することでネタにつながったりとかもあります。 福徳:普段はリラックスして、あま一つのことに夢中になりすぎないようにしています。僕はブルース・リーの「Don’t think! Feel.(考えるな!感じろ)」という言葉が好きなのですが、考えてお笑いの台本を作るのではなく、自分たちが面白いと感じることをやるというマインドを大切にしています。本番で緊張しないのは不可能なので、できるだけ緊張しながら練習することで、緊張していても良いパフォーマンスができるようにしています。 後藤:慣れしかないと思いますね。ネタが飛ぶのは怖いですが、飛んだらそのときはそのときという心境です。 後藤:ちょっと前まではネタは舞台、たまにテレビで見せるものでしたが、YouTube やコントシネマなど、いろいろな見せ方があるんだと発見しました。コントを作り続けていって、また新しい見せ方ができたら面白いなと思います。 福徳:根底にコントがあれば良いと思っています。 後藤:自分たちの野望はあまりないタイプで、提案されたことが目標・野望になっていくことが多いです。海外公演とか、YouTube で毎日ネタをアップするとかも周りに言われて僕らが乗っかったのですが、今後も周りに提案してもらえるようなコンビで居続けたいです。 学生新聞2023年4月1日発刊号 津田塾大学4年 大川知

八木彩花

TAKAHIRO すべての出会いを楽しみながら、ダンスの可能性を追い求め続ける

プロダンサー・振付家 TAKAHIRO(たかひろ) ■プロフィールダンサー、振付家、教育者として日米で活躍。櫻坂46・日向坂46・A.B.C-Z・藤井風などさまざまな人気アーティストの振付を担当するほか、コンサートやミュージカル作品の演出など新たな活動を開拓しながら、教育者としても全国で後進の育成に力を注いでいる。 世界的に有名なダンス大会の9大会連続優勝という偉大な記録を持つダンサーであり、振付家としても活躍するTAKAHIROさん。「自分の肉体で発明ができる」とダンスの魅力を語る姿からは、ダンスに対する熱い想いが伝わってくる。日々心掛けていることや表現力について伺った。 ダンサーになったきっかけを振り返ると、気づいたら神輿に乗っていたというような感じです。大学で同好会に入ってダンスを始めましたが、卒業と同時にダンスを諦めることができず、「人生の最終ページ」を作るつもりで、スターの登竜門とされるNYアポロシアターの大会へ挑戦することを決めました。すると優勝してしまったんです。このとき、大会に出場したみんなの夢と努力があってその上に立たせてもらっているんだと感じ、ダンスで勝負しようという気持ちが憧れから責任に変わりました。 新しい人に出会えること、無限の創造ができることがとても楽しいです。仕事という感じではなく、白い壁を彩るようにいろんな感情が描けるのを楽しんでいます。そのためには、見えるものをどうポジティブにするか、ネガティブにどうドキドキを入れるかが大切だと思います。たとえば、僕にとってのネガティブは制約や孤独です。でも制約がエネルギーにつながり新しい発見を生むこともあるし、孤独な僕にしかできない世界と考えればネガティブじゃないんです。暗い面も裏返せば明るくなります。失敗したら「よっしゃ!」と思うようにします。自分の失敗ストーリーは必要です。後でいっぱい語れますから。どんな感情も人生には必要なことで、それを生かせばいいんです。 まずは技術を学ぶことで手数を増やす、これは左脳的なことです。さらにこの手数を使って何ができるかが大事なんです。これは右脳。日常の中からデータを集め、それをもとに構築するということの繰り返しです。自分には関係ないというものはありません。どこかでつながるかもしれないので、ダンスと直接関係のないものにもたくさん触れて吸収してきました。それが活きることも多いです。あとは、常日頃「なんで?」を大切にしています。生活に必要ないことかもしれないけれど、「なんで?」があると楽しいんです。この世界が不思議なんです。日常の些細なことにも疑問を持って、“一人なんで大会”を開催して自分なりの答えを考えています。この好奇心や探究心はダンスを通して育まれたのかもしれません。創造とは、問いかけと答えの繰り返しなのです。今日本では約600万人がダンスをやっているとされますが、この人たちが座れる席はとても少ないです。もっと選択肢が増えればダンスをやる人が楽しくなると思うので、「ダンサーとしてこんなことができるんだ」ということを増やしていきたいと思っています。これまでもそういう想いで振り付けから構成や演出、プロデュースなどに挑戦してきましたし、ダンススタジオを作ったり教育に携わったり、本を書いたり事務所を設立したりして、踊るだけではない「ダンス╳○○」の扉を開けてきました。これからもミクロの視点からだんだん引いていってさまざまな角度からダンスを見ることを楽しんでいきたいと思っています。自分も楽しみながら次の世代の扉を開けていきたいです。個人的にはどこかに広い土地を獲得して、想像するための場所を作りたいという理想もあります。 学生の皆さんには「人生は思ったよりも長距離走」ということを伝えたいです。今は10キロ走のまだ2キロくらい。いつだって物語はここからです! 学生新聞2023年4月1日発刊号 上智大学4年 八木彩花

八木彩花

株式会社TBSスパークル
エンタテインメント本部ドラマ映画部
プロデ...

自分の人生は自分でコントロールする。責任と覚悟を持って取捨選択を 株式会社TBSスパークルエンタテインメント本部ドラマ映画部 プロデューサー・ディレクター塚原あゆ子 ■プロフィール2005年にTVドラマ「夢で逢いましょう」で演出家デビュー。以降、TVドラマ『夜行観覧車』(’13 )『Nのために』(’14)など話題作の演出を次々と手がけ、2015年には優れたTVドラマのクリエイターに送られる第1回大山勝美賞を受賞。その後もTVドラマ『アンナチュラル』(’18)、『MIU404』(’20)など、立て続けにヒット。2018年『コーヒーが冷めないうちに』で映画監督デビュー。 ■今の仕事を始めるきっかけは 大学時代はバイト三昧で友達を求めてサークルに参加するという生活でした。高校時代に戯曲を書いていたことがあり、大学でも演劇団体に所属して演出をしていたので、それが現在の基盤になっているのかなと思っています。就職活動は出版社やATPセミナーの参加企業を受けていたのですが、最初に内定が出た制作会社に入社しました当時は男性が監督、女性がプロデューサーという時代で、「監督になりたい」と言うと怒られたこともありました。しかし、お金の管理などのプロデューサー業が向いていないと感じていたとき、私がプロデュースした作品をやってくれる人がおらず、自分で撮ってみたことがありました。それを観た人が「お前できそうだな」と。そのタイミングで会社の方針や雰囲気が変わり、監督をやるようになりました。 ■仕事をする上で大切にしていることは 監督は全責任を負う役割です。プロデューサーのアイデアの種を作家と二人三脚で形にしていきますが、できが悪いのは監督のせい、良いのはみんなのおかげだと思っています。こだわりとしては、ゆらいでいる現場にすることです。映像作品は総合芸術なので、現場の意見を取り入れて柔軟にやっていく方がいいと思っています。また、一つの作品を一緒に作る仲間として相手との距離感を大切にしています。その他、さまざまなコンテンツから知識やアイデアを吸収しています。アニメやドキュメンタリーから刺激を受けることが多く、小説やゲームのカット割り、絵画やショート動画からも学びがあります。 ■学生へのメッセージ 好きなことは年齢や立場などで結構変わっていきます。でも嫌いなことは変わらないんですよね。やりたいことがない、好きなことがないと迷うなら、嫌いじゃないことをやればいいと思います。「好き」と言うことは勇気のいることです。自信を持てずに自分で潰しがちなので、嫌いなものが指針になるのではないかと思っています。 学生新聞2023年4月1日発刊号 上智大学4年 八木彩花 『わたしの幸せな結婚』大ヒット公開中‼ 出演: 目黒蓮(Snow Man) 今田美桜監督: 塚原あゆ子 脚本:菅野友恵2023年3月17日(金)公開Ⓒ2023 映画『わたしの幸せな結婚』製作委員会

人事

本田技研工業株式会社(Honda)

社員一人ひとりが生み出す、「Hondaらしさ」の源泉とは 電動化や自動化など、近年マーケットの変化が激しい自動車業界。そんな自動車業界内にあって、創業75年を迎えて今後さらなる成長が期待される本田技研工業。Hondaが現在力を入れているのが人事部門による組織文化の掘り起こしだ。創業以来どのような組織文化が醸成され、Hondaの強みや魅力につながっているのか。人事担当者お二人にお話を伺った。 従来、自動車業界は車をつくって、売って終わりという、いわゆる売り切りビジネスでした。販売後、お客様に新たな価値提供をすることは少なかったのです。しかし、近年は車の製造・販売のみならず、車を介した顧客体験へのアプローチが求められています。たとえば、移動中に映画や音楽を楽しみたいユーザーもいれば、道中でのおすすめのレストラン情報を知りたいユーザーもいるでしょう。いかに顧客の多様なニーズに応えられるかが今後の自動車業界の課題なのです。電気自動車や水素自動車など、年々技術は進歩しています。しかし、技術の進歩だけでは変化するユーザーのニーズを満たすことはできません。今後は技術の発展と顧客体験の追求という2点を掛け合わせていくことで、広くモビリティカンパニーとして価値提供していかなければならないのです。そして現在は、たとえるならば、移動手段が馬車から自動車へと変化していった時代と同じくらいの変化の局面にあります。我々は変わっていかなければならないのですが、これは大きなチャンスでもあります。このチャンスを活かして、新たな価値創造により力を入れていきたいです。 「Hondaらしさ」実現のために この状況下で必要なのが、過去の成功体験からの脱却です。過去に縛られることなく、ゼロベースで新たなチャレンジをしていかなければなりません。ある意味、真っさらなキャンバスを持つ若い方の感性は、自動車業界において大変重要になると思います。そして若い人材の活躍には風通しの良さなど、組織文化も大いに関わってくると思います。当社は創業以来、「松明は自分の手で」、「ノープレー・ノーエラーを排せ」などの言葉が語り継がれています。つまり、自分が成し遂げたいことのために働こうという信念が、伝統的に組織風土として醸成されてきたのです。人事の役割は、このHondaらしさをさらに掘り起こしていくこと。この想いで、採用・育成・異動など多岐にわたって改革を進めています。たとえば、研修に関して、これまでは昇格のタイミングで決まった研修を受けるなど、研修の受け方がルール化されていました。しかし、これではいくら主体性のある社員が多くても、能動的に学べる機会が減ります。そのため、能力や意欲があれば研修を受けることのできる仕組みに変えて、社員がどんどん学べる環境にしました。当社が伝統的に持っている組織文化を一つひとつ新たに制度化していくことで、内にも外にもHondaらしさを発信していて、これが人事として最大の役割だと考えています。 「人」が作り出す企業の魅力 「Me and Honda,Career」という当社が運営するオウンドメディアは、実は社外に向けたブランディングというよりも、インナーブランディングが目的なのです。現在は週に1回、毎回異なる社員の記事をアップしていて、メディアに取り上げられることで、自身の仕事に誇りを持ってほしいという想いがあります。家族や友人など、記事を通して社員の関係者にも彼らの仕事ぶりが伝わると嬉しいですね。もちろん、当社には幅広いプロダクト、そしてグローバルに活躍できる環境、挑戦できる組織文化があります。しかし、これらだけでは企業が成長し続けることはできません。紛れもなく、当社の社員こそがこれまでの、そしてこれからのHondaを作っていくのです。Hondaらしさを最前線で体現する社員一人ひとりにフォーカスすることで当社の魅力が伝わると良いなと思っています。採用においても、当社の「人」や「組織文化」に共感して入社を希望する人がどんどん増えると嬉しいです。採用では表面上の知識やスキルではなく、その人の根底にある想いや原動力を見ています。たとえば、失敗した経験をどのように言語化して語るかなど、過去の経験から人間性を判断することがあります。その人の奥底にある人間性が、Hondaらしさとシンクロする部分があれば、ぜひ採用したいと思いますね。 *message* 誰のためでもなく、自分のためにいい就活をしてほしいです。そしてそのような就活をするには、まず己を知ることが必要。喜びや悲しみを感じる瞬間、自分の価値観が揺さぶられるタイミングなど、自分の説明書を作るくらいに、自分と向き合ってみてください。この過程の先に、自分の琴線に触れる会社との出逢いがあるはずです。 学生新聞2023年4月1日発刊号 慶應義塾大学3年 伊東美優